無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋

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無自覚人たらし令嬢、王宮のパティシエを虜にする

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「ねえ、エメリー。お茶会は、一月前に参加したわよね? そうそう出席者の顔ぶれも変わらないでしょうし……今回はお休みということで……モニョモニョモニョ……」

「お嬢様。それはなりません!」
 黒髪黒目の超絶美女が、ぴしりと言い切る。
「本来、貴族令嬢たるもの、毎日でも着飾って交友を図るものです! おしゃべりも令嬢の嗜みの一つ。自覚をお持ちくださいませ!」

 その毅然としたお小言は、至極もっともであった。

「エメリー、あなた、本当に立派になったわね……まだ十五歳でしょう? すごいわ。優秀だわ。見事だわ。素晴らし――」
「お嬢様! 褒めてもダメです! さあ、浴場へ参りましょう!」



 今日も今日とて、ステファニーはエメリーに半ば引きずられるようにして、王宮のお茶会へと連行された。
 前回のお茶会から、まだ一月しか経っていないというのに……。

(はあ……朝から磨きに磨かれ、ドレスを着せられて、髪型やら薄化粧やら……もう、ヘトヘト……)

 ステファニーは、面倒そうに重い身体を引きずりながら、お茶菓子の並ぶ卓の前に陣取った。

「さすがね。このひと月で、全く違うお菓子を振る舞うあたり、王宮のパティシエは一流ね」

 そんな彼女の前に、王宮パティシエが誇らしげに並べたマカロンがあった。
 外側はさくりと香ばしく、中には艶やかな果実のフィリングが忍ばせてある。

 ステファニーは、笑みを浮かべて一つを手に取ると、そっと口に運んだ。

「……あら」

 思わず、小さく声が漏れる。

 甘さは控えめで、果実の酸味がふわりと広がり、紅茶の香りを邪魔しない。
 後味は驚くほど澄んでいて、重さがまるで残らなかった。

「これ……何個でも食べられそうね」

 テーブルへお茶菓子を並べていた王宮パティシエ――ディーンは、その呟きを聞き取り、思わず顔を上げた。

「失礼いたします。王宮パティシエのディーンと申します。ご令嬢……いま、お召し上がりになった感想を、もう一度うかがっても?」

「ええ? ええ……とても美味しいですわ。今すぐ食べるお菓子としては。ただ……」

 その瞬間だった。

「……失礼」

 低く抑えた声が割って入る。
 お茶会で提供される菓子を確認していた王宮食料検査官が、無表情のまま一つのマカロンを手に取った。

「この中身、保存規定に反している。水分量が多すぎる」
「毒の有無は厨房で確認済みだが、王宮の茶会で提供する菓子としては不適切だ」

 場の空気が、ぴりりと凍りつく。

 ディーンの顔色が、一気に青ざめた。

「王族の口に入る菓子だ」
「本来なら、即刻提供中止、場合によっては処分対象――」

ささやきが広がる。
 パティシエのディーンは、顔から血の気を失い、唇を強く噛みしめた。

「も、申し訳ありません……。果実の風味を損ないたくなくて、砂糖を控え……」

 言い終える前に、言葉が喉で途切れた。
 それが、言い訳にもならないことは、彼自身が一番よくわかっていた。

 ――処罰。
 その二文字が、頭をよぎった、その時。

「あら」

 やわらかな声が、張り詰めた空気をふわりとほぐした。

 皆の視線が、一斉にそちらへ向いた。
 ステファニーは、マカロンをひとつ手に取り、ゆっくりと眺めていた。

「悪くなっているわけではありませんわね。……むしろ」

 そっと割り、香りを確かめる。

「果実が、いちばん美味しい瞬間ですわ。瑞々しくて、甘さが澄んでいる」

 ざわ、と小さく波紋が広がる。

「ディーン」

 名を呼ばれ、彼ははっと顔を上げた。

「あなた、砂糖を控えたでしょう。果実そのものの甘みを生かしたかったのね」

 責める声音ではなかった。
 むしろ、静かな理解が込められている。

「その心遣い、とても配慮が行き届いているわ。……けれど」

 ステファニーは、わずかに首をかしげる。

「王宮では、“心遣い”だけでは足りないのも、事実ですわ」

 一瞬、沈黙。

 誰もが、次の言葉を待つ中――

「ですから、これは“長持ちするお菓子”ではありませんわ」

 にっこりと微笑んで続ける。

「“この場で味わうための特別な一品”にいたしましょう。記録には、特別品として書き残してくださいませ」

 王宮食料検査官が目を見張った。

「特別品、ですか……?」

「ええ。これは、今このお茶会の時間だけに味わえる特別なお菓子ですわ。鮮度が命だからこそ価値がある――そういうお菓子もあるのです。」

 その場に、納得の気配が広がる。

「ねえ、そうでしょう、ディーン。あなたは、お茶会の間中、ここで菓子の番人をするのですよね……パティシエ生命をかけて」

 ステファニーの言葉に、ディーンは目を真剣に見開き、深くうなずいた。
「はい……必ず!もし万が一、残るようなことがあれば、責任をもって処分いたします」

 ステファニーは微笑みながら付け加える。
「ふふっ、その心配は無用よ。こんなに特別なお菓子、取り合いになりそうね」

 周囲の侍女や使用人たちも、その二人のやり取りを目にして、思わず息を呑む。王宮の小さな一角で、ステファニーとディーンの真剣なやり取りが、密やかな緊張感と尊敬の空気を生み出していた。

