呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算

てんつぶ

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第三話 引っ越しと口づけ④

 ラーゴの用意してくれた朝食を食堂で一緒に食べた後、ようやくメメルを正式に紹介された。
 既に着替えも済ませて腰掛けたままの二人を前に、メメルはツンとした表情で立つ。
 小さいとはいえ屋敷中の雑用を、全てこの子が一人で取り仕切っているらしい。
「メメルです。姓はなし、主様に拾われて三年前からこちらでお世話になっています」
 立ったまま慇懃にそう答えるメメルは、唇を曲げどこからどう見てもへそを曲げている。
 おそらく寝室での態度から、メメルにとってリウは招かざる客なのだ。
 隠すことのないラーゴへの好意は、若さ故なのだろう。
 露骨な態度に苦笑するリウだったが、ラーゴはそれをピシャリと叱った。
「メメル。リウは僕の婚約者です。僕と同様に扱えないのであれば、この屋敷に不要ですよ」
 気に入らないのなら辞めろということだ。ラーゴの言葉に、メメルは俯いてしまう。
 そんなにきつく言わなくてもいいのではと、リウは一瞬庇おうとした。だが自分はまだ、この屋敷のことをよく知らない。
 しゃしゃり出るような立場でもないのかもしれないが、放っておくこともできない。言い過ぎだとラーゴを諫めるべきか、メメルを慰めるべきか迷った一瞬のうちに、メメルは顔を上げてニッコリ笑った。
「すいませえん! メメル、一生懸命働きますから。リウ様も許してくださいっ」
 リウの手を取り、ぶんぶんと振り回すメメルの表情に、先ほどの陰りは全くない。
「う、うん?」
 あまりの手のひら返しに戸惑った。リウにだけ聞こえる声量で、メルルは小さく低く呟く。
「一歩リードしてるからって、調子乗るんじゃねえですよ……」
「……」
 どうやらラーゴの前では取り繕うようだが、リウへの敵意は健在のようだ。それでもどうせリウ自身、偽りの婚約者だ。泣かれるよりは嫌われてた方がいい。
 メメルはリウの手を離すと、クルクルと回ってラーゴの元へと駆けていく。
「わあい! 仲直りして貰えましたあ! 主様、メメルはいい子!」
「はは……」
 独特な勢いに飲まれドッと疲れが増した。リウが背もたれに深く寄りかかると、フッとその顔に影が落ちる。
「痛みはありますか?」
「い、や。大丈夫だ。すまない」
 思ったよりもラーゴが真剣な表情で覗き込んでいて、目が合った途端一瞬リウの心臓が大きく跳ねた。
 あっと思うよりも先に、ラーゴの両手によって頬を挟まれ、唇を重ねられた。
「ん、んっ……っ、ちょ、ン!」
 そこにメメルがいるのにと、抵抗使用とするリウの手首を、ラーゴは片手で軽々と押さえ込む。唇が離れる頃には、リウは息も絶え絶えとなっていた。
「これで、しばらく大丈夫しょうか。痛みのペースが掴めるまで、暫く一緒に過ごしましょうね」
 己の唇をグイのと拭いながら、ラーゴは小さな声でそう囁く。
 くったりとするリウの背中をぽんと叩き、額にチュッと口づけた。
「リウは可愛いですね」
「かわっ、可愛くはないだろ……」
 百八十センチを超える鍛えた竜騎士を可愛いなどという人間は、恐らく世界でただラーゴ一人だろうとリウは思った。
 背後に感じる強い怒気に、リウがハッと後ろを振り返ると、恐ろしい表情をしたメメルがこちらを見ていた。
「イチャイチャイチャイチャしやがってェ……」
 親愛なる主・ラーゴがいるというのに取り繕うことができないほど、怒っているらしい。
 リウにしてみればこのキスは治療であるが、メメルにすれば突然男が二人、周囲を顧みずに戯れだしたということになる。
 その上片方は、情を寄せる男だ。目に余るのも頷けるが、リウにとってラーゴとのキスは、生活のための必需品でもある。
 今のように所構わずというのは控えるとして、せめて緊急時はメメルにも受け入れて貰えるようにうまいこと説明できないだろうか。
「イチャイチャは、しますよ。なぜなら僕は、リウの夫となる男ですのでその権利があります」
 頭のなかであれこれ考えるリウとは真逆に、ラーゴはいともあっさりとメメルが逆上しそうなことを言い放つ。
 これは怒り狂うだろうとリウがそっとメメルと見た。
 だが予想外なことに、メメルは自分の両手を握ると「そうですよねえ~!」と愛想良く跳ねる。
「お似合いのご夫婦で、羨ましいでえす!」
 よく見れば、メメルの指はきつく手の平に食い込んでいる。ラーゴを前にして、立ちのぼるほどの強い怒りを理性で抑え込んでいるのだ。
 そして片やラーゴと言えば、お似合いだと言われたことに喜んでいるのか満足げな表情をしている。もしかしてラーゴは、メメルの気持ちに気付いていない可能性もあることに気づき、リウは頭を抱えた。
 この三人の奇妙な関係を把握しているのはリウだけなのだ。
「メメルだって可愛い女の子なんだから、そのうちいい相手が見つかりますよ」
「は? 女の子?」
 ジャケットとパンツスタイルで、短い赤髪のメメルは、十三歳程度の少年だと思っていた。リウの口から間の抜けた声が溢れる。
「はい、メメルは女の子ですよ。リウと同い年だったはずですが、どうでしたか?」
「ええ……? それじゃ、二十八歳?」
 しかし言われてみれば、幼い顔立ちと身長で少年だと思い込んでいたものの、女性ならば身長も顔立ちも年齢相応だと頷ける。
 メメルはむうっと唇を尖らせた。
「主様、女性に年齢を聞くのは御法度ですよっ! とはいえメメルも年頃……どうです主様。姐さん女房も悪くないと思いませんかああ?」
「いいですよね、姐さん女房。リウと結婚できる僕は幸せ者ですね」
 隙あらばアピールするメメルと、明後日の方向に解釈して聞き流すラーゴ。
 よくこの二人が共に生活をしていられたものだ。
「そういえばまだ他の人間を見ていないな。まさかラーゴ、この広い屋敷をメメルだけで?」
「いえ、いますよ。メメルがこの屋敷の雑務の一切を取り仕切っていますが、他にも下働きの者がいるので、追々挨拶させましょう。それとメメルの父親が僕の執事のようなものをしていますが、今は悪化した腰痛のせいで休暇を与えている最中です」
 貴族の屋敷としては小ぶりかもしれないが、さすがに屋敷一つをメメルだけで世話をするのは難しい。他にも人を雇っていると知り、リウもホッとした。
 メメルは「あっ」と声を出すと、上着のポケットから取り出した真っ白な封筒をラーゴに差し出す。
「そういえば主様。朝一番に、主様とリウ……様宛で、お手紙が届いとったとです」
「手紙? 俺と連名で?」
 リウがここに来る提案を受けたのも、十歳に来たのも昨日の話だ。まだそれを知る人間は多くないはず。
 厚みのある封筒と、その裏に押された封蝋の紋は覚えがありすぎる。
 城のいたるところに飾られる、二対の鳥が向き合うその紋は。
「……国章だ」
 このセデンス国の王族だけが使うことが許される封蝋の印を見て、リウの眉間には深い皺が寄った。
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