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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
二十五話『偽旗作戦』
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「噂と言えば」
部下が別の話題を切り出してきた。
「大佐のお耳に入れておきたい噂があるのですが」
「噂?」
「実は、『戦艦疾風』のことなんですが」
疾風という名前に、義孝の手が止まる。疾風は哨戒船の一つで、先の大戦で多くの海兵を救った。
そして、大佐に昇級して義孝が一時的に艦長を務めていた。
「疾風がどうかしたのか」
「最近、上院の中で船酔いを起こす者が増えているようです」
「船酔い?」
程度の差はあるが人間である以上、乗船すれば船酔いは起きる可能性はある。
特に、艦に乗り込んだばかりの新兵などは、胃の中の全てを吐くのが日常茶飯事だった。
「その言い方だと、海域が荒れている・・・等のよくある話ではなさそうだな」
「はい、波は穏やか。船体の揺れも平常で、特段、艦の内外において環境的な変化はないとのこと。しかし、何人も体調不良訴えている者が居て」
「疾風の所属は、北部鎭守府だったか。報告には上がっていないのか?」
「上がってはいるようです。私は北部に同期がいまして、彼とあった際に話を聞きました。原因がわからなくて、首を傾げていると。ただ、実は一番酷い船酔いを起こしているのは艦長だそうで・・・・噂というのは、さらにその・・・」
「なんだ、勿体ぶらずに教えてくれ」
「・・・・副長が、艦長に毒を盛ったのではと言われておりまして」
部下の口から飛び出した、物騒な話に、義孝は固まった。艦長の副長は、義孝が艦長を務めていた頃と変わっていない。
その為、噂の副長にも面識がある。
「疾風の副長は杉田中佐だったな」
「はい」
「何故、その様な噂が?」
「他の将校が体調を崩す中で、一人だけ副長の杉田中佐はピンピンしていたそうです。しかも、素面だったそうで。艦長への下剋上を図ったのではと」
「まさか」
杉田中佐は、真面目で誠実な人物だ。上官に対して、下剋上の願望を抱くような人間ではない。少なくとも義孝は、彼に対しその様な人柄だと感じていた。
「・・・潮田中佐は元々下戸だ、素面なのはいつものことだ」
それ以前に杉田中佐が少量の酒で倒れたのを、義孝は見たことがあとたので中将が悪酔した際に庇った一人が、杉田中佐だ。
「そうでしたか。では、素面であっても、不思議はないのですね」
「ああ、乗組員の不調については気になるが、副長が艦長に毒を盛ったという話は、俄に信じがたいな。多くの乗員が不調になる方法で毒を盛れば、艦が弱体化するだけだ。その艦に乗っている副長に、得があるとも思えない」
「確かに、仰る通りです。毒云々では、噂に付き物の尾ひれでしょうか」
「疾風の状況がよろしくない事には変わりないだろう。・・・教えてくれたこと、感謝する。また何か耳にする事があれば、報告して欲しい」
「あ、では、もう一つよろしいでしょうか」
「ああ、是非教えてくれ」
部下は一層、声を抑えた。
「実は・・・近々、『偽装作戦』が行われるのでは。と」
「偽旗作戦だと?」
義孝は、目をぱちくりさせた。偽旗作戦とは、降伏を意味する白旗や国旗を揚げて、騙し討にする、軍事作戦の一種だ。
「そのご反応ですと、大佐の耳には入っていないようですね」
「ああ、初耳だ」
そのような予定があるのなら、義孝も把握している筈だ。
しかし、直近でそのような作戦の予定はない。艦隊司令部を無視して、独断で作戦を進める事もあるが、部下が口にしたのは、そういう話でもない。
「その作戦を行おうとしているのは、『保守派』の一派のようでして」
部下のその言葉に、義孝はハッとした。
「・・・なるほど、詳しく聞かせてくれ」
軍の中には、古くから派閥というものがある。特に、同郷の者同士が結びつくことで、派閥というものが作られてきた。
人事などの面において、特定の出身地の者が優遇されてきた結果、それらは肥大していった。
軍部が政治の舵を取れる現状を維持しようとする『保守派』。国の政治に軍部が強い影響を及ぼしてしまう、不均衡な現状を変えようとする『革新派』。
海軍内でも、その新たな繋がりで形成された二つの派閥が、水面下で密かに争っていた。
