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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
二十話『彼女の幸せ』
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翌日、海軍司令部に出勤した義孝は、朝から珍しく不機嫌だった。
どのくらい不機嫌だったかと言えば、部下はともかく、上官にまで伝わるほどに不機嫌だったのだ。
「異常事態だぞ」
中将が忠告に来た。
「何がでしょう?」
塩辛い梅干しでも食べたかのような顰め面の中将に、部長室に来ていた義孝は首を傾げる。
「様子が変だ」
「保守派の動きでしょうか」
「奴らの動きがおかしいのは、いつものことだろう。放っておけば好き放題に動いて、国の形まで変えてしまう」
「厄介ですね」
義孝が同感だと頷く。
「・・・そうではなく、動きがおかしいのは貴様のことだ、時東大佐!一体、どうしたというのだ?」
「はて、何のことでしょう」
義孝は首を傾げる。まったく身に覚えの無いことと言うようなその反応に、中将は海上で遠くの船影をまじまじと確かめるように目を細めた。
「とぼけるではないわ、まるで近海に敵影でも見つけたようにピリピリしとるではないか。貴様の珍しい怒気に、ここは敵地の船上かと部下どもが怯えとるわ!」
「それは、失礼いたしました」
義孝は理由を説明しようとしたがやめた。周囲の人間を自分の感情に巻き込むのは間違っている、それが分かっていながら、己を御せていない事に反省したのだ。
(この年になって、か?鍛錬不足だ)
だが、それとは対照的に、中将は深い溜息を、海外の要人を相手にするかのように、幅広の肩を竦めてみせた。
「本当にどうしたのだ、お前らしくもない。そういうのは儂の専売特許だぞ・・・悩んでいることがあるなら、しっかり話せ」
「心が乱れておりましたことは謝罪致します。以後、気をつけますので・・・・」
「待て待てぇ!そうではない、理由を訊いとるんだ」
「軍務についての悩みではありません。己の精神的な未熟さが招いたこと、中将のお時間を頂戴するまでもないかと」
「ほう、弱さか。では、軍人気合注入棒が必要か?」
軍人気合注入棒というのは、硬い樫の木で作られた、いわゆる『しごき』用のバット様の棒のことだ。軍内で、上官が新入りに対し、尻に叩きつける形で用いている。
躾や教育の一環だとされているが、過激な体罰であり、時に死者すら出ることもあった。
当然、進んで受けたい者などいない。しかし、中将の提案に義孝は淡々と返した。
「中将がそう判断されるのでしたら」
「いらんいらん!お前には冗談も通じんのか!陸で貴様に怪我をさせたら、儂が大臣等から責められるわ」
中将は顔の前で左右に手を振る。それから、ジロリと中将は義孝を睨む。ここに下士官が居れば、震え上がったことだろうと、義孝は頭の片隅で思った。
「・・・でだ、儂に二度も質問をさせるのか、時東」
上官に問われて黙っている訳にもいかない、義孝は渋々。不機嫌の理由について、説明することにした。
「・・・私の婚約者の琴です」
「うん?」
「想定していたこととは、何だか違うが――――あったのか」
疑問の声とともに、中将は眉を寄せた。
「昨日、男と一緒にいる姿を見てしまったものですから」
義孝は暗い表情で、そう言った。その話に中将はたいそう驚いたのだろう。「な」と目と口を大きく開けたまま、固まる。
「何だと。まさか、不貞か!」
「いえ、婚約もまだで」
「婚約前にとは大胆不敵!なんと不埒な!」
「お待ちください、中将。そうではありません」
「では何だというのか」
「婚約者が世話になっている薬屋の店主の男が、町中で婚約者に声をかけてきただけです。ただ、昔なじみだったみたいで」
義孝の説明に、中将は目をぱちくりさせた。
「昔なじみだと?それで、なぜ貴様が不機嫌に・・・」
「なぜ、ですか」
問われて、義孝は改めて考えた。認めるのには少々、抵抗があったが、原因はすでにハッキリしている。
「嫉妬、しているのだと思います」
「嫉妬・・・お前がか?」
「ええ、お恥ずかしい限りですが、どうもそのようで」
義孝は、思考を整理していくように淡々と説明していく。
「婚約者とその男が、親しげに話していることが気に入らなかったのでしょう。周囲の者に悟られてしまうほど感情の抑制が利かないのも、初めて覚えた嫉妬に翻弄されているのだろうと思いました」
嫉妬するなど、まるで子供みたいだ。昔なじみだという同じ年頃の男と一緒にいた花を見て、自分のような年嵩の男よりもお似合いではないかと感じてしまった。
年の差など、最初から分かっていたというのに。なのに、たった一度目にした光景で、心が揺らいでしまった。自分などではなく、若い男と添い遂げる未来―――それを模したかのように、現実で若い男と並び立つ花の姿を見て、義孝は改めて考えてしまったのだ。
