無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋

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王宮に立つ

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 いよいよ、ステファニーが王宮へ移り住む出発の日がやって来た。

 オラニエ侯爵夫妻、兄サイラス、そして使用人一同は、屋敷の玄関前にずらりと並び、すでに涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。

「お嬢様ぁぁぁ……っ!」
「週末に帰っていらっしゃると分かっていても……っ!」

 誰かが言い出し、誰かが泣き崩れ、最終的には全員が泣いていた。

 一方その頃、料理長は静かに、だが異様な執念を燃やしていた。
 マフィン、クッキー、フィナンシェ、スコーン――「足りない」と呟きながら、箱に箱を重ねていく。

「……料理長、それ以上入れると箱が……」
「崩れても構わん。ステファニーお嬢様への愛は重いものだ」

 最終的に、箱は三段重ねになった。

「みんな、行って来るわね!」
 ステファニーは両手をぶんぶん振り、満面の笑みを浮かべる。
「また週末に会いましょうね!」

 その言葉に、見送りの一同は――

「うわぁぁぁぁぁっ!!」
「お嬢様が遠いぃぃぃ!!」

 なぜか号泣が加速した。

 ステファニーは首をかしげる。
(……あれ? 週末って、そんなに遠かったかしら?)

 こうして、笑顔のマシュマロ令嬢を乗せ、王宮行きの馬車は走り出した。

 門の前には、涙に暮れるオラニエ侯爵一家と使用人一同が――しっかりとそこに残されたまま。

「……行ってしまいましたね」
「ええ……週末には戻るのよね……」

 誰一人として動けない。
 馬車の姿が見えなくなったあとも、玄関前には嗚咽と鼻をすする音だけが漂っていた。

 一方その頃、当のステファニーは馬車の中で、料理長特製のマフィンを頬張りながら首をかしげていた。
(……どうして、みんなあんなに泣いていたのかしら?)



 ステファニーは、黒髪黒眼の美形の双子、侍女エメリーと侍従エリオを伴い、王城へと到着した。

 玉座の間では、マクシミリアン陛下とエマニュエル王妃、第一王子アルバート殿下、そして側妃セザンヌ殿下と第二王子スチュワート殿下が揃い、正式な謁見の場が設けられていた。

 陛下の側近たち、ならびに宰相サミュエルは、入室してきた十二歳の侯爵令嬢を目にし、思わず頬を緩める。
 緊張しつつも礼儀正しく、そして何より愛らしい。

(……アルバート殿下の婚約者候補か?)
(お似合いの、ぽっちゃり具合だな)
(福々しい。実に、マシュマロっぽいご令嬢だ)

 そんな感想が、声にならぬまま、空気の中を漂っていた。

 一方でステファニーは、表情を崩さぬまま、いつもの癖で――オーラに目を向けていた。

(……やっぱり、王族の方々は金色ね。さすがだわ……)

 マクシミリアン陛下も、アルバート殿下も、そして玉座に並ぶ王族たちは、基本的に澄んだ金色の輝きをまとっている。

(でも……)

 ステファニーの視線が、第二王子へと向く。

(スチュワート殿下……この方の輝き、とても綺麗……まぶしいくらいだわ)

 年若いながら、曇りのない、澄み切った金色。
 思わず目を細めるほどの輝きだった。

(……あら?)

 次に視線が向いたのは、側妃セザンヌ殿下。

(側妃殿下は……金色、ではないのね……)

 淡く、控えめなピンクの色合い。
 王族特有の輝きとは、どこか質が異なる。

(それなのに……スチュワート殿下は、こんなにも眩い金色……)

 一瞬、胸の奥に小さな疑問が浮かぶ。

(……陛下のお子であることは、間違いない……のよね?)

