53 / 107
Ⅴ ルナリア王国への旅路
5 悶えるニコラス
しおりを挟む
ニコラスは、アルマディス公城の執務室でふと窓の外に目をやった。
「婚姻で結ぶよりも、信頼で繋がる方が、きっと強い同盟になる」
彼の口元に穏やかな笑みが浮かぶ。
オーデリアとローレンスの想いを祝福する気持ちに偽りはなかった。
それに、もう自分の心には別のひとがいるーー 白き塔の才女、マーガレット。
彼は筆を置き、窓辺の光に手紙を透かした。淡い光の中に、彼女の横顔が浮かぶような気がして――胸の奥が締めつけられる。
(君に会いたい。……どうか、国から出ないで。塔から出ないで。僕の目の届く場所にいてほしい)
そう綴ることはできなかった。
カルリスタの王子として、手紙には、ただ「君の無事を祈る」としか書けない。
ニコラスは仕事の手を止め、ふと視線を落とす。そこには、マーガレットのために王国内で特注したクッションがひとつ。同じものを自分宛にも送らせたのだ。
旅路の途中で少しでも楽に休めるようにと選んだ素材――柔らかく、包み込むような感触。
「……これで、少しは楽に座れるだろうか」
小さく呟きながら、クッションにそっと手を置く。
その瞬間、マーガレット愛用の月草の香がかおった。彼女の姿が脳裏に浮かんでしまう。
――長い馬車の旅の中で、彼女がこれに体を預け、ほっと息をつく姿。
窓の光を受けて揺れる髪、静かな寝息。
「っ……!」
ニコラスの肩がわずかに跳ね、顔が一気に赤く染まった。
「な、何を考えているんだ僕は……!」
頭をぶんぶんと振り、クッションから距離を取る。だが、心臓の鼓動は収まらない。
( 落ち着け……ただのクッションだ。気遣いの証だ。それ以上では――)
それでも、頬の熱は消えない。窓の外に広がる夜空を見上げながら、ニコラスは小さく笑った。
「……全く、マーガレットには敵わないな」
遠く離れていても、彼女の笑顔を思い出すだけで、胸が温かく、そして少し苦しい。その優しさと恋しさを抱えながら、彼はランプの灯を落とした。
夜風が静かに吹き抜け、机の上のクッションがふわりと揺れた。
まるで、マーガレットのぬくもりがそこに宿っているかのように――。
( 次に会ったとき、僕は……ちゃんと彼女の顔を見られるだろうか )
気づけば、そんな弱音が心に浮かんでいた。遠く離れていても、彼女のことを思うだけで心がざわめく。
けれど、そのざわめきがどこか心地よくて、『次に会う時』が楽しみでニコラスは知らずと微笑んでいた。
「……もう、完全に手遅れだな」と、呟きながら、そっと目を閉じる。
マーガレットが無事でありますように――
その祈りと、胸の奥に芽生えた恋しさを抱いて、彼はいつしか眠りについた。
月明かりが窓辺に差し込み、カーテンの隙間から淡く揺れる。その光の中で、彼の寝顔はどこか穏やかで、優しく微笑んでいた。
つづく
______________
📣 エール
❤️ いいね
⭐ お気に入り
で、応援してください!!
続き、全力で書きます!!
どうか見届けてください…!🙏💖
「婚姻で結ぶよりも、信頼で繋がる方が、きっと強い同盟になる」
彼の口元に穏やかな笑みが浮かぶ。
オーデリアとローレンスの想いを祝福する気持ちに偽りはなかった。
それに、もう自分の心には別のひとがいるーー 白き塔の才女、マーガレット。
彼は筆を置き、窓辺の光に手紙を透かした。淡い光の中に、彼女の横顔が浮かぶような気がして――胸の奥が締めつけられる。
(君に会いたい。……どうか、国から出ないで。塔から出ないで。僕の目の届く場所にいてほしい)
そう綴ることはできなかった。
カルリスタの王子として、手紙には、ただ「君の無事を祈る」としか書けない。
ニコラスは仕事の手を止め、ふと視線を落とす。そこには、マーガレットのために王国内で特注したクッションがひとつ。同じものを自分宛にも送らせたのだ。
旅路の途中で少しでも楽に休めるようにと選んだ素材――柔らかく、包み込むような感触。
「……これで、少しは楽に座れるだろうか」
小さく呟きながら、クッションにそっと手を置く。
その瞬間、マーガレット愛用の月草の香がかおった。彼女の姿が脳裏に浮かんでしまう。
――長い馬車の旅の中で、彼女がこれに体を預け、ほっと息をつく姿。
窓の光を受けて揺れる髪、静かな寝息。
「っ……!」
ニコラスの肩がわずかに跳ね、顔が一気に赤く染まった。
「な、何を考えているんだ僕は……!」
頭をぶんぶんと振り、クッションから距離を取る。だが、心臓の鼓動は収まらない。
( 落ち着け……ただのクッションだ。気遣いの証だ。それ以上では――)
それでも、頬の熱は消えない。窓の外に広がる夜空を見上げながら、ニコラスは小さく笑った。
「……全く、マーガレットには敵わないな」
遠く離れていても、彼女の笑顔を思い出すだけで、胸が温かく、そして少し苦しい。その優しさと恋しさを抱えながら、彼はランプの灯を落とした。
夜風が静かに吹き抜け、机の上のクッションがふわりと揺れた。
まるで、マーガレットのぬくもりがそこに宿っているかのように――。
( 次に会ったとき、僕は……ちゃんと彼女の顔を見られるだろうか )
気づけば、そんな弱音が心に浮かんでいた。遠く離れていても、彼女のことを思うだけで心がざわめく。
けれど、そのざわめきがどこか心地よくて、『次に会う時』が楽しみでニコラスは知らずと微笑んでいた。
「……もう、完全に手遅れだな」と、呟きながら、そっと目を閉じる。
マーガレットが無事でありますように――
その祈りと、胸の奥に芽生えた恋しさを抱いて、彼はいつしか眠りについた。
月明かりが窓辺に差し込み、カーテンの隙間から淡く揺れる。その光の中で、彼の寝顔はどこか穏やかで、優しく微笑んでいた。
つづく
______________
📣 エール
❤️ いいね
⭐ お気に入り
で、応援してください!!
続き、全力で書きます!!
どうか見届けてください…!🙏💖
90
あなたにおすすめの小説
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」
仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。
「で、政略結婚って言われましてもお父様……」
優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。
適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。
それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。
のんびりに見えて豪胆な令嬢と
体力系にしか自信がないワンコ令息
24.4.87 本編完結
以降不定期で番外編予定
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる