無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋

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マシュマロ防衛戦線 ―家族の要求

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 オラニエ侯爵邸に戻るなり、イザベル夫人は荒れに荒れた。

「エマニュエル王妃殿下も、横暴が過ぎるわ!
 なぜ、うちの可愛いマシュマロちゃんが、あんな癇癪王子のお世話をしなくちゃならないの!?
 そんな役目、どこかの側近にでも押しつけてしまえばいいのよ!」

 帰宅早々、頬を紅潮させ、目尻を吊り上げて怒号を放つ妻の姿に、ローレンツ侯爵は目を丸くした。
 だが、イザベル夫人が息もつかせぬ勢いで不満を吐き出し、王宮での一部始終を語り終えると――今度は、彼の番だった。

「なんだと!?
 僕の可愛いマシュマロちゃんを、王宮に住まわせるだって!?
 そんな横暴、断じて許せん!!」

 拳を握りしめ、床を踏み鳴らす。兄サイラスの絶叫が響く。

「可愛い、可愛い、僕たちのマシュマロちゃんと、離れ離れで暮らすなんて……
 そんなの、耐えられるわけがないだろう!!」

 夫妻のあまりの大騒ぎに、屋敷中がざわついた。
「何事だ」「強盗か」「ついに戦争か」と、使用人たちが次々と集まってくる。

 やがて――
 ステファニーが、侯爵邸を離れるかもしれない
 その事実が伝わると、空気は一転した。

 驚きと動揺、そして受け入れがたい悲嘆が、屋敷を包む。

 とりわけ、黒髪黒目の双子、エメリーとエリオにとっては、まさに青天の霹靂だった。
 ステファニーと離れ離れになるなど、考えたことすらなかったのだ。

「……いやだ」
「そんなの、だめだ」

 二人は顔を見合わせ、同時に首を横に振る。
 世界が終わったかのような表情だった。

 ――その時。

 王宮からの書簡が届けられた。

 封蠟を見た瞬間、ローレンツ侯爵は表情を引き締める。

「……よし」

 ローレンツ侯爵が外套を掴み、玄関へと向かった瞬間――それを合図にしたかのように、使用人たちが一斉に動き出した。

「旦那様がご出陣なさるぞ!」
「馬車を! 最速の馬車を用意して!」
「いいえ、それより護衛を! 王宮は危険です!」
「万一のために、非常用のお菓子も積みましょうか!?」
「それはステファニーお嬢様専用では!?」

 混乱は、もはや収拾がつかない。

 玄関先では、執事が無駄に神妙な面持ちで深々と頭を下げていた。

「旦那様……どうか、ステファニーお嬢様を……お守りください……!」

「もちろんだ!」

 即答だった。

 その背後では、メイドたちが目を潤ませ、手を握り合っている。

「王宮に連れて行かれるなんて……」
「お嬢様が、冷たい石のお城で……」
「ちゃんと甘いおやつは出るのでしょうか……?」

「そこか!?」

 思わず誰かが突っ込みを入れたが、誰だったかはもう分からない。

 黒髪黒目の双子、エメリーとエリオは、玄関の柱にすがりつくようにしがみついていた。
「旦那様……!」
「王宮行きだけは……どうか……お断りを……!」

「任せておけ!」

 ローレンツ侯爵は、過剰なまでに力強くうなずく。

 こうして、オラニエ侯爵邸・ステファニー防衛隊の総意を背負い、父ローレンツ侯爵は王城へと向かったのだった。



 王城の応接間。ステファニーの件で話し合いが進む中、ローレンツ侯爵の“穏やかにキレる”モードが静かに発動した。

「つまり、娘を一年間、王宮の都合に合わせて縛り付けるというわけですな……?」
 侯爵の声は低く落ち着いているが、どこか鋭い。手のひらで机を軽く叩くたび、応接間の空気がピンと張る。

「教育は一流、料理も一流、報奨金も支払う……それはよろしい」
 侯爵はゆっくりと頷く。だが、眉間には薄くしわが寄り、目は笑っていない。
「しかし週末の帰宅も、侍女と侍従の同行も……譲れませんぞ。これは譲れん!」