義孝は、そのどちらの派閥ににも属していない。だが、海軍内の潮流を無視することもできない。派閥抗争の激化は、かねてより懸念してきた。
「保守派の一派は、敵国に偽装した艦を用いて帝都を襲撃しようとしているようなのです」
「世論の誘導か」
義孝の言葉に、部下は「ええ、恐らく」と相槌を打った。
帝都が敵国に攻め込まれたとなれば、民意は軍備増強に傾く。たとえ被害が軽微であっても、『敵国に攻撃された』という事実があればいい。それが、保守派による偽旗作戦の狙いなのだろう。
「この話、私以外の誰かに話したか?」
「いえ、時東大佐だけです」
「なぜ、私には話してくれた」
「時東大佐は、保守派ではないと思ったからです。この話は初耳だと仰いましたし」
「私がデコイだったら、どうする」
「え」
「安心しろ、仮の話しだ。君は保守派の人間だったな」
素直な考え方をする部下に、義孝は注意を促した。話を知らなければ、保守派に属する人間ではない・・・・と考えるのは浅はかだ。人は嘘をつく。相手が義孝だからよかったものの、もし隠れた保守派だったならば、部下の判断は命取りだ。
「た、確かに。ご指摘、感謝します」
「うむ・・・それでだ」
義孝は、前のめりだった姿勢を元に戻す。そうして部下に訪ねた。
「君は、確か保守派の人間だったな」
「・・・はい」
部下は神妙な顔で頷いた。軍司令部の人間がどの派閥に属しているのか、それを義孝は把握していた。
海中のどこに機雷が潜んでいるのかを知らず、闇雲に船に船を動かすのは危険だ。同様に、慎重に情報を集めていたのである。
それは、艦に乗っていた時も同じだった。特に、艦という逃げ場のない限られた空間の中で誰がどの派閥に属しているのかを知ることは、無闇な争いを避ける為にも大事だった。
「保守派の君が私にこの話を教えてくれたのは、この偽旗作戦を良く思っていないから・・・違うかね?」
「はい、大佐の仰る通りです。私は、国を帝都を守る為に軍備を増強すべきと考えております。しかし、守るべき帝都に方を向けることは間違っていると思うのです」
「なるほど、明瞭だな」
部下の言葉に嘘はないと判断し、義孝は頷いた。
「君は、出来ればこの作戦を止めたい、と思っているのだろう?」
「はい」
「わかった、ではそのように手を打とう」
義孝は席を立ち上がった。
部下が別の話題を切り出してきた。
「大佐のお耳に入れておきたい噂があるのですが」
「噂?」
「実は、『戦艦疾風』のことなんですが」
疾風という名前に、義孝の手が止まる。疾風は哨戒船の一つで、先の大戦で多くの海兵を救った。
そして、大佐に昇級して義孝が一時的に艦長を務めていた。
「疾風がどうかしたのか」
「最近、上院の中で船酔いを起こす者が増えているようです」
「船酔い?」
程度の差はあるが人間である以上、乗船すれば船酔いは起きる可能性はある。
特に、艦に乗り込んだばかりの新兵などは、胃の中の全てを吐くのが日常茶飯事だった。
「その言い方だと、海域が荒れている・・・等のよくある話ではなさそうだな」
「はい、波は穏やか。船体の揺れも平常で、特段、艦の内外において環境的な変化はないとのこと。しかし、何人も体調不良訴えている者が居て」
「疾風の所属は、北部鎭守府だったか。報告には上がっていないのか?」
「上がってはいるようです。私は北部に同期がいまして、彼とあった際に話を聞きました。原因がわからなくて、首を傾げていると。ただ、実は一番酷い船酔いを起こしているのは艦長だそうで・・・・噂というのは、さらにその・・・」
「なんだ、勿体ぶらずに教えてくれ」
「・・・・副長が、艦長に毒を盛ったのではと言われておりまして」
部下の口から飛び出した、物騒な話に、義孝は固まった。艦長の副長は、義孝が艦長を務めていた頃と変わっていない。
その為、噂の副長にも面識がある。
「疾風の副長は杉田中佐だったな」
「はい」
「何故、その様な噂が?」
「他の将校が体調を崩す中で、一人だけ副長の杉田中佐はピンピンしていたそうです。しかも、素面だったそうで。艦長への下剋上を図ったのではと」
「まさか」
杉田中佐は、真面目で誠実な人物だ。上官に対して、下剋上の願望を抱くような人間ではない。少なくとも義孝は、彼に対しその様な人柄だと感じていた。
「・・・潮田中佐は元々下戸だ、素面なのはいつものことだ」