 ステファニーは、ディーンに向けてひとこと添える。
「次に作る時は、水分を少しだけ落とすか、加熱して。発想は、このままで十分ですもの」

 ディーンは、呆然としたまま、ステファニーを見つめていた。

(……救われた)

 気づけば、ディーンの周囲を包むオーラは、澄んだ緑の光を帯びていた。
 くすんでいた色も、いつの間にか、和らいでいる。

「……ありがとうございます」
 震える声でそう告げ、深く頭を下げる。

 次に、ステファニーは王宮食料検査官の二人に目を向けた。

「お二方のお勤めのおかげで、わたくしどもは安心してお菓子を口にできておりますわ。責任あるお仕事は立派ですわ……ただ、招待客が揃う前に、もう少し内密に対処なさってはいかがかしら?」

 ステファニーは、にっこりと笑みを浮かべて付け加える。
「わたくし、まだ十二歳の子供ですもの。大人の注意口調には、つい萎縮してしまいますわ」

 その様子を見守る傍観者たちは、心の中で思った――
(いやいや、そんなことないでしょう。検査官の二人の方が、むしろ泣きそうじゃない?)

 その様子を離れた場所から見ていた王妃エマニュエルは、ぽつりと呟いた。
「……すごいわね。叱らずに、人を前に進ませるなんて……」

 しかし、当の本人はというと──

(……? うまくいったみたいで、よかったですわ)

 再びマカロンに手を伸ばし、何事もなかったかのように味わっていた。

 その背後で耳を傾けていた者たち──王宮に、ステファニーを崇拝する者が静かに増えつつあることを、彼女はまだ知らない。




 ――ああ、嫌な予感がする。

 ステファニーお嬢様の背中を見た瞬間、侍女エメリーは、きりりと胃の奥が締めつけられるのを感じていた。

(またね……また、何か起こる予感が……)

 案の定。

 王宮食料検査官が眉をひそめ、マカロンを掲げた瞬間、エメリーは心の中で頭を抱えた。

(あっ、出た……!
 その顔はダメなやつ! 処罰コース一直線のやつ!!)

 視線をやると、王宮パティシエのディーンは、もう真っ青。
 ああ、見ていられない。
 新人でもないでしょうに、よりによって王宮で“足の速い果実ジャム”を……。

(どうして! どうして今日に限って!
 ……いえ、責めてはダメね。責めてはいけないけれど……!)

 エメリーが内心で祈り始めた、その時。

「あら」

 ――出た。

(出ました……! お嬢様の“あら”が……!!)

 その一言で空気が変わるのを、エメリーはもう何度も見てきた。
 嵐の前の、あまりにも穏やかな前触れ。

(お願いですから、今回は静かに終わってください……!王宮ですよ! ここは王宮!)

 しかし、願いは虚しく。

「果実が、いちばん美味しい瞬間ですわ」

(あっ……褒めた……!
 ダメです! それ、絶対に助け舟を出す流れです!!)

 周囲がざわつく中、ステファニーお嬢様は、にこにこと続ける。

「“今、この場でいただく特別なお菓子”にいたしましょう」

(ちょっと待ってください!?
 そんな都合のいい解釈、通りますか!?
 ……通るんですよね!? お嬢様だから!!)

 王宮食料検査官の表情が、困惑から納得へ変わっていくのを見て、エメリーは思わず天を仰いだ。

(ああ……また一人、救われた……
 そしてまた一人、お嬢様の信奉者が……)

 ディーンが深く頭を下げる。

「……ありがとうございます」

(ほら! 完全に落ちた!!
 もうダメ! 王宮パティシエまで陥落するなんて!!)

 ちらりと中央を見ると、王妃殿下まで、感心した顔でつぶやいている。

「叱らずに、人を前に進ませるんだな……」

(やめてください王妃様!!
 それ以上感心しないでください!!
 婚約者候補騒動が、また一段階進む予感しかしません!!!)

 一方で、救済の張本人はというと。

(……? なにか、うまくいったみたいでよかったですわ)

 何事もなかったかのように、マカロンをもぐもぐ。

(ステファニーお嬢様、絶対に自覚がありません……!
 無自覚人たらし、ここに極まれり……!!)

――こうしてまた一人、“ステファニーお嬢様に人生を救われた人名簿”が、静かに増えたのであった。

その筆頭であるエメリーは、そっと自分の胃を押さえる。
(今日も一日、胃薬が必要ね……また、痩せそうだわ)
______________

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