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第四話 買い出しと孤児院③
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この時のリウには、ラーゴを近くに置くことで痛みを軽減させて貰おうという打算や、竜騎士としての寿命を延ばしてほしいという願いはすっかり抜け落ちていた。
若くして素晴らしい肩書きを持つラーゴに、自分に好意を持ってくれているラーゴに、惨めな人間だと思われたくなかったのだ。
「リウ」
ラーゴは静かに名を呼んだ。強く握り込むリウの拳に、優しい手のひらが重なる。
「雑音が気になりますか」
柔らかな声音で、そう聞いてくる。
リウに聞こえた周囲の声は、やはりラーゴの耳にも入っていたのだ。恥ずかしさと情けなさに、益々リウは顔を上げられなくなる。
答えられずに黙ってしまったリウに、ラーゴは何も言わない。
こんなにも自分は鬱陶しい人間だっただろうかと、リウの手の中にじわりと汗が滲む。
しかし突然、場に似つかわしくない爽やかな風が吹きぬけた。頬を撫でる風がざわつく心を宥めるかのように心地良く、リウは無意識に顔を上げた。
目の前にあったのは、ラーゴの穏やかな瞳だった。
「どうです。もう周囲の声は聞こえないでしょう?」
そう言われてハッと気がついた。
「魔法……?」
「認識阻害の魔法もかけておきました。僕たちは周囲からは目立たない、ぼんやりとした存在に見えるでしょう。気にしないでくださいと言っても、リウは周りの声が気になるでしょうから」
わざわざ魔法を使って、ラーゴは気を遣ってくれたのだ。
申し訳なさと、心の中を見透かされてしまったようないたたまれなさに、リウの目線は下に下がる。
「すまな……ん!?」
謝罪の言葉を口にした途端に、唇を柔らかなもので塞がれた。
今更それが何かと問うほど知らないものではない。
ラーゴの唇はほんの少しだけ触れ、軽く表面を吸ってすぐに離れた。
「な、なんでだ」
痛みを取る場面でもなければ、公衆の面前だ。ラーゴは顔を赤くして、周囲をキョロキョロと見渡す。
だがその顔を、ラーゴの両手がやんわりと挟む。再び口づけしそうな至近距離では、否が応でも視線が絡む。
「リウ。案外貴方は物覚えが悪い子なんですね? ついさっき言ったことを忘れてしまうなんて」
「……あ」
――ごめんなさいよりありがとうがいいです。
先ほど馬車を降りてすぐに、ラーゴが言った言葉だ。
なに一つできてない、そう言われてしまった気がして、リウは自分の至らなさに恥じ入る。視線がまた、じわじわと下を向く。
「怒っているわけじゃありませんよ。リウ、僕は貴方を嫌いになりません。周囲がなにを言おうと貴方の心を乱す雑音としか感じないです」
リウは思わず視線を上げた。柔らかな紫の瞳は変わらないままだ。
どうしてラーゴはこんなにも、リウがほしい言葉をくれるのだろう。
「ま、本音を言えば、もっと周囲に失望して絶望して、僕だけのリウになってほしいですけどね?」
そんな冗談を言ってくる。リウはフフツと笑う。
「すま――ありがとう、ラーゴ」
また謝罪を口にしかけて、慌てて感謝の言葉に変えた。
「お前の冗談に、励まされるよ」
「冗談じゃないんですけど……まあいいです。今はね、それで。ちなみに周囲にはちゃんと、僕たちがイチャイチャしている姿は認識されていますよ」
「おおい!」
なにも見えなくなったわけではないらしい。リウは慌ててラーゴの胸を押し返した。大した抵抗もなく離れて行くものの、大きな手は再びリウの手を繋ぐ。
「お前は、気にならないのか。その……」
先ほど投げられた心ない言葉がまだ耳に残っている。
言われてみれば気持ちの悪い手だと思う。泥まみれよりも黒く、血に濡れたように赤い。二つの色が混じり合う指は、まるで魔物の手だ。
「リウのことなら全て気になっています。ですが批判的な意味では気になりません。この痣がリウの身体全部を覆っても、僕は貴方にキスしますよ。むしろ竜の呪いよりも、僕の呪いでリウを縛れたらよかったのに」
「なんだそれ」
軽口と共に頬に触れられるだけのキスを、リウは当たり前に受け入れていた。
