人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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 レイティアを抜け路まで送ったその晩、ヴェルウェルトの代表達との宴席が設けられる事になり、儂もその席に呼ばれる事となった。

 場所は一番街の花街にある『波ノ屋』という高級娼館。
 マルコ達が普段使う『凪屋』とは先ず花街の格から違う。『波ノ屋』は高級娼館や料理屋の立ち並ぶ一番街の一角にある花街で主にヴェルウェルトの様な大商人や位の高い将官達や文官達等、地位も名誉も金も持ち合わせた者達が利用する店だ。

 恐らくこの波ノ屋もヴェルウェルトの息のかかった者が経営しているのだろう。
 娼館や呑み屋は密談をするには絶好の場所だ。そういった店は手飼いの者が経営してくれていると何かと便利なものだ。

「アナバス、気負いがないがこんな高級娼館に来るのは初めてじゃないのか?」
 マルコは儂に問いかけた。
「初めてではないな」
 儂は短く答える。マルコは興味が湧いた様で儂に更に問いかける。
「へえ?なんでだ?結構いい値段するし一見じゃ入れないのにか?」
「昔軍人の様な事をしていたと言っただろう?その時にな」

 実際、軍を率いて頻繁に戦に出ていた王太子の時代などは良く来た。
 その頃は宰相、法相、外相達はまだ少尉だった事を思い出す。
 あの三人は若い時から才覚があり、更に本人達の腕が立つ事もあって早くに出世させても問題ないほどだった。
 若さについて言及されてもねじ伏せられるだけの軍功を早々に上げた。
 そういう労いにこういう店をよく利用した。

 それでも久方ぶりの花街だ。娼館独特の麝香ムスクを燻した香りが充満していて、むせ返りそうだ。

 波ノ屋の門をくぐり、飾り立てられた中庭を通り、豪奢な扉が開かれると、スーツを着こなした一人の男が出迎える。
 マルコが男に声をかける。
「ヴィーベリの連れだ」
 男は恭しく頭を下げた。
「マルコ・パウル・ヴァリアン様ですね。お伺いしております。どうぞこちらへ」
 男は館の奥に儂とマルコを案内し、ラウンジに通される。
 部屋のソファにマルコはドカリと座り、脚を組んで肘掛けに頬杖をつく。
「あんたも座れよ、アナバス」
「流石に新参の俺が座るのは不味いだろう」
「それもそうか。悪いが立っててくれるか?」
「構わない」
「今日は酒も女も元締めの奢りだろうから、存分にやってくれていいぞ?」
 マルコはニヤついて儂に言う。
「女は貰ったばかりだから要らんな。酒を頂く事にしよう」
「まぁそう言うなよ。報酬の女はアレはアレで可愛かったが、ここの女達はそりゃ綺麗所揃いだぞ?」
「俺はあまり綺麗所は好きではないんだ」
「そうか。そりゃ残念だな」
 無駄話をしてる内にノックが鳴って、扉が開く。顔に面布を巻いた男が入る。
「マルコ、お前ヘマをしてくれたな。お陰でこっちは要らん手間をかけたぞ」
 マルコはソファから立ち上がり、面布の男に答えた。
「済まねぇな。だがお陰で出てこられたぜ?このアナバスが牢破りをしてな」
 面布の男は儂を見据える。
「あんたか……。牢破りをしたって男は」
「ああ。だが俺一人でと言う訳ではない。手下に錠前破りが得意な男がいてな。そいつの力が大きい」
 マルコが面布の男に更に言う。
「こういうが、このアナバスは腕も立つし、昔軍人もやってたそうだ。頭もキレる。俺の右腕にしようと思ってな、叔父貴に会わせようと思ったって訳だ」
 面布の男はしばらく見定める様に儂を見た。
 儂も面布の男をよく観察する。この男の立ち居振る舞いは上層階級の人間のものだ。
 爪先が一番最初に地面に着く歩き方。
 真っ直ぐと背筋の伸びた姿勢。
 上層階級の人間の特徴を兼ね備えている。

「……まぁいいだろう。ついて来い」
 面布の男に伴われて、ラウンジから更に奥のダイニングルームに通された。
 その部屋ではヴェルウェルト商会の代表、ハンバル・ニーロ・ヴェルウェルトと、次期代表の息子、ヴァルタル・ハンバル・ヴェルウェルトが、先にテーブルに着いていた。

 ハンバルは40後半言った所の小太りの白髪の男だった。
 その息子は20代後半という所か。濃紺色の髪色の短髪の男だ。
 二人とも絹織物の豪勢な刺繍の施されたダブルブレストを着こなしている。
 財の粋を凝らしたその衣服は流石は豪商と言った所だった。

「マルコ、無事だったかね?」
 ハンバルがマルコに手を上げる。
「ああ、お陰でな。叔父貴、こいつはアナバス。使える男なんだ。俺の右腕にしようと思う」
「ああ、使いに聞いたよ。なるほど、色男だな」
 笑いめかしながらハンバルは儂の方を見て言った。
「何でも今回みたいなことがない様に武装船を用意しろという事だが?」
 儂はハンバルに首肯する。
「ああ、海軍の巡視船位なら逃げおおせてみせる」
「大した自信だね。で、何隻欲しい?」
「20人程の乗った船5隻だな」
「じゃあ、用意しよう」
「弓が扱える奴をかき集めてくれ」
「いいだろう。口入れは得意だからな。すぐに集められるよ」
 これだけの人数をたった二日で集められると言ってのける所は流石はヴェルウェルト商会と言ったところか。

 ヴェルウェルトは人材の仲介なども生業にしている。船便の運営だけではなく、手広く色々な商売に手を出していて、そのどれもがなかなかの業績を上げている。
 この商会が潰れる事は国にとっても大きな損失ではある。内政の事を考えれば宰相辺りは頭を痛めている事だろう。
 だが、マルコ曰く儂の即位より以前からこの密輸に手を染めている様子なので、許す気はないだろう。
 意気揚々と儂を舐めてかかった罪を償わせようとする所が容易に想像出来る。

 ヴァルタルが口を開く。
「しかしマルコ。お前のヘマを埋め合わせる為に要らん労力を使ったぞ?」
「ありゃ運がなかっただけだ。次はこいつもいるし同じヘマはしねえよ」
 ヴァルタルはため息をついてマルコを見た。
「今苦慮してる問題があるんだよ。お前を助ける為に色々と手を回したが、その処置に困ってるんだ」
「そりゃなんだ?」
 ヴァルタルは横に控えていた男に向かって軽く手を上げた。

 男は手に持った豪奢な飾り箱の蓋を開ける。

 そこにはロイヤルブルーのあしらわれた、例の盗まれたブレスレットが入っていた。
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