身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻

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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

三十一話『派閥抗争の影響』

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 彼の妻は淡々とした杉田中佐とは対極の、溌剌とした女性だ。しかも、お馴染みの姉さん女房でもある為か、杉田中佐は頭が上がらないらしい。
 義孝も一度、陸で夫婦が一緒にいる姿を見たことがあった。その時の杉田中佐は、完全に尻に敷かれている様だった。
 部下のそんな姿は、亭主関白が少なくない軍人にしては珍しく、義孝は妙な親近感を覚えたものだ。
「内密にするのは構わんが、私の噂の出どころが分かるようなら、ぜひ教えてくれ。君が毒を盛った話と同様、訂正しなくてはいけないからな」
「艦長の噂話には、どのようなご訂正を?」
「『若い娘』の部分を『婚約者』に、ただ、若い娘だから結婚を決めた訳ではない。縁があった人が、たまたま若かっただけだ」
「『ぞっこんだ』という部分は真実なのですね」
「皆まで聞くんじゃない」
 義孝は誤魔化すように、咳払いした。すると、杉田中佐が微かに顔を伏せ、肩を揺らした。
「・・・ふふ」
「中佐、なぜ笑う」
「艦長がお幸せそうで良かった、と思ったもので」
 生真面目に塗り固められた顔に、ふっと柔らかな笑みが浮かぶ。杉田中佐は、パッと見ただけでは表情も乏しく、何を考えているかわかりにくい男だ。しかし、義孝は信頼している。
 言葉や態度では何とでも取り繕えるが、実際に大事なのは『何を行ってきたか』だ。
 むやみやたらと目立ったり前に出たりせず、行動指針は利己より利他・・・先の海戦での働きや、実際に同じ艦に乗っていた時の杉田中佐の様子が、まさにそうだった。
 そういう点では、義孝にとって信頼のおける仲間である。
「・・・というか、艦長。ご成婚もまだなのに、こちらにお戻りになられたのですか?」
「そうだ。なかなか、婚約許可が下りなくてな」
「『派閥抗争』の影響でしょうね」
 杉田中佐が小さく溜息を吐く。軍内に生じた新たな二派閥―――革新派と保守派の対立の話しだ。
 その対立のゴタゴタに巻き込まれた花との婚約許可の申請手続きが遅延している可能性は、義孝も考えていた。
 杉田中佐の口からも同じ考えが出てきたということは、おそらく懸念していたとおりなのだろう。
「こちらにも、その影響が?」
 義孝が訊ねると、杉田中佐は肩をすくめてみせた。
「前艦長は骨の髄まで保守派でしたので、やりにくくて大変でしたよ。艦内で革新派を見つけるや否や叩きたがるので、私もヒヤヒヤでしました」
「ああ、そう言えば杉田中佐は革新派だったか」
「ええ、こっそりとですが」
 相手によっては警戒を要する微妙な話題だったが、杉田中佐はさらりと答えた。それから彼は、義孝の目を見つめ、探りをいれるように訊ねた。
「時東大佐は、相変わらず中立なのですか」
「これからも、そのつもりだよ」 
 あくまで敵は外にある―――それが義孝の考えだ。
「時東大佐の清廉潔白な人柄のせいでしょう。腐敗した者達には、同じ派閥に見えるようで」
「保守派が腐敗している者達ばかりなら、私も堂々と革新派に名を連ねるのだがね」
「革新派の私が言うのもなんですが、そのようなところが実に革新派なのですがね」
「どの様なところがだ?」
「公明正大、真面目で些事に拘らず、国と国民に尽くそうとする忠義の軍人らしいところです。艦長と比べると、自分の修行不足を思い知らされますよ」
 杉田中佐は、正義感が強い男だ。ゆえに、同派閥に属していないと公言する義孝に対しても穏便に接してくれている。前回、戦艦疾風に乗っていた時もそうだった。
 だが、そうでない相手も、もちろんいる。
 ・・・・・自分の思想とは相入れぬ者は全て敵だとし、攻撃を隠さぬ者が。
 そして、実際に攻撃を加えて来る者がいることを、義孝はその身を持って知っている。
「杉田中佐。君を革新派らしい軍人と見込んで、話がある」
「はい?・・・どの様な話でしょう」
「できるだけ早く、乗員達を回復させて欲しい。この艦の状態を教えてくれた部下が、その時にもう一つ、どうにもきな臭い噂話をしてくれてな」

 義孝は部下から聞いた噂の詳細を語った。

「馬鹿馬鹿しいと一蹴も出来ませんね。保守派の中枢ならやりかねない」
 話を訊いたあと、杉田中佐は肩を竦めた。
「それで、どうするされるのですか?艦長」
「本艦は職務をまっとうするまでた」

 現在、乗員の不調のため、戦艦疾風は編成された艦隊を離れ、北部鎭守府から程遠くない沖合いに一隻のみで停泊していた。
 乗員達の船酔いが、もっと酷いものだったなら、帰港できたことだろう。だが、船酔いとの判断により、海上での待機を余儀なくされた。
 その上で任されているのは、帝都近海の海防だ。つまり、海からの攻撃に対する国土の防衛である。帝都に攻撃が仕掛けられるのであれば、それを防ぐのが同艦の職務だった。
 本来であれば、近海は後衞だ。敵艦からの攻撃が真っ先に届く前線には当たらない。負担が少ないため、乗員の不調が多少考慮されているのだが・・・。
「いつ、どこが狙われるのでしょうか」 
「それは、わからん。噂話には、それらの情報はなかったからな」
「では現状、打つ手なし、ですか・・・」
「いいや」
 焦りを滲ませた杉田中佐に、義孝はハッキリと異を唱えた。
 そして、それまでと変わらず、穏やかな調子で――――しかし、力強く言い切った。
「こちらの一手なら、すでに打ってある」
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