生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける

てんつぶ

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俺の番い

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 よく乾いた木は、よく燃える。

 森の中、木々の隙間にあるぽっかりと開いた野原のような場所で、カラヒは神竜だというエヴィルと、そのお目付役だというミヤと共に火を囲んでいた。

 空は徐々に赤く染まり、目を凝らせばその向こうでは星が輝き始めている。どうして自分が今ここにいるのだろうかと、火を見つめながらカラヒは思った。

 焼いているのはエヴィルが倒した狼の肉だ。炎の前に刺さっている木串をさっと作ったのも彼である。皮を剥ぎ、肉を捌くエヴィルはずいぶん手馴れている様子だった。

 国で崇められていた神竜とまさかこんな地べたで火を囲む日が来るなど、きっと誰も想像していないだろう。

「カラヒ。焼けた」

 エヴィルは香ばしく焼いた肉串を、一番初めにカラヒへ差し出した。獲物をしとめた者より先に、自分のような新参者が食べてもいいのだろうか。カラヒが戸惑っていると、それを困惑と受け取ったのか、エヴィルは「ん」と串をカラヒの手に握らせた。

 香ばしく漂う濃い肉のいい匂いが鼻孔をくすぐる。そういえば朝から何も食べておらず、空腹だったことを思い出す。ジッとこちらを見るエヴィルの視線が気まずいものの、食欲には抵抗できなかった。

「ありがとうございます……」

 弾力のある肉に歯を立てると、中からジュワッと脂が溢れた。狼の肉、それも魔物など食べたことはなかったが、街で売っている牛肉よりも臭みが少ないと感じたほどだ。

「……! おいしい」

 贅沢に振られた塩の塊が、口の中で噛むたびに肉の味を引き立てる。熱々の肉に舌が痺れるが、それでも咀嚼を止められない。一本をあっという間に食べきった時、カラヒはエヴィルの視線を感じた。そちらを見ると、瞳がかち合う。

 食べている間もジッとこちらを見ていたのだろうか。あまり表情が変わらないと思っていた彼の金色の瞳は、まるで愛おしいものを慈しむような色を浮かべている気がしてしまう。気恥ずかしいような、嬉しいような。胸の辺りがくすぐったい。

「もっと食べろ」

 差し出された串をおずおずと受け取ると、エヴィルの瞳は蜂蜜のように蕩けた。それから彼もようやく肉串を食べる。それに続いてミヤも「いただきマス!」と声を上げた。

 歯ごたえのある肉に舌鼓を打ちながら二本食べたところで、ようやくカラヒの腹が満ちる。見上げれば頭上には、既に満天の星が広がっていた。

 火の前に大量に並べられていた食べきれない量の肉串は、大半が二人の胃袋の中へと消えていく。長身のエヴィルはいざ知らず、ミヤはこの小さな身体のどこに入っているのだろうかと思うような食べっぷりだ。

 ミヤはカラヒの視線に気付くと、肉汁で汚れた口元を拭い無邪気な笑みを返した。

「さてさて、お腹も一杯になりましたシ、爺はそろそろ寝ますネ。あとはお若い二人でゆっくりドウゾ」

「えっ、ちょ……」

 そういってカラヒの元に残されるエヴィルは、悪い人ではない。この短時間の付き合いであっても、それくらいはカラヒにだって分かる。神竜と呼ばれながらも驕ることもない人柄だ。

 だがエヴィルは表情の変化が乏しく、言葉も端的で口数が少ない。カラヒが話下手なこともあり、ここで二人きりにされても困る。

 立ち去っていくミヤを引き留めようと思わず腰を浮かせたカラヒを、エヴィルは静かに片手で制した。

「ミヤは鳥の獣人だ。夜になると視力が極端に弱くなる」

「あ……」

 そうだ。ここは獣人が住むという主大陸なのだ。どうしても同じ人間のような姿をしている彼らだが、カラヒとは違う人種なのだ。少し考えればただの人間が、神竜のお目付役をできるわけがない。

