呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算

てんつぶ

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第二話 魔法使いと婚約①

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 リウが目を覚ましてから一週間が経った。
 医局から貰った強い痛み止めのおかげもあり、なんとか日常生活を送れるようになっていたリウは、朝から竜騎士団の制服に袖を通していた。
 リウの暮らす部屋は主に独身の竜騎士が暮らす宿舎だ。そのため今回の事件を受けた城内の混乱の様子や、竜騎士たちからの王子に対する不満は、いやというほど耳に入った。
 とはいえ事件発生から三週間も経てば、それらも表面上は解決し、落ち着きを見せていた。大事な竜を喪った竜騎士団の悲しみは癒えないが、それでも国に属する彼らはいくら不満があろうと、忠実に任務を遂行するしかない。
 王子を庇って呪いを受けたリウもそれは同じだったし、なにより多少の痛みを押してでも、相棒であるガジャラに会いたかった。
 ガジャラの背に乗り大空を飛べば、心のモヤつきも自分の運命も、吹き飛ばしてくれる気がしたからだ。
「よし、行くか」
 副団長の叙任式の日程が決まるまで休暇を取るように言われていたが、ただの散歩でガジャラの様子見ならば問題ないだろう。リウはそう考え、痛み止めを飲んでいても若干軋む身体で宿舎を出た。
 手摺りを持って慎重に階段を降り、外扉を開けると竜舎へと向かう道を歩く。
 長く部屋から出ていなかった生活のせいで、見慣れたはずの景色も鮮やかに見える。流れ込む風も新鮮な気がして、思わず胸一杯に息を吸い込むが、途端に肺が痛んで身体を折った。
「痛……ッ、ぐっ」
 医局から処方してもらった痛み止めも、こういった突発的な強い痛みには対応しきれないのかもしれない。リウはゆっくりと身を起こし、ため息をつく。
 ズキズキと痛む胸を押さえる指先も、勝手に細かく震えている。歩く脚は重く、踏ん張りがきかない。ともすれば傾きそうになる身体を、リウは意識して必死に水平を保った。
 だがそれも次第に息が上がり、肺が苦しくなる。近くの木陰に寄りかかり、滑り落ちるようにして座り込んだ。
 ほんの少し歩いただけだというのに、リウは肩で息をしている。
「はあ~。なるほどなあ」
 この身体は、今までの自分のものとは全く違うものへと変わってしまったのだ。いつも通りの生活をしてみただけで、身をもってその違いを痛感させられる。
 呪いを受け入れているようで、実際リウはまだどこか他人事だった。孤児だったため、自分の生死に頓着していないせいもあるかもしれない。だがいつまでも消えないこの痛みと指先の痣は。
「呪いを受けたのは俺なんだからさ。ショアもちょっとは手加減してくれよなあ」
 木陰で休むリウは苦笑いを浮かべながら、そんな文句を口にした。
 とはいえ本気で恨んでいるわけではない。自分が勝手に出しゃばっただけで、ショアから見たらよくも余計なことをしてくれたと、尾をビタンビタンと打ち付けて怒る可能性だってある。
 呼吸を整えながらぼんやりと空を見上げると、いつのまにか太陽は空のてっぺんまで上がっていた。思うように動かない身体を苦々しく思うリウの耳に、遠くから人の話声が近づいて来た。
 聞きなじみのある声に思わず耳をそばだてると、リウよりも五年ほど先輩の竜騎士たちだった。
「あの――」
 立ち上がって声をかけようとしたリウだったが、こちらに気付かない彼らの会話が聞こえ、途中で身体が強ばった。
「そんで王子を庇って副隊長叙任なんだろ? 一番下っ端の竜騎士が、呪いで出世ってなんかさあ」
 心臓がドクンと跳ねた。
 これはリウのことを話しているのだと、すぐに分かってしまった。
 彼らはすぐそばでリウが側耳を立てていることには気付いていない。
 聞いてはいけない、聞くべきではないと思うのに、身体が思うように動かないせいで、近づく彼らの会話は全て聞こえてしまう。
「分かるけど口を慎めよ。結局その地位は、王家からの詫びなんだろ。じゃあお前はリウみたいに、バカ王子を庇って余命一年で出世したいか?」
「そりゃ、無理だけどよお。けど」
「リウほどの正義感の強い竜騎士はいないんだ。最期まで、見守ってやろうぜ」
 出世が決まったリウを面白く思っていない団員もいるとは思っていたが、実際に自分の耳で陰口を聞くとやはり落ち込む。
 同じ宿舎で暮らす彼らは、表面上はリウを気遣ってくれていた事実があるだけに、飾らない本音は気を重くした。
 とはいえ人の本音は一面だけではないことも、リウは分かっている。
 リウの体調を心配してくれていることも、リウの出世を疎ましく思うことも、どちらも同じ人間の中にある気持ちなのだろうと思う。
「俺の前で言わないだけ、優しいんだよな、多分」
 直接ぶつけるほど、彼らもリウを疎ましく思っているわけではないのだろう。ただ面白くないだけで、本気で妬ましいわけではないのだ。
 それでも聞いてしまったからには、どこか心に暗い影が落ちる。
 思わずため息をついた。
「おや、貴方は彼らの影口を許すんですか?」
 突然真横から涼やかな声が聞こえて、リウは身体の痛みも忘れて反射的に飛び上がる。しかし鋭い痛みが身体を貫き、ただ身体をビクリと揺らすだけに留まる。
「えっ、だ、誰だ」
 隣には見覚えのない男がしゃがんでこちらを見ていた。
 黒いマントを頭まですっぽりと被り、いかにも不審な男だ。しかしマントの端には繊細な刺繍リボンがたっぷりと縫い付けられ、左右を繋ぐ胸元の紐にも金の飾りボタンが使われている。上等な質感の生地と、男の艶やかな黒髪からして賊の類いではない。
 その上眼鏡が隠しきれない男の顔立ちは、一瞬息をのむほどに整っているのだ。男に使う形容詞としては相応しくないかもしれないが、リウは彼を綺麗だと思った。
(って、違う、そうじゃない!)
 リウは慌てて立ち上がろうとして、それから鈍い痛みに小さく呻く。よろめくリウの身体を、男は難なく支えた。一見細身に見える男だが、竜騎士であるリウの身体を易々と受け止められる程度には、意外と鍛えているのかもしれない。
「こんにちは、リウ・パッフ。私はラーゴ・ラディーン、魔法使いです」
「はあ……? こんにちは」
 目元を細めて品良く笑う男――ラーゴ・ラディーンだが、リウは見覚えがない。
 初対面だとは思うが、それにしては微妙にリウに対する距離の近さが気になった。
 だが魔法使いに知り合いはいない。
 唯一知っている魔法使いと言えば、先日謝罪に来た女魔法使いくらいだ。
 その時のことを思いだし、僅かに苦い気持ちになる。それは相手への感情ではなく、女性の謝罪を受け入れられなかった自分の器の小ささに対してだったが。
「お前は誰だ、という顔をしていますね。ラーゴと呼んで貰っていいですよ」
「はあ」
 疑問符を浮かべるリウに、ラーゴはズイと顔を寄せる。
 近くで見ても陶器のように滑らかな肌と、美しい顔立ちだ。日に焼けるリウと違って、随分色が白い。
 それに声もいい。凜とした透明感のある声質は高すぎず低すぎず、スッと耳に入っていく。こんな男に知り合いはいないと改めて感じていると、同じようにリウを観察していたラーゴがぽつりと零す。
「噂通り、本当に綺麗な人ですね」
「なんだそれ」
 リウは苦笑しながら、一体どんな噂だと、内心げんなりする。
 平民上がりが多い竜騎士を、よく思っていない人間は貴族階級に多いからだ。
 その上ラーゴのような美貌の持ち主に言われると、外見の褒め言葉など嫌みに聞こえてしまう。
 ラーゴはその長い指で、リウの顎をツイと持ち上げる。
 ジッと見つめてくるその紫の瞳から、なぜかリウは目が離せない。
「潔癖な竜騎士。数多の男女の誘いは全て断り、ただ竜だけに親愛を注ぐリウ・パッフ。それから……王子を庇った悲劇の竜騎士、ですかね」
 自分を指し示しているのだろうその呼び名に、いよいよリウは眉をひそめた。
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