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第二話 魔法使いと婚約②
それからラーゴの手を軽くはたき、慎重に身体を起こす。
「哀れな竜騎士に、高貴な魔法使い様はわざわざ喧嘩でも売りに来たのか?」
魔法使いが外を出歩くことは少ない。
なぜなら魔法使い自体が、国内でも希有な存在だからだ。
ヒトならざる力を行使する魔法使いたちは、主に貴族たちに囲われている。あの女魔法使いがそうであったように、潤沢な賃金と身分を与えられることと引き換えに、その魔法を使って雇用主の命令をただ従順に遂行するのだ。
しかし魔法使いたる資質を持つ、体内に魔力を有する人間はこの百年で三分の一ほどに減り、現在国内の魔法使いは二百人いるかいないかだと言われている。
そんな貴重な魔法使いとなれば、他家に引き抜かれることを恐れる雇用主はあまり表に出さないという面もあった。
それなのにこの魔法使いを自称する男は、立った一人で竜騎士団の敷地内をうろついている。
リウはラーゴの返事を待つことなく、マントを翻し竜舎に向かって歩を進めた。
こんな男に構っている暇はない。
さっさと相棒であるガジャラに会いにいかなくては。
それなのにラーゴは、リウの後ろをのんびりと歩いて着いてくるのだ。
「~~一体、なんの用事だよっ」
バッと振り返るリウに、ラーゴは表情を崩さない。
「貴方は元々そんなに怒りっぽいのですか? 失礼な発言があったかもしれませんが、それにしても随分な態度ですね」
「あ……」
指摘され、リウは確かにそうだと気がついた。
確かにラーゴの言葉はリウの触れてほしくなかった部分を踏み抜いたが、リウの苛立ちはラーゴだけのせいではない。
目が覚めて一週間、痛みばかりの日々だった。強い鎮痛剤は良く効きくものの痛みをゼロにしてくれるわけでもなく、その上副作用による吐き気がある。
周囲からは哀れみの視線を向けられ、腫れ物のように扱われ、厄介者だと言われて――つまり直接リウに「悲劇の竜騎士」などと言ったのはラーゴだが、爆発するまでに積もり積もった感情があったのだ。
先ほどの怒りは、ラーゴが全ての理由ではない。
ラーゴ一人に押し付けていいものではないのだ。
「すまない。それは……俺が悪かった」
リウはラーゴに向き直ると、改めて深々と頭を下げた。
「僕の方こそ、すみません。ちょっと意地悪しちゃいましたね」
先ほどよりも柔らかくなった声が落ちる。
見知らぬ相手とはいえ、気を悪くさせたままにならずよかった。内心胸を撫で下ろすと同時に、起こそうとした上半身を支えきれずにリウの身体は傾いた。
「わ……! す、すまない!」
細いと思っていた腕は案外に逞しく、リウの身体を易々と支えた。先ほどもそうだったが、随分鍛えている。
「いえいえ、僕は役得ですのでお気になさらず」
「そ、そうか?」
笑みを深めるラーゴの、その言葉の意味は分からないリウだったが、ひとまず体勢を整えようとその腕の中から出ようとする。
だが、ラーゴの腕はピクリとも動かない。
「……あの?」
「どちらまで行かれるんですか? この方向でしたら、竜舎です?」
「うん、まあそうだけど――ッ!?」
言うが早いか、案外人の話を聞かない男はリウの身体を軽々と抱き抱えた。直接の戦闘はないとはいえ、竜騎士として鍛えた身体はそれなりに筋肉質で重い。
「ちょ、おいお前! 危ないだろう!」
魔法使いの細腕で、こんなに軽々と持ち上げらられるものだろうか。いつ落とされるのか分からない。思わずその首にしがみつくと、ふわりと甘い匂いがした。
「浮遊の魔法をかけているので大丈夫です。まだ体調が万全じゃなさそうですし、このまま竜舎までお連れしましょう」
「いやお前……。まあ、いいか。では頼む」
離すつもりはないと如実に伝えてくる腕から抜け出すには、それはまた相応の気力と体力が必要に見えた。
