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第二話 魔法使いと婚約③
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「グルルルア~」
「ガジャラ……ッ」
それはリウの相棒である、ガジャラの声だ。もう目と鼻の先にある竜舎を前に、思わずリウは身を乗り出して体勢を崩しかけ、再びラーゴの腕に抱き留められる。
「す、すまない! つい」
久しぶりに聞こえる懐かしい声に、逸る気持ちが抑えられなかった。
まるで子供のようだと反省していると、リウを抱いたままのラーゴが小さく笑う気配があった。
「早く会いたいんでしょう? 少し、走りますよ」
言いきるより先に、ラーゴの歩みがグンと加速した。
「ま、魔法っ!?」
「これは魔術ですね。靴の裏に仕込んでいる魔法陣に魔力を加えることで発動します」
説明されてもちんぷんかんぷんだ。魔法と魔術の違いなど、リウには分からない。だが思っていた以上に、魔法が凄いということは分かった。
あっという間に竜舎に到着すると、ようやくリウはその腕から降ろして貰えた。
竜の身体に合わせた竜舎の扉は、相応に大きい。リウよりも先にラーゴが扉に近寄った。代わりに開けてくれるということだ。好意に甘え、リウはソワソワと扉が開くのを待った。
閂を外され中へと入る。
「ガジャラ、――ッ」
だが瞬間、リウはその場に蹲った。
「うあ、あっ! う、うっ!」
四肢をもぎとられたほうがマシだと思うような激しい痛みが、リウを襲う。指先が凍えるように冷たくなって、だが駆け抜けていく痛みは雷のように熱い。
人目がなければのたうちまわっていたかもしれない。
呪いを受けて目覚めてから一番きつい苦しみに、リウは地面に手をつきなんとか身体を支えたが、その腕も勝手にブルブルと震えた。
「リウ、痛みが? やはり呪いは竜の持つ魔力が変化しているんでしょうね。だから竜の側に近寄るだけで呪いが魔力に呼応してしまう。これは厄介ですね」
「わか、んな……」
ラーゴは蹲るリウの隣にしゃがみ込み、大きな手でリウの身体に触れた。それは邪なものというよりは、医師が患部を確認するような手つきである。
だがリウにはラーゴの言葉を咀嚼する余裕はない。浅く息を吐き、なんとか痛みを散らそうとすることに必死だ。
呼吸するたびに肺が軋む。目の前が歪んで何も見えない。
「落ち着いてください、リウ。いいですか、僕の手を感じて。ゆっくり、そう、ゆっくり息をして」
耳に滑り込む美声は、痛みに呻くリウすら自然と従う不思議な力があった。
言われるがままに息を吸い、時々痛みにむせるが背中を撫でる大きな手の感触が心を落ち着かせてくれた。
どうにか呼吸を繰り返していくうちに、不思議と痛みが薄れていく気がする。
暫くそれを繰り返し痛みの波が収まる頃、差し出された手に捕まって、足を踏み入れたばかりの竜舎を出た。
先ほどの強烈な痛みは、リウがかつて経験したことがないほどのものだった。このまま痛みに飲み込まれ、死んでしまうのではないかという強い恐怖が感じられた。
死ぬことは怖くない。そう思っていたリウだったが、自分の死が苦しみ抜いた先にあるのだろうかと身体が震えた。
それからさきほどのラーゴの言葉を思い出し。あることに気付く。
「待ってくれ! じゃあ俺のこの呪いがある限り、ガジャラ……竜に近づけないってことなのか!」
違うと言ってほしい。
そんな気持ちで必死に縋り付くリウだったが、ラーゴの言葉は無情だった。
「そうなりますね。痛みに耐えられるなら別ですが、先ほどの様子では難しいのではないですか」
「そんな」
脱力するリウの身体を、ラーゴは難なく支える。
先ほどの苦しみを受けて、もはや今のリウは自分の足で立つことすら難しい。よく効く鎮痛剤を服用してもあの痛みだ。
痛みを堪えたまま竜に騎乗し大空を舞うなんて芸当は、いくら考えようとできるわけがないという結論に至る。
それはつまり、リウの竜騎士としての任期終了を意味し、そのパートナーであるガジャラにとっては大空を羽ばたける機会の終了を意味する。
竜と竜騎士は一蓮托生だ。
ただそれは竜騎士であるリウの行動のせいで、来るべき時期よりも早い段階でガジャラに不自由を強いることになったのだ。
もう二度と、あの力強い翼が羽ばたくことはない。
「俺が……っ、俺のせいで……!」
突き刺さる胸の痛みは、呪いのせいではない。
王子の代わりに呪いを引き受けたことを、さほど後悔してはいなかった。だがガジャラのことを考えるたびに、リウの胸は引き裂かれそうなほどの苦しみがある。
そんなリウを静かに見つめていたラーゴだったが、突然「それなら」と脈絡のない提案をした。
「僕と結婚しませんか」
誰が、誰と。
まさか自分とラーゴが?
