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「これの扱いに難儀している」
ヴァルタルはもう一度溜息をついてブレスレットを見つめた。
「お前を助ける為に、侍女にこれを壊させ、盗ませたが、お前が出て来てしまった以上、これを持ってるのは不味い。どうしたものかと思案しているんだ」
マルコは席に着く。
「お前も座れよ、アナバス。いいだろ?叔父貴」
ハンバルは顎で儂を促す。儂は下座の席に座り、運ばれ給仕される食事に手をつける。
「そんなもん、壊して捨てちまえばいいんじゃないか?」
マルコはこともなげに言った。
「馬鹿言っちゃいかんよ、マルコ!このロイヤルブルーがどれほど貴重な物かお前はわかっていないからそんな事が言えるんだ!」
ハンバルは声を荒げる。
商人として目が利くハンバルとしてはこの貴重な宝石が葬られる事は実に惜しいのだろう。
「そう怒るなよ、叔父貴」
マルコは半笑いで手のひらを見せてハンバルに言った。
ハンバルは未だ怒りが収まらない様で切々とこのロイヤルブルーが如何に貴重であるかを語っていた。
ロイヤルブルーは確かに貴重だ。祖父様の代で一つ、爺の代で一つ、儂の代で一つ、やっと献上された程に貴重だ。
しかも祖父様の代で採れたこのブレスレットのロイヤルブルーは稀に見る大きさで、更に貴重な物だった。
「あの娘……よりによってこんな貴重な物を任されているとは、誤算だった……」
ヴァルタルが独りごちた。
タイミングを見てスッと手を上げる。
「少しいいか?」
儂の発言に三人が顔を向ける。
「なんだね?アナバス」
ハンバルが儂に発言を許す。
「闇ルートに流れそうになっていたのをたまたま発見して止めたという事にして王家に返せばいいだろう。王家への忠誠の証として大枚を叩いてこれを買い戻した。そう言って王に献上すれば王家に恩を売れるかもしれないしな」
「……なるほど……。それはいいかもしれないな……」
「確かに一石二鳥だ…」
何故かマルコが得意げな顔をしてハンバル達を見ている。
「な?頭の切れる男だろ?」
「ただしそれには一度、闇に流す方が確実だろうな。調べられると足がつかないとも限らないからな」
ハンバルはその福々しい顔でニコリと笑って見せた。
「その辺りは抜かりなく手配出来るよ、心配要らない」
「後一つ。ロロテアの件は変更無しでいいのか?」
「マルコも無事に戻ってきた事だ。変更は無しだよ」
「そうか。なら問題ないな」
ハンバルとヴァルタルはその手配の手筈を打ち合わせ始めた。
儂はそのまま静かに食事を進める。なかなかに飯の旨い娼館だ。
食事会は終わり、娼館の一室を与えられ、女があてがわれた。
今日の功績への褒美の様だ。
「あら、今日のお客様は良い男ね。この店には初めてでしょ?」
女はしっとりと儂に笑いかける。
艶やかな黒髪が印象的な艶かしい女だ。
儂は女をじっと見つめ、訊ねた。
「…お前、マグダラスの出身か?」
女は面食らった顔をして儂に訊ね返す。
「…どうして、わかったの?」
「眼差しが俺の妻に少し似ていたからだ」
「まぁ、奥さんがいるのにこんな所に来るの?」
呆れた様に笑った女の顔は先程の女の色香を出したものとは少し違っていた。
「今日は付き合いで仕方がなかった。お前は酌だけしてくれれば良い」
「そう。奥さんもマグダラスの出身なの?」
「ああ。グリムヒルトに来て一年になるな」
「私はもう三年になるかしら。一年前と言えば王妃様が来られたのも一年前ね」
「そうだな」
女は悪戯っぽく笑って儂の酌をする。
「信じられないでしょうけど、私、王妃様と知り合いなのよ?」
「……ほう?」
儂はグラスに注がれた葡萄酒に口を付けながら、女に話の先を促した。
「こちらに来てからはもちろんお会いしてないけどね。マグダラスではお話しさせて頂いていたの」
「……そうか。お前、名は?」
「デボラと言うわ」
「デボラ。王妃の話を聞かせてくれ」
デボラはキョトンとした顔でデカンタを置いた。
「驚いた……。信じてくれた人は初めてよ?大体皆んなホラだと言って笑うのに」
儂は笑う。
「何。妻も同じ様な事を言っていたからな」
「まぁ! じゃあ奥さんも王都の出身なのかしら? 奥さんの名前は?」
「レイティアと言う」
