呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算

てんつぶ

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第三話 引っ越しと口づけ①

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 リウがラーゴ・ラディーンと出会ってから、まだ三時間も経っていない。
 それなのに彼の提案とはいえ、リウは既に提案された結婚を了承しているのだ。
 全ては恐ろしい早さで物事が進んでいる。
 そして今。宿舎内のリウに与えられた自室で、黙々と一人、ラーゴ宅へ持っていく荷造りをしていた。
 貰った鞄の中に私物を詰め込むリウだが、窓から注ぎ込む西日の暑さにふと我にかえる。
「いや、展開が早すぎないか……?」
 結婚話を受け入れた途端、ラーゴによって抱き抱えられて竜舎を後にした。
 それから宿舎へ連れてこられ、管理人と出会った玄関ホールで「結婚のため退去します」と伝えたのだ。
 もちろんリウが言ったのではない。リウを抱えたままのラーゴが、実に堂々と言い放ったのだ。
 ラーゴからは「事情は全て説明しておくので、その間に荷造りを済ませてください」と言い渡され、今に至る。
 首を傾げていると、リウの部屋の扉が外から激しく叩かれた。
「は、はい?」
 返事をした途端、外からドッと先輩竜騎士たちがなだれこんできた。なにごとかと思ったが、時計を見ると早出の竜騎士が戻ってくる時間になっている。
「リウ! お前結婚だと!? どういうことだ、身体は平気なのか!」
「その上相手はこの、ラーゴ・ラディーンだと!? 有名な天才魔法使いじゃねーか!」
 詰め寄る先輩たちの中に、引きずられるような体勢でラーゴの姿があった。
 先ほどまで一緒にいたときの、楽しそうだったラーゴから一転、まるでストンと表情が抜け落ちているようだ。
 先輩たちに詰め寄られ、リウはようやく自分がラーゴのことを何も知らないことに気付く。
「ラーゴお前、有名な魔法使いだったのか?」
「リウ、ようやく僕に興味をもってくれたんですね。嬉しいです。僕はラーゴ・ラディーン。少々魔法を使えるだけの、貴方に愛を捧げる愚かな男ですよ」
 床に跪き、すくい取ったリウの手の甲に唇を落とすラーゴだが、周囲に目をやると皆、首をぶんぶんと横に振っている。
「お前、リウ! いくら竜バカだって言っても聞いたことあるだろう! 最年少の二十三歳で国内の筆頭認定魔法使いの一人に昇格し、宰相であるゴッドランド家の庇護下にある天才魔法使いだ! 王族がどうにかして手に入れたいと画策するほど、百年に一人の逸材だぞ!?」
 そう叫ぶ先輩の言葉に、周囲はただただ頷いている。
「なにも知らねぇで……それでよく結婚なんて考えたな?」
 どうやらリウが考えていた以上に、ラーゴは優秀な魔法使いだったらしい。
 特に認定魔法使いといえば、元が平民であっても一代限りの男爵位を与えられている。階級は称号だけの騎士よりも上で、正式な貴族であった。
 リウは機嫌良さそうに自分を見つめてくるラーゴを見つめる。
 確かに衣服も上等なもので、洗練された所作だ。
 だがリウは竜以外に興味がなく、魔法使いと関わりすらなかった。ゴッドランド宰相の家で、魔法使いを雇っているという話も今日初めて聞いたくらいだ。
「ええっと、すまない。ラーゴ……様?」
 竜騎士は認定魔法使いよりも立場が下だ。呼び捨てするのはよくないだろうかと、恐る恐る敬称を付けて呼ぶと、ラーゴはこの世の終わりかとばかりに悲壮な表情を見せた。
「リウ。僕たちは夫婦になるのですよ? 僕と貴方を隔ててしまうような敬称など不要ではありませんか?」
「いや、夫婦って言っても――」
 ただ同居するための口実だろう。
 そう言いかけて途中で口をつぐむ。
 竜舎から宿舎までの移動中、二人で決めたことがある。
 そのうちの一つは、周囲には愛し合った末の結婚だと伝えることにしていた。
 体調管理のためだけに結婚したなどと言えば、どちらが利用したのだされたのだといった周囲の勘ぐりが出てくるだろう。それを回避するためのラーゴの提案だった。
 なにより呪いを受けたリウが突然宿舎を去ることで、周囲は心配するだろうと言うのだ。リウ自身は、むしろ周囲はせいせいするのではないかと思っているのだが、ラーゴは頑として恋愛結婚を主張した。
 初対面で愛しているなどと言う美男子の戯言を、リウは本気にしているわけではない。
 リウの呪いに関わることで、ラーゴにも得るものがあるのだろうと察していた。そうでなければ認定魔法使いが、わざわざ余命一年と言われているリウにここまで入れ込む理由はないからだ。
 言葉を途切れさせたリウの代わりに、ラーゴが同僚たちに向き直る。
「夫婦と言えど、僕たちは再会したばかりですから。お互い知らないことも多いので、これから少しでも共に過ごしたいんです。そうですよね、リウ」
「あ、ああ」
 さらりとそんなことを言われてしまい、リウの顔がほんのり赤く染まる。
 まるでそれが真実で、本当に愛されているように聞こえるのから、美男子は罪作りだ。
 周囲の受けた印象も同様だったようで、皆深く頷いている。
「そういや魔法使い殿は、リウが孤児院時代に仲良くしてたんだって? リウの危機に駆けつけてくれるなんて、そりゃ愛だよなあ」
「呪いの解明も進めてくれれるんだろ? 俺たちは竜に乗る以外、とんと能がないからな。良く見れば今朝より顔色もいい。リウを頼むよ、魔法使い殿」
「また本調子になったら仕事にも復帰すると聞いた。無理をするなよリウ」
 長く共に働いてきた同じ竜騎士からの労りと心配の言葉は、リウの胸にジンと染みた。
 だが奥の方に一人の先輩騎士・タッツを見つけて、リウは腹の辺りがヒヤリと冷えた。それは先ほど竜舎に向かう途中、すれ違った先輩竜騎士だった。「呪いで出世したのか」と話していたタッツはこちらを見ることなく、後ろの方で不機嫌そうな顔を隠さない。
 それを見てリウは、どこか浮かれていた自分に冷や水をかけられた心地だった。
 誰もが自分を応援してくれているわけではないのだ。
 竜騎士団に迷惑をかけ、地道に働いてきた優れた竜騎士たちを押しのけて出世する。そんな自分を疎ましく思うのは当然だ。もしかしたら面と向かって言わないだけで、皆腹の中では不満を抱いている可能性だってある。
 そう考えた途端、身体がズンと重く感じた。
 その上立っているだけなのに、足裏からズキズキと激しい痛みが上ってくる。
「う……っ、ぐ!」
 リウがすっかり忘れていた、呪いの痛みだった。ラーゴがキスで吸い取ってくれたおかげで、この痛みの存在をすっかり忘れてしまっていた。
 全快したかのような錯覚を覚えてしまっていたが、そうではない。
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