あまりに突拍子もない話すぎて、一瞬リウは正気に返る。だがすぐさま苛立ちを隠すことなくラーゴを睨み付けた。
「俺を揶揄って面白いか」
「考えてみてください。竜騎士の貴方は今、呪いのせいで竜に近づけない。つまり貴方の相棒である竜は二度と表舞台に立つことはないでしょう。運が悪ければ殺処分です」
淡々と話すラーゴの言葉に、リウは奥歯を噛みしめ強く拳を握った。ズキズキとした痛みで身体が痺れるが、そうでもしなければラーゴに殴りかかりかねない。
竜の殺処分。
それは反竜派が声高に提案していることだ。
「この国を守る竜とはいえ、維持費がかさむ。今までは竜騎士を喪った竜とはいえ、交配用に使うか余生をゆったりと過ごして貰っていたと聞きます。そうですよね」
リウはそれに答えない。
内容自体は正しかったが、口を開けば再びラーゴに八つ当たりをしかねなかったからだ。
沈黙を肯定を捕らえたのか、ラーゴは再び言葉を続ける。
「竜はあらゆる臓器が薬となると言われています。僕たち魔法使いの、魔術の材料にもなる。殺処分したほうが実入りがいいと考えている一派は少なくありませんからね」
「お前……っ」
カッとなって胸ぐらに掴みかかるが、ラーゴはリウの身体を遠ざけるどころか腰を抱くようにして引き寄せた。
殆ど変わらない身長差だが、数センチだけラーゴが高いようだ。間近でかち合った紫の瞳は、思いもよらず真剣な色を帯びている。
「落ち着いて、リウ。だから僕と結婚しませんかと言っているんです」
「どういうことだ?」
「先ほど竜舎の中で苦しむ貴方の背中から、痛みを取り除きました。僕の手を通って痛みを抜ける感覚は、感じられましたか?」
「そういえば……」
背中を擦られるだけで楽になったのは、気の持ちようではなくラーゴの魔法によるものだったのだ。
心当たりのあるリウの姿を見て、ラーゴは小さく頷く。
「貴方の体内にある呪い、つまり竜の魔力が変化したものを吸い出したのです。それによって竜の側に寄ろうと、呼応しなくなる。結果として、痛みがなくなるというわけです」
「なる、ほど?」
説明を受けても、リウは仕組みや原理を完全に理解できたわけではなかった。とにかくラーゴがリウの痛みを取り除いてくれたことは理解できる。
ラーゴの解説は続く。
「しかしこれも一時的なものです。貴方が受けた呪いは人間の作るそれとは違い、複雑だ。解呪は難しいと、王宮の魔法使いも匙を投げたのではありませんか?」
「ああ、その通りだ」
「ですから、僕と結婚しましょうと提案しているのです。一緒に暮らすことで、貴方の体内から溢れる竜の魔力を抑えることができます」
そういうわけか。リウはようやく納得した。
結婚などと言われたせいでなにをふざけたことをと思ったものだが、つまり共に暮らそうということだ。どうして初対面のラーゴがそこまでしてくれるのかは分からないが、呪いが解けない現状、リウにとってもガジャラにとってもそれが最善に思えた。
「理屈は、分かった。だが結婚という表現は適切ではないだろう? つまりお前と同居かしたらいいんだろう」
「いえ、結婚です。もしくは婚約が必須となります」
強く言い切るラーゴに、リウは首を傾げる。
「僕が竜騎士の宿舎に入るわけにはいかないでしょう? 僕の借りている部屋は同居不可、結婚ないし婚約した場合に限り同居可能の物件です」
「そ、それなら新しく物件を借りたらどうだ? 俺だって竜騎士だしそれなりに」
そう言いかけて、リウははたと気付いた。
高級取りである竜騎士だが、常に竜に貢いできたリウにそれなりの蓄えなどないのだ。雀の涙程度の金はあるが、二人暮らしの物件を借りることはできても維持するのは難しいかもしれない。
