呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算

てんつぶ

文字の大きさ
10 / 44

第三話 引っ越しと口づけ③

しおりを挟む
 気がつくと、大きな窓から日差しを注ぐ太陽は、随分高い位置にあった。
 見上げる高い天井には豪奢な絵画が描かれている。周囲の壁や調度品も、それに負けない煌びやかなものだった。
 一瞬リウは、ついに自分は死んで天国に来てしまったのかと思った。
 肌触りのよい清潔なシーツと寝心地のいい寝台は、リウが知らないものだ。
「……そうか、ここはラーゴの家か」
 昨日ラーゴに連れてこられた彼の家は、家というよりお屋敷だった。螺旋階段がある玄関ホールなど、どう考えても平民の家ではない。
 改めてラーゴの高い地位を実感したリウだったが、部屋に案内された途端に酷い睡魔に襲われたのだ。
 ここに至るまでの疲れと、長く辛かった痛みからの解放がそうさせたのだろう。だが振り返れば、あまりに礼儀知らずな行動だとリウは反省した。
 しかも外はもう、昼前だろう。起きてラーゴに挨拶をしなければと上体を起こすと、寝ていた寝台はリウが三人は寝られそうなほど大きいことに気がついた。
 そしてそこには丁度ひと一人分、こんもりとした盛り上がりがある。布団からは艶やかな黒髪がはみ出していた。
「ら、ラーゴ!?」
 驚きのあまり思わず大きい声が出てしまった。
「リウ……」
 寝起きの掠れた声が、リウの名を呼ぶ。布団の中から顔を出したラーゴは寝ぼけているのか、ぼんやりとした顔でこちらを見た。
 じっとリウを見たと思えば、へにゃりと破顔する。
「リウだ」
 ただ名を呼ばれただけだというのに、リウの顔にドッと血が集まった。
 原因不明の動悸を抑えるリウの腰に、ラーゴの腕が巻き付く。
「リウ……」
 再びラーゴの呼吸が深くなる。どうやら寝起きがよくないらしい。
 このまま寝かせてやるべきか、はたまた起こすべきか正解が分からないでいた。
 眠るラーゴは、浅い呼吸が聞こえなければまるで物言わぬ彫像のようである。緻密に作られた長い睫が、高い鼻梁にまで影を落とすようだ。
 抱きつかれてしまったからには一緒に寝てやるべきなのか。
 だが昼間でたっぷりと寝たことで、リウの眠気は綺麗さっぱりなくなってしまった。
 ここから更に寝ろと言われても、恐らく夜まで眠れないだろう。
 どうしたものかと考えていると、扉が外からノックされた。
「主様! もう昼でがんす! 起きてくだせえ!」
 入って来たのは、まだ十三歳程度の少年だった。小さな体躯をかっちりとしたジャケットで包み、胸元には小さなタイを締め、革靴まで履いている。
 下働きとは違う出で立ちの少年は、短い赤毛でくりっとした意思の強い瞳をしていた。
 一見すると見目麗しいのだが、元気すぎるその気質が表情に表すぎて霞んでしまう。
 寝台の中にいるリウと寝ているラーゴに気付いた少年は、リウをキッと睨む。
「オメエのことは、メメルは認めねえですからね! この……女狐!」
「う、うん?」
 どこに突っ込んだらいいのか分からず、リウは戸惑いながらも曖昧に頷く。
 リウは女でもなければ女狐と呼ばれるような立場でもない。
 この少年――メメルが誰なのかも分からないし、そもそも孤児院育ちのリウは子供が好きだ。下手に意見を否定してもよくないのではないかと、おかしな気遣いを発揮してしまう。
 リウが黙って聞いていると、少年は寝台に近づきズイッと顔を寄せる。
「主様のことは、メルが一番よく知ってるんですけえ! 後から来て、正妻面するんじゃなかとですよ!」
「……うん?」
「オメエはメメルの次です! 主様と、と、共寝なんて!」
 怒りながらもポッと顔を染めるメメルは可愛らしい。
 だがまさかこの少年は、ラーゴの恋人なのだろうか。
 二十三歳のラーゴの恋人にしては、どう見ても子供すぎる。恩人であるラーゴに一瞬幻滅したものの、とにかくリウは少年の誤解を解かないといけないと考えた。
「待ってくれメメル。俺とラーゴは恋人でもなんでもない。たまたま一緒に寝ただけで」
「はあ!? たまたまで男と寝るんですかオメエは!」
「ち、違うそうじゃない! お前が想像するようなことはなにも……いや、全くしてないとは言えないが……」
 呪いが理由とはいえ、キスをしたのは事実だ。
 変なところで生真面目なリウは、事実を伏せることもできずに一瞬口ごもる。
「ほんなら、したんじゃないですか!」
「いや! してない! したけど、してないんだ!」
「どっちなんですか!」
 悲鳴のようなメメルの叫びにつられて、リウまで大きな声で弁明してしまった。
 結果、まだ隣で眠っていたこの屋敷の主がモゾモゾと起きた。
「メルル、煩いですよ……」
 その瞬間、ギャンギャン逆毛を立てていたメルルの態度が一変した。きゅるんという音が聞こえてきそうなほど、その小さな身体に愛らしい雰囲気を纏う。
「主様~! おはようございます! お疲れです? まだお眠りになりますですかっ」
 メルルはラーゴのベッド横に跪き、あざとく下から見上げる。
 だがリウの身体に腕を回したままのラーゴは、それに全く気付かない。
「もう、起きます……。昨晩はリウの寝顔を眺めていたら、なかなか眠れなかっただけなので」
「では食事の用意もさせていただきますね! そっちのお客人の分も、ついでに」
 メルルはチラとリウを見る。言葉の端々に棘がある。
 だがラーゴは大きく伸びをして、それからそれが当たり前のような顔でリウの唇を奪った。
「んっ!?」
「婚約者なので。当然で挨拶のキスくらいはしますよね」
 この生活をする上での約束の一つは、周囲には恋愛結婚だと思わせること。
 なるほどこの屋敷にいるメメルの前でもそれは効力を発揮するらしい。リウはやや赤く染まった頬を、手の甲で押さえながら頷いた。
「そ、そうだな? 俺たちは婚約者だからな」
 リウの視界の端では、毛を逆立てたような表情のメメルがいる。
 結局このメメルはラーゴの恋人ではなく、ただの下働きなのだろうか。メメル本人は、ラーゴへの恋慕がありそうだったが。
 ラーゴは名残惜しそうにリウの頬にキスをしたあと、のっそりと寝台を降りる。
「今後、リウの分は僕が作ります」
 寝起きのせいか、ラーゴの無表情に拍車がかかっている。
 機嫌が悪いのか、それとも眠いだけなのか分からない。
 だたメメルはそれを不安に思ったらしく、慌ててラーゴに駆け寄った。
「な、なんですかあ? メメルの作る食事、毎日美味しいって仰ってくれてたじゃねえですかっ」
「リウに関わるものは、全て僕が用意したいんです」
 メメルに視線を移すことなく言い切って、ラーゴはさっさと扉を開けて出て行ってしまった。残されたメメルの肩からは怒りが立ちのぼる。
 リウへ振り向くメメルの顔は眉が釣り上がりながらも涙目で、半分泣きそうになっていた。
「ちょ、調子に乗るんじゃねえですよ! この、泥棒猫が~っ!」
 そう言い残してメメルもまた、扉の向こうへ消えてしまった。
 残されたリウは、まるで嵐に巻き込まれた後のような顔をしている。
「なんだったんだ……一体」
 豪華な室内には、ポツリと呟くリウの言葉だけが響いた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

