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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
二十一話『二十五歳の年の差』
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この世に生を受けて、四十四年になる。
自分という人間について、とうに理解していると思っていた。似たような出来事で経験出来てしまっている筈だった。
・・・驕りだ、と義孝は反省する。
敗戦前は、艦船の艦長まで務めていたというのに。
(こんな未熟な人間が、艦上で指揮を執り、部下の命を預かっていたとはな。・・・今まで艦が大破しなかったのは、運が良かっただけなのかもしれない)
理解など出来ていなかった、経験しきってもいなかった。感情に振り回されている自分が未だにいることを、この年になるまで気づかなかった。
だから、そんな自分に恥を感じたのだ。
敵艦に砲弾を撃ち込まれた時も、味方の艦が沈んでゆく様を見た時も、義孝が艦上で冷静でいられなかったことなど、これまでなかったのだ、なのに・・・。
(たった一度、目にした日常の光景で、己はこんなにも揺らいでしまっている)
「何も、恥じることはないだろう。良いことだ」
義孝の思考を遮ったのは、中将の一言だ。その顔を見れば、如何にも『解せぬ』という顔をしている。
「良いこと、でしょうか?」
「ああ、嫉妬を覚えるということは、お前がまだ男ということだ」
「男ならば嫉妬はするもの・・中将はそのようにお考えなのですか?」
「自分の女に、変な虫が近づこうとしているなら?あるいは、自分専用の港に敵艦が勝手に停泊しようとしていたら?叩き潰そうとするのが男だろう。違うか?」
「・・・中将は好戦的であられますね」
「貴様とて、海の上では海神の化身の如く恐れられていたではないか。だから儂は貴様を気に入っているのだ。それとも海から離れた途端、腑抜けになったのか?違うだろう?貴様が敵と認識したなら、男らしく海に海底に沈めてしまえ」
「そんな事をしていたら、婚約者に嫌われてしまいますよ。それに海の上とて、交戦前にまず、退去するように通告するのが先かと」
冷静な義孝の言葉に、中将は毒気を抜かれたらしい。椅子に深々と背を預け、はああ、と長い溜息をついた。
「まったく・・・貴様は嫌になるほど真面目な男だな。艦上でもそうと訊いていたが、闘争心の欠片も見せぬとは」
「お褒めに与り光栄です」
「皮肉も入っとるぞ」
義孝の淡々とした返答に、中将は目を細めて言った。このやり取りに疲れたらしく、じっと義孝を見て、ふん、と鼻息を鳴らす。
「・・・まあ、いいだろう」
中将は執務卓に両肘をつき手を組んで口を開いた。それから緩い調子で、話し出す。
「貴様が珍しく不機嫌を顕にしておったのでな、何か軍司令内で問題が起きたかと肝を冷やしたわ」
「ああ、なるほど。いらぬご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「心配ならもう一つあるのだが、まあ、そちらが解消できたなら、よいわ」
「もう一つ?」
「若い娘が嫁いできたというのに、浮かれた話の一つもない。お前が枯れてしまったのではないか・・・と心配していたのだ。それについては、不要だったようだな」
ニヤリ、と中将が口角を上げた。下世話も下世話な話だ、義孝はスッと中将を睨んだ。
「枯れるも何も、まだ相手とは婚約も済んでいない段階ですよ」
「やれやれ・・・貴様は服を脱がねば海に飛び込めんのか。段階など踏まずとも、浮かれるものだろうが」
「お言葉ですが、そのような考えなしの行動をするほど、私は若くも・・・」
言いかけて、義孝は言葉を途切れさせた。
・・・・もう、若くもない。
「そろそろ、失礼してもよろしいでしょうか?恐れながら、この後も仕事も詰まっておりますので」
「ああ、構わんよ。書状の伝達、ご苦労だった」
一礼して、義孝は踵を返す。そうして扉を開け、部屋の外に出た瞬間だった。
「時東大佐」
室内から呼び止められて、義孝は扉を閉める手を止めた。執務卓で中将が頬杖をついたまま、真面目な顔で問う。
「おきれいな順序を踏むのも、お前らしくていい、だが、後悔はせんようにな」
「・・・は」
一声、中将に応じて、義孝は静かに扉を閉めた。軍人というのは、死が間近な職業だ。
今でこそ、戦争はしなくなったが、特定の時間に毎日帰るという穏やかな生活をしているが、戦場にいた頃はいつ命を散らしても、おかしくはなかった。
そして、再び船に乗れば、再び日常がひりついたものになる。中将の言葉は、それらを踏まえて発せられたものだ。
婚約者と、ゆっくり愛を育む時間などない。正確にいえば、あるかどうかも分からない。
義孝が、後悔しないように。
(・・・そうはいってもな)
扉の前で一つ、溜息を吐いて義孝はその場を後にした。
愛を育めないのなら、なおのこと、焦って手を出すなど、愚かな行為ではないか。なにせ、年の差が二十歳もあるのだ。
その差は、寿命の差だ。
男に手を出されていなければ、綺麗な体のままならば、何の問題もなく花は別の男性に嫁げる。
(私は、花さんの枷にはなりたくはない。幸せになって欲しい)
その思いは、以前とは少し形を変えつつある。
(いや、違う。私は彼女を、幸せにしたいと考えているのか)
