生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける

てんつぶ

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『番い』のための場所

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 飛び立ってから二時間ほど経った頃、近くからミヤの声が響く。隣に視線を移せば、濡れたように輝く羽根で大空を舞う大鳥がこちらに近づいていた。

「カラヒ様、そろそろ到着デスヨ! あれが、エヴィル様のお住まいデス!」

 大河と山に挟まれ海を背にした街は、山裾にある巨大な城が一番初めに目に入った。それからそこを中心にして、街が川の方へ向かって広がっていく。

 さらに城を起点に波紋を描くように道路が作られ、住宅が整備されている。カラヒが住んでいた街よりも大きく、伯爵領以上に繁栄しているのは間違いない。

 迷いなく城へと向かって降下していくエヴィルの咥える籠の中で、カラヒはまだ見ぬ異国へ思いを馳せていた。カラヒは今まで伯爵領以外の場所どころか、屋敷の外へと出かけることすらままならない立場だったのだ。不安はあるが今までにない期待に胸を膨らませる。

「カラヒ、地上に降りるぞ」

 エヴィルの言葉と同時に、籠の上まで大きな砂埃が舞い上がる。籠が降ろされ反射的に瞑ってしまった瞼を恐る恐る開くと、目の前には見たこともない人々が大勢詰めかけていた。

「え、え?」

 目を見開くカラヒの周囲に集まる人々は、皆笑顔だった。それだけではなく、獣のような顔を持つ者や、蛇のような身体を持つ者、頭に角を生やした者など、カラヒがいた伯爵領では見たことがない人たちばかりだった。

 なるほどこれが獣人というものかとどこか冷静に考えながらも、カラヒは詰めかける彼らの熱量に押されていた。

「〇〇〇〇〇! 〇〇〇〇、〇〇!」

「〇~? 〇〇〇〇」

 そして残念なことに、彼らが何を言っているのか一切分からない。

「ええっと? え~と」

 理由は分からないが、誰もがカラヒに好意的だということは分かる。しかし言葉が通じないのだ。何を伝えたいのか分からないのでは、どう反応したらいいのか分からない。

 戸惑うカラヒの肩を、誰かの大きな手が触れた。見上げるとそれはいつの間にか人の姿に戻ったエヴィルだった。竜に変化する前と変わらない服を身にまとっているがどういう仕組みなのだろう。

「獣人と人間は、言葉が違う。彼らはこの街に住む人々だ。人間と姿は違うかもしれないが、皆カラヒを歓迎している。おれが連れてくるのは、番いしかいないから」

 どうして彼らは笑顔なのだとうと思っていたが、番いという立場のカラヒを歓迎してくれているのだ。つい先ほど安易に受け入れたばかりの番いとは、それほど歓待されるような立場なのかと冷や汗をかく。カラヒに勤まるのだろうかと不安もあるが、それを払うかのようにエヴィルが肩を引き寄せた。

「あの、じゃあミヤは」

 鳥の獣人だというミヤも、カラヒと同じ言葉を話している。少しイントネーションにおかしな部分もあったが、それ以外は問題なく会話ができていた。

「ミヤは特別だ。あの一族は竜族と人間の間に立って調整しするために言葉を覚えている」

「なるほど。神竜様はメララッシ国の大神殿にしか降臨されないんですもんね。上層部とのやりとりはミヤが担当しているんですか」

 カラヒも平民の中では読み書きや計算ができる方ではある。だがミヤは恐らくそれ以上に努力し学ぶことが多かったのだと思うと頭が下がる。

(あれ……。だとすれば、どうしてエヴィル様は人間の言葉を喋れるんだろう)

 そんな湧いた疑問は、周囲の人々の歓声によってかき消される。いくつも渡された果物や花束でカラヒの両腕は一杯で、頭には花冠まで乗せられてしまった。顔についた花びらを、エヴィルの指がつまみ取る。

「似合うぞ」

 僅かに目元を緩ませて口角を上げるエヴィルから、カラヒは思わず顔を背けた。柔らかく微笑むエヴィルの表情は破壊力が抜群で、ジワジワと赤くなっていくカラヒを獣人たちは指笛を吹き足を鳴らして囃し立てる。その人の輪はどんどん大きくなり、人々は手を取りあって踊りだす。

「獣人は騒ぐのが好きなんだ。皆おめでとうと言ってくれている」

「そっか。おめでとう……。あの、ありがとうって獣人の言葉でなんて言うんですか」

「エビラガッド」

「えびらがど……あの、エビらガッド!」

 思い切ってカラヒがそう叫ぶと、踊りに興じていた人々がぴたりと止まる。それからワッとひときわ大きな歓声が上がって、歌に合わせて指笛が鳴り、足を踏み鳴らして手を叩く。伝統的な踊りなのか、同じように手足を動かし、皆笑顔でステップを踏んだ。

「〇〇〇〇!」

 そのうちの一人が、カラヒの手を取り輪の中へと誘う。

「え、え?」

「一緒に踊りたいそうだ。カラヒも疲れているだろ。断っておくか」

「え、いや、大丈夫です」

 その回答に、なぜかエヴィルは眉根を寄せた。返事が気に入らなかったのだろうかと不安になるカラヒの足元から、鈴を鳴らすような声が聞こえる。見ればそこには、大きな目をした少女が立っていた。

