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第四話 買い出しと孤児院②
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街は赤いとんがり屋根が多く連ねる。梁を見せるようにして作られた建物はまるで飾り立てられているように華やかで、歩く人々にも笑顔が多く見られた。
商店が多く並ぶ街並を外れて住宅街へ行けば、道が細くなるものの街路樹が増える。
街の治安の良さはそのまま平和な治世を示していて、リウは空の上から王都の暮らしを眺めるのが好きだった。
小川のすぐ側に用意された馬車付け場は静かで、そよ風が街路樹の葉を揺らす音がさざ波のように聞こえる。
「お手をどうぞ」
先に馬車を降りたラーゴが、当たり前の顔をして手を差し出してきた。
差し出されたラーゴの手をとるのに、一瞬躊躇う。ラーゴは義務感というよりも、リウをエスコートできることが嬉しくて仕方がないという顔つきだった。
ニコニコと機嫌のいいラーゴの好意を無碍にするわけにはいかない。
それに仮初めとはいえ夫婦になるのだ。周囲の目を誤魔化すのなら、こういったやりとりにも慣れておいたほうがいいだろう。そう思ってその手を取るものの、やはり無骨な自分が令嬢のようにエスコートされるのはおかしい気がする。
「懇意にしている洋服店が少し細い道にあるので、少し歩きますが大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。その、さっき痛みも取ってもらったし」
これは治療、これは呪いを緩和するため。そう自分に言い聞かせているが、それでも昨日出会ったばかりのラーゴとキスを繰り返すことはまだ羞恥を伴う。
いい歳をしてキスで恥じらうなど、まるで乙女のようだとリウは自分を情けなく思った。
馬車から降りても繋いだままの手を引き寄せ、ラーゴはリウの耳元で囁く。
「感覚的に一度の吸引で一~三時間は鎮痛効果が続くようですね。持続時間にはムラがあります。寝ている間はさらに時間が延びるようでしたし、活動量と関係あるのかもしれません。痛みが出始めたらすぐに教えてください」
その言葉にリウは目を見開いた。
二人が出会い、口づけで痛みを緩和してからようやく一日が経とうとしている。当の本人はキスという好意に戸惑っている間に、ラーゴはしっかり情報を蓄積していた。
本来ならば、自分がやらなければいけないことなのに。
「すまない」
自分が至らないばかりにラーゴに負担をかけている。申し訳なく思いながら、リウは頭を下げた。
「リウ、以前にも僕は言っていますが、それは癖ですか?」
「え?」
思いがけない突き放したような返答に、リウは腹の辺りが冷える。
パッと顔を上げると、ラーゴは困ったように微笑んでいた。
「貴方の声なら例え罵倒であろうと、いくらでも聞いていたいです。ですが僕はごめんなさいと悲しい顔をされるよりも、笑顔でありがとうと言われた方が嬉しいです」
確かに昨日も、似たようなことをラーゴに指摘されていた。
リウ自身が気付かない間に、癖になっていたようだ。
「そうだな、すまない」
「ほらまた」
「うわ、すまな……ははは、何度同じことをやるんだろうな俺は」
繰り返す自分の謝罪がおかしくて、リウから自然と笑い声が溢れる。その表情をラーゴは眩しそうに見つめながら、彼もまた柔らかい笑顔を見せる。
「ふふ。ほら、リウは笑っていたほうが素敵ですよ」
「よく言う」
「本当です。本当にリウは魅力的で、魅力的すぎます」
ラーゴはリウを見つめ、うっとりとしたような表情で言葉を紡ぐ。やはり視力が弱い説が有力なのかもしれない。あまりに美醜の感覚が違いすぎるラーゴを、リウは不憫に思い始めた。
「さて。リウとならいくらでもお喋りしていたいですが、着飾るリウも早く見たいですからね。行きましょうか」