 そして、最後に視線が留まる。

(……エマニュエル王妃。やっぱり、一部分……黒いまま……)

 さらに――

(アルバート殿下も……中央が、相変わらず暗赤色……)

 ステファニーは小さく息を吐き、何も口に出さず、そのすべてを胸に留めた。
 今は、ただの謁見。
 気付いたことを語る時ではない。

 玉座の間には、穏やかな歓迎の空気と、誰にも見えない違和感とが、静かに同居していた。

 謁見の列に並ぶ王族と閣僚たちを前に、ステファニーは見事なカーテシーで一礼した後、ふと視線を上げた。

(……え……?)

 その瞬間、胸の奥が、ひやりと冷える。

(……黒い……)

 金色、淡い色、くすみ――それらとは明らかに異なる、底の見えない黒。
 まるで光を拒むような、粘ついた闇が、ひとりの人物を包み込んでいた。

 ステファニーは、思わずその人物を――じっと見つめてしまった。

 背筋の伸びた、壮年に差し掛かる閣僚。穏やかな笑みを浮かべ、柔らかくも無駄のない物腰。誰が見ても、温厚で人の良さそうな紳士だった。

 だが――オーラだけが、異様だった。

「……どうか、されましたかな?」

 柔らかな声が、謁見の場に小さく響く。

 声の主――ロンデール伯爵は、にこにこと笑みを浮かべ、少女を気遣うように首を傾げていた。

 はっとして、ステファニーは我に返る。
 慌てて表情を整え、少女らしく微笑んだ。

「いえ……少し緊張してしまって。つい、お優しそうな方を見つめてしまいました。失礼いたしました」

 完璧な、無難な返答。
 ロンデール伯爵は満足そうに目を細める。

「ははは、そうでしたか。初めての謁見では、無理もありませんな」

 その笑顔のまま――黒は、揺らがない。

(……この方の持つ、この気持ち悪さ……なにかしら……)

 笑顔。声音。立ち居振る舞い。
 すべてが整っているからこそ、違和感が際立つ。

(まるで……仮面の奥で、何かが淀んでいるみたい……)

 ステファニーはそれ以上、視線を向けなかった。
 だが、その黒を、確かに胸に刻んだ。

 その様子を、少し離れた位置から、静かに見ている人物がいた。

 ――宰相サミュエルである。

(……今の視線……偶然ではないな)

 十二歳の侯爵令嬢。マシュマロのように柔らかな雰囲気で、いかにも緊張しているように見せかけながら――その実、必要以上に正確に人を見ている。

(王妃が目をつけるはずだ……いや、それだけではない)

 サミュエルの視線が、一瞬だけロンデール伯爵の背に留まった。
 その背にまとわりつく気配――長年、表に出ることのなかった、しかし消えもしなかった感情。

 サミュエルは、ロンデール伯爵の背に一瞬だけ目を向け、そしてすぐにステファニーへと視線を戻した。

(オラニエ侯爵家の至宝……あるいは、この王宮を浄化する劇薬か)

 サミュエルの目には、深い警戒と――そして、長年この王宮で探し求めていた光を見つけたような、確かな希望が宿っていた。

 こうして、華やかな謁見の裏側で、目に見えない「真実の戦い」が静かに幕を開けた。
 ステファニーは、エメリーの手をぎゅっと握りしめながら、自分に言い聞かせる。

 謁見の場は、何事もなかったかのように進んでいく。
 だがこの日、王宮にはひとつの異変が、確かに刻まれた。

(……お菓子を食べて、英気を養わなければ。王宮は、思ったよりお腹が空きそうですわ)

 彼女の武器は、鑑定眼と、慈愛と、そして底なしの食欲。
 嵐の予感を、ステファニーは一呑みにしようとしていた。

 黒を見抜いた少女と、黒を隠す男。
 そして、それに気づいた、もう一人の観察者がいることを――まだ、誰も知らない。
______________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇

✨📚連載中!
【秘密の恋人は、兄の婚約者を想っていた――伯爵令嬢メルローズの初恋】

誰にも言えない恋ほど、
胸を締めつけるほど甘い――。
じれじれ恋愛がお好きな方におすすめです📖✨

 
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