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王子もメロメロ!?マシュマロ令嬢の魔法
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オラニエ侯爵家に、王宮からお茶会への招待状が届いた。
「エマニュエル王妃主催のお茶会か……アルバート第一王子の婚約者選定だろうな」
「十二歳になる今まで、婚約者を決めずにいたなんて……不思議ね」
オラニエ侯爵夫妻は、家格から見ればステファニーも有力候補であることを理解していたが、決して婚約を望んではいなかった。
もともと権力欲はなく、事業も順調、領民との関係も良好。王家と縁を結ぶ必要など、全くなかったのである。
迎えた王宮でのお茶会には、アルバートと同じく十二歳前後の子息子女が集められていた。
ステファニーは定位置となった、お菓子の並ぶ卓の前に、堂々と陣取り、席につく。
その様子を見計らったかのように、王宮パティシエのディーンが待ってましたとばかりに現れた。
銀のトレイに並べられたそれは、一見すると上品なマカロンだった。
だが、よく見れば表面はほんのりと艶を帯び、薄く焼き色がついている。中央には、淡く光を透かす層が見えた。
「こちらが、新作でございます」
王宮パティシエ――ディーンは、わずかに緊張した面持ちで頭を下げた。
「外側を少し香ばしく焼き、中に三層の菓子を閉じ込めました。
一口で“完成する”よう、計算しております」
ステファニーは興味深そうにそれを見つめ、そっと手に取る。
(……軽い。見た目より、ずっと)
そして、何のためらいもなく、ぱくりと口にした。
――次の瞬間。
「……まあ」
思わず、声がこぼれた。
最初に歯に触れたのは、薄く香ばしい皮。
次いで、ふわりとほどけるクリーム。
遅れて、果実のジュレがきらりと弾ける。
「……パフェですわ」
ぽつり、と。
「一口の中に、きちんと“始まり”と“終わり”がありますのね。
甘さが重ならず、順番に訪れる……」
その場が、しん、と静まり返った。
ステファニーはもう一口、今度はゆっくりと味わった。
「紅茶の邪魔をせず、後味も澄んでいる……口の中でフルーツのジュレがとろけて、ガナッシュのコクがふんわり広がる……これ、何個でも食べられますわ。ディーン、あなた、これを完成させるまでに、きっとたくさんのマカロンを試作したのでしょうね。頑張りましたね。ディーン、努力の成果は、本当に美味しいですわ」
――ざわっ。
周囲の令嬢たちが、一斉にマカロンに視線を向け、口元に手を当ててざわめき出す。
「なに……?あの“太った子”。……でも、美味しそう!」
令息たちも、そわそわと落ち着かない。
「なんだか気になるよな……食べてみたい!」
ディーンは目を見開き、思わずマカロンの皿を握りしめた。
王宮でも、ここまで率直に、しかも的確に評価されたことはなかったのだ。
「……ありがとうございます!」
震える声でそう告げると、深く頭を下げた。
ステファニーは、満足げに微笑みながら、次の一口を口に運ぶ――その姿に、周囲の視線はますます釘付けになった。
「わたくしは、ただ“美味しい”と、感想を申し上げただけですわ」
ステファニーは、いつもの穏やかな笑顔で言った。
「でも――このお菓子は、きっと王宮でも長く愛されますわ。
だって、一口食べるごとに、幸せが順番にやってくるんですもの。
口に入れるごとに、味や香り、食感、心地よさが次々に楽しめる。最高ね!」
その一言で、決まった。
その日以降、《パフェ・マカロン》は、王宮茶会で最も早く姿を消す菓子となり、
同時に――王宮筆頭パティシエ・ディーンは、完全にステファニーの信奉者となったのである。
――そのときだった。
マカロンの大皿を、じっと見つめる視線がひとつ。
第一王子アルバートは、喉をごくりと鳴らし、拳をきゅっと握りしめていた。
(……一口、だけなら……)
しかし、すぐ背後から低い声が飛ぶ。
「殿下。甘味は控えるよう、医師から――」
「わ、わかっている! わかっているが……!」
アルバートの頬が、ぷくっと膨れた。
――もともと、愛嬌のあるふくよかな体型なのだが、
周囲の側近たちは、王子の機嫌を損ねぬよう、そっと視線を逸らし、ひそひそと囁き合う。
「また始まったか……」
「癇癪王子には困ったものだな……」
その言葉が、アルバートの耳に届いた。
ぎゅっと唇を噛みしめ、トレイから目を離せなくなった。
――そこへ。
「まあ?」
ステファニーが、のんびりとした声を上げた。
「どうして召し上がらないのかしら?こんなに美味しいのに」
場が、凍りついた。
側近たちが青ざめる。
令嬢たちが息を呑む。
(言った……!? あの子、殿下に向かって……!?)
