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Ⅴ ルナリア王国への旅路
4 マーガレットの旅立ち
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ルミナリア王国への旅立ちの朝、マーガレットの元に届けられた小包。
開けると、ムスクが香る柔らかなクッションが3つ入っていた。旅の疲れを少しでも和らげて欲しい――その心遣いが込められているのが、触れるだけで伝わってくる。
ニコラス殿下が、王国内の職人に手配したものだ。アルマディス公国からでは日数がかかりすぎる。月をまたぐ長期の旅路では、首や腰が痛くなることを彼自身も経験していたから、マーガレットには同じ思いをさせたくないと、気を配ったのだ。
「少しでも楽な旅路になりますように」ーーーその想いを胸に、彼は注文書に目を落とす。遠く離れていても、形として彼女に届くもの――それはニコラスの優しさであり、ささやかな独占の印でもあった。
マーガレットはクッションに手を伸ばし、その柔らかさに触れた瞬間、思わず微笑む。これを考えてくれたのは、ニコラス殿下……。
胸がぎゅっと熱くなる。遠くにいても、こうして自分を想ってくれている。その気遣いが、切なくて、でも甘く、切なく心を満たした。
クッションは単なる休息の道具ではなく、彼の存在をそっと感じられる小さな温もりだった。
――旅の間も、僕は君のそばにいる。
その想いを、マーガレットは胸の奥でしっかり抱きしめた。
◇◇◇
旅支度を終えたマーガレットは、静かに塔を見上げていた。
彼女が乗るのは、蒼き国ルナリアの魔力を動力とした魔導馬車。カルリスタ王国からルナリア王国へ――ニコラス殿下がアルマディス公国へ二ヶ月かけて旅した王家の馬車とは異なり、魔導馬車ならばわずか一ヶ月でその道程を駆け抜ける。
揺れもほとんどなく、淡い魔力の光が車輪の軌跡を描く。マーガレットの出立の時がきた_____。
ひとりは遠い国で王国を思い、
ひとりは新たな国へと旅立つ。
ふたりの道は離れていても、互いの名を心に抱いたまま――運命の糸は、静かに再び動き出していた。
魔導馬車の揺れは、思っていたよりも優しかった。けれど、それでも長い旅の疲れはじわじわと体に溜まっていく。
一ヶ月に及ぶ道のり――ルナリア王国へ向かう途中の夜、マーガレットはふとため息をこぼした。
その膝の上にあるのは、旅立ちの日に届いた、あのクッション。王国内でニコラスが職人に依頼し、彼の細やかな指示で作らせたものだ。
ーー 素材は柔らかく、けれど沈みすぎないものを。長旅で体を痛めぬように。ムスクの香を焚きしめることーー
そう注文書に記した彼の姿を想像するだけで、マーガレットの胸はあたたかくなった。
指先でクッションを撫でる。殿下愛用のムスクの香りが漂い、ほんわかとした温もりが伝わってくる気がする。
ニコラスが直接触れた物でもないのに、どこか彼の気配を感じてしまう。
「……本当に、優しい人……」
思わず笑みがこぼれて、マーガレットは窓の外に目をやった。夜の森を抜ける風が車内の空気をそっと揺らす。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
――離れていても、彼は私を想ってくれている。
それが嬉しくて、切なくて、どうしようもなく恋しい。
彼の手が、自分の髪をそっと撫でてくれたときの感触。真剣に見つめてくれた瞳。別れ際に、言葉にはしなかった想い。
すべてが思い出になって、心の奥で柔らかく疼く。
マーガレットはそっとクッションに頬を寄せた。
「……ありがとう、ニコラス……さま」
そう呟く声は、馬車の小さな揺れに紛れて消えていく。
けれど、その言葉は確かに届いていたーー。
アルマディスの公城で、同じ空の果て、窓辺に立つニコラスがふと顔を上げる。
胸の奥に、微かな温もりを感じた。
ああ、彼女が今、僕を思い出しているーー。
夜風が二人の距離を越えて、そっと想いを運んでいった。
遠く離れていても、心は同じ鼓動を刻んでいる――そんな確信とともに。