お姫様抱っこと呼ばれる体勢で連れられることに多少の恥ずかしさはあるが、突き刺すような痛みは軽減できるのは確かだ。手段さえ気にしなければ、実際楽は楽なので、もう逆らわずに流れに身を任せることにする。
もはや諦めたともいう。
「はい、お任せください。不審者が出たら僕が蹴散らします」
誰よりもお前が不審者なんだがな。
リウはそう思ったが、口には出さなかった。
男は機嫌よさそうに、目的地に向けてズンズンと歩く。今まではそう遠いと思っていなかった道のりだが、今のリウの身体では遠距離だったかもしれない。
そう思えばこの良く分からない申し出も、渡りに船と言えなくもない。
木陰を抜け、砂埃の舞う演習場に入ると、突き刺さるような日差しが注がれる。手を翳そうとするよりも先に、ラーゴの片手がリウの顔の上で影を作った。
リウも屈強とは言いづらいが、一般的な成人男性よりも鍛えている。身長はラーゴとあまりかわりないかもしれないが百八十三センチはあるし、竜に乗るための鍛錬は常に欠かしていなかった。
顔立ちもとりたてて平凡な方だが、女性と間違われることは人生で一度もないのだ。
まるで女性にされるようにさりげない気遣いを受けるのは初めてで、どうにも座りが悪い。リウの体調が悪い原因を知っている様子だが、ラーゴのそれは病人を慮るものともまた違って見える。
「……」
すぐ側にある男の顔は、ただまっすぐに前を見つめている。
横から見る紫色の瞳は長い睫が影を落とす。この体躯と顔立ち、そして多少強引なところはあるが紳士的な気遣いは、女性にモテるだろうなとリウは思った。
しかし突然現われたこのラーゴという魔法使いは、一体何者なのか。
片手で軽々とリウを抱えて歩いているのだから、浮遊の魔法は事実なのだろう。
そういえば何を目的にリウの前に現われたのか。迂闊にもリウはそれを確認していなかったと気付いた。
「あのさ――」
そう口にしかけた瞬間、周囲に大きな音が響いた。
「哀れな竜騎士に、高貴な魔法使い様はわざわざ喧嘩でも売りに来たのか?」
魔法使いが外を出歩くことは少ない。
なぜなら魔法使い自体が、国内でも希有な存在だからだ。
ヒトならざる力を行使する魔法使いたちは、主に貴族たちに囲われている。あの女魔法使いがそうであったように、潤沢な賃金と身分を与えられることと引き換えに、その魔法を使って雇用主の命令をただ従順に遂行するのだ。
しかし魔法使いたる資質を持つ、体内に魔力を有する人間はこの百年で三分の一ほどに減り、現在国内の魔法使いは二百人いるかいないかだと言われている。
そんな貴重な魔法使いとなれば、他家に引き抜かれることを恐れる雇用主はあまり表に出さないという面もあった。
それなのにこの魔法使いを自称する男は、立った一人で竜騎士団の敷地内をうろついている。
リウはラーゴの返事を待つことなく、マントを翻し竜舎に向かって歩を進めた。
こんな男に構っている暇はない。
さっさと相棒であるガジャラに会いにいかなくては。
それなのにラーゴは、リウの後ろをのんびりと歩いて着いてくるのだ。
「~~一体、なんの用事だよっ」
バッと振り返るリウに、ラーゴは表情を崩さない。
「貴方は元々そんなに怒りっぽいのですか? 失礼な発言があったかもしれませんが、それにしても随分な態度ですね」
「あ……」
指摘され、リウは確かにそうだと気がついた。
確かにラーゴの言葉はリウの触れてほしくなかった部分を踏み抜いたが、リウの苛立ちはラーゴだけのせいではない。
目が覚めて一週間、痛みばかりの日々だった。強い鎮痛剤は良く効きくものの痛みをゼロにしてくれるわけでもなく、その上副作用による吐き気がある。
周囲からは哀れみの視線を向けられ、腫れ物のように扱われ、厄介者だと言われて――つまり直接リウに「悲劇の竜騎士」などと言ったのはラーゴだが、爆発するまでに積もり積もった感情があったのだ。