アルバートは、びくっと肩を揺らし、ステファニーを見た。
「……ぼ、僕は……」
言葉に詰まる。
「“太っている”から、でしょう?」
ステファニーは、首をかしげた。
――ざわっ。
側近の一人が慌てて口を挟む。
「貴様!無礼だろう!殿下はご病気で――」
「まあ。でしたら、なおさらですわ」
きっぱり。
「食べてはいけない“量”と、食べてはいけない“お菓子”は、違いますもの」
ディーンが、はっと息を呑んだ。
「このマカロンは、一口で完結します。だらだらと甘さが残らず、血糖値も急に上がりませんわ」
アルバートが、目を見開く。
「……え?」
「それに」
ステファニーは、にこりと微笑んだ。
「“我慢し続ける”方が、心に悪いですわ。いらだちは、もっと大きな不幸を呼びますもの」
その言葉は、誰よりも、アルバートの胸に刺さった。
――我慢。
――苛立ち。
――癇癪。
全部、自分のことだった。
「……一口、だけ……?」
恐る恐る尋ねるアルバートに、ステファニーは即答した。
「ええ。一口だけ、ですわ。わたくしと同じ大きさで」
そう言って、自分のマカロンを半分に割る。
その自然な仕草に、場が再びざわつく。
「殿下と……同じ……?」
「侯爵令嬢が……?」
アルバートは、迷った末に、ついにマカロンを手に取った。
――ぱくり。
「…………!!」
言葉を失う。
甘い。でも、重くない。喉に残らない。
「……すごい……」
ぽつりと、こぼれた。
その瞬間。
「殿下が、笑った……!?」
「癇癪じゃない……!」
周囲が、どよめく。
アルバートは、気づいていなかった。
自分の表情が、久しぶりに穏やかになっていたことを。
「……おまえ」
アルバートは、ステファニーを見つめた。
「いや、君は……僕を、怖がらないんだな」
「? どうしてですの?」
きょとん、と首を傾げる。
「だって……『ぽっちゃりさん』は、美味しいものの前では、皆、平等ですもの」
――沈黙。
次の瞬間。
吹き出したのは、アルバートだった。
「……ははっ!」
その笑い声は、会場に響き渡る。
こうして。
癇癪王子の心に、無自覚マシュマロ令嬢・ステファニーは、遠慮なく、ずかずかと入り込んだのであった。
アルバート第一王子は、ふうっとひと息つき、当たり前のようにステファニーの隣へ座ると、見上げるようにして言った。
「君の隣なら、食事も辛くないな……」
殿下のその言葉は、会場にいた全員の心に雷を落とした。
これまで、どの高名な医師も、どのベテランの教育係も、王子の癇癪を止めることはできなかった。
それを、この「マシュマロのような少女」は、たった一口のマカロンと、当たり前の言葉だけで成し遂げてしまったのだ。
側近たちは呆然と立ち尽くし、令嬢たちは嫉妬と驚愕で顔をこわばらせる。
――婚約者候補、最有力。
誰もが確信したその瞬間、当の本人はというと。
(あら、王子のオーラのトゲトゲが消えて、とっても綺麗な『はちみつ色』になりましたわ。……これなら、もう一口くらいマカロンを差し上げても大丈夫かしら?)
ステファニーは首をかしげながら、おかわりのマカロンを皿に盛ることに夢中だった。
彼女だけが、自分がいま「王国のパワーバランス」をひっくり返したことに気づいていない。
侍女エメリーは、そっと自分の胃を押さえた。
(お嬢様、もう手遅れです……。その無自覚な優しさが、一番の毒(劇薬)なんですわ……!)