自分の懐事情を情けなく思いながら、口ごもるリウにラーゴは指を二本立てた。
「ちなみに僕が借りている物件は一ヶ月の家賃がこれくらいです。もちろんリウの費用負担はなくて大丈夫です」
「う」
気持ちがぐらりと傾く。いや、そもそも拒否する材料などないのだ。
痛みも緩和され、竜騎士としてガジャラと過ごすことができる。
ただ何もかもこの男に頼ってしまう、竜騎士としてのわずかなプライドだけが邪魔をする。
「家具が揃っている空き部屋があるので、結婚でき次第すぐにでも入居できますよ。そうすればリウもすぐに職場復帰できるのではないですか? その間に、僕は貴方の呪いを解く手助けもしましょう」
そう提案されてしまえばすぐにでも頷きたくなる。
しかしリウにとって、あまりに話が上手すぎるのだ。詐欺か、それともなにか別の思惑があるのか。
「そうなると俺ばかりが得をしているが、それはお前に利点があるのか?」
「ありますよ」
うっすらと微笑むリウが、抱いたままの腰を強く引き寄せる。
近すぎると押し返そうとするが、今度は肩まで抱き込まれた。
「だって僕はリウを愛していますからね。一目惚れです。責任を取ってください」
「は?」
女性であればうっとりとするような微笑みで、ラーゴはリウに甘く囁く。
だがリウはぽかんと口を開ける。
この完璧な男に一目惚れされるような要素はどこにもないのだが――そう考えていると、穴が開くほどに見つめていたラーゴの顔がおもむろに近づいた。
近づきすぎではないかと無意識に避けようとするリウの後頭部に、大きな手のひらが回った。
「ちょ……ッ、ん、ん!」
そのまま柔らかいなにかが唇に触れ、開けたままの歯列をくぐってぬるりとしたものが滑り込んだ。口内を弄られて、リウの喉から変な息が漏れる。
「な、なん」
ようやく離れた唇を擦る。それは紛れもないキスだった。
「どうです。身体が軽くなっていませんか」
「そう言われれば……本当だ」
リウは手を開いたり握りしめたり、膝を使って高く飛び跳ねてみた。鎮痛剤を飲もうと完全には取れなかった痛みが、今はまるで呪いなどないかのようにスッキリとなくなった。
身体をねじり、まるで以前の自分に戻ったかのように身体が動く。
「呪い――体内から溢れる魔力を吸い出すのは、粘膜経由が有効です。貴方は痛みが緩和される、僕は愛する貴方とキスができる。どうです、これ以上のメリットはないでしょう?」
「そうきたかあ」
あまりの内容に、リウの頬はヒクついた。
だが所詮キス。結局キスだ。
その程度で竜騎士生命が伸びるのであれば、首を縦に振る以外ないだろう。
相手の好意を利用しているようで気が引けるが、それでもいいのだと提示されている。
こうしてリウは初めて会ったばかりの男を相手に、まさかの結婚を誓うこととなったのだ。
「ガジャラ……ッ」
それはリウの相棒である、ガジャラの声だ。もう目と鼻の先にある竜舎を前に、思わずリウは身を乗り出して体勢を崩しかけ、再びラーゴの腕に抱き留められる。
「す、すまない! つい」
久しぶりに聞こえる懐かしい声に、逸る気持ちが抑えられなかった。
まるで子供のようだと反省していると、リウを抱いたままのラーゴが小さく笑う気配があった。
「早く会いたいんでしょう? 少し、走りますよ」
言いきるより先に、ラーゴの歩みがグンと加速した。
「ま、魔法っ!?」
「これは魔術ですね。靴の裏に仕込んでいる魔法陣に魔力を加えることで発動します」
説明されてもちんぷんかんぷんだ。魔法と魔術の違いなど、リウには分からない。だが思っていた以上に、魔法が凄いということは分かった。