嫌われ将軍(おっさん)ですがなぜか年下の美形騎士が離してくれない

天岸 あおい
BL
第12回BL大賞・奨励賞を受賞しました(旧タイトル『嫌われ将軍、実は傾国の愛されおっさんでした』)。そして12月に新タイトルで書籍が発売されます。 「ガイ・デオタード将軍、そなたに邪竜討伐の任を与える。我が命を果たすまで、この国に戻ることは許さぬ」 ――新王から事実上の追放を受けたガイ。 副官を始め、部下たちも冷ややかな態度。 ずっと感じていたが、自分は嫌われていたのだと悟りながらガイは王命を受け、邪竜討伐の旅に出る。 その際、一人の若き青年エリクがガイのお供を申し出る。 兵を辞めてまで英雄を手伝いたいというエリクに野心があるように感じつつ、ガイはエリクを連れて旅立つ。 エリクの野心も、新王の冷遇も、部下たちの冷ややかさも、すべてはガイへの愛だと知らずに―― 筋肉おっさん受け好きに捧げる、実は愛されおっさん冒険譚。 ※12/1ごろから書籍化記念の番外編を連載予定。二人と一匹のハイテンションラブな後日談です。

追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」 身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。 死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。 カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。 「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」 献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。 これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!

永川さき
BL
 魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。  ただ、その食事風景は特殊なもので……。  元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師  まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。  他サイトにも掲載しています。

処理中です...