「ああ見えて本当に爺だし。もう七十を超えているはずだ。寝かせてやってくれ」

「えっ!」

「獣人は年齢と外見が比例しない。ミヤは時々子供ぶるが騙されたら駄目だ。爺だ」

 見た目はどこから見ても十歳だというのに、ミヤは七十歳を超えているという。それを知っても認識の落差はどうにも埋められない。ピンと張りのある肌で愛らしく小柄な彼が、自分の知っている七十歳とはかけ離れすぎているからだ。

 うーんと唸るカラヒに、エヴィルはポツリと零した。

「おれと二人きりは、いやか」

 心臓がドキリと跳ねた。

「そういうわけじゃ、ないですけど」

 反射的にそう答えたが、それは正しくもあり偽りでもあった。どう接したらいいのか分からない戸惑いが大きいがいやではなく、隣にいることが苦痛というわけではない。

 エヴィルはその金の瞳で、どこまでも真っ直ぐにカラヒを見つめた。

「いやじゃないのか」

「は、い」

 エヴィルみたいな人とは、今まで出会ったことがない。いい意味で自分の気持ちを真っ直ぐに伝えてくる。圧倒的な強者である彼は、他者におもねる必要がないためそもそも裏表は不要なのかもしれない。

 それが少し羨ましく、だが悪意のないその率直さは、カラヒとっては好ましいものだ。

 人は表では笑顔を振りまいていながらも、裏では相手の悪口を言う。伯爵家に限らず人間の世界はそんなものだったし、共通の敵を作り人付き合いを円滑にする者も多かった。

 ただカラヒは感情が顔に出すぎてしまい、好きではない人間に媚びることもできなかった。だからこそ周囲からは、可愛げがないと反感を買っていた面もある。

 それでも今目の前にいるエヴィルからは、彼らが向けてきたような悪意は感じられない。

「それで……あの。エヴィル様は」

「エヴィルでいい」

 カラヒはやや逡巡して、だがどうせ死ぬつもりでここまで来たのだから、どうとでもなれと腹が据わった。

「エヴィルは、生贄の僕をこれからどうされるつもりですか?」

「どうしてお前は、頑なに自分を生贄だと言い張る?」

 呆れたような声を出すエヴィルの前に、カラヒは腕を持ち上げ、袖を捲って自分の手首を見せた。

 炎に照らされた真っ白な手首には、一部に硬い鱗のようなものがある。

「これが神竜――エヴィル様の生贄の印だと言われました。神竜様の烙印なのだからと」

 だからこそ、神殿でカラヒを食べに来たのだろうと思ったのだ。少なくとも、これは何かしらエヴィルに関係しているものだろう。この腕にある鱗のような部分は、竜になったエヴィルの鱗によく似ている。

 しかしエヴィルは、フイと顔を背けた。

「それは――だ」

「え?」

 エヴィルの呟きは小さすぎて、カラヒには聞こえない。思わず聞き返すと、エヴィルは長い長いため息を吐いた。その頬が赤く見えるのは炎のせいだろうか。

「なんでもない。それは生贄の印じゃない。そろそろ寝よう」

 どうやらエヴィルにとってそれは言いづらいことのようだった。口ごもるのは、ひょっとしたら生贄であるカラヒに気を遣ってくれているのかもしれない。

 シャツを捲り剥き出しにしたカラヒの手首を、エヴィルの手が丁寧に戻してくれる。まだ出会ったばかりだというのに、どうしてこれほどまでに礼を尽くしてくれるのかが分からない。