あっという間に竜舎に到着すると、ようやくリウはその腕から降ろして貰えた。
竜の身体に合わせた竜舎の扉は、相応に大きい。リウよりも先にラーゴが扉に近寄った。代わりに開けてくれるということだ。好意に甘え、リウはソワソワと扉が開くのを待った。
閂を外され中へと入る。
「ガジャラ、――ッ」
だが瞬間、リウはその場に蹲った。
「うあ、あっ! う、うっ!」
四肢をもぎとられたほうがマシだと思うような激しい痛みが、リウを襲う。指先が凍えるように冷たくなって、だが駆け抜けていく痛みは雷のように熱い。
人目がなければのたうちまわっていたかもしれない。
呪いを受けて目覚めてから一番きつい苦しみに、リウは地面に手をつきなんとか身体を支えたが、その腕も勝手にブルブルと震えた。
「リウ、痛みが? やはり呪いは竜の持つ魔力が変化しているんでしょうね。だから竜の側に近寄るだけで呪いが魔力に呼応してしまう。これは厄介ですね」
「わか、んな……」
ラーゴは蹲るリウの隣にしゃがみ込み、大きな手でリウの身体に触れた。それは邪なものというよりは、医師が患部を確認するような手つきである。
だがリウにはラーゴの言葉を咀嚼する余裕はない。浅く息を吐き、なんとか痛みを散らそうとすることに必死だ。
呼吸するたびに肺が軋む。目の前が歪んで何も見えない。
「落ち着いてください、リウ。いいですか、僕の手を感じて。ゆっくり、そう、ゆっくり息をして」
耳に滑り込む美声は、痛みに呻くリウすら自然と従う不思議な力があった。
言われるがままに息を吸い、時々痛みにむせるが背中を撫でる大きな手の感触が心を落ち着かせてくれた。
どうにか呼吸を繰り返していくうちに、不思議と痛みが薄れていく気がする。
暫くそれを繰り返し痛みの波が収まる頃、差し出された手に捕まって、足を踏み入れたばかりの竜舎を出た。
先ほどの強烈な痛みは、リウがかつて経験したことがないほどのものだった。このまま痛みに飲み込まれ、死んでしまうのではないかという強い恐怖が感じられた。
死ぬことは怖くない。そう思っていたリウだったが、自分の死が苦しみ抜いた先にあるのだろうかと身体が震えた。
それからさきほどのラーゴの言葉を思い出し。あることに気付く。
「待ってくれ! じゃあ俺のこの呪いがある限り、ガジャラ……竜に近づけないってことなのか!」
違うと言ってほしい。
そんな気持ちで必死に縋り付くリウだったが、ラーゴの言葉は無情だった。
「そうなりますね。痛みに耐えられるなら別ですが、先ほどの様子では難しいのではないですか」
「そんな」
脱力するリウの身体を、ラーゴは難なく支える。
先ほどの苦しみを受けて、もはや今のリウは自分の足で立つことすら難しい。よく効く鎮痛剤を服用してもあの痛みだ。
痛みを堪えたまま竜に騎乗し大空を舞うなんて芸当は、いくら考えようとできるわけがないという結論に至る。
それはつまり、リウの竜騎士としての任期終了を意味し、そのパートナーであるガジャラにとっては大空を羽ばたける機会の終了を意味する。
竜と竜騎士は一蓮托生だ。
ただそれは竜騎士であるリウの行動のせいで、来るべき時期よりも早い段階でガジャラに不自由を強いることになったのだ。
もう二度と、あの力強い翼が羽ばたくことはない。
「俺が……っ、俺のせいで……!」
突き刺さる胸の痛みは、呪いのせいではない。
王子の代わりに呪いを引き受けたことを、さほど後悔してはいなかった。だがガジャラのことを考えるたびに、リウの胸は引き裂かれそうなほどの苦しみがある。
そんなリウを静かに見つめていたラーゴだったが、突然「それなら」と脈絡のない提案をした。
「僕と結婚しませんか」
誰が、誰と。
まさか自分とラーゴが?