「エヴィルさま、番い様をスグに連れていくのはどうかと思うワ! アソイ……ソアイ、じゃない、アイソを尽かされるワヨ!」

 十歳くらいに見えるが、獣人は実年齢と外見が比例しないと教わったため勝手に決めつけることはできない。少女はワンピースのスカートをつまみ、優雅に腰を落とした。

「はじめまして番い様! ミヤ爺の孫で、リンともうしマス! 十歳です!」

 人間の言葉を流暢に話せる子供は、ミヤの家族だった。見た目だけならミヤと殆ど変わらないが、こちらは正真正銘十歳で彼の孫だという。あのミヤに孫。実感が湧かないカラヒの前で、黒髪を高く後ろで結い上げたリンは満面の笑みを浮かべた。

「ミヤ爺は、歓迎会の用意をしてくれるそうヨ! それまでうんとお腹を空かせまショ! 獣人の男は嫉妬深いし、竜族はとんでもないノ。付き合ってたらこっちが潰れちゃうワ」

 女性は十歳にして既に女性なのだろうか。ませた彼女の言葉にエヴィルはどこかムッとした雰囲気をしているが、本気で気を悪くした様子はない。

「懐の広さを見せるのも、男の甲斐性ですわヨ、エヴィル様」

「む。そうだな。カラヒ、怪我のないように。おれはミヤを手伝ってくる」

 ミヤといいリンといい、彼らはエヴィルを転がすのがうまい。素直に送り出してくれたことに驚いていると、リンはぐいぐいとカラヒの袖を引く。

 カラヒが抱えていた贈り物は、リンがポイポイとエヴィルへ持たせてしまった。

「行きまショ、番い様! 好きに踊ったらいいのヨ!」

 石造りの城の正面は、作られた池の周囲が大きな広場のような場所になっている。既にそこはお祭り会場のように賑やかで、端には食べ物を売っている露店まで出ていた。

 輪の中にいた人々は、弾けるような笑顔と歓声でカラヒを歓迎してくれた。カラヒも周囲と同じように手を繋ぎ、見よう見まねでステップを合わせると思いがけず楽しい。誰かが太鼓のような打楽器を叩き、どこから持ってきたのか弦楽器まで弾き鳴らした。

 単純な音階のそれは有名な曲なのか、皆がそれを歌い踊った、繰り返されるそのフレーズを、気が付けばカラヒまで歌ってステップを踏む。

 こんな風になんの損得もなく、他人と笑いあえる日が来るとは思ってもいなかった。誰一人として、カラヒの火傷痕を気にした様子もない。それは恐らく獣人が、それぞれ違った容姿をしているからかもしれない。

 誰もが気さくにカラヒに笑いかける。一緒に手を叩き踊り、カラヒはすっかり彼らのことが好きになってしまう。

 しかし獣人の体力は人間よりもあるようだ。疲労がカラヒの足をふらつかせても、周囲の人々は飽きることなく歌や踊りを楽しんでいた。初冬だったパスカ王国と違い、気温が高いせいもある。真夏のような気温の中で、獣人立ちは笑い踊り続けている。

 よろめきながら少し離れた石製のベンチに腰をおろすと、リンが飲み物を抱えて走ってくる。

「ごめんネ、番い様。疲れさせチャッタ? これチャーナ、おいしいのヨ」

 渡されたカップの中には、泡だった液体が注がれている。チャーナと呼ばれる飲み物に恐る恐る口をつけると、スッとした爽やかさが鼻に抜け、口いっぱいに砂糖の甘さが広がった。

 甘味は嗜好品で高級品だ。甘いものを殆ど口にしたことがないカラヒは、その喉が焼けるような甘さに思わずむせる。

「アラ~」

 リンのその言い方がミヤそっくりで、本当に彼女が孫なのだと嬉しくなる。きっとミヤの家族は皆、同じようににぎやかなのだろう。

 いたずらめいた表情で、リンがカラヒを覗き込む。

「ネ、ネ。じゃあとっておきの秘密の場所、教えてあげる。人がいないからゆっくり休めるの。一緒にどうカシラ」

「いいね。じゃあ連れて行ってもらおうかな」

 教えたくてそわそわする少女は、年相応で微笑ましかった。溜まった疲労感が濃く、できたらここから動きたくない気持ちも多少あったが、せっかくの好意を断るのも気が引けた。立ち上がるカラヒの手を、少女が嬉しそうに引っ張る。

「こっち、こっちナノ! お城の裏側の、山の上!」

 そう楽しそうに教えてくれるリンの言葉に、カラヒは引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。



 体力の不安をよそに、そこは城の裏手から五分ほど歩いた場所にあった。山の中といえばそうだがなだらかに道が整備されて歩きやすく、想像していたような過酷な山道ではなかったことに安堵した。

