【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅴ ルナリア王国への旅路

3 レーヴェン伯爵家

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 白き塔の窓辺、マーガレットは静かに羽ペンを置き、届いた封書を両手で包み込む。
 ニコラス殿下からの便りだった。封をを切ると、殿下の纏うムスクの香りが漂う。
 
 ◇◇◇

『マーガレットへ

 ルナリア王国への旅立ち、どうか無事でありますように。
 あなたの叡智と勇気は、きっと国の誇りとなるでしょう。
 どうか怪我や病には気をつけて。あなたの笑顔が、いつもそこにありますように――』

 ◇◇◇

 文字の一つ一つに、優しさと、品位あるニコラス殿下らしい礼節が滲む。マーガレットはふっと微笑み、ページを指でなぞるようにして読み進める。

 胸の奥に小さく、熱を帯びた声が響く――彼の言葉の裏に隠された、本当の想い。

 __塔から出ないで。
 __国から離れないで。
 __僕のそばにいればいい……

 紙面には決して書かれない、抑えきれない独占欲と恋心。胸がぎゅっと締めつけられるような――甘くて痛い想い。

 マーガレットはそっと息を吸い、胸の奥でその想いを抱きしめる。
 「……ニコラス……さま」

 心の中で彼の名前をつぶやくだけで、胸の鼓動が早まる。指先にまで熱が走るような、震えるような感覚――誰にも触れられないのに、確かに彼がここにいると感じる瞬間。

 思わず目を閉じ、手紙を胸に押し当てる。そこには、彼の存在そのものが詰まっている。独占的で、切なくて、恋しい――だけど安心できる温かさ。

 ――ああ、私は、この人の全てを知りたい。そして、この人に、ずっとそばにいてほしい。

 その想いに胸がぎゅっと締めつけられ、甘く痛い感覚が全身に広がる。
 マーガレットは小さく笑った。
 ――こんなにも恋しい気持ちになるなんて。私、彼に触れたくて、でもまだ遠くて……。

 心の奥で、ニコラスの手が自分の手を包むような感覚を想像して、胸が熱くなる。
 それだけで、世界が少しだけ輝いて見えた――切なく、恋しく、愛おしい、初めての想いの煌めき。

 ◇◇◇

 午後の陽光が差し込む王宮の庭園。
 金糸を織り込んだ天幕の下で、白い陶磁のティーセットが並び、柔らかな音楽が流れていた。

 「「「「お招きにあずかり光栄です、エルンスト陛下、エマニュエル王妃殿下」」」」
 
 ルーヴェン伯爵一家は深く一礼した。
 当主ダニエル伯爵の隣りにはイザベラ伯爵夫人。そして次期当主リリアーナ伯爵令嬢とその夫ユリウスに抱かれた幼いレオと赤児ジュリアンの姿があった。

 「今日は、マーガレットについて少し込み入った話をしたくてね」
 穏やかな声で王が言い、王妃が微笑む。

 ダニエルの眉がわずかに動いた。

 かまわず王は続ける。
 「ルナリア王国より正式な要請があってね。彼の国において、知識の交流を望んでいるとのことだ。“白き塔の才女”を名指しでご指名だ」

 茶会の場に静寂が落ち、紅茶の香りが、風に乗って揺れる。ジュリアンのキャッキャとはしゃぐ声だけが響いた____。

 イザベラ夫人がそっと夫ダニエルを見やる。その頭の中では、六年前の苦い記憶がよみがえっていた。

 ―王家からの呼び出し。十歳のマーガレットが王宮へと向かったあの日。あの時の王家の言葉は「王子のため」だった。

 「また、マーガレットを王家に……」
 イザベラ夫人の声は震えていた。

 ダニエルも口を開く。
 「陛下。娘はまだ十六歳になったばかりです。ルナリアは遠い国――旅も長く、危険もあるでしょう」

 王は静かに頷いた。
 「承知している。ゆえに無理強いはしない。ただ、マーガレットの才覚をルナリア王国も高く評価している。この機会は、彼女自身にとっても学びになるだろう」

 そのとき、背後から柔らかな声が響いた。
 「お父様、お母様……」
 マーガレットが現れた。
 風に揺れる淡い金の髪の美しい令嬢がにこやかな笑みを浮かべて。

 マーガレットは陛下夫妻に一礼し、まっすぐ父と母を見つめた。
 「……私は、行きたいと思います」
 その青く澄んだ瞳はまっすぐで、迷いがなかった。

 「知らない世界を見て、もっと学びたい。ルナリア王国との交流を通して、きっとカルリスタ王国のためになることを学べます」

 イザベラはその言葉を聞きながら、静かに涙をこらえた。
 「……あなたは、王国の未来をも見据えているのね......」

 マーガレットはそっと微笑む。
 「はい。塔での学びも、出会いも――全部、私を育ててくれたものです。どうか、心配なさらないでください」

 その言葉に、ダニエルの肩の力が抜けた。彼は深く息をつき、王へ頭を下げる。
 「陛下、ルーヴェン伯爵家として、この要請をお受けいたします。……娘を、カルリスタ王国の使者としてお預けいたします」

 王は満足げに頷き、王妃はマーガレットの手を取って微笑んだ。
 「あなたの行く道が、きっと国の光となるわ」

 ◇◇◇

 王城の一室でレーヴェン伯爵一家だけの時間がもたれた。
 「マン姉様!僕ね!.....」
 三歳のレオが大好きなマーガレットに甘えている。

 毎週末と長期休暇では帰省する伯爵邸。それでも家族の時間は決して長くはない。伯爵夫妻は目を細めて子供達を見つめていた。

 そのとき、庭を渡る風がカップの縁を震わせた。
 王城という異質な場所で家族の時間がおだやかに過ぎていった。

 つづく

______________

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