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夢とケーキと、ついでの奇跡
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部屋に戻ったステファニーは、ふとコレットの周囲が黄色く濁っていることに気づいた。
「ねえ、コレット。なんだか心配事があるみたいね? よかったら、話してみない?」
ステファニーの声に、コレットはびくっとして目を見開き、口をパクパクさせた。
「あっ、あの……い、いえ、大丈夫です! な、なんでもありませんから!」
「そう……でも、なんでもないようには見えないわ。さあ、正直に話してごらんなさい」
ステファニーは笑みを浮かべつつも、ぐいっと肩に手を置き、迫力もほんのり漂わせた。
「えっ、で、でも私的なことですので……ご相談なんて……」
そこへ、エメリーがやれやれ、と肩を落としながら口を挟んだ。
「お嬢様、あまり追い詰めてはいけませんわ。でもね、コレット。悩みがあるなら、隠しても無駄です」
にこりと微笑み、やけに優しい声で続ける。
「このお方、人の心配事を見逃せない性分ですもの。放っておいたら、今夜も『あの子、大丈夫かしら……』って延々と考えて眠れませんわ」
ちらりとステファニーを見る。
「なにしろ、私たちの女神ですから。――もし心配のしすぎで食欲が落ちて、お嬢様が痩せてしまったら……それこそ大事件ですわよ?」
エメリーの言葉に、ステファニーが思わず「えっ!?」と反応し、コレットは内心で、「そこなの!?」とツッコんでいた。
そして、コレットの困惑した表情はますます深まり、目は丸くなった。
「そ、そんな……私なんかのために……!」
少しの沈黙の後、コレットは意を決したように口を開く。
「実は……母が病気でして。薬代を稼ぐために王宮で住み込みで働いているのですが、最近、母の体調が悪く……たった一人の家族ですから……とても心配で」
コレットの瞳に涙が浮かぶ。
「はっきりとした病名もわからず、ここ数年ほとんど寝たきりで……もしものことがあれば、もう……」
思わず泣き出しそうになるコレットを見て、ステファニーのつぶらな紫の瞳が光った。
「わかったわ。エリオ、コレットと一緒にお母さんのところへ行って、治療を受けさせるよう手配しなさい。お父様には、こちらからお知らせするわ」
エリオは、ため息をつきながらも「はいはい、またですか……」と呆れ顔で外出の準備を始めた。
コレットは、ステファニーの命令の意味が理解できず、口をポカンと開けたまま。
「さあ、行こう。母上のところに急ごう」
「えっ? えっ! ま、まさか母を侯爵家に……?」
エメリーがにっこり笑いながら、さらに付け加えた。
「私たちの母も昔、ステファニー様に助けていただいたの。今では――」
その言葉を裏付けるかのように、脳裏に浮かぶ光景があるーー
広々とした侯爵家の洗濯場。
湯気の立ち上る中で、腕まくりをした双子の母が、ばさりばさりと洗濯物を干しながら大声で笑っている。
「もーう聞いた!? あそこの奥様ったらねぇ!」
「今日は天気がいいから洗濯がはかどるわぁ!」
ぱんっ、と勢いよく布を叩く音に混じって、よく通る声が洗濯場中に響き渡る。
周囲の使用人たちも苦笑しつつ、「今日も元気ですねぇ」「ええ、声だけで居場所が分かりますもの」などと、半ば名物扱いだ。
エメリーはくすっと笑い、誇らしげに言う。
「……本当に、今では元気すぎるくらいですわ。大声でおしゃべりしながら洗濯場を仕切っておりますの」
隣で聞いていたエリオも、思わず肩をすくめて苦笑した。
「正直、元気すぎじゃないかって思うくらいだよ。洗濯場に近づくだけで分かるよ。母さんの存在感が、声で主張してくるから」
二人は顔を見合わせ、ふっと同時に微笑む。そこには、かつての不安や恐れはもうない。ただ、「生きている」「元気でいる」という確かな安心だけがあった。
エメリーは、コレットに向き直り、やわらかく言った。
「だから大丈夫よ。ステファニー様にお任せすれば、きっと――いえ、確実に元気になりますわ」
エリオも静かに頷く。
「うちが、いい前例だからね」
その言葉には、冗談めいた軽さと、心からの感謝と安堵が、確かに滲んでいた。
コレットの目からは、思わず涙がこぼれた。