 開かれたその場所は、空の上ほどではないが街がよく見える素朴な庭園だった。手入れされているのだろう場所には白い花がたくさん植えられ、それが風に揺れて絨毯のようにも見える。

 中央には木製のベンチが置いてある。どうやらここで休憩しようと誘ってくれたのだ。

 リンはぴょんとそのベンチに飛び乗り、隣を叩いてカラヒを座るように促す。

「うちはネ、代々竜族にお仕えしてるノ。ソチリンだからこのお庭を見つけられたのヨ」

「ソチリン……」

 ソチリンはカラヒが聞いたことがない言葉だ。なにを指しているのかと首を傾げ、それから「あ」と思い至る。

「ひょっとして、側近?」

「ソレソレ!」

 言葉が達者だが、こういった面はまだ十歳の少女だと安心する。少女はカラヒをベンチに座らせて、あれこれ庭に生えている花の説明をしてくれた。パスカ王国で見たことのない花が多いのは、主大陸の気候が全く違うせいだろう。

「ここはネ、番い様のための場所ナノ。だからいつでも来ていいのヨ。多分」

「多分?」

「ミヤ爺は、勝手にここに来ると怒るもの。アッ、でも今は番い様と一緒だからネ、大丈夫なのヨ! 多分」

「多分……」

 パタパタと手を動かすリンの必死な顔がおかしくて、もしも彼女が怒られることがあればカラヒも一緒に怒られよう。そう思った時だった。

「そうヨ、ほらここ! ここに証拠があるモノ! ここが番い様の場所だって、証拠! ネ!」

 しゃがみこんでこっちこっちと呼ぶ少女の隣に、カラヒも同じようにしゃがむ。そこには小さな石碑が置かれていた。刻まれた言葉は二種類。カラヒが読めない方は恐らく、獣人たちが使う文字なのだろう。

「ほら、ここにメッセージがあるデショ。『愛する番いが安らかに眠れるように。エヴィル・ギラッタ』って、ネ? エヴィル様が、番い様が安心してお昼寝できるようにって、用意された場所なのヨ」

 この場合の『眠る』の正しい意味を理解していない彼女は、そう無邪気に笑う。リンは心からそう思っているからこそ、真っ白な花が咲き乱れるこの場所を、カラヒのための場所だと思い連れてきてくれたのだろう。

「番いの、ため……」

「そう、番い様のための場所ヨ。竜族は愛情深いカラ、心に決めた番いを一生想い続けるノ。浮気なんてしないカラ安心してネ!」

 力強く断言するリンの前で、カラヒは力なく笑みを浮かべた。いや笑みになっていたかは分からない。だがなんとか頬の筋肉を総動員して、笑顔を作ったつもりだった。

 ――愛する番いが安らかに眠れるように。

 そこに記された文字を指でなぞる。エヴィルの名前は間違いなく彼のものだ。

 真っ白な花が咲くこの場所は、エヴィルが愛する番いのために作ったのだろう。そしてそれは間違いなく、今ここに立っているカラヒではない。

 ざあっと強い風が吹き、花びらが山裾の方へと流れていく。

 番いの身代わり。そんな言葉がカラヒの頭の中に浮かんだ。

 呆然とするカラヒをどう思ったのか、リンは慌てた様子でカラヒの手を引き、山道を下る。だがカラヒの頭の中からは、先ほど見た文字がずっと離れない。

 だがよく考えれば、エヴィルはカラヒを愛していると断言はしていなかった。「愛したい」と、そう求愛された気がする。つまり本当に愛しているのは、既に亡くなった番いなのだ。どういう背景があるのかは分からないが、番いとして隣に立つ相手が必要なのかもしれない。

 そう考えればそれは、エヴィルに番いとして愛されていると考えるよりも、よほど現実的なものに思えた。もちろん彼が不誠実な人だとは思わないが、時に貴族や王族は自分の感情よりも優先すべきものがある、ということもカラヒは知っていた。

 生贄としてエヴィルに捧げられたカラヒを助け、何かしらの理由で番いと偽り側に置いているのだ。獣人たちから偽りの番いを選ばなかったのは、仮初めの番いなどいつか役割を終えるからだろう。

 期間限定であるならば、都合の良い生贄で済ませたらいい。

 偽の番い。ただの生贄。

 その言葉は自分を納得させると同時に、カラヒの胸を鉛のように重くした。

「番いサマ、ごはん食べル? ミヤ爺、いっぱいごはん、用意できたみたいダヨ」

 気付けばリンと二人、先ほどの賑やかな城の前に戻ってきていた。周囲には明るい喧噪と肉を焼く音、スープを煮込む匂いが漂っていた。

 不安そうに見上げる少女に、カラヒは大人として精一杯の微笑みを返す。

「そうだね。ごはんを食べたら元気になるかも」

 リンはパッと顔色を明るくし「じゃあ取りに行ってくるカラ待ってテ」と人ごみの中へと消えていった。

 別の方からはまだ歌い踊る人々の声も聞こえてくる。

 太陽が徐々に傾いていく。真っ赤な夕日は暖かかった昼間が嘘のように、冷たい風が吹き抜けるのだった。

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