 エヴィルが手をひらりと振ると、触れもしないのに一瞬で目の前の火が消えた。残るのは薪から上る細い煙だけ。

「これも神竜の力ですか」

 まるでおとぎ話に出てくる魔法のようだ。カラヒが目を見開くと、エヴィルは僅かに困惑の表情を浮かべた。

「神竜という呼び方は、人間が勝手に決めた。神のように扱われてしまったが、おれはただの竜族。神のような奇跡はなく、ただ火や風の精霊を従わせられるだけ」

 なにも特別なことをしているわけではないとエヴィルは言うが、人と竜の姿を持ち精霊を従わせられる、それは人間が崇めるには十分な奇跡だ。

「おれは神じゃない。でもカラヒには、おれの側にいてほしい」

 そう伝えてくるエヴィルの表情は、どこか寂しそうに見える。生贄ではなく番いだと、そうミヤは言っていた。出会ったばかりのカラヒに親切にしてくれる彼らだが、カラヒは彼らになにができるだろう。カラヒは、特別な存在であるエヴィルの隣にいられるような人間ではないのだ。

 乾いた冷たい夜風が吹き、彼の赤髪を揺らした。

 どこか切なくなるその立ち姿は、たくましい男だというのに儚げに見える。どこかにそのまま消えてしまいそうな気がして、カラヒは思わずそのシャツの裾を掴んだ。

「あ」

 自分は何をしてしまったのか。カラヒは慌てて手を離そうとするが、逆にその手首をぐいと引き寄せられた。途端に、鱗のある手首がジンと痺れるような熱を持つ。そしてそのまま軽々とカラヒの身体が男の胸に抱えられる。

「へっ! な」

「足を、怪我しているだろう。おれが運ぶ」

 言われて驚いた。確かに神殿での騒動で足首をくじいてしまっていた。だがそれは気付かれないように動いていたというのに、どこで気付いたのだろうか。

 いい年をした大人の男が抱えられるなんてみっともない。だがやんわりと抵抗しても、彼の腕はピクリとも動かない。

 ただ、聞こえてくる激しい心臓の鼓動は、自分のものではなかった。

「すまない。あまりこっちを見ないでくれ」

 表情は変わらないものの、なぜかエヴィルは目元を赤く染めている。それからフイと顔を横に逸らすが、彼の激しい心音は鳴り止まない。

 どうみても好意を抱いてくれている様子に見えるが、カラヒにはその理由が分からない。出会って間もない上に、そもそもカラヒの顔半分に残る火傷の痕は、人々が目を背けるほどのものだ。エヴィルに好意を抱かれる要素がない。

 そんなカラヒの疑問をよそに、エヴィルは大きな木の側まで歩くとカラヒをそっと地面に降ろした。それから自分も隣に座ると、まるで当たり前のようにカラヒを抱きしめて横になる。

「えっ、エヴィル様、なんで」

 まさかここにきてそういう意味で襲われるのか。カラヒはすぐさま男から距離を取ろうとバッと身体を起こしかけるが、それはすぐに杞憂だと知る。

「寝てる間に魔獣が来るかもしれない。カラヒはおれが守る」

 純粋にカラヒを守ろうとしてくれたエヴィルを、一瞬でも疑ってしまった。カラヒは自分を恥じた。

「ありがとう、ございます」

 胸の中に抱かれるようにして眠る必要があるのかは分からない。カラヒがまだ小さな頃は、母親がこうして自分を抱きしめてくれた気がする。母親が亡くなってからのカラヒはずいぶん長い間、人と触れ合っていなかったのだと実感した。

 だが不思議と男の体温と激しく鳴り止まない鼓動は、カラヒの心を落ち着かせてくれた。

 見上げたエヴィルは素知らぬ顔をして目を閉じているが、彼の心臓は雄弁だ。

 カラヒはその腕の中でゆっくりと目を閉じた。思えば今日一日は怒涛のような出来事ばかりで、身体はくたくたである。エヴィルの心音を聴きながらカラヒは、あっという間に眠りへと落ちていく。

 腕の中で穏やかな寝息を立てるカラヒを、エヴィルはジッと見つめている。

「おれの、番い。おれは――今度こそ、離さない」

 睫が震えるそのカラヒの瞼に、祈りのような切実な声と唇がそっと落ちた。
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