______________
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「エマニュエル王妃主催のお茶会か……アルバート第一王子の婚約者選定だろうな」
「十二歳になる今まで、婚約者を決めずにいたなんて……不思議ね」
オラニエ侯爵夫妻は、家格から見ればステファニーも有力候補であることを理解していたが、決して婚約を望んではいなかった。
もともと権力欲はなく、事業も順調、領民との関係も良好。王家と縁を結ぶ必要など、全くなかったのである。
迎えた王宮でのお茶会には、アルバートと同じく十二歳前後の子息子女が集められていた。
ステファニーは定位置となった、お菓子の並ぶ卓の前に、堂々と陣取り、席につく。
その様子を見計らったかのように、王宮パティシエのディーンが待ってましたとばかりに現れた。
銀のトレイに並べられたそれは、一見すると上品なマカロンだった。
だが、よく見れば表面はほんのりと艶を帯び、薄く焼き色がついている。中央には、淡く光を透かす層が見えた。
「こちらが、新作でございます」
王宮パティシエ――ディーンは、わずかに緊張した面持ちで頭を下げた。
「外側を少し香ばしく焼き、中に三層の菓子を閉じ込めました。
一口で“完成する”よう、計算しております」
ステファニーは興味深そうにそれを見つめ、そっと手に取る。
(……軽い。見た目より、ずっと)
そして、何のためらいもなく、ぱくりと口にした。
――次の瞬間。
「……まあ」
思わず、声がこぼれた。
最初に歯に触れたのは、薄く香ばしい皮。
次いで、ふわりとほどけるクリーム。
遅れて、果実のジュレがきらりと弾ける。
「……パフェですわ」
ぽつり、と。
「一口の中に、きちんと“始まり”と“終わり”がありますのね。
甘さが重ならず、順番に訪れる……」
その場が、しん、と静まり返った。
ステファニーはもう一口、今度はゆっくりと味わった。
「紅茶の邪魔をせず、後味も澄んでいる……口の中でフルーツのジュレがとろけて、ガナッシュのコクがふんわり広がる……これ、何個でも食べられますわ。ディーン、あなた、これを完成させるまでに、きっとたくさんのマカロンを試作したのでしょうね。頑張りましたね。ディーン、努力の成果は、本当に美味しいですわ」
――ざわっ。
周囲の令嬢たちが、一斉にマカロンに視線を向け、口元に手を当ててざわめき出す。
「なに……?あの“太った子”。……でも、美味しそう!」
令息たちも、そわそわと落ち着かない。
「なんだか気になるよな……食べてみたい!」
ディーンは目を見開き、思わずマカロンの皿を握りしめた。
王宮でも、ここまで率直に、しかも的確に評価されたことはなかったのだ。
「……ありがとうございます!」
震える声でそう告げると、深く頭を下げた。
ステファニーは、満足げに微笑みながら、次の一口を口に運ぶ――その姿に、周囲の視線はますます釘付けになった。
「わたくしは、ただ“美味しい”と、感想を申し上げただけですわ」
ステファニーは、いつもの穏やかな笑顔で言った。
「でも――このお菓子は、きっと王宮でも長く愛されますわ。
だって、一口食べるごとに、幸せが順番にやってくるんですもの。
口に入れるごとに、味や香り、食感、心地よさが次々に楽しめる。最高ね!」
その一言で、決まった。
その日以降、《パフェ・マカロン》は、王宮茶会で最も早く姿を消す菓子となり、
同時に――王宮筆頭パティシエ・ディーンは、完全にステファニーの信奉者となったのである。
――そのときだった。
マカロンの大皿を、じっと見つめる視線がひとつ。
第一王子アルバートは、喉をごくりと鳴らし、拳をきゅっと握りしめていた。
(……一口、だけなら……)
しかし、すぐ背後から低い声が飛ぶ。
「殿下。甘味は控えるよう、医師から――」
「わ、わかっている! わかっているが……!」
アルバートの頬が、ぷくっと膨れた。
――もともと、愛嬌のあるふくよかな体型なのだが、
周囲の側近たちは、王子の機嫌を損ねぬよう、そっと視線を逸らし、ひそひそと囁き合う。
「また始まったか……」
「癇癪王子には困ったものだな……」
その言葉が、アルバートの耳に届いた。
ぎゅっと唇を噛みしめ、トレイから目を離せなくなった。
――そこへ。
「まあ?」
ステファニーが、のんびりとした声を上げた。
「どうして召し上がらないのかしら?こんなに美味しいのに」
場が、凍りついた。
側近たちが青ざめる。
令嬢たちが息を呑む。
(言った……!? あの子、殿下に向かって……!?)