儂はサラリと答えて見せた。デボラは絶句して儂をマジマジと見つめている。
「……え⁇ レイティア様の⁈」
デボラはまだ考えがまとまらないらしく、儂は笑って見せた。
「レイティアは俺の妻だ。ただ今はまだ仕事中なのでな。黙っていてくれ」
デボラはこくこくと頷くと動揺を抑えようと口元に手を当てている。
「……では、貴方様は……」
「畏まる必要はない」
儂はまたグラスに口をつける。
「……レイティア様は、お元気ですか?」
「ああ、息災だ」
デボラは懐かしむ色を見せた。
「レイティア様がこちらにいらしたと聞いた時は本当に驚きました。でもご正妃様になられると聞いてホッとしたものです。私から言うのも変なのですが……本当にありがとうございます……」
そして優しく微笑む。
「レイティア様は私達マグダラスの者にとって、本当に大切な方なんです。希望と言ってもよかった。ですから……幸せにしていらっしゃるなら、本当に嬉しいんです」
「お前達マグダラスの女は皆そんな調子なのか?」
儂は可笑しくなってデボラに訊ねる。
「お前も不遇を囲っているだろう?」
デボラは晴れやかに笑う。
「……そうですね。……でもマグダラスでレイティア様が私達民に与えてくれた温情はいつだって真摯だったのですよ。きっとそれは今も変わらない事を私達は信じられるのだと思います」
「……そうか」
その後デボラはレイティアの話を儂に語って聴かせた。
街に降りて凡ゆる民の凡ゆる煩雑な雑用をこなしながら、民に困った事はないかを聞き取り、それを父親であるマグダラス王に伝えたという。
日々の生活の中で街の者達と気安く接して、慕われていたという話だった。
レイティアが今と幾分も変わらずマグダラスで過ごしていたのだと充分に理解出来る内容だった。
「……そうか。レイティアは何処でも変わらないのだな」
儂のその呟きにデボラは嬉しそうに微笑んだ。
「……今も変わらずにいらっしゃるのですね。なら、レイティア様はグリムヒルトでもとても大切に想われているのですね……」
儂はその言葉に応え、もう一つ呟いた。
「さあ、どうだろうな……」
デボラはそれにきっと本来の屈託の無い笑顔で可笑しそうに笑い、儂に酌をした。
ヴァルタルはもう一度溜息をついてブレスレットを見つめた。
「お前を助ける為に、侍女にこれを壊させ、盗ませたが、お前が出て来てしまった以上、これを持ってるのは不味い。どうしたものかと思案しているんだ」
マルコは席に着く。
「お前も座れよ、アナバス。いいだろ?叔父貴」
ハンバルは顎で儂を促す。儂は下座の席に座り、運ばれ給仕される食事に手をつける。
「そんなもん、壊して捨てちまえばいいんじゃないか?」
マルコはこともなげに言った。
「馬鹿言っちゃいかんよ、マルコ!このロイヤルブルーがどれほど貴重な物かお前はわかっていないからそんな事が言えるんだ!」
ハンバルは声を荒げる。
商人として目が利くハンバルとしてはこの貴重な宝石が葬られる事は実に惜しいのだろう。
「そう怒るなよ、叔父貴」
マルコは半笑いで手のひらを見せてハンバルに言った。
ハンバルは未だ怒りが収まらない様で切々とこのロイヤルブルーが如何に貴重であるかを語っていた。
ロイヤルブルーは確かに貴重だ。祖父様の代で一つ、爺の代で一つ、儂の代で一つ、やっと献上された程に貴重だ。
しかも祖父様の代で採れたこのブレスレットのロイヤルブルーは稀に見る大きさで、更に貴重な物だった。
「あの娘……よりによってこんな貴重な物を任されているとは、誤算だった……」
ヴァルタルが独りごちた。
タイミングを見てスッと手を上げる。
「少しいいか?」
儂の発言に三人が顔を向ける。
「なんだね?アナバス」
ハンバルが儂に発言を許す。
「闇ルートに流れそうになっていたのをたまたま発見して止めたという事にして王家に返せばいいだろう。王家への忠誠の証として大枚を叩いてこれを買い戻した。そう言って王に献上すれば王家に恩を売れるかもしれないしな」
「……なるほど……。それはいいかもしれないな……」
「確かに一石二鳥だ…」
何故かマルコが得意げな顔をしてハンバル達を見ている。
「な?頭の切れる男だろ?」
「ただしそれには一度、闇に流す方が確実だろうな。調べられると足がつかないとも限らないからな」