繋いだままの手の甲に唇が触れた。
そのままラーゴは手を繋いだまま、迷いなく歩を進めた。
振りほどくほどでもないし、やめてほしいというのも違うような気がして、リウは戸惑いながらもそれを受け入れる。
こうやってリウが誰かと手を繋ぐのは、孤児院で暮らしていた時以来だった。
身寄りのない小さな子供たちは我先にと、こぞってリウと手を繋ぎたがったことを思い出す。
恋愛という意味では女性とはもちろん男性とも縁のないリウだったが、昔から動物や子供には好かれていた。だから竜に選ばれ、竜騎士となれたのかもしれない。
そんなことを考えて歩いていると、周囲は賑やかな商店街へと変わっていた。
「寄りたい店があれば教えてくださいね」
「ああ」
リウはお言葉に甘えてゆっくりと歩いた。
呪いで倒れていたせいで、リウが王都を自分の脚で歩くのは久しぶりだった。見慣れた賑やかな喧噪も、随分懐かしく思える。
道行く人々はラーゴの美貌に視線を奪われるようだ。吸い寄せられるように目を離せなくなる彼らの気持ちはリウにもよく分かる。
そのうちの一人の女性が他の人と同じようにラーゴを見つめて、それからその視線を下にやるとギョッとしたような顔をして走り出した。
先ほどまでとは違った雰囲気に、どうしたのかとリウは内心首を傾げる。
だが同じように視線を下にやり、眉をひそめる人が増えていく。こちらを見てはヒソヒソと露骨に囁きあう人もおり、理由が分からないながらもリウは居心地の悪さを感じた。
「ラーゴ、もう行こう。店はあっちでいいんだな?」
リウは繋いだまままの手をグイと引いた。
それから「あ」と声を出す。
(そうか。俺みたいな男が、美形と手を繋いでいるのがおかしかったのか)
この国では同性結婚も少なくないが、まだまだ少数派だ。
自分たちの行動が人々の目に余ったのかもしれないと複雑な気持ちになりながらも、リウは腑に落ちる。
だがそれも束の間で、すぐに自分の想像とは違っていたことを知らされる。
不意に、周囲の声がまっすぐリウの耳へと飛び込んできた。
「見てあの手。あれが呪われた竜騎士じゃない?」
「不気味だわ。こっちまで呪われそう」
リウはハッとして視線を下げる。
周囲の人々が見ていたものは、美形と手を繋いでいたことへの非難ではなかった。
繋ぐリウの手の、異常な赤黒さが目立っていたのだ。
竜騎士の宿舎でも、そしてラーゴの屋敷でも、誰も表だってそれを気味悪がる人間はいなかったせいで失念していた。
そして自分が竜に呪われたことは、既に街の人々にまでよくない形で広まっているのだ。
呪いは、他人に感染するようなものではない。そもそもリウは王子を庇って呪いを受けたのだから、リウへ向けた呪いでないことは、王城で働く者ならば皆知っている。
しかし竜を大切にしているはずの竜騎士がその竜に呪われた、それは人々にとって大きな事件だったのだろう。
王子を庇ったという事実が伏せられたまま広まったようで、まるでリウは人でなしになったような心地だった。
緩く繋いでいた手を、スルリと離す。
立ち止まるリウは俯き、足元を見つめたままだ。
「あのさ、ちょっと離れてあるかないか。店はもうすぐそこだろう? 一緒に歩かなくても、いいんじゃないか」
自分の指先をギュッと握り込み、リウは顔を上げないままそう提案した。
呪われた自分と一緒にいることで、ラーゴまで非難の目で見られるのが嫌だった。
なによりリウ自身が、自分を惨めに感じてしまったのだ。
この十年、目の前であからさまに陰口を言われた経験はない。
長く竜騎士と呼ばれ、人々に慕われていると思っていた。そのせいで知らぬ間に驕っていたのかもしれない。竜騎士という肩書きに人々は感謝していただけであって、竜に呪われるようなリウはただの厄介者でしかないのだ。
手のひら返しのような周囲の言動に、傷ついていないとは言わない。
だがそれよりも、その事実をラーゴに気付かれてしまうことが、恥ずかしかった。