先ほどの怒りは、ラーゴが全ての理由ではない。
ラーゴ一人に押し付けていいものではないのだ。
「すまない。それは……俺が悪かった」
リウはラーゴに向き直ると、改めて深々と頭を下げた。
「僕の方こそ、すみません。ちょっと意地悪しちゃいましたね」
先ほどよりも柔らかくなった声が落ちる。
見知らぬ相手とはいえ、気を悪くさせたままにならずよかった。内心胸を撫で下ろすと同時に、起こそうとした上半身を支えきれずにリウの身体は傾いた。
「わ……! す、すまない!」
細いと思っていた腕は案外に逞しく、リウの身体を易々と支えた。先ほどもそうだったが、随分鍛えている。
「いえいえ、僕は役得ですのでお気になさらず」
「そ、そうか?」
笑みを深めるラーゴの、その言葉の意味は分からないリウだったが、ひとまず体勢を整えようとその腕の中から出ようとする。
だが、ラーゴの腕はピクリとも動かない。
「……あの?」
「どちらまで行かれるんですか? この方向でしたら、竜舎です?」
「うん、まあそうだけど――ッ!?」
言うが早いか、案外人の話を聞かない男はリウの身体を軽々と抱き抱えた。直接の戦闘はないとはいえ、竜騎士として鍛えた身体はそれなりに筋肉質で重い。
「ちょ、おいお前! 危ないだろう!」
魔法使いの細腕で、こんなに軽々と持ち上げらられるものだろうか。いつ落とされるのか分からない。思わずその首にしがみつくと、ふわりと甘い匂いがした。
「浮遊の魔法をかけているので大丈夫です。まだ体調が万全じゃなさそうですし、このまま竜舎までお連れしましょう」
「いやお前……。まあ、いいか。では頼む」
離すつもりはないと如実に伝えてくる腕から抜け出すには、それはまた相応の気力と体力が必要に見えた。
お姫様抱っこと呼ばれる体勢で連れられることに多少の恥ずかしさはあるが、突き刺すような痛みは軽減できるのは確かだ。手段さえ気にしなければ、実際楽は楽なので、もう逆らわずに流れに身を任せることにする。
もはや諦めたともいう。
「はい、お任せください。不審者が出たら僕が蹴散らします」
誰よりもお前が不審者なんだがな。
リウはそう思ったが、口には出さなかった。
男は機嫌よさそうに、目的地に向けてズンズンと歩く。今まではそう遠いと思っていなかった道のりだが、今のリウの身体では遠距離だったかもしれない。
そう思えばこの良く分からない申し出も、渡りに船と言えなくもない。
木陰を抜け、砂埃の舞う演習場に入ると、突き刺さるような日差しが注がれる。手を翳そうとするよりも先に、ラーゴの片手がリウの顔の上で影を作った。
リウも屈強とは言いづらいが、一般的な成人男性よりも鍛えている。身長はラーゴとあまりかわりないかもしれないが百八十三センチはあるし、竜に乗るための鍛錬は常に欠かしていなかった。
顔立ちもとりたてて平凡な方だが、女性と間違われることは人生で一度もないのだ。
まるで女性にされるようにさりげない気遣いを受けるのは初めてで、どうにも座りが悪い。リウの体調が悪い原因を知っている様子だが、ラーゴのそれは病人を慮るものともまた違って見える。
「……」
すぐ側にある男の顔は、ただまっすぐに前を見つめている。
横から見る紫色の瞳は長い睫が影を落とす。この体躯と顔立ち、そして多少強引なところはあるが紳士的な気遣いは、女性にモテるだろうなとリウは思った。
しかし突然現われたこのラーゴという魔法使いは、一体何者なのか。
片手で軽々とリウを抱えて歩いているのだから、浮遊の魔法は事実なのだろう。
そういえば何を目的にリウの前に現われたのか。迂闊にもリウはそれを確認していなかったと気付いた。
「あのさ――」
そう口にしかけた瞬間、周囲に大きな音が響いた。
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