アルバートは、びくっと肩を揺らし、ステファニーを見た。
「……ぼ、僕は……」
言葉に詰まる。
「“太っている”から、でしょう?」
ステファニーは、首をかしげた。
――ざわっ。
側近の一人が慌てて口を挟む。
「貴様!無礼だろう!殿下はご病気で――」
「まあ。でしたら、なおさらですわ」
きっぱり。
「食べてはいけない“量”と、食べてはいけない“お菓子”は、違いますもの」
ディーンが、はっと息を呑んだ。
「このマカロンは、一口で完結します。だらだらと甘さが残らず、血糖値も急に上がりませんわ」
アルバートが、目を見開く。
「……え?」
「それに」
ステファニーは、にこりと微笑んだ。
「“我慢し続ける”方が、心に悪いですわ。いらだちは、もっと大きな不幸を呼びますもの」
その言葉は、誰よりも、アルバートの胸に刺さった。
――我慢。
――苛立ち。
――癇癪。
全部、自分のことだった。
「……一口、だけ……?」
恐る恐る尋ねるアルバートに、ステファニーは即答した。
「ええ。一口だけ、ですわ。わたくしと同じ大きさで」
そう言って、自分のマカロンを半分に割る。
その自然な仕草に、場が再びざわつく。
「殿下と……同じ……?」
「侯爵令嬢が……?」
アルバートは、迷った末に、ついにマカロンを手に取った。
――ぱくり。
「…………!!」
言葉を失う。
甘い。でも、重くない。喉に残らない。
「……すごい……」
ぽつりと、こぼれた。
その瞬間。
「殿下が、笑った……!?」
「癇癪じゃない……!」
周囲が、どよめく。
アルバートは、気づいていなかった。
自分の表情が、久しぶりに穏やかになっていたことを。
「……おまえ」
アルバートは、ステファニーを見つめた。
「いや、君は……僕を、怖がらないんだな」
「? どうしてですの?」
きょとん、と首を傾げる。
「だって……『ぽっちゃりさん』は、美味しいものの前では、皆、平等ですもの」
――沈黙。
次の瞬間。
吹き出したのは、アルバートだった。
「……ははっ!」
その笑い声は、会場に響き渡る。
こうして。
癇癪王子の心に、無自覚マシュマロ令嬢・ステファニーは、遠慮なく、ずかずかと入り込んだのであった。
アルバート第一王子は、ふうっとひと息つき、当たり前のようにステファニーの隣へ座ると、見上げるようにして言った。
「君の隣なら、食事も辛くないな……」
殿下のその言葉は、会場にいた全員の心に雷を落とした。
これまで、どの高名な医師も、どのベテランの教育係も、王子の癇癪を止めることはできなかった。
それを、この「マシュマロのような少女」は、たった一口のマカロンと、当たり前の言葉だけで成し遂げてしまったのだ。
側近たちは呆然と立ち尽くし、令嬢たちは嫉妬と驚愕で顔をこわばらせる。
――婚約者候補、最有力。
誰もが確信したその瞬間、当の本人はというと。
(あら、王子のオーラのトゲトゲが消えて、とっても綺麗な『はちみつ色』になりましたわ。……これなら、もう一口くらいマカロンを差し上げても大丈夫かしら?)
ステファニーは首をかしげながら、おかわりのマカロンを皿に盛ることに夢中だった。
彼女だけが、自分がいま「王国のパワーバランス」をひっくり返したことに気づいていない。
侍女エメリーは、そっと自分の胃を押さえた。
(お嬢様、もう手遅れです……。その無自覚な優しさが、一番の毒(劇薬)なんですわ……!)
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