「そ、そんな……ただの侍女の家族を助けてくださるなんて……そんなこと……本当に……?」
「さあ、急ぐよ。王宮に帰るのが遅くなっちゃう」
エリオにせき立てられるように、コレットは駆け出した。
「お嬢様のお人好しぶりには、いつも驚かされますね……」
「だって、大事な使用人ですもの。心配ごとはほっとけないじゃない」
ステファニーの優しさに、エメリーの顔には誇らしげな笑みが浮かんだ。
夜半前、エリオが単身で王宮へと戻った。
「エメリー。コレットの母親は、無事にオラニエ侯爵家へ移したよ。ゴードン先生の診察では、心の臓が弱っているそうだ。しばらくは薬を飲んで、栄養のある食事を続ければ……起き上がれるようになる、とのことだった」
「そう……」
エメリーは、胸をなで下ろすように息を吐いた。
「コレットも、きっと安心したでしょうね。……彼女も、今夜は侯爵邸に?」
「ああ。急なことだったし、お母さんも不安だろうからな。今夜は泊まってもらった」
「ふふ……相変わらず、オラニエ侯爵家の皆さまはお優しいのね。本当に、素敵な方々だわ」
一瞬、二人の間に静けさが落ちた。
エリオとエメリーは、言葉にせずとも、かつての自分たちを思い出していた。
「……ステファニーお嬢様は?」
「いつも通りよ。お菓子を召し上がってから、もうお休みになったわ」
「そうか。それなら安心だ」
「ええ、大丈夫よ」
二人にとって、何よりも大切な存在が、今日も変わらず穏やかに眠っている。
その事実だけで十分だと言うように、エリオとエメリーは静かに微笑みを交わした。
深い夜の静寂の中、王宮の柔らかな寝台に横たわるステファニーの胸は、規則正しく上下している。まるで天使が眠るかのような穏やかさだが、彼女の夢の世界では――
目の前には、想像を超えるほど大きなチョコレートケーキがそびえ立っていた。苺やマカロン、金箔で飾られた層は、まるで城の塔のように重なり、香りは甘く濃厚で、夢の中のステファニーの鼻孔をくすぐる。
「わぁ……こんなに大きなケーキ、わたくし一人で食べられるかしら……」
ぽっちゃり体型の小さな少女は、夢の中でも意気揚々と、フォークを手に取り一口。口に運ぶたびに、甘さが心をふわりと包み込み、幸せの色が夢の中の空気を淡いピンクに染めていく。
どこからか、チョコレートの層の間からマカロンやフルーツが飛び出してきて、ステファニーは目を輝かせながらぱくぱくと口に運ぶ。
(……これなら、今日もきっと元気に過ごせそう……)
夢の中のステファニーは、幸せの色に包まれた紫のオーラを放ちながら、ケーキを頬張る。甘味に満ちた笑い声が、静かな寝室の空気に、ほんの少しだけ、現実には届かない幸せの旋律を響かせていた。
そして、その寝顔は、誰もが守りたいと思わずにはいられない、柔らかく、愛らしい光を宿していた。
――けれど、その穏やかな眠りの奥で。
柔らかな寝台に横たわるステファニーの小さな体から、ゆっくりと、美しい《紫》の光が滲み出し始めていた。
まるで夢の中の幸福が、そのまま現実へ溢れ出してしまったかのように。
淡く、透き通った紫のオーラは、寝台の周囲を包み込み、揺れるように広がっていく。
それは眩しさを伴わない、夜に溶け込む光。
誰かの目を引くこともなく、ただ静かに、静かに、空気に染み込んでいった。
やがて、その光とともに、ほのかな香りが生まれる。甘さを含んだ、やさしいラベンダーの香り。まるで深呼吸するだけで心がほどけてしまいそうな、安らぎの匂いだった。
紫のオーラは、風もないのに廊下へと流れ出し、重厚な扉の隙間をすり抜け、長い王宮の回廊を、ゆるやかに、波紋のように満たしていく。
その夜――
なぜか、いつも悪夢にうなされる近衛兵が、久しぶりに朝まで眠り続けた。
帳簿を前に眉をひそめていた文官が、理由もなく筆を止め、深い息をついた。
王宮のどこかで、苛立ちや不安が、知らぬ間に少しだけ軽くなっていた。
けれど、誰ひとりとして、その理由を知る者はいない。
それが十二歳の少女の夢から溢れた癒しだとは、ましてや、ぽっちゃり体型の小さな貴族令嬢が、巨大なケーキを頬張りながら放った奇跡だとは――誰も、気づくはずもなかった。
ステファニーはただ、柔らかな寝息を立てながら、幸せそうに眠り続けている。
紫のオーラとラベンダーの香りを、無自覚のまま王宮に広げながら。
