七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜

恋せよ恋

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静寂の中にいた少女 メラニア

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 メラニア・ゴードンは、伯爵家の長女として、幼い頃から「良妻賢母」であることを宿命づけられて育った。

 派手な美貌を持つ妹たちとは違い、メラニアは落ち着いたブルネットの髪と、深いヘーゼルアイを持つ少女だった。彼女は自分のことを「地味で面白みのない人間」だと思い込み、それゆえに、誰に対しても誠実に、そして穏やかに接することを信条としていた。

 ゴードン伯爵家は、伝統を重んじる厳格な家柄だ。
 メラニアは早くに亡くなった母に代わり、幼い頃から弟妹たちの面倒を見、父の書斎の整理を手伝った。彼女にとって幸せとは、荒波を立てず、大切な人々が平穏に暮らせるように陰から支えることだった。

 そんな彼女の、たった一人の理解者が、同じガヴァネスに学んでいたセシリア侯爵令嬢だった。セシリアは、メラニアとは対照的に、美しい金髪を持つ、意志の強い少女だった。
「メラニア、あなたは優しすぎるわ。もう少し自分の欲を言ってもいいのよ?」
「私には、今の生活が合っているのよ、セシリア。皆の笑顔が見られれば、それで十分だわ」
 セシリアは、メラニアのその「静かな強さ」と、何者にも媚びない「誠実さ」を高く評価していた。

 二人は身分の差を超え、寄宿学校、そして社交界へと進んでも、最も深い絆で結ばれた親友であり続けた。
 セシリアがジャッカス侯爵家のチャーチルとの婚約を決めたとき、メラニアは心から喜んだ。
「おめでとう、セシリア。チャーチル様はとても頼もしい方だわ」
「ええ。でもね、メラニア。彼にはとても面白い親友がいるのよ。あなたに紹介したくてたまらないの」

 そうして紹介されたのが、ジュリアンだった。
 初めて見たジュリアンは、まるで絵画から抜け出してきたような貴公子だった。彼が微笑むだけで、周囲の空気がパッと明るくなるような、魅力的な華。

 自分とは住む世界が違う人――そう思って身を引こうとしたメラニアを、ジュリアンは驚くほど熱心に追いかけた。
「メラニア嬢。あなたのその穏やかな瞳を見ていると、心が洗われるようです」
 ジュリアンの言葉には、これまでに彼女に向けられたどんな賛辞よりも、真実味があった。

 彼は、メラニアがコンプレックスに感じていた「地味さ」を、「奥ゆかしく賢い」と言い換えて、宝物のように扱ってくれた。自分に自信のなかったメラニアにとって、ジュリアンの愛は、彼女の人生に初めて差した眩しすぎる陽光だった。

「私のような者で、本当にいいのですか、ジュリアン様?」
「君でなければダメなんだ、メラニア嬢」
 セシリアとチャーチルの二組のカップルは、社交界でも「理想の友人たち」として語り草になった。

 メラニアは、自分の人生がこれほどまで満たされる日が来るとは、夢にも思わなかった。
 結婚してからは、ジュリアンのために、そして後に生まれてくる子供たちのために、メラニアは持てる限りの慈愛を捧げた。
 特に、長男スティーブを授かったときの喜びは、言葉にできないものだった。
 ジュリアンはスティーブを抱き上げ、「君の賢さを受け継いだ、立派な跡取りになるよ」とはしゃいでいた。

 だが、幸せは、静かに形を変えていく。
 第二子ジェニファーを授かった際の、あの地獄のような難産。朦朧とする意識の中で、彼女はジュリアンの絶叫を聞いた。
 命からがら生き延びた後、ジュリアンの目に、自分への「情愛」ではなく、何かもっと冷たくて硬い「崇拝」のようなものが宿り始めたことに、その時の彼女は気づかなかった。

「君は、僕にとっての最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したりはしない」
 その誓いが、ジュリアンにとって「メラニアという女性」を拒絶する免罪符になっていくとは。

 メラニアは、ジュリアンを信じきっていた。
 自分の親友セシリアの夫であるチャーチルが、ジュリアンの全てを知り、そして自分に隠し事をすることなど、あり得ないと信じていた。

 愛されていた。大切にされていた。
 その記憶があるからこそ、後の裏切りは、彼女を再起不能なまでの絶望へと突き落とすことになる。
 メラニアは、届いた最初の手紙を、大事に引き出しの奥へと仕舞い込んだ。
 まだこの時の彼女は、自分の「誠実さ」が、不誠実な夫を追い詰める最強の武器になる未来を、想像すらしていなかったのである。
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