今さらになって、気付いたのだ。出逢って十日ほど、二十五歳も違う娘に・・・自分が、恋情や独占欲を抱いている事を。
「・・・ままならんものだ」
自分という人間について、とうに理解していると思っていた。似たような出来事で経験出来てしまっている筈だった。
・・・驕りだ、と義孝は反省する。
敗戦前は、艦船の艦長まで務めていたというのに。
(こんな未熟な人間が、艦上で指揮を執り、部下の命を預かっていたとはな。・・・今まで艦が大破しなかったのは、運が良かっただけなのかもしれない)
理解など出来ていなかった、経験しきってもいなかった。感情に振り回されている自分が未だにいることを、この年になるまで気づかなかった。
だから、そんな自分に恥を感じたのだ。
敵艦に砲弾を撃ち込まれた時も、味方の艦が沈んでゆく様を見た時も、義孝が艦上で冷静でいられなかったことなど、これまでなかったのだ、なのに・・・。
(たった一度、目にした日常の光景で、己はこんなにも揺らいでしまっている)
「何も、恥じることはないだろう。良いことだ」
義孝の思考を遮ったのは、中将の一言だ。その顔を見れば、如何にも『解せぬ』という顔をしている。
「良いこと、でしょうか?」
「ああ、嫉妬を覚えるということは、お前がまだ男ということだ」
「男ならば嫉妬はするもの・・中将はそのようにお考えなのですか?」
「自分の女に、変な虫が近づこうとしているなら?あるいは、自分専用の港に敵艦が勝手に停泊しようとしていたら?叩き潰そうとするのが男だろう。違うか?」
「・・・中将は好戦的であられますね」
「貴様とて、海の上では海神の化身の如く恐れられていたではないか。だから儂は貴様を気に入っているのだ。それとも海から離れた途端、腑抜けになったのか?違うだろう?貴様が敵と認識したなら、男らしく海に海底に沈めてしまえ」
「そんな事をしていたら、婚約者に嫌われてしまいますよ。それに海の上とて、交戦前にまず、退去するように通告するのが先かと」
冷静な義孝の言葉に、中将は毒気を抜かれたらしい。椅子に深々と背を預け、はああ、と長い溜息をついた。
「まったく・・・貴様は嫌になるほど真面目な男だな。艦上でもそうと訊いていたが、闘争心の欠片も見せぬとは」
「お褒めに与り光栄です」
「皮肉も入っとるぞ」
義孝の淡々とした返答に、中将は目を細めて言った。このやり取りに疲れたらしく、じっと義孝を見て、ふん、と鼻息を鳴らす。
「・・・まあ、いいだろう」
中将は執務卓に両肘をつき手を組んで口を開いた。それから緩い調子で、話し出す。
「貴様が珍しく不機嫌を顕にしておったのでな、何か軍司令内で問題が起きたかと肝を冷やしたわ」
「ああ、なるほど。いらぬご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「心配ならもう一つあるのだが、まあ、そちらが解消できたなら、よいわ」
「もう一つ?」
「若い娘が嫁いできたというのに、浮かれた話の一つもない。お前が枯れてしまったのではないか・・・と心配していたのだ。それについては、不要だったようだな」
ニヤリ、と中将が口角を上げた。下世話も下世話な話だ、義孝はスッと中将を睨んだ。
「枯れるも何も、まだ相手とは婚約も済んでいない段階ですよ」
「やれやれ・・・貴様は服を脱がねば海に飛び込めんのか。段階など踏まずとも、浮かれるものだろうが」
「お言葉ですが、そのような考えなしの行動をするほど、私は若くも・・・」
言いかけて、義孝は言葉を途切れさせた。
・・・・もう、若くもない。
「そろそろ、失礼してもよろしいでしょうか?恐れながら、この後も仕事も詰まっておりますので」
「ああ、構わんよ。書状の伝達、ご苦労だった」
一礼して、義孝は踵を返す。そうして扉を開け、部屋の外に出た瞬間だった。
「時東大佐」
室内から呼び止められて、義孝は扉を閉める手を止めた。執務卓で中将が頬杖をついたまま、真面目な顔で問う。
「おきれいな順序を踏むのも、お前らしくていい、だが、後悔はせんようにな」
「・・・は」
一声、中将に応じて、義孝は静かに扉を閉めた。軍人というのは、死が間近な職業だ。
今でこそ、戦争はしなくなったが、特定の時間に毎日帰るという穏やかな生活をしているが、戦場にいた頃はいつ命を散らしても、おかしくはなかった。
そして、再び船に乗れば、再び日常がひりついたものになる。中将の言葉は、それらを踏まえて発せられたものだ。
婚約者と、ゆっくり愛を育む時間などない。正確にいえば、あるかどうかも分からない。
義孝が、後悔しないように。
(・・・そうはいってもな)
扉の前で一つ、溜息を吐いて義孝はその場を後にした。
愛を育めないのなら、なおのこと、焦って手を出すなど、愚かな行為ではないか。なにせ、年の差が二十歳もあるのだ。
その差は、寿命の差だ。
男に手を出されていなければ、綺麗な体のままならば、何の問題もなく花は別の男性に嫁げる。
(私は、花さんの枷にはなりたくはない。幸せになって欲しい)
その思いは、以前とは少し形を変えつつある。
(いや、違う。私は彼女を、幸せにしたいと考えているのか)
今さらになって、気付いたのだ。出逢って十日ほど、二十五歳も違う娘に・・・自分が、恋情や独占欲を抱いている事を。
「・・・ままならんものだ」
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