花にとって、その方が幸せなのではないのだろうか。自分よりも、その若い男と生きた方が、彼女にとって良いのではないだろうか。
(私は、年を取りすぎた)
内心、義孝は溜息を吐いた。
どのくらい不機嫌だったかと言えば、部下はともかく、上官にまで伝わるほどに不機嫌だったのだ。
「異常事態だぞ」
中将が忠告に来た。
「何がでしょう?」
塩辛い梅干しでも食べたかのような顰め面の中将に、部長室に来ていた義孝は首を傾げる。
「様子が変だ」
「保守派の動きでしょうか」
「奴らの動きがおかしいのは、いつものことだろう。放っておけば好き放題に動いて、国の形まで変えてしまう」
「厄介ですね」
義孝が同感だと頷く。
「・・・そうではなく、動きがおかしいのは貴様のことだ、時東大佐!一体、どうしたというのだ?」
「はて、何のことでしょう」
義孝は首を傾げる。まったく身に覚えの無いことと言うようなその反応に、中将は海上で遠くの船影をまじまじと確かめるように目を細めた。
「とぼけるではないわ、まるで近海に敵影でも見つけたようにピリピリしとるではないか。貴様の珍しい怒気に、ここは敵地の船上かと部下どもが怯えとるわ!」
「それは、失礼いたしました」
義孝は理由を説明しようとしたがやめた。周囲の人間を自分の感情に巻き込むのは間違っている、それが分かっていながら、己を御せていない事に反省したのだ。
(この年になって、か?鍛錬不足だ)
だが、それとは対照的に、中将は深い溜息を、海外の要人を相手にするかのように、幅広の肩を竦めてみせた。
「本当にどうしたのだ、お前らしくもない。そういうのは儂の専売特許だぞ・・・悩んでいることがあるなら、しっかり話せ」
「心が乱れておりましたことは謝罪致します。以後、気をつけますので・・・・」
「待て待てぇ!そうではない、理由を訊いとるんだ」
「軍務についての悩みではありません。己の精神的な未熟さが招いたこと、中将のお時間を頂戴するまでもないかと」
「ほう、弱さか。では、軍人気合注入棒が必要か?」
軍人気合注入棒というのは、硬い樫の木で作られた、いわゆる『しごき』用のバット様の棒のことだ。軍内で、上官が新入りに対し、尻に叩きつける形で用いている。
躾や教育の一環だとされているが、過激な体罰であり、時に死者すら出ることもあった。
当然、進んで受けたい者などいない。しかし、中将の提案に義孝は淡々と返した。
「中将がそう判断されるのでしたら」
「いらんいらん!お前には冗談も通じんのか!陸で貴様に怪我をさせたら、儂が大臣等から責められるわ」
中将は顔の前で左右に手を振る。それから、ジロリと中将は義孝を睨む。ここに下士官が居れば、震え上がったことだろうと、義孝は頭の片隅で思った。
「・・・でだ、儂に二度も質問をさせるのか、時東」
上官に問われて黙っている訳にもいかない、義孝は渋々。不機嫌の理由について、説明することにした。
「・・・私の婚約者の琴です」
「うん?」
「想定していたこととは、何だか違うが――――あったのか」
疑問の声とともに、中将は眉を寄せた。
「昨日、男と一緒にいる姿を見てしまったものですから」
義孝は暗い表情で、そう言った。その話に中将はたいそう驚いたのだろう。「な」と目と口を大きく開けたまま、固まる。
「何だと。まさか、不貞か!」
「いえ、婚約もまだで」
「婚約前にとは大胆不敵!なんと不埒な!」
「お待ちください、中将。そうではありません」
「では何だというのか」
「婚約者が世話になっている薬屋の店主の男が、町中で婚約者に声をかけてきただけです。ただ、昔なじみだったみたいで」
義孝の説明に、中将は目をぱちくりさせた。
「昔なじみだと?それで、なぜ貴様が不機嫌に・・・」
「なぜ、ですか」
問われて、義孝は改めて考えた。認めるのには少々、抵抗があったが、原因はすでにハッキリしている。
「嫉妬、しているのだと思います」
「嫉妬・・・お前がか?」
「ええ、お恥ずかしい限りですが、どうもそのようで」
義孝は、思考を整理していくように淡々と説明していく。
「婚約者とその男が、親しげに話していることが気に入らなかったのでしょう。周囲の者に悟られてしまうほど感情の抑制が利かないのも、初めて覚えた嫉妬に翻弄されているのだろうと思いました」
嫉妬するなど、まるで子供みたいだ。昔なじみだという同じ年頃の男と一緒にいた花を見て、自分のような年嵩の男よりもお似合いではないかと感じてしまった。
年の差など、最初から分かっていたというのに。なのに、たった一度目にした光景で、心が揺らいでしまった。自分などではなく、若い男と添い遂げる未来―――それを模したかのように、現実で若い男と並び立つ花の姿を見て、義孝は改めて考えてしまったのだ。
花にとって、その方が幸せなのではないのだろうか。自分よりも、その若い男と生きた方が、彼女にとって良いのではないだろうか。
(私は、年を取りすぎた)
内心、義孝は溜息を吐いた。
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