つづく
________________
お楽しみいただけましたら、
ぜひ、いいね❤️で応援していただけると幸いです。
皆さまの応援が、物語を紡ぐ力になります。
開けると、ムスクが香る柔らかなクッションが3つ入っていた。旅の疲れを少しでも和らげて欲しい――その心遣いが込められているのが、触れるだけで伝わってくる。
ニコラス殿下が、王国内の職人に手配したものだ。アルマディス公国からでは日数がかかりすぎる。月をまたぐ長期の旅路では、首や腰が痛くなることを彼自身も経験していたから、マーガレットには同じ思いをさせたくないと、気を配ったのだ。
「少しでも楽な旅路になりますように」ーーーその想いを胸に、彼は注文書に目を落とす。遠く離れていても、形として彼女に届くもの――それはニコラスの優しさであり、ささやかな独占の印でもあった。
マーガレットはクッションに手を伸ばし、その柔らかさに触れた瞬間、思わず微笑む。これを考えてくれたのは、ニコラス殿下……。
胸がぎゅっと熱くなる。遠くにいても、こうして自分を想ってくれている。その気遣いが、切なくて、でも甘く、切なく心を満たした。
クッションは単なる休息の道具ではなく、彼の存在をそっと感じられる小さな温もりだった。
――旅の間も、僕は君のそばにいる。
その想いを、マーガレットは胸の奥でしっかり抱きしめた。
◇◇◇
旅支度を終えたマーガレットは、静かに塔を見上げていた。
彼女が乗るのは、蒼き国ルナリアの魔力を動力とした魔導馬車。カルリスタ王国からルナリア王国へ――ニコラス殿下がアルマディス公国へ二ヶ月かけて旅した王家の馬車とは異なり、魔導馬車ならばわずか一ヶ月でその道程を駆け抜ける。
揺れもほとんどなく、淡い魔力の光が車輪の軌跡を描く。マーガレットの出立の時がきた_____。
ひとりは遠い国で王国を思い、
ひとりは新たな国へと旅立つ。
ふたりの道は離れていても、互いの名を心に抱いたまま――運命の糸は、静かに再び動き出していた。
魔導馬車の揺れは、思っていたよりも優しかった。けれど、それでも長い旅の疲れはじわじわと体に溜まっていく。
一ヶ月に及ぶ道のり――ルナリア王国へ向かう途中の夜、マーガレットはふとため息をこぼした。
その膝の上にあるのは、旅立ちの日に届いた、あのクッション。王国内でニコラスが職人に依頼し、彼の細やかな指示で作らせたものだ。
ーー 素材は柔らかく、けれど沈みすぎないものを。長旅で体を痛めぬように。ムスクの香を焚きしめることーー
そう注文書に記した彼の姿を想像するだけで、マーガレットの胸はあたたかくなった。
指先でクッションを撫でる。殿下愛用のムスクの香りが漂い、ほんわかとした温もりが伝わってくる気がする。
ニコラスが直接触れた物でもないのに、どこか彼の気配を感じてしまう。
「……本当に、優しい人……」
思わず笑みがこぼれて、マーガレットは窓の外に目をやった。夜の森を抜ける風が車内の空気をそっと揺らす。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
――離れていても、彼は私を想ってくれている。
それが嬉しくて、切なくて、どうしようもなく恋しい。
彼の手が、自分の髪をそっと撫でてくれたときの感触。真剣に見つめてくれた瞳。別れ際に、言葉にはしなかった想い。
すべてが思い出になって、心の奥で柔らかく疼く。
マーガレットはそっとクッションに頬を寄せた。
「……ありがとう、ニコラス……さま」
そう呟く声は、馬車の小さな揺れに紛れて消えていく。
けれど、その言葉は確かに届いていたーー。
アルマディスの公城で、同じ空の果て、窓辺に立つニコラスがふと顔を上げる。
胸の奥に、微かな温もりを感じた。
ああ、彼女が今、僕を思い出しているーー。
夜風が二人の距離を越えて、そっと想いを運んでいった。
遠く離れていても、心は同じ鼓動を刻んでいる――そんな確信とともに。
つづく
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