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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
三十話『噂の婚約者』
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やがて鎭守府に到着した義孝は、戦艦疾風の前艦長からの申継書を拝受した。
艦長が交代する際には、前任より直に引き継ぎが行われるのが通例だ。しかし、今回は緊急事態ゆえ、申継書のみの受け取りとなった。
申継書には、戦艦疾風の現状が淡々と記されていた。部下から噂として聞いた乗員の謎の船酔いについても記載があった。
やはり、実際に起きていることらしい。それ以外には、特筆されるような記載はなかった。
戦艦疾風には、鎭守府の桟橋から内火艇で向う。内火艇を艦の右脇腹に横付けし、そこにある舷梯から甲板に上がる。甲板では、義孝と同じ白い軍服をまとった乗員達が敬礼で新艦長を出迎えたが、その数は疎らで通常の艦長就任と比べるといささか淋しい。
「このような状態でのお迎え、申し訳ありません」
前艦長に代わり、義孝にそう挨拶したのは副長の杉田中佐だ。
「いや、構わんよ。適切な対応、ご苦労だった」
真顔の杉田中佐に対し、義孝は朗らかに返す。不調の乗員を休ませるよう対応を依頼したのは、他でもない義孝だ。
こちらに向かう前に、軍司令部から電報で杉田中佐に頼んでおいたのである。義孝は、整列する乗員達を点検するように見て歩いたあと、彼らに向き直り手短に就任の挨拶をした。
「皆、無理はせず、身体を大事にしてくれ。不調がある者は我慢せずに申し出てくれ」
最後にそう付け足して、挨拶を終える。その後、義孝は杉田中佐に艦長室へ案内された。
「時東大佐・・・いえ、艦長。お戻り、大変うれしく思います」
ニコリともせずに、杉田中佐は言う。それを見て、懐かしいなと義孝は笑った。この杉田中佐は、基本的に微笑まない。表情を作るのも苦手なのだという。
その為、周囲から誤解を受けることも、しばしばあった。前回の乗艦では、義孝から『私は構わんが、他の長官の前では笑っておいた方がいい』と指摘したものだ。
艦長暗殺の噂が立ったのも、この無愛想ゆえだろう、と義孝は考えている。
「そう言ってもらえて、こちらも嬉しいよ。杉田中佐」
艦長室は、寝泊まりする私室と、執務を行う公室に分かれている。公室には執務室の他に応接テーブルと椅子があり、義孝はそこに腰掛けるよう杉田中佐に勧めた。
二人きりになったことで、積もる話をする為である。
「・・・ところで、中佐。君が前艦長に毒を盛ったという噂が流れているのは、既に君自身の耳にも入っているのだろうか」
「ええ、恥ずかしながら・・」
「君ではないのだろう?」
「艦長はどの様にお考えなのですか?」
「上官の質問に、質問で返すか。回りくどいぞ、手短に頼む」
「当然ですとも、疑われるのは心外です」
「あくまで確認の為に訊いたまでだ。君は信頼できる男だ、疑ってなどいない」
「光栄です」
義孝の言葉に、杉田中佐は微かに口角を上げる。
会話に区切りが訪れたと同時に、空気が静かに張り詰めた。
これまで朗らかに話していた杉田中佐も、一段、声のトーンを低めて話し始める。
「こちらからも、艦長の耳に入れたいご報告が・・・例の茸の件ですが、食材を検めまして、それらしき物が確認出来ました」
「そうか、見つかったか」
「常食の湿地茸に似ていた為、烹炊飯の者達も、見落していたようで・・・どこから紛れ込んだのかは現在調査中です」
「分かった。進展があれば、また報告してくれ」
「はい・・・しかし、艦長からの事前の電報、大変助かりました。皆、何が原因か分からぬ恐れだけで船酔いになってしまいそうな軽い恐慌状態だったので」
「推測が当たって良かったよ」
「ですが、艦長。茸が原因だと、お気付きになりましたね?」
「私の婚約者が、医学の知識に富んでいてね」
「ああ、噂の」
「噂?」
「海上にまで伝わってきておりますよ。『あの時東大佐が、若い娘にぞっこんだ』と」
「『あの』とはなんだ、『あの』とは」
「浮いた話もなければ、寄港した先での女遊びの一つもしない。ちょっと失礼な話ですが、時東大佐はやはり海神の化身と呼ばれるだけあって、人の男ではないのでは・・・という疑う声もあったのです」
「ただの人だぞ」
義孝は苦笑混じりの溜息を吐く。人でなければ、悩みを抱えずに済んだのかも知れない。
しかし、義孝は悩んでばかりだ。
(・・・また、泣かせてしまったしな)
残してきた花の、別れの表情が浮かぶ。
最初に泣かせてしまった生い立ちの話を訊いたあの夜、二度と泣かせまいと思った。なのに、またしても・・・・。
「お若いとは訊いておりますが、実際お相手のご年齢は幾つなのですか?」
義孝の悔恨を断ち切るように、杉田中佐が訊ねた。何度も受けてきた問いだが、未だ、答えようとする口の中には気まずさが漂う。
「・・・十九だ」
「大佐のご年齢は?」
「四十四だ」
ほお、と杉田中佐の表情が、珍しく動いた。