それ以前に杉田中佐が少量の酒で倒れたのを、義孝は見たことがあとたので中将が悪酔した際に庇った一人が、杉田中佐だ。
「そうでしたか。では、素面であっても、不思議はないのですね」
「ああ、乗組員の不調については気になるが、副長が艦長に毒を盛ったという話は、俄に信じがたいな。多くの乗員が不調になる方法で毒を盛れば、艦が弱体化するだけだ。その艦に乗っている副長に、得があるとも思えない」
「確かに、仰る通りです。毒云々では、噂に付き物の尾ひれでしょうか」
「疾風の状況がよろしくない事には変わりないだろう。・・・教えてくれたこと、感謝する。また何か耳にする事があれば、報告して欲しい」
「あ、では、もう一つよろしいでしょうか」
「ああ、是非教えてくれ」
部下は一層、声を抑えた。
「実は・・・近々、『偽装作戦』が行われるのでは。と」
「偽旗作戦だと?」
義孝は、目をぱちくりさせた。偽旗作戦とは、降伏を意味する白旗や国旗を揚げて、騙し討にする、軍事作戦の一種だ。
「そのご反応ですと、大佐の耳には入っていないようですね」
「ああ、初耳だ」
そのような予定があるのなら、義孝も把握している筈だ。
しかし、直近でそのような作戦の予定はない。艦隊司令部を無視して、独断で作戦を進める事もあるが、部下が口にしたのは、そういう話でもない。
「その作戦を行おうとしているのは、『保守派』の一派のようでして」
部下のその言葉に、義孝はハッとした。
「・・・なるほど、詳しく聞かせてくれ」
軍の中には、古くから派閥というものがある。特に、同郷の者同士が結びつくことで、派閥というものが作られてきた。
人事などの面において、特定の出身地の者が優遇されてきた結果、それらは肥大していった。
軍部が政治の舵を取れる現状を維持しようとする『保守派』。国の政治に軍部が強い影響を及ぼしてしまう、不均衡な現状を変えようとする『革新派』。
海軍内でも、その新たな繋がりで形成された二つの派閥が、水面下で密かに争っていた。
義孝は、そのどちらの派閥ににも属していない。だが、海軍内の潮流を無視することもできない。派閥抗争の激化は、かねてより懸念してきた。
「保守派の一派は、敵国に偽装した艦を用いて帝都を襲撃しようとしているようなのです」
「世論の誘導か」
義孝の言葉に、部下は「ええ、恐らく」と相槌を打った。
帝都が敵国に攻め込まれたとなれば、民意は軍備増強に傾く。たとえ被害が軽微であっても、『敵国に攻撃された』という事実があればいい。それが、保守派による偽旗作戦の狙いなのだろう。
「この話、私以外の誰かに話したか?」
「いえ、時東大佐だけです」
「なぜ、私には話してくれた」
「時東大佐は、保守派ではないと思ったからです。この話は初耳だと仰いましたし」
「私がデコイだったら、どうする」
「え」
「安心しろ、仮の話しだ。君は保守派の人間だったな」
素直な考え方をする部下に、義孝は注意を促した。話を知らなければ、保守派に属する人間ではない・・・・と考えるのは浅はかだ。人は嘘をつく。相手が義孝だからよかったものの、もし隠れた保守派だったならば、部下の判断は命取りだ。
「た、確かに。ご指摘、感謝します」
「うむ・・・それでだ」
義孝は、前のめりだった姿勢を元に戻す。そうして部下に訪ねた。
「君は、確か保守派の人間だったな」
「・・・はい」
部下は神妙な顔で頷いた。軍司令部の人間がどの派閥に属しているのか、それを義孝は把握していた。
海中のどこに機雷が潜んでいるのかを知らず、闇雲に船に船を動かすのは危険だ。同様に、慎重に情報を集めていたのである。
それは、艦に乗っていた時も同じだった。特に、艦という逃げ場のない限られた空間の中で誰がどの派閥に属しているのかを知ることは、無闇な争いを避ける為にも大事だった。
「保守派の君が私にこの話を教えてくれたのは、この偽旗作戦を良く思っていないから・・・違うかね?」
「はい、大佐の仰る通りです。私は、国を帝都を守る為に軍備を増強すべきと考えております。しかし、守るべき帝都に方を向けることは間違っていると思うのです」
「なるほど、明瞭だな」
部下の言葉に嘘はないと判断し、義孝は頷いた。
「君は、出来ればこの作戦を止めたい、と思っているのだろう?」
「はい」
「わかった、ではそのように手を打とう」
義孝は席を立ち上がった。
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