生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける

てんつぶ

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福音のような歌声

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 木々の合間から朝日が注ぎ込み始め、森には鳥のさえずりが大きく響きだす。

 昨日よっぽど疲れたのだろうか、カラヒはエヴィルの胸に抱かれたまま、まだ深く眠っていた。薄い胸が静かに上下している。

 そんな中、小さな足が二人に忍び寄った。

「おっはよーございマス! よく眠れましたカ! ミヤはぐっすり、快眠でしたヨ!」

 朝とは思えないほど元気に叫ぶのは、エヴィルのお目付役だというミヤだった。重い瞼を擦り、薄く目を開けたカラヒはぼんやりとしたままミヤの方を見る。そしてようやくそれが誰なのか、自分の身に起こった昨日の出来事を思い出す。

「それでは聴いてくだサイ、新曲『おはようの歌』デス」

 ミヤが胸に手を当て、すうっと息を吸い込んだ瞬間、カラヒは慌てて飛び起きた。

「起きた、起きたからっ!」

 昨日白目を剥いて倒れた、あの巨大狼の姿が一瞬先の自分に思えた。

 ミヤは残念そうな顔をしながらも「おはようございマス」とカラヒの側にしゃがみこむ。思わずカラヒは胸を撫でおろす。立ち上がろうとした身体は、目を閉じたままのエヴィルの腕が抱え込んで離さない。

「あれっ、でもエヴィル様がまだですネ? ヒュウ! ラッキー! では聴いてください作詞作曲ミヤで『起きねえ子はいねが』デス」

「エヴィル様! エヴィル様! 起きてください! 朝です、朝!」

 再び歌いだそうとしたミヤにカラヒは焦り、エヴィルの耳元で大きく叫んだ。一難去ってまた一難、再びカラヒは音の脅威に晒されようとしているのだ。必死の訴えにも関わらず、エヴィルはより一層力強く抱きしめて、カラヒの頭の匂いを嗅いでいる。

「早く! 起きて! ください!」

「あっ、でも昨晩はエヴィル様が何度か魔物退治してたみたいデスシ、そのせいで眠いのカモ。ミヤは魔物じゃないカラ、寝ててもいいって思ってるのカナ? しょうがない方デスネ~」

 どうやらミヤはエヴィルの睡眠を見逃してくれるらしい。カラヒはまだ穏やかに眠るエヴィルの顔を見て、ホッと胸を撫でおろす。起きられない原因が、宣言通りに魔物と戦っていたせいならば、ゆっくり寝かせてやりたいという気持ちも湧く。

 なにより眠るエヴィルの姿は美しく、いつまでも見ていられそうだった。外見の美醜など気にしたことのなかったカラヒだが、エヴィルの顔立ちはまさに神の如く輝かしいものだ。一瞬見惚れたカラヒの隣で、ミヤはにんまりと笑みを深める。

「お若い二人がくっついて、一晩一緒。仲は深まりましたカ?」

「な、え、そんなわけっ」

 まさかそんな下世話な勘ぐりをされるとは思ってもおらず、ミヤから飛び出した不意打ちの言葉にカラヒは慌てた。

「アラッ、お互いの話、たくさんできたんじゃないデスか?」

「ん、あー……。や……多分僕がすぐに寝ちゃったから」

「アラ~残念デス」

 ニコニコと笑みを絶やさないミヤだが、どうやら下世話な意図ではなかったらしい。いや本当にそうだろうかと疑いの目で見るものの、幼い顔立ちで首を傾けられては何も聞くことができなかった。 

「さ、エヴィル様も起きたことデスし、そろそろ行きますか!」

 起きている? カラヒが驚いて顔を向けると、エヴィルの金色の瞳と視線がかち合った。いつから目を覚ましていたのか。起きていたのなら、このきつく抱きしめる腕を緩てほしいのだが。

 無言でジッとカラヒを見つめるだけだったエヴィルが、ポツリと呟く。

「朝のカラヒも可愛い」

 一瞬判断に遅れて、それから顔にジワッと熱が集まった。お世辞なのかもしれないが、エヴィルの好意はいったいどこからきているのだろう。

 無言で照れるカラヒとそのカラヒを見守るエヴィルの間に、ホワホワとした空気が漂い始める。だがそれを霧散させるのは、先ほどと打って変わって冷静な顔をしたミヤだった。

「ハイ! ハイハイ! 甘酸っぺえイチャコラはそこマデ! お屋敷に帰りマス! 向こうもソロソロ落ち着いているでショウ!」

 手をパンパンと打ち鳴らし、腰に両手を当てて宣言した。その掛け声で、ようやくエヴィルはカラヒを離してくれた。身体から遠ざかっていく体温が、なぜか惜しいと感じてしまうのは涼風のせいだろうか。

「屋敷があるの? 竜なのに?」

 てっきり魔獣が現れるこの森を住み処にしているのかと思っていた。昨晩の食事の用事も手馴れていたことから、あれが彼らの常だと思っていた。しかしよく考えれば彼らの着ている服はカラヒの母国に勝るとも劣らないしっかりとしたもので、主大陸の文明が未発達だと決めつけるには早計過ぎだった。