「年の差のある結婚が普通とはいえ、二十五も離れている話はなかなか聞きません。若い娘との結婚。良いですな」
「君の奥方が聞いたら、叱られるだけじゃ済まないぞ」
「内密にお願いします」
切り替えも素早く、杉田中佐が頭を下げた。
艦長が交代する際には、前任より直に引き継ぎが行われるのが通例だ。しかし、今回は緊急事態ゆえ、申継書のみの受け取りとなった。
申継書には、戦艦疾風の現状が淡々と記されていた。部下から噂として聞いた乗員の謎の船酔いについても記載があった。
やはり、実際に起きていることらしい。それ以外には、特筆されるような記載はなかった。
戦艦疾風には、鎭守府の桟橋から内火艇で向う。内火艇を艦の右脇腹に横付けし、そこにある舷梯から甲板に上がる。甲板では、義孝と同じ白い軍服をまとった乗員達が敬礼で新艦長を出迎えたが、その数は疎らで通常の艦長就任と比べるといささか淋しい。
「このような状態でのお迎え、申し訳ありません」
前艦長に代わり、義孝にそう挨拶したのは副長の杉田中佐だ。
「いや、構わんよ。適切な対応、ご苦労だった」
真顔の杉田中佐に対し、義孝は朗らかに返す。不調の乗員を休ませるよう対応を依頼したのは、他でもない義孝だ。
こちらに向かう前に、軍司令部から電報で杉田中佐に頼んでおいたのである。義孝は、整列する乗員達を点検するように見て歩いたあと、彼らに向き直り手短に就任の挨拶をした。
「皆、無理はせず、身体を大事にしてくれ。不調がある者は我慢せずに申し出てくれ」
最後にそう付け足して、挨拶を終える。その後、義孝は杉田中佐に艦長室へ案内された。
「時東大佐・・・いえ、艦長。お戻り、大変うれしく思います」
ニコリともせずに、杉田中佐は言う。それを見て、懐かしいなと義孝は笑った。この杉田中佐は、基本的に微笑まない。表情を作るのも苦手なのだという。
その為、周囲から誤解を受けることも、しばしばあった。前回の乗艦では、義孝から『私は構わんが、他の長官の前では笑っておいた方がいい』と指摘したものだ。
艦長暗殺の噂が立ったのも、この無愛想ゆえだろう、と義孝は考えている。
「そう言ってもらえて、こちらも嬉しいよ。杉田中佐」
艦長室は、寝泊まりする私室と、執務を行う公室に分かれている。公室には執務室の他に応接テーブルと椅子があり、義孝はそこに腰掛けるよう杉田中佐に勧めた。
二人きりになったことで、積もる話をする為である。
「・・・ところで、中佐。君が前艦長に毒を盛ったという噂が流れているのは、既に君自身の耳にも入っているのだろうか」
「ええ、恥ずかしながら・・」
「君ではないのだろう?」
「艦長はどの様にお考えなのですか?」
「上官の質問に、質問で返すか。回りくどいぞ、手短に頼む」
「当然ですとも、疑われるのは心外です」
「あくまで確認の為に訊いたまでだ。君は信頼できる男だ、疑ってなどいない」
「光栄です」
義孝の言葉に、杉田中佐は微かに口角を上げる。
会話に区切りが訪れたと同時に、空気が静かに張り詰めた。
これまで朗らかに話していた杉田中佐も、一段、声のトーンを低めて話し始める。
「こちらからも、艦長の耳に入れたいご報告が・・・例の茸の件ですが、食材を検めまして、それらしき物が確認出来ました」
「そうか、見つかったか」
「常食の湿地茸に似ていた為、烹炊飯の者達も、見落していたようで・・・どこから紛れ込んだのかは現在調査中です」
「分かった。進展があれば、また報告してくれ」
「はい・・・しかし、艦長からの事前の電報、大変助かりました。皆、何が原因か分からぬ恐れだけで船酔いになってしまいそうな軽い恐慌状態だったので」
「推測が当たって良かったよ」
「ですが、艦長。茸が原因だと、お気付きになりましたね?」
「私の婚約者が、医学の知識に富んでいてね」
「ああ、噂の」
「噂?」
「海上にまで伝わってきておりますよ。『あの時東大佐が、若い娘にぞっこんだ』と」
「『あの』とはなんだ、『あの』とは」
「浮いた話もなければ、寄港した先での女遊びの一つもしない。ちょっと失礼な話ですが、時東大佐はやはり海神の化身と呼ばれるだけあって、人の男ではないのでは・・・という疑う声もあったのです」
「ただの人だぞ」
義孝は苦笑混じりの溜息を吐く。人でなければ、悩みを抱えずに済んだのかも知れない。
しかし、義孝は悩んでばかりだ。
(・・・また、泣かせてしまったしな)
残してきた花の、別れの表情が浮かぶ。
最初に泣かせてしまった生い立ちの話を訊いたあの夜、二度と泣かせまいと思った。なのに、またしても・・・・。
「お若いとは訊いておりますが、実際お相手のご年齢は幾つなのですか?」
義孝の悔恨を断ち切るように、杉田中佐が訊ねた。何度も受けてきた問いだが、未だ、答えようとする口の中には気まずさが漂う。
「・・・十九だ」
「大佐のご年齢は?」
「四十四だ」
ほお、と杉田中佐の表情が、珍しく動いた。
「年の差のある結婚が普通とはいえ、二十五も離れている話はなかなか聞きません。若い娘との結婚。良いですな」
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