 軽く拳を机に置くと、その音は小さいが重みがある。応接間の壁にまで響きそうな気迫だ。

 横で見守るエマニュエル王妃は、微かに眉を寄せつつ内心で舌打ち。
(……思ったより手強いわね……)
 ローレンツの真剣さと娘への愛情が、静かに、しかし確実に伝わってくる。

「ステファニー嬢には、アルバートとともに最高の教育を。報奨金も支払います」
 王妃は続ける。
「本人の希望も尊重しますし、週末のオラニエ侯爵邸への帰宅も認めます」

「……そこは評価します」
 ローレンツはうなずくが、鋭さは消えない。
( 本当は、ステファニーのに興味を持ったわけではないのか……?)

 応接室の空気は張りつめ、侯爵の真剣な覚悟と、王妃の静かな逡巡が、まるで舞台の一幕のように鮮やかに浮かび上がっていた。

「……わかりました。では、条件のすり合わせとして、侍女と侍従をそれぞれ一名ずつ同行させることを許可いたしましょう」
 王妃は、わずかにため息をつきながらも、渋々、譲歩する。

 侯爵は胸を張り、静かに頭を下げた。
「異存はございません。期限は一年。ステファニーが少しでも嫌だと感じた場合、いつでも帰宅を認めていただきたい」

(よし、これで何かあれば即座に連れ戻せるし、エメリーたちがいれば毒見も完璧だ)

 王妃は微笑みを浮かべつつも、内心で小さく冷や汗をぬぐう。
(……これは……想像以上に、手強い一年になりそうね……)

 応接室には、侯爵の真剣な覚悟と王妃の気の抜けない警戒心が入り混じり、張りつめた空気が漂った。
 けれど、どこかほのぼのした緊張感も同時にあり、まるで舞台の一幕を眺めているような、不思議な光景だった。



 ローレンツ侯爵がオラニエ侯爵邸に戻ると、玄関には家族や使用人たちが勢揃いして出迎えた。

「あなた! 一体どうなりましたの!?」
「父上! 僕のマシュマロちゃんは、我が家で暮らせるのですか?」
「おかえりなさいませ、旦那様!」
「ステファニーお嬢様の件は、どうなったのですか!?」

 ローレンツは深呼吸を一つ、胸を張って家族に向き直る。
「……決まった。ステファニーは、王宮に一年滞在することになった」

 その瞬間、屋敷中に驚きと悲鳴が響き渡る。

「な、なにぃ!? 一年ですって!?」
「うわあぁぁ……離れ離れなんて耐えられない!」

 玄関にしがみついていた黒髪黒目の双子、エメリーとエリオは、大騒ぎに混乱しながらも、ローレンツの次の言葉で安堵の表情を浮かべた。

「ただし、侍女と侍従の二名の同伴は認められた。エメリー、エリオ。おまえたちはステファニーと共に王宮へ行け」

 その言葉を聞いた瞬間、双子の瞳に鋭い光が宿った。
「承知いたしました。お嬢様の『マシュマロ肌』に、王宮の埃一つつけさせはいたしません」
「お嬢様のティータイムを邪魔する不届き者は、この私が排除いたしますわ」

 二人のあまりの気迫に、ローレンツ侯爵は一瞬気圧されたが、満足げに頷いた。

 こうして、オラニエ侯爵家が誇る最強の布陣――「無自覚な主」と「過保護な従者たち」による王宮滞在が決定した。

 二人は、すっと表情を消し、王宮という魔窟で、お嬢様に美味しいものを心置きなく召し上がっていただくために……泥を被るのは私たちなのだと、黒い笑顔で誓い合う。

 一方、当のステファニーは、自室でエメリーが荷造りする様子を眺めながら、のんきに考えていた。

(王宮の料理……ディーンさんの新作……楽しみですわね。あ、でも、運動はほどほどにしたいですわ……)

 侯爵夫妻は顔を見合わせ、娘との別れの切なさに胸を痛めつつも、王家からの要請には逆らえないと諦め、一年だけなら耐えられると自分たちを納得させた。
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