「よし、行くか」
「ええ」
繋いだ手を強く握って、リウはラーゴと共に歩き出した。
連れて行かれた店は商店街を抜け、貴族たちのタウンハウスにほど近いひっそりとした場所にあった。
窓が大きく取られた小綺麗な外観で、こぢんまりとした店だ。
洒落た店と縁遠いリウが戸惑っている隙に、ラーゴはあっさりと真鍮のドアノブを開ける。
中には大きな鏡と、小物が入った棚が並ぶ。
マネキンに着せられたドレスはリウでも分かるほど洗練されたデザインだ。
「ああ、いらっしゃいラーゴさん。待ってたわよ」
明るい声でそう歓迎してくれたのは、四十歳前後の恰幅の良い女性だった。品の良い深緑色のドレスを身に纏い、ウェーブのかかった茶色い髪の毛は緩く纏められている。
ラーゴと軽い挨拶を交わしたあと、女性はチラリとリウを見た。
「そちらが、例の」
リウは身体を強ばらせた。
呪われた竜騎士だと、また嫌な顔をされるかもしれない。思わず手を振りほどこうとしたのに、ラーゴはそれを許してくれない。
女性は破顔して、リウの前にズイと近寄った。
「まあまあ、素敵な方ですわね。身長もあるし、竜騎士をされているせいか身体の厚みもしっかりしていて、大変バランスがよいですわ! こんな素敵な方の盛装を用意できるなんて嬉しいです! お色味はなにが良いかしら、縁取りは目の色に合わせて金がいいわ。真っ白でもいいけど少し艶のある灰色にしても目を惹きますし、そうだわ、先日いい生地が入ったので一度そちらを合わせていただくのも」
立て板に水のごとく淀みなく語る女性はあまりに熱心で、リウは呆気にとられる。
「ディジイさん。リウが驚いているので、一度落ち着いて貰えますか。僕の婚約者を、紹介くらいさせてください」
「あら、あらあらあら。いやですわ、わたくしったら。服のこととなると、すぐにこうやって夢中になっちゃう」
恥ずかしそうに頬に手を当てる女性――ディジイは身なりを正すと、すぐに淑女の礼をする。
「ようこそ、わたくしが店主のディジイ・ダングールですわ。リウ様のご活躍はかねがね耳にしております。当店を選んでいただいて光栄ですわ」
「初めまして、リウ・パッフです」
顔を上げた彼女の言葉には、嘘偽りはないように思えた。
だが本音はどうか、それはリウには分からない。
それでも客として当たり前に接してくれることは嬉しかった。
若くして素晴らしい肩書きを持つラーゴに、自分に好意を持ってくれているラーゴに、惨めな人間だと思われたくなかったのだ。
「リウ」
ラーゴは静かに名を呼んだ。強く握り込むリウの拳に、優しい手のひらが重なる。
「雑音が気になりますか」
柔らかな声音で、そう聞いてくる。
リウに聞こえた周囲の声は、やはりラーゴの耳にも入っていたのだ。恥ずかしさと情けなさに、益々リウは顔を上げられなくなる。
答えられずに黙ってしまったリウに、ラーゴは何も言わない。
こんなにも自分は鬱陶しい人間だっただろうかと、リウの手の中にじわりと汗が滲む。
しかし突然、場に似つかわしくない爽やかな風が吹きぬけた。頬を撫でる風がざわつく心を宥めるかのように心地良く、リウは無意識に顔を上げた。
目の前にあったのは、ラーゴの穏やかな瞳だった。
「どうです。もう周囲の声は聞こえないでしょう?」
そう言われてハッと気がついた。
「魔法……?」
「認識阻害の魔法もかけておきました。僕たちは周囲からは目立たない、ぼんやりとした存在に見えるでしょう。気にしないでくださいと言っても、リウは周りの声が気になるでしょうから」
わざわざ魔法を使って、ラーゴは気を遣ってくれたのだ。
申し訳なさと、心の中を見透かされてしまったようないたたまれなさに、リウの目線は下に下がる。
「すまな……ん!?」
謝罪の言葉を口にした途端に、唇を柔らかなもので塞がれた。
今更それが何かと問うほど知らないものではない。
ラーゴの唇はほんの少しだけ触れ、軽く表面を吸ってすぐに離れた。
「な、なんでだ」
痛みを取る場面でもなければ、公衆の面前だ。ラーゴは顔を赤くして、周囲をキョロキョロと見渡す。
だがその顔を、ラーゴの両手がやんわりと挟む。再び口づけしそうな至近距離では、否が応でも視線が絡む。