その寝顔は、静かな夜の中で、確かに“守られるべき光”として、そこに在った。
______________
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「ねえ、コレット。なんだか心配事があるみたいね? よかったら、話してみない?」
ステファニーの声に、コレットはびくっとして目を見開き、口をパクパクさせた。
「あっ、あの……い、いえ、大丈夫です! な、なんでもありませんから!」
「そう……でも、なんでもないようには見えないわ。さあ、正直に話してごらんなさい」
ステファニーは笑みを浮かべつつも、ぐいっと肩に手を置き、迫力もほんのり漂わせた。
「えっ、で、でも私的なことですので……ご相談なんて……」
そこへ、エメリーがやれやれ、と肩を落としながら口を挟んだ。
「お嬢様、あまり追い詰めてはいけませんわ。でもね、コレット。悩みがあるなら、隠しても無駄です」
にこりと微笑み、やけに優しい声で続ける。
「このお方、人の心配事を見逃せない性分ですもの。放っておいたら、今夜も『あの子、大丈夫かしら……』って延々と考えて眠れませんわ」
ちらりとステファニーを見る。
「なにしろ、私たちの女神ですから。――もし心配のしすぎで食欲が落ちて、お嬢様が痩せてしまったら……それこそ大事件ですわよ?」
エメリーの言葉に、ステファニーが思わず「えっ!?」と反応し、コレットは内心で、「そこなの!?」とツッコんでいた。
そして、コレットの困惑した表情はますます深まり、目は丸くなった。
「そ、そんな……私なんかのために……!」
少しの沈黙の後、コレットは意を決したように口を開く。
「実は……母が病気でして。薬代を稼ぐために王宮で住み込みで働いているのですが、最近、母の体調が悪く……たった一人の家族ですから……とても心配で」
コレットの瞳に涙が浮かぶ。
「はっきりとした病名もわからず、ここ数年ほとんど寝たきりで……もしものことがあれば、もう……」
思わず泣き出しそうになるコレットを見て、ステファニーのつぶらな紫の瞳が光った。
「わかったわ。エリオ、コレットと一緒にお母さんのところへ行って、治療を受けさせるよう手配しなさい。お父様には、こちらからお知らせするわ」
エリオは、ため息をつきながらも「はいはい、またですか……」と呆れ顔で外出の準備を始めた。
コレットは、ステファニーの命令の意味が理解できず、口をポカンと開けたまま。
「さあ、行こう。母上のところに急ごう」
「えっ? えっ! ま、まさか母を侯爵家に……?」
エメリーがにっこり笑いながら、さらに付け加えた。
「私たちの母も昔、ステファニー様に助けていただいたの。今では――」
その言葉を裏付けるかのように、脳裏に浮かぶ光景があるーー
広々とした侯爵家の洗濯場。
湯気の立ち上る中で、腕まくりをした双子の母が、ばさりばさりと洗濯物を干しながら大声で笑っている。
「もーう聞いた!? あそこの奥様ったらねぇ!」
「今日は天気がいいから洗濯がはかどるわぁ!」
ぱんっ、と勢いよく布を叩く音に混じって、よく通る声が洗濯場中に響き渡る。
周囲の使用人たちも苦笑しつつ、「今日も元気ですねぇ」「ええ、声だけで居場所が分かりますもの」などと、半ば名物扱いだ。
エメリーはくすっと笑い、誇らしげに言う。
「……本当に、今では元気すぎるくらいですわ。大声でおしゃべりしながら洗濯場を仕切っておりますの」
隣で聞いていたエリオも、思わず肩をすくめて苦笑した。
「正直、元気すぎじゃないかって思うくらいだよ。洗濯場に近づくだけで分かるよ。母さんの存在感が、声で主張してくるから」
二人は顔を見合わせ、ふっと同時に微笑む。そこには、かつての不安や恐れはもうない。ただ、「生きている」「元気でいる」という確かな安心だけがあった。
エメリーは、コレットに向き直り、やわらかく言った。
「だから大丈夫よ。ステファニー様にお任せすれば、きっと――いえ、確実に元気になりますわ」
エリオも静かに頷く。
「うちが、いい前例だからね」
その言葉には、冗談めいた軽さと、心からの感謝と安堵が、確かに滲んでいた。
コレットの目からは、思わず涙がこぼれた。
「そ、そんな……ただの侍女の家族を助けてくださるなんて……そんなこと……本当に……?」