つい先日まで街の人々に手を振っていた自分が、こんな扱いを受けている。それを知られて幻滅されてしまったら。
腹の辺りがヒヤリとした。
商店が多く並ぶ街並を外れて住宅街へ行けば、道が細くなるものの街路樹が増える。
街の治安の良さはそのまま平和な治世を示していて、リウは空の上から王都の暮らしを眺めるのが好きだった。
小川のすぐ側に用意された馬車付け場は静かで、そよ風が街路樹の葉を揺らす音がさざ波のように聞こえる。
「お手をどうぞ」
先に馬車を降りたラーゴが、当たり前の顔をして手を差し出してきた。
差し出されたラーゴの手をとるのに、一瞬躊躇う。ラーゴは義務感というよりも、リウをエスコートできることが嬉しくて仕方がないという顔つきだった。
ニコニコと機嫌のいいラーゴの好意を無碍にするわけにはいかない。
それに仮初めとはいえ夫婦になるのだ。周囲の目を誤魔化すのなら、こういったやりとりにも慣れておいたほうがいいだろう。そう思ってその手を取るものの、やはり無骨な自分が令嬢のようにエスコートされるのはおかしい気がする。
「懇意にしている洋服店が少し細い道にあるので、少し歩きますが大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。その、さっき痛みも取ってもらったし」
これは治療、これは呪いを緩和するため。そう自分に言い聞かせているが、それでも昨日出会ったばかりのラーゴとキスを繰り返すことはまだ羞恥を伴う。
いい歳をしてキスで恥じらうなど、まるで乙女のようだとリウは自分を情けなく思った。
馬車から降りても繋いだままの手を引き寄せ、ラーゴはリウの耳元で囁く。
「感覚的に一度の吸引で一~三時間は鎮痛効果が続くようですね。持続時間にはムラがあります。寝ている間はさらに時間が延びるようでしたし、活動量と関係あるのかもしれません。痛みが出始めたらすぐに教えてください」
その言葉にリウは目を見開いた。
二人が出会い、口づけで痛みを緩和してからようやく一日が経とうとしている。当の本人はキスという好意に戸惑っている間に、ラーゴはしっかり情報を蓄積していた。
本来ならば、自分がやらなければいけないことなのに。
「すまない」
自分が至らないばかりにラーゴに負担をかけている。申し訳なく思いながら、リウは頭を下げた。
「リウ、以前にも僕は言っていますが、それは癖ですか?」
「え?」
思いがけない突き放したような返答に、リウは腹の辺りが冷える。
パッと顔を上げると、ラーゴは困ったように微笑んでいた。
「貴方の声なら例え罵倒であろうと、いくらでも聞いていたいです。ですが僕はごめんなさいと悲しい顔をされるよりも、笑顔でありがとうと言われた方が嬉しいです」
確かに昨日も、似たようなことをラーゴに指摘されていた。
リウ自身が気付かない間に、癖になっていたようだ。
「そうだな、すまない」
「ほらまた」
「うわ、すまな……ははは、何度同じことをやるんだろうな俺は」
繰り返す自分の謝罪がおかしくて、リウから自然と笑い声が溢れる。その表情をラーゴは眩しそうに見つめながら、彼もまた柔らかい笑顔を見せる。
「ふふ。ほら、リウは笑っていたほうが素敵ですよ」
「よく言う」
「本当です。本当にリウは魅力的で、魅力的すぎます」
ラーゴはリウを見つめ、うっとりとしたような表情で言葉を紡ぐ。やはり視力が弱い説が有力なのかもしれない。あまりに美醜の感覚が違いすぎるラーゴを、リウは不憫に思い始めた。
「さて。リウとならいくらでもお喋りしていたいですが、着飾るリウも早く見たいですからね。行きましょうか」
繋いだままの手の甲に唇が触れた。
そのままラーゴは手を繋いだまま、迷いなく歩を進めた。
振りほどくほどでもないし、やめてほしいというのも違うような気がして、リウは戸惑いながらもそれを受け入れる。
