呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算

てんつぶ

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第八話 竜と空②

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 体調に問題ないことを告げると、ゴッドランド宰相は「そうか」と笑みを浮かべる。
「妻も君を気にかけていた。とはいえ竜騎士団の存続にも関わるからな。私の方でも手がかりを探すが、一刻も早くその呪いを解く鍵を探してみてくれ」
 昨日と比べると、どうにも上っ面の会話に聞こえる。
 後ろにいる従者の青年たちを気にしているのだろう。やはりあれはラーゴがいたからできた会話なのだ。
 しかしそう考えればラーゴはこのゴッドランド宰相の、一体どれほど内側に入っているのだろうかと恐ろしくもなる。
 宰相は顎を撫でながら、いかにも思いついたと言わんばかりに世間話を続けた。
「そういえば婚約者……ラーゴとの生活はどうだね。あれは魔法以外には興味がない男だから、電撃婚約には周囲も驚いただろう」
「はは……」
 まだ公にはしていない話をあえてここでする理由も、先