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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
二十七話『花の処方箋』
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「お酒を飲んで出ている症状なのに?」
「はい、お酒を飲むと厠へ行く回数が増えるかと・・・それにより体が脱水の状態となった結果、頭痛が生じます。一方、吐き気や胸焼けなどの不調は、酒に含まれるアルコールが胃腸の粘膜を傷つける事で起きるようです」
「原因は同じ酒であっても、酒の何が不調の原因かは、身体の各部位で異なる訳ですか」
「そうですね。なので、蜆等の味噌汁を摂ると良いかと思います。他にも浅蜊や蛤、牡蠣といった貝類は肝臓の解毒を助けるといいます。あくまで不足している栄養を取る為のものであって、残念ながら特効薬などではないので・・・」
「いえ、助かります」
「それと・・・・もし、食べられるなら、カレイライスも良いかもしれません。栄養も効果的に摂れますが。使われているスパイスが、健康増進に寄与する生薬ですので」
「ふむ、分かりました」
頷き納得したあと、義孝は花に頭を下げた。
「花さん、ありがとうございました。海軍司令部に戻ります」
「これからですか?」
「急ぎ、上に報告しようかと思います」
義孝はすくっと立ち上がると、朝出勤した時と同じように玄関へと向う。
その後を花は慌てて追いかけた。
「帰宅が遅くなるかもしれません。夕食、母と食べておいて下さい」
「分かりました。あの・・・お気をつけて」
声をかけた花に会釈を残し、義孝は玄関から足早に出て行った。
日の長い季節柄、開かれた戸の外はまだ明るい。橙色の空が、東から徐々に薄闇に飲まれようとしていた。
閉じた戸を前に、花は無意識に両手を握りしめた。何故か、胸騒ぎがしてならなかった。
義孝が、遠くに行ってしまうような、そんな胸騒ぎが。
その予感は、数刻後に現実のものとなった。
日が完全に沈み、人々が眠りに着く頃、義孝は帰宅した。
居間でうとうとしていた花は、玄関の開く音ではっと目を開いた。
「義孝さん、おかえりなさいませ」
慌てて玄関へ向かうと、義孝が驚いたような顔をする。
「花さん、こんな時間なのに・・・まさか、待っていてくれたのですか」
「遅くなっても、ご帰宅はされるようでしたので」
「ありがとうございます。お話があったので、起きてくれていて良かった」
「お話ですか?」
「はい。母は眠っていますか?」
「ええ、お義母さんなら、もう床に就いておいでですが」
「では、私の部屋に来ていただいても、よろしいでしょうか?」
「はい」
答えてから、花は一瞬固まる。彼の部屋とは、つまり寝室である。そこに呼ばれたなど、初めてである。
どうして急に・・・と、彼の意図に困惑しながらも、彼の個人的な空間に呼ばれたことが花には嬉しかった。
掃除のために入ったことはあるが、整えられた部屋は義孝そのもののようで、そこにいるだけでいつも温かな気持ちになるのだ。
ドキドキしながら、顔を上げて答える。
「わ、わかりました」
不意に違和感を覚え、花は我に返る。自分の前を通過し、奥の部屋に入ってゆく義孝の横顔が、僅かに険しさを帯びていたからだ。
その険しさの理由は、すぐに明らかになった。
「艦長に、復帰・・・ですか」
呆然となりながら、花はそう口にした。義孝の部屋の中、いつかの夜のように星座で向き合い知らされたのは、突然降って湧いたような異動の話だった。
しかも明日には当該の艦に乗り込む為、朝には家を出て神国に向かうと言う。
膝に重ねた手のひらが、カタカタと震える。
艦長職ということは、海上勤務になるということ。つまり、彼の陸上での生活も、一旦はここで終わりという事だ。
(いつかはそういう日が来るとは思っていたけれど・・・でも、明日・・・?)
