無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋

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王子の癇癪とチョコレートケーキ

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 翌日、王宮の長い廊下を、コレットとニコラスが慎重に先導していた。ステファニーの紫の瞳は、奥の部屋から漏れる赤黒い濁りを捕らえる。

「……うわっ……随分深刻な状態ですわね」
 ステファニーは小さく息を吐き、落ち着いた足取りでアルバート殿下の自室に近づく。

 扉の前でニコラスが低く告げた。
「ステファニー様……殿下はまだ感情の渦に飲まれています。ご注意を」

 ステファニーは微笑み、手を胸に軽く当てる。
「大丈夫ですわ、ニコラス。最高のお菓子で、この空気を少しだけでも穏やかにできるはずよ」

 部屋の中央では、アルバート王子が膝を抱え、赤黒いオーラをぶんぶんと振り回す勢いで揺らしながら「ぐぬぬ……!」と唸っていた。
 その様子は、まるで全身全霊で「嫌だ! 気に入らない! みんな嫌いだ!」と主張しているかのようだ。

 護衛騎士のニコラスは内心で祈った。
(……ステファニー様、今回も挑まれるのですね……さすがです!)

 ステファニーは嵐の中心へ、まるで午後のお茶会にでも向かうような足取りで歩み寄った。

「殿下。少しだけ目を閉じて……想像してみてくださいませ。
 目の前に、巨大なチョコレートケーキがあると」

王子はぴたりと動きを止め――一瞬だけ眉間の皺をゆるめた。

「……チョコレート……ケーキ?」

 しかし次の瞬間、我に返ったように叫ぶ。
「待て! なぜ、ここでケーキの話になる!? 僕は今、不機嫌なのだぞ!」

「ええ、存じております」
 ステファニーは即答した。
「ですからこその、『ケーキ』ですわ」

「論理が飛躍している!!」

「ケーキは怒りを吸収する特効薬。ひとくちで、怒りはチョコレートと一緒に溶けますの」

(特効薬……?)
 ニコラスは頭の中で、王宮医師団の顔を思い浮かべ、そっと消した。

 王子は半信半疑のまま、空中に指を伸ばす。
「……どこだ。ケーキはどこにある」

当然、何もない。

「……ないではないか!!」
「はい。まだですわ」

「まだ!?」

「想像力が足りません」

「癇癪中の王子に要求する内容ではない!!」

 そこでステファニーは、声を落として囁いた。
「想像力に……ほんの少し、スパイスを足してくださいませ」

――その瞬間。

 王子の頭上に、空想上の巨大チョコレートケーキが…… あるような、ないような、でも確実に“ある気がする”感じで浮かび上がった。

 王子は完全にフリーズした。

「…………」

(止まった)
(止まりましたね)
 コレットとニコラスは息を潜める。
(素直すぎないか?)
(素直すぎますね)

「……む……」
 王子の鼻が、ひくりと動く。
「……むむむ……甘い……香り……?」

 赤黒いオーラが、さっきまでの凶暴さを忘れたかのように しょんぼりし始めた。

「ほら、殿下」
 ステファニーは満足そうに頷く。
「気持ち、軽くなりましたでしょう?」

「……なっている……!」
 王子は驚愕した。
「なぜだ! 理屈は分からぬが、確実に軽くなっている……!」

 ニコラスとコレットは顔を見合わせ、同時にごくりと喉を鳴らした。

(……殿下の癇癪を、空想のチョコレートケーキで鎮めるとは……)
(いったい、どういうことですか……!?)

 やがて、王宮筆頭パティシエ・ディーン特製のふわとろチョコレートケーキが、小皿に取り分けられ、王子の前に置かれる。
その瞬間、部屋に甘い香りがふわりと広がり、赤黒いオーラがびくりと揺れた。

王子は恐る恐るフォークを取り、一口――

「……むむむ……これは……!」

 目を見開き、次の瞬間には、ためらいなく頬張る。
「……濃厚……! 芳醇……! とろける……!」

 眉間の皺は消え、赤黒いオーラはすっかり丸みを帯びていた。

 ステファニーも小さくフォークを口に運び、にっこり。
「ほら、殿下。ケーキと一緒に、怒りも少しずつ溶けていきますわ」

 王子は無言で食べ続け、やがて目に生気が戻る。
「……これが……チョコレート……パワー!」

 部屋には、久しぶりの穏やかな空気と、甘い香り、そして控えめな笑い声が満ちていった。

 隅では、ニコラスとコレットが静かに息を吐く。

(……殿下の癇癪がケーキで鎮まる日が来るとはな……)
(……ぽっちゃりさん同士だからですかね?)

 口の端にクリームをつけたまま、アルバートはふとステファニーを見上げた。
「……お前……恐るべき力を持っているな……」

 ステファニーはくすりと笑い、首を横に振った。
「恐るべき力ではありませんわ。甘いものの力です。チョコレートは、人の心もお腹も満たしますから。――甘味は神です!」

 そう言って、むちむちと柔らかそうな白い手をきゅっと握りしめ、ぐっと突き上げる。
 そのあまりの可愛らしさに、周囲で見守っていた使用人一同は、声にならない悲鳴をあげて悶えた。

 王子は無言で頷き、チョコレートケーキを、また一口。
 こうして部屋の中には、久しぶりに――癇癪も怒号もない、十二歳の少年らしい穏やかな時間が、ゆっくりと流れていた。



「そう。アルバートが……。ふふ、あの子は……本当に、すごいわね」

 エマニュエル王妃は、どこか遠くを見つめるような眼差しで、静かに微笑んだ。

「ヨアンナ。コレットとニコラスからの報告に、変わりはあったかしら?」
「はい。特に、外部からの接触は確認されておりません」
「そう……。では、これまで通り。何かあれば、即座に報告するよう、徹底してちょうだい」
「はい。かしこまりました」

(――彼らは、必ず動くわ。この機会を、逃すはずがない……来る……)

 エマニュエルは、微笑みをそのままに、窓の外を睨み据えるように見つめていた。
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【実兄の嘘で悪女にされた気の毒な令嬢は、王子に捨てられました】






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