こうやってリウが誰かと手を繋ぐのは、孤児院で暮らしていた時以来だった。
身寄りのない小さな子供たちは我先にと、こぞってリウと手を繋ぎたがったことを思い出す。
恋愛という意味では女性とはもちろん男性とも縁のないリウだったが、昔から動物や子供には好かれていた。だから竜に選ばれ、竜騎士となれたのかもしれない。
そんなことを考えて歩いていると、周囲は賑やかな商店街へと変わっていた。
「寄りたい店があれば教えてくださいね」
「ああ」
リウはお言葉に甘えてゆっくりと歩いた。
呪いで倒れていたせいで、リウが王都を自分の脚で歩くのは久しぶりだった。見慣れた賑やかな喧噪も、随分懐かしく思える。
道行く人々はラーゴの美貌に視線を奪われるようだ。吸い寄せられるように目を離せなくなる彼らの気持ちはリウにもよく分かる。
そのうちの一人の女性が他の人と同じようにラーゴを見つめて、それからその視線を下にやるとギョッとしたような顔をして走り出した。
先ほどまでとは違った雰囲気に、どうしたのかとリウは内心首を傾げる。
だが同じように視線を下にやり、眉をひそめる人が増えていく。こちらを見てはヒソヒソと露骨に囁きあう人もおり、理由が分からないながらもリウは居心地の悪さを感じた。
「ラーゴ、もう行こう。店はあっちでいいんだな?」
リウは繋いだまままの手をグイと引いた。
それから「あ」と声を出す。
(そうか。俺みたいな男が、美形と手を繋いでいるのがおかしかったのか)
この国では同性結婚も少なくないが、まだまだ少数派だ。
自分たちの行動が人々の目に余ったのかもしれないと複雑な気持ちになりながらも、リウは腑に落ちる。
だがそれも束の間で、すぐに自分の想像とは違っていたことを知らされる。
不意に、周囲の声がまっすぐリウの耳へと飛び込んできた。
「見てあの手。あれが呪われた竜騎士じゃない?」
「不気味だわ。こっちまで呪われそう」
リウはハッとして視線を下げる。
周囲の人々が見ていたものは、美形と手を繋いでいたことへの非難ではなかった。
繋ぐリウの手の、異常な赤黒さが目立っていたのだ。
竜騎士の宿舎でも、そしてラーゴの屋敷でも、誰も表だってそれを気味悪がる人間はいなかったせいで失念していた。
そして自分が竜に呪われたことは、既に街の人々にまでよくない形で広まっているのだ。
呪いは、他人に感染するようなものではない。そもそもリウは王子を庇って呪いを受けたのだから、リウへ向けた呪いでないことは、王城で働く者ならば皆知っている。
しかし竜を大切にしているはずの竜騎士がその竜に呪われた、それは人々にとって大きな事件だったのだろう。
王子を庇ったという事実が伏せられたまま広まったようで、まるでリウは人でなしになったような心地だった。
緩く繋いでいた手を、スルリと離す。
立ち止まるリウは俯き、足元を見つめたままだ。
「あのさ、ちょっと離れてあるかないか。店はもうすぐそこだろう? 一緒に歩かなくても、いいんじゃないか」
自分の指先をギュッと握り込み、リウは顔を上げないままそう提案した。
呪われた自分と一緒にいることで、ラーゴまで非難の目で見られるのが嫌だった。
なによりリウ自身が、自分を惨めに感じてしまったのだ。
この十年、目の前であからさまに陰口を言われた経験はない。
長く竜騎士と呼ばれ、人々に慕われていると思っていた。そのせいで知らぬ間に驕っていたのかもしれない。竜騎士という肩書きに人々は感謝していただけであって、竜に呪われるようなリウはただの厄介者でしかないのだ。
手のひら返しのような周囲の言動に、傷ついていないとは言わない。
だがそれよりも、その事実をラーゴに気付かれてしまうことが、恥ずかしかった。
つい先日まで街の人々に手を振っていた自分が、こんな扱いを受けている。それを知られて幻滅されてしまったら。
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