花はそれ以上考えることが出来なかった。頭では分かっていたのに、あまりに突然の事で心が追いつかない。
「すみません、花さん。急にこんな事になってしまって」
義孝が頭を下げた。それを見て、花は慌てて言葉を返す。
「い、いえ・・・私こそ、すみません。びっくりしてしまって・・・」
「びっくりして、当然です。私も、さすがに驚きました」
「義孝さんも?」
「ええ、本来なら、もうしばらくは陸上勤務の予定でしたから、花さんにも事前に説明できたかと」
「その、私も・・義孝さんが船に乗る時のことを、考えていなかった訳ではないんです。でもいざ、その時になるまで、よく分かっていなかった、みたい、で・・・・」
分かって、いなかった。
何も、分かっていなかった。
義孝と過ごせる生活が、ずっと続くと・・・そう、思うようになっていた。時東家にやって来たばかりの頃は、逆にすぐ終わってしまうと思っていたというのに・・・。
いつの間にか、義孝と一緒に居ることが当たり前になっにしまっていた。
――――なのに。
今は義孝が海に戻るのが、彼と離れ離れになるのが、こんなにも恐ろしい。
「花さんは、泣き虫ですね」
そっと伸びてきた、大きな手のひらが花の頬を包む。温かな手のひらに、逆に涙が溢れてしまう。
「すみません・・・いつも」
時東家に来てから、泣いてばかりいる。人前で泣くなど、父亡き後の実家にいた頃はなかった。こんなに涙もろくなってしまって、義孝を困らせるばかりなのに・・・。
「いいんですよ、泣いたって」
義孝が花の手を取り、引き寄せた。
「はい、お酒を飲むと厠へ行く回数が増えるかと・・・それにより体が脱水の状態となった結果、頭痛が生じます。一方、吐き気や胸焼けなどの不調は、酒に含まれるアルコールが胃腸の粘膜を傷つける事で起きるようです」
「原因は同じ酒であっても、酒の何が不調の原因かは、身体の各部位で異なる訳ですか」
「そうですね。なので、蜆等の味噌汁を摂ると良いかと思います。他にも浅蜊や蛤、牡蠣といった貝類は肝臓の解毒を助けるといいます。あくまで不足している栄養を取る為のものであって、残念ながら特効薬などではないので・・・」
「いえ、助かります」
「それと・・・・もし、食べられるなら、カレイライスも良いかもしれません。栄養も効果的に摂れますが。使われているスパイスが、健康増進に寄与する生薬ですので」
「ふむ、分かりました」
頷き納得したあと、義孝は花に頭を下げた。
「花さん、ありがとうございました。海軍司令部に戻ります」
「これからですか?」
「急ぎ、上に報告しようかと思います」
義孝はすくっと立ち上がると、朝出勤した時と同じように玄関へと向う。
その後を花は慌てて追いかけた。
「帰宅が遅くなるかもしれません。夕食、母と食べておいて下さい」
「分かりました。あの・・・お気をつけて」
声をかけた花に会釈を残し、義孝は玄関から足早に出て行った。
日の長い季節柄、開かれた戸の外はまだ明るい。橙色の空が、東から徐々に薄闇に飲まれようとしていた。
閉じた戸を前に、花は無意識に両手を握りしめた。何故か、胸騒ぎがしてならなかった。
義孝が、遠くに行ってしまうような、そんな胸騒ぎが。
その予感は、数刻後に現実のものとなった。
日が完全に沈み、人々が眠りに着く頃、義孝は帰宅した。
居間でうとうとしていた花は、玄関の開く音ではっと目を開いた。
「義孝さん、おかえりなさいませ」
慌てて玄関へ向かうと、義孝が驚いたような顔をする。
「花さん、こんな時間なのに・・・まさか、待っていてくれたのですか」
「遅くなっても、ご帰宅はされるようでしたので」
「ありがとうございます。お話があったので、起きてくれていて良かった」
「お話ですか?」
「はい。母は眠っていますか?」
「ええ、お義母さんなら、もう床に就いておいでですが」
「では、私の部屋に来ていただいても、よろしいでしょうか?」
「はい」
答えてから、花は一瞬固まる。彼の部屋とは、つまり寝室である。そこに呼ばれたなど、初めてである。
どうして急に・・・と、彼の意図に困惑しながらも、彼の個人的な空間に呼ばれたことが花には嬉しかった。
掃除のために入ったことはあるが、整えられた部屋は義孝そのもののようで、そこにいるだけでいつも温かな気持ちになるのだ。
ドキドキしながら、顔を上げて答える。
「わ、わかりました」
不意に違和感を覚え、花は我に返る。自分の前を通過し、奥の部屋に入ってゆく義孝の横顔が、僅かに険しさを帯びていたからだ。
その険しさの理由は、すぐに明らかになった。
「艦長に、復帰・・・ですか」
呆然となりながら、花はそう口にした。義孝の部屋の中、いつかの夜のように星座で向き合い知らされたのは、突然降って湧いたような異動の話だった。
しかも明日には当該の艦に乗り込む為、朝には家を出て神国に向かうと言う。
膝に重ねた手のひらが、カタカタと震える。
艦長職ということは、海上勤務になるということ。つまり、彼の陸上での生活も、一旦はここで終わりという事だ。
(いつかはそういう日が来るとは思っていたけれど・・・でも、明日・・・?)
花はそれ以上考えることが出来なかった。頭では分かっていたのに、あまりに突然の事で心が追いつかない。
「すみません、花さん。急にこんな事になってしまって」
義孝が頭を下げた。それを見て、花は慌てて言葉を返す。
「い、いえ・・・私こそ、すみません。びっくりしてしまって・・・」
「びっくりして、当然です。私も、さすがに驚きました」
「義孝さんも?」
「ええ、本来なら、もうしばらくは陸上勤務の予定でしたから、花さんにも事前に説明できたかと」
「その、私も・・義孝さんが船に乗る時のことを、考えていなかった訳ではないんです。でもいざ、その時になるまで、よく分かっていなかった、みたい、で・・・・」
分かって、いなかった。
何も、分かっていなかった。
義孝と過ごせる生活が、ずっと続くと・・・そう、思うようになっていた。時東家にやって来たばかりの頃は、逆にすぐ終わってしまうと思っていたというのに・・・。
いつの間にか、義孝と一緒に居ることが当たり前になっにしまっていた。
――――なのに。
今は義孝が海に戻るのが、彼と離れ離れになるのが、こんなにも恐ろしい。
「花さんは、泣き虫ですね」
そっと伸びてきた、大きな手のひらが花の頬を包む。温かな手のひらに、逆に涙が溢れてしまう。
「すみません・・・いつも」
時東家に来てから、泣いてばかりいる。人前で泣くなど、父亡き後の実家にいた頃はなかった。こんなに涙もろくなってしまって、義孝を困らせるばかりなのに・・・。
「いいんですよ、泣いたって」
義孝が花の手を取り、引き寄せた。
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