ハンバルはその福々しい顔でニコリと笑って見せた。
「その辺りは抜かりなく手配出来るよ、心配要らない」
「後一つ。ロロテアの件は変更無しでいいのか?」
「マルコも無事に戻ってきた事だ。変更は無しだよ」
「そうか。なら問題ないな」
ハンバルとヴァルタルはその手配の手筈を打ち合わせ始めた。
儂はそのまま静かに食事を進める。なかなかに飯の旨い娼館だ。
食事会は終わり、娼館の一室を与えられ、女があてがわれた。
今日の功績への褒美の様だ。
「あら、今日のお客様は良い男ね。この店には初めてでしょ?」
女はしっとりと儂に笑いかける。
艶やかな黒髪が印象的な艶かしい女だ。
儂は女をじっと見つめ、訊ねた。
「…お前、マグダラスの出身か?」
女は面食らった顔をして儂に訊ね返す。
「…どうして、わかったの?」
「眼差しが俺の妻に少し似ていたからだ」
「まぁ、奥さんがいるのにこんな所に来るの?」
呆れた様に笑った女の顔は先程の女の色香を出したものとは少し違っていた。
「今日は付き合いで仕方がなかった。お前は酌だけしてくれれば良い」
「そう。奥さんもマグダラスの出身なの?」
「ああ。グリムヒルトに来て一年になるな」
「私はもう三年になるかしら。一年前と言えば王妃様が来られたのも一年前ね」
「そうだな」
女は悪戯っぽく笑って儂の酌をする。
「信じられないでしょうけど、私、王妃様と知り合いなのよ?」
「……ほう?」
儂はグラスに注がれた葡萄酒に口を付けながら、女に話の先を促した。
「こちらに来てからはもちろんお会いしてないけどね。マグダラスではお話しさせて頂いていたの」
「……そうか。お前、名は?」
「デボラと言うわ」
「デボラ。王妃の話を聞かせてくれ」
デボラはキョトンとした顔でデカンタを置いた。
「驚いた……。信じてくれた人は初めてよ?大体皆んなホラだと言って笑うのに」
儂は笑う。
「何。妻も同じ様な事を言っていたからな」
「まぁ! じゃあ奥さんも王都の出身なのかしら? 奥さんの名前は?」
「レイティアと言う」
儂はサラリと答えて見せた。デボラは絶句して儂をマジマジと見つめている。
「……え⁇ レイティア様の⁈」
デボラはまだ考えがまとまらないらしく、儂は笑って見せた。
「レイティアは俺の妻だ。ただ今はまだ仕事中なのでな。黙っていてくれ」
デボラはこくこくと頷くと動揺を抑えようと口元に手を当てている。
「……では、貴方様は……」
「畏まる必要はない」
儂はまたグラスに口をつける。
「……レイティア様は、お元気ですか?」
「ああ、息災だ」
デボラは懐かしむ色を見せた。
「レイティア様がこちらにいらしたと聞いた時は本当に驚きました。でもご正妃様になられると聞いてホッとしたものです。私から言うのも変なのですが……本当にありがとうございます……」
そして優しく微笑む。
「レイティア様は私達マグダラスの者にとって、本当に大切な方なんです。希望と言ってもよかった。ですから……幸せにしていらっしゃるなら、本当に嬉しいんです」
「お前達マグダラスの女は皆そんな調子なのか?」
儂は可笑しくなってデボラに訊ねる。
「お前も不遇を囲っているだろう?」
デボラは晴れやかに笑う。
「……そうですね。……でもマグダラスでレイティア様が私達民に与えてくれた温情はいつだって真摯だったのですよ。きっとそれは今も変わらない事を私達は信じられるのだと思います」
「……そうか」
その後デボラはレイティアの話を儂に語って聴かせた。
街に降りて凡ゆる民の凡ゆる煩雑な雑用をこなしながら、民に困った事はないかを聞き取り、それを父親であるマグダラス王に伝えたという。
日々の生活の中で街の者達と気安く接して、慕われていたという話だった。
レイティアが今と幾分も変わらずマグダラスで過ごしていたのだと充分に理解出来る内容だった。
「……そうか。レイティアは何処でも変わらないのだな」
儂のその呟きにデボラは嬉しそうに微笑んだ。
「……今も変わらずにいらっしゃるのですね。なら、レイティア様はグリムヒルトでもとても大切に想われているのですね……」
儂はその言葉に応え、もう一つ呟いた。
「さあ、どうだろうな……」
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