「やん! 偏見デス! ちゃんと見て、確かめてくだサイ!」

「ご、ごめんね」

 頬を膨らませるミヤヤンに、カラヒは素直に謝った。すぐに気持ちの切り替えができるのは、ミヤの美点だと思う。

「じゃ、行きまショウ! カラヒ様はエヴィル様とご一緒にドウゾ。今朝、籠を作っておきましたノデ」

「籠?」

 小走りで駆けていく先には大きな籠があった。小柄なカラヒが乗れる程度のサイズで、頭上にあたる部分には、持ち手のようなものがかかっている。

「聞ケバ、昨日は口の中に入れて運ばれたそうじゃないデスか! あんまりデス! なのでミヤ、朝からせっせと作りましタ! 偉い!」

 そう言って彼はえへんと胸を張る。確かに凄いが、これを一人で作らせてしまったのは申し訳なくも感じた。

「じゃあ僕とミヤがこれに乗ったらいいの?」

「やん。竜のお姿に近づけるのは番いダケ。ミヤは鳥の姿となり飛んで行きマス」

「昨日も言っていたよね。番いだって。でも僕はただの、エヴィル様の生贄だ」

 そう告げた途端、ミヤは苦い草でも口の中に流し込まれたような顔をした。

「エヴィル様、本当になにモ話してないんデスネ? ミヤはてっきり、運命的な求愛をしてここまで連れて来られたのだと思ってマシタが」

「神竜の生贄だと言われて殺されそうになった神殿で、エヴィル様がその場から連れ出してくれたんだけど……人間は食べないって話は聞いているかな」

「他の話は? 番いトカ、昔・の・話・トカ」

「いや。他にはなにも……ええっと、どうしたのミヤ?」

 言葉を重ねるほどに、ミヤの愛らしい顔は歪んでいく。しまいにはプルプルと身体を震わせ怒りを露わに「モー!」と叫び主人に詰め寄った。

「エヴィル様! 言葉足らずもいい加減にシテくだサイ! ご自分の番いでショウ!」

 見た目の可愛らしさとは裏腹に、恐ろしく迫力のあるミヤがエヴィルに詰め寄る。だがそんなミヤの前でも、エヴィルは素知らぬ顔でフイと視線を逸らす。

「カラヒはおれのだ」

「はあ~? 知ってマスヨ~~? だからその理由をちゃんと告げなサイって話デス!」

 ミヤは怒りながら身体を翻す。彼の服の裾が大きく広がった途端、小さかった身体は巨大な鳥へと姿を変えた。竜ほどではないが、カラヒの身長を超える大きさだ。

「エヴィル様を待ってたら、いつまで経っても帰れまセン! 道中、カラヒ様にちゃんと説明するヨウに!」

 バサッと大鳥が羽を広げると、あっという間に空高く舞い上がる。気付けば隣にいたはずのエヴィルまで竜の姿に変わっていた。慌てて籠に乗り込むと、頭上の持ち手を竜が咥える。

「ゆっくり飛ぶ」

 その宣言通り、昨日とは比べ物にならない慎重さで翼をはためかせ、竜の巨体が浮かび上がった。風圧で森の木々が揺れるが、カラヒはその風の抵抗を一切感じない。これも精霊の力なのかもしれない。

 周囲に生い茂っていた巨木よりもさらに高く上がると、主大陸の広い大地が見えた。昨日見た自分の住んでいた王国よりも、遥かに複雑で広大な大陸だ。

 山や大河がいくつも流れ、空へと上る滝や、深くえぐれたような泉もある。緑豊かな森の向こうには、城や街が見え、見たことのない色とりどりの鳥の群れが空の下を飛んでいた。

 空から見る主大陸は森が多く、カラヒの知らない生態系がそこに存在している。そこはまるで王国とは違う、楽園のようにも思えた。カラヒは眼下に流れていく光景を、食い入るように見つめる。

 しばらくそうして夢中になっていると、エヴィルの声がポツリと響いた。

「カラヒ。おれの番いは嫌か」

「嫌というか、その、分からないです。生贄だと言われた方が、僕は理解できますから」

 竜の頬が心なしか染まって見える。照れているのだろうか。どこに照れる要素があっただろうか。

「番いは、伴侶や、恋人。獣人にとっても竜にとっても唯一無二の存在」

「生贄じゃ駄目なんですか」

「いやだ。番いになってほしい」

 どうして僕なのですか。そう聞きたかったが、言葉が出てこない。

「嫌か」

 僅かに不安そうな声音に、カラヒは思わず「いえ」と言葉がついて出た。

「おれはカラヒを大事にする。絶対に、守る。大切にして、愛したいんだ。カラヒ」

 そんな切実そうに名前を呼ばないでほしかった。心臓がトクトクと早鐘を打つが、それは嫌な感情からではない。昨日出会ったばかりの相手だというのに、既に与えられたものが多すぎる。命を狙う人々から助けられ、夜通し魔物から守ってくれたのだ。そこに好意が加わってしまえば、その気持ちは本物なのかもしれないと期待してしまう。

 少なくともカラヒは、そういった真っ直ぐな好意には免疫がない。過去に美しいと顔を褒め、身体を狙ってきた者は多かったが、こんな風に愛を囁かれたのは初めてだった。

 この命を助けてくれたのだ。生贄として一度は死にかけた身を、求める竜の番いとなって支えるのも悪くないと思えた。

「それじゃあ僕は生贄兼、番いということでいいでしょうか。どうせこの身はエヴィル様に託しました。煮るなり焼くなり自由です」

「食べないと言うのに」

 頑ななカラヒの主張に、エヴィルは金色の目を細めた。どうやらエヴィルが折れてくれたようだ。

 カラヒが今、彼に抱いている気持ちは愛ではない。エヴィルが想ってくれるものと同じ質量は返せない。だがそれはきっと近いうちに同じものに変わるかもしれない。いや変わりたいとも思っていた。

 そうすればきっと、この優しい男はもっと喜んでくれるかもしれない。カラヒはそんな風に思う自分が不思議だった。

「嬉しい。ありがとうカラヒ。一生大事にする」

 嬉しさが伝わるエヴィルの声に、なんだかカラヒの方がたまらない気持ちになった。

 風に乗って遠くから、まるで福音のようなミヤの歌声が響いた。

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