身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻

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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

二十九話『純然たる願望』

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 翌日、家の門にて花は義孝を見送った。スーツ姿がいつもの出勤のようで、彼がしばらく帰ってこないというのが嘘のようだった。
「まったく・・・いくら急だからって、港での見送りもさせてくれないなんて」
 義孝の後ろ姿が通りの向う側に消えたのと、花の隣で共に見送りをした千代が溜息交じりに言った。
「婚礼の儀だってまだなのに・・・花さん。こんな事になって、本当にごめんなさい」
「いえ、お母さんが謝るようなことでは・・・」
 申し訳無さそうに頭を下げる千代に、花は慌てて静止した。
「それに、私なら大丈夫です。義孝さんのご帰還を信じると決めたので。だから、一緒に待たせて頂けませんか。家のことも、これまで通りに任せて頂ただければ、嬉しいです」
「そんな、むしろ・・・いいの?義孝はいないのに」
「あっ、お義母さんがお嫌でなければですが」
「嫌な理由ないですよ!そうしてもらえると、私も嬉しいわ」

 千代が、花の手をギュッと握る。義母の温かな手は、義孝のそれに似ている。それが、花にはとても心強かった。
「それなら、花さん。先に準備しておきましょう!」
 と、千代が思い出したように言った。花は目をぱちくりする。
「準備、ですか?」
「婚礼の儀の準備ですよ。あの子が帰ってきたら、すぐできるように」
 千代が笑顔で、明るい未来の話を語る。花も、その幸せな日が訪れることを脳裏に思い描き、笑顔で頷いたのだった。

  ◆◆◇◇◇◆◆◇◇◇

 日没後の部長室にて、中原中将が訊ねた。義孝が自宅で花から茸の話を聞き、とんぼ返りした時のこと。
 急ぎの報告だったためスーツ姿のまま入室した義孝に、中原中将は神妙な顔をした。
 嫌な予感が、じわりと義孝の胸にこみ上げる。そして、嫌な予感ほど、よく当たる。
「戦艦疾風の艦長・杉田大佐が倒れたことは、既に貴様も知るところだろうが。杉田大佐が、療養の為に艦を下りることになった。そこで後任として、貴様に艦長を引き継いでもらう」
 義孝は思わず目を瞑る。部下ならその噂を聞いた時から、薄っすらと予感していた事だった。

 仕方がない事だとは理解している、そういう仕事だ。だが、なぜ今なのだろうと思わずにいられない。
 自分には、まだ陸でやり残している事があるというのに。

「時東大佐。急で悪いが、明日、港に向かってくれ」
「それは、正式な辞令でしょうか」
「いや、肯定的なものだ。本来であれば、今も艦長を務めていた貴様が適任だということでな。正式な辞令があれば、おって上から出るだろう」
「分かりました」
「すまぬな、時東。人事の意見を覆してやれなんだ」
「いえ・・・お気遣い、ありがとうございます。中将」
 義孝は、中原中将に一礼した。この部下想いの上司が『結婚するまで待っていてやって欲しい』と異動を再考するよう上に掛け合ってくれた事は、想像に難くない。
「だが時東よ、安心しろ。結婚初夜は、儂が必ずさせてやる」
「よろしくお願いしますと言い難いのですが・・・そうですね、結婚は早めにさせて頂けますか」
「おお!大船に乗ったつもりで任せろ!」
 中原中将は、そう言って胸を張った。白い軍服を着ているせいで、まるでシロクマのようだ。
「しかし、お前がそんなことを言うようになるとはなぁ」
「・・・それと中将、内密にお願いしたいことがあります」
 しみじみと語る中原中将を前に、義孝は声を低くしてそう申し出た。発言の不穏さに、中原中将は訝るように、片方の眉をくいっと上げる。
「なんだ?」
「今すぐ、花さんと結婚させてください!」

 ――――揺れる汽車の中で、義孝は目を覚ました。

 義孝は、自分がどこで何をしていたのかを思い出す。列車で横須賀鎭守府へと向かっている最中だった。通勤時と同じスーツ姿、傍らには旅行鞄を携えている。
 昨晩より気を張っていたのが災いしてか、暗いトンネルに入ったところで一瞬だけ、眠ってしまったようだ。座席に座るその姿は、背筋を伸ばしたままだった。
(今のは、昨日の・・・しかし)
 義孝は今しがた見た、夢について考える。時東家に再び帰宅する前、軍司令部に戻った際の記憶らしい。

 ・・・・が、夢の内密の一部は、現実と異なっていた。

(中将に頼んだのは、『花さんとの結婚』ではなかったのだが)
 何の脈略もない発言をする夢の中で己の姿を思い出し、義孝は苦笑する。
 中原中将に頼んだのは、実際には『とある仕事を請け負って欲しい』という話だった。なのに、何故か夢の中の自分は、花との結婚の話などしたのだろうか。
(花さんへの罪悪感が反映されたのだろうか・・・それとも、あれが私の純然たる願望か)
 幾つも連なるトンネルを抜けたあと、列車の車窓には軍艦の居並ぶ巨大な軍港が現れる。夏の陽射しを受けて、きらきらと輝く青い海は、まるで義孝を待ち受けていたかの様だった。
(・・・また、戻ってきたのだな)
 軍港を前にして、義孝は気を引き締め直す。花と過ごした陸地での時間を名残惜しく思いながら・・・・。
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