あまりに突拍子もない話すぎて、一瞬リウは正気に返る。だがすぐさま苛立ちを隠すことなくラーゴを睨み付けた。
「俺を揶揄って面白いか」
「考えてみてください。竜騎士の貴方は今、呪いのせいで竜に近づけない。つまり貴方の相棒である竜は二度と表舞台に立つことはないでしょう。運が悪ければ殺処分です」
淡々と話すラーゴの言葉に、リウは奥歯を噛みしめ強く拳を握った。ズキズキとした痛みで身体が痺れるが、そうでもしなければラーゴに殴りかかりかねない。
竜の殺処分。
それは反竜派が声高に提案していることだ。
「この国を守る竜とはいえ、維持費がかさむ。今までは竜騎士を喪った竜とはいえ、交配用に使うか余生をゆったりと過ごして貰っていたと聞きます。そうですよね」
リウはそれに答えない。
内容自体は正しかったが、口を開けば再びラーゴに八つ当たりをしかねなかったからだ。
沈黙を肯定を捕らえたのか、ラーゴは再び言葉を続ける。
「竜はあらゆる臓器が薬となると言われています。僕たち魔法使いの、魔術の材料にもなる。殺処分したほうが実入りがいいと考えている一派は少なくありませんからね」
「お前……っ」
カッとなって胸ぐらに掴みかかるが、ラーゴはリウの身体を遠ざけるどころか腰を抱くようにして引き寄せた。
殆ど変わらない身長差だが、数センチだけラーゴが高いようだ。間近でかち合った紫の瞳は、思いもよらず真剣な色を帯びている。
「落ち着いて、リウ。だから僕と結婚しませんかと言っているんです」
「どういうことだ?」
「先ほど竜舎の中で苦しむ貴方の背中から、痛みを取り除きました。僕の手を通って痛みを抜ける感覚は、感じられましたか?」
「そういえば……」
背中を擦られるだけで楽になったのは、気の持ちようではなくラーゴの魔法によるものだったのだ。
心当たりのあるリウの姿を見て、ラーゴは小さく頷く。
「貴方の体内にある呪い、つまり竜の魔力が変化したものを吸い出したのです。それによって竜の側に寄ろうと、呼応しなくなる。結果として、痛みがなくなるというわけです」
「なる、ほど?」
説明を受けても、リウは仕組みや原理を完全に理解できたわけではなかった。とにかくラーゴがリウの痛みを取り除いてくれたことは理解できる。
ラーゴの解説は続く。
「しかしこれも一時的なものです。貴方が受けた呪いは人間の作るそれとは違い、複雑だ。解呪は難しいと、王宮の魔法使いも匙を投げたのではありませんか?」
「ああ、その通りだ」
「ですから、僕と結婚しましょうと提案しているのです。一緒に暮らすことで、貴方の体内から溢れる竜の魔力を抑えることができます」
そういうわけか。リウはようやく納得した。
結婚などと言われたせいでなにをふざけたことをと思ったものだが、つまり共に暮らそうということだ。どうして初対面のラーゴがそこまでしてくれるのかは分からないが、呪いが解けない現状、リウにとってもガジャラにとってもそれが最善に思えた。
「理屈は、分かった。だが結婚という表現は適切ではないだろう? つまりお前と同居かしたらいいんだろう」
「いえ、結婚です。もしくは婚約が必須となります」
強く言い切るラーゴに、リウは首を傾げる。
「僕が竜騎士の宿舎に入るわけにはいかないでしょう? 僕の借りている部屋は同居不可、結婚ないし婚約した場合に限り同居可能の物件です」