「リウ。案外貴方は物覚えが悪い子なんですね? ついさっき言ったことを忘れてしまうなんて」
「……あ」
――ごめんなさいよりありがとうがいいです。
先ほど馬車を降りてすぐに、ラーゴが言った言葉だ。
なに一つできてない、そう言われてしまった気がして、リウは自分の至らなさに恥じ入る。視線がまた、じわじわと下を向く。
「怒っているわけじゃありませんよ。リウ、僕は貴方を嫌いになりません。周囲がなにを言おうと貴方の心を乱す雑音としか感じないです」
リウは思わず視線を上げた。柔らかな紫の瞳は変わらないままだ。
どうしてラーゴはこんなにも、リウがほしい言葉をくれるのだろう。
「ま、本音を言えば、もっと周囲に失望して絶望して、僕だけのリウになってほしいですけどね?」
そんな冗談を言ってくる。リウはフフツと笑う。
「すま――ありがとう、ラーゴ」
また謝罪を口にしかけて、慌てて感謝の言葉に変えた。
「お前の冗談に、励まされるよ」
「冗談じゃないんですけど……まあいいです。今はね、それで。ちなみに周囲にはちゃんと、僕たちがイチャイチャしている姿は認識されていますよ」
「おおい!」
なにも見えなくなったわけではないらしい。リウは慌ててラーゴの胸を押し返した。大した抵抗もなく離れて行くものの、大きな手は再びリウの手を繋ぐ。
「お前は、気にならないのか。その……」
先ほど投げられた心ない言葉がまだ耳に残っている。
言われてみれば気持ちの悪い手だと思う。泥まみれよりも黒く、血に濡れたように赤い。二つの色が混じり合う指は、まるで魔物の手だ。
「リウのことなら全て気になっています。ですが批判的な意味では気になりません。この痣がリウの身体全部を覆っても、僕は貴方にキスしますよ。むしろ竜の呪いよりも、僕の呪いでリウを縛れたらよかったのに」
「なんだそれ」
軽口と共に頬に触れられるだけのキスを、リウは当たり前に受け入れていた。
「よし、行くか」
「ええ」
繋いだ手を強く握って、リウはラーゴと共に歩き出した。
連れて行かれた店は商店街を抜け、貴族たちのタウンハウスにほど近いひっそりとした場所にあった。
窓が大きく取られた小綺麗な外観で、こぢんまりとした店だ。
洒落た店と縁遠いリウが戸惑っている隙に、ラーゴはあっさりと真鍮のドアノブを開ける。
中には大きな鏡と、小物が入った棚が並ぶ。
マネキンに着せられたドレスはリウでも分かるほど洗練されたデザインだ。
「ああ、いらっしゃいラーゴさん。待ってたわよ」
明るい声でそう歓迎してくれたのは、四十歳前後の恰幅の良い女性だった。品の良い深緑色のドレスを身に纏い、ウェーブのかかった茶色い髪の毛は緩く纏められている。
ラーゴと軽い挨拶を交わしたあと、女性はチラリとリウを見た。
「そちらが、例の」
リウは身体を強ばらせた。
呪われた竜騎士だと、また嫌な顔をされるかもしれない。思わず手を振りほどこうとしたのに、ラーゴはそれを許してくれない。
女性は破顔して、リウの前にズイと近寄った。
「まあまあ、素敵な方ですわね。身長もあるし、竜騎士をされているせいか身体の厚みもしっかりしていて、大変バランスがよいですわ! こんな素敵な方の盛装を用意できるなんて嬉しいです! お色味はなにが良いかしら、縁取りは目の色に合わせて金がいいわ。真っ白でもいいけど少し艶のある灰色にしても目を惹きますし、そうだわ、先日いい生地が入ったので一度そちらを合わせていただくのも」
立て板に水のごとく淀みなく語る女性はあまりに熱心で、リウは呆気にとられる。
「ディジイさん。リウが驚いているので、一度落ち着いて貰えますか。僕の婚約者を、紹介くらいさせてください」
「あら、あらあらあら。いやですわ、わたくしったら。服のこととなると、すぐにこうやって夢中になっちゃう」
恥ずかしそうに頬に手を当てる女性――ディジイは身なりを正すと、すぐに淑女の礼をする。
「ようこそ、わたくしが店主のディジイ・ダングールですわ。リウ様のご活躍はかねがね耳にしております。当店を選んでいただいて光栄ですわ」
「初めまして、リウ・パッフです」
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