「さあ、急ぐよ。王宮に帰るのが遅くなっちゃう」
エリオにせき立てられるように、コレットは駆け出した。
「お嬢様のお人好しぶりには、いつも驚かされますね……」
「だって、大事な使用人ですもの。心配ごとはほっとけないじゃない」
ステファニーの優しさに、エメリーの顔には誇らしげな笑みが浮かんだ。
夜半前、エリオが単身で王宮へと戻った。
「エメリー。コレットの母親は、無事にオラニエ侯爵家へ移したよ。ゴードン先生の診察では、心の臓が弱っているそうだ。しばらくは薬を飲んで、栄養のある食事を続ければ……起き上がれるようになる、とのことだった」
「そう……」
エメリーは、胸をなで下ろすように息を吐いた。
「コレットも、きっと安心したでしょうね。……彼女も、今夜は侯爵邸に?」
「ああ。急なことだったし、お母さんも不安だろうからな。今夜は泊まってもらった」
「ふふ……相変わらず、オラニエ侯爵家の皆さまはお優しいのね。本当に、素敵な方々だわ」
一瞬、二人の間に静けさが落ちた。
エリオとエメリーは、言葉にせずとも、かつての自分たちを思い出していた。
「……ステファニーお嬢様は?」
「いつも通りよ。お菓子を召し上がってから、もうお休みになったわ」
「そうか。それなら安心だ」
「ええ、大丈夫よ」
二人にとって、何よりも大切な存在が、今日も変わらず穏やかに眠っている。
その事実だけで十分だと言うように、エリオとエメリーは静かに微笑みを交わした。
深い夜の静寂の中、王宮の柔らかな寝台に横たわるステファニーの胸は、規則正しく上下している。まるで天使が眠るかのような穏やかさだが、彼女の夢の世界では――
目の前には、想像を超えるほど大きなチョコレートケーキがそびえ立っていた。苺やマカロン、金箔で飾られた層は、まるで城の塔のように重なり、香りは甘く濃厚で、夢の中のステファニーの鼻孔をくすぐる。
「わぁ……こんなに大きなケーキ、わたくし一人で食べられるかしら……」
ぽっちゃり体型の小さな少女は、夢の中でも意気揚々と、フォークを手に取り一口。口に運ぶたびに、甘さが心をふわりと包み込み、幸せの色が夢の中の空気を淡いピンクに染めていく。
どこからか、チョコレートの層の間からマカロンやフルーツが飛び出してきて、ステファニーは目を輝かせながらぱくぱくと口に運ぶ。
(……これなら、今日もきっと元気に過ごせそう……)
夢の中のステファニーは、幸せの色に包まれた紫のオーラを放ちながら、ケーキを頬張る。甘味に満ちた笑い声が、静かな寝室の空気に、ほんの少しだけ、現実には届かない幸せの旋律を響かせていた。
そして、その寝顔は、誰もが守りたいと思わずにはいられない、柔らかく、愛らしい光を宿していた。
――けれど、その穏やかな眠りの奥で。
柔らかな寝台に横たわるステファニーの小さな体から、ゆっくりと、美しい《紫》の光が滲み出し始めていた。
まるで夢の中の幸福が、そのまま現実へ溢れ出してしまったかのように。
淡く、透き通った紫のオーラは、寝台の周囲を包み込み、揺れるように広がっていく。
それは眩しさを伴わない、夜に溶け込む光。
誰かの目を引くこともなく、ただ静かに、静かに、空気に染み込んでいった。
やがて、その光とともに、ほのかな香りが生まれる。甘さを含んだ、やさしいラベンダーの香り。まるで深呼吸するだけで心がほどけてしまいそうな、安らぎの匂いだった。
紫のオーラは、風もないのに廊下へと流れ出し、重厚な扉の隙間をすり抜け、長い王宮の回廊を、ゆるやかに、波紋のように満たしていく。
その夜――
なぜか、いつも悪夢にうなされる近衛兵が、久しぶりに朝まで眠り続けた。
帳簿を前に眉をひそめていた文官が、理由もなく筆を止め、深い息をついた。
王宮のどこかで、苛立ちや不安が、知らぬ間に少しだけ軽くなっていた。
けれど、誰ひとりとして、その理由を知る者はいない。
それが十二歳の少女の夢から溢れた癒しだとは、ましてや、ぽっちゃり体型の小さな貴族令嬢が、巨大なケーキを頬張りながら放った奇跡だとは――誰も、気づくはずもなかった。
ステファニーはただ、柔らかな寝息を立てながら、幸せそうに眠り続けている。
紫のオーラとラベンダーの香りを、無自覚のまま王宮に広げながら。
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