「そ、それなら新しく物件を借りたらどうだ? 俺だって竜騎士だしそれなりに」
そう言いかけて、リウははたと気付いた。
高級取りである竜騎士だが、常に竜に貢いできたリウにそれなりの蓄えなどないのだ。雀の涙程度の金はあるが、二人暮らしの物件を借りることはできても維持するのは難しいかもしれない。
自分の懐事情を情けなく思いながら、口ごもるリウにラーゴは指を二本立てた。
「ちなみに僕が借りている物件は一ヶ月の家賃がこれくらいです。もちろんリウの費用負担はなくて大丈夫です」
「う」
気持ちがぐらりと傾く。いや、そもそも拒否する材料などないのだ。
痛みも緩和され、竜騎士としてガジャラと過ごすことができる。
ただ何もかもこの男に頼ってしまう、竜騎士としてのわずかなプライドだけが邪魔をする。
「家具が揃っている空き部屋があるので、結婚でき次第すぐにでも入居できますよ。そうすればリウもすぐに職場復帰できるのではないですか? その間に、僕は貴方の呪いを解く手助けもしましょう」
そう提案されてしまえばすぐにでも頷きたくなる。
しかしリウにとって、あまりに話が上手すぎるのだ。詐欺か、それともなにか別の思惑があるのか。
「そうなると俺ばかりが得をしているが、それはお前に利点があるのか?」
「ありますよ」
うっすらと微笑むリウが、抱いたままの腰を強く引き寄せる。
近すぎると押し返そうとするが、今度は肩まで抱き込まれた。
「だって僕はリウを愛していますからね。一目惚れです。責任を取ってください」
「は?」
女性であればうっとりとするような微笑みで、ラーゴはリウに甘く囁く。
だがリウはぽかんと口を開ける。
この完璧な男に一目惚れされるような要素はどこにもないのだが――そう考えていると、穴が開くほどに見つめていたラーゴの顔がおもむろに近づいた。
近づきすぎではないかと無意識に避けようとするリウの後頭部に、大きな手のひらが回った。
「ちょ……ッ、ん、ん!」
そのまま柔らかいなにかが唇に触れ、開けたままの歯列をくぐってぬるりとしたものが滑り込んだ。口内を弄られて、リウの喉から変な息が漏れる。
「な、なん」
ようやく離れた唇を擦る。それは紛れもないキスだった。
「どうです。身体が軽くなっていませんか」
「そう言われれば……本当だ」
リウは手を開いたり握りしめたり、膝を使って高く飛び跳ねてみた。鎮痛剤を飲もうと完全には取れなかった痛みが、今はまるで呪いなどないかのようにスッキリとなくなった。
身体をねじり、まるで以前の自分に戻ったかのように身体が動く。
「呪い――体内から溢れる魔力を吸い出すのは、粘膜経由が有効です。貴方は痛みが緩和される、僕は愛する貴方とキスができる。どうです、これ以上のメリットはないでしょう?」
「そうきたかあ」
あまりの内容に、リウの頬はヒクついた。
だが所詮キス。結局キスだ。
その程度で竜騎士生命が伸びるのであれば、首を縦に振る以外ないだろう。
相手の好意を利用しているようで気が引けるが、それでもいいのだと提示されている。
こうしてリウは初めて会ったばかりの男を相手に、まさかの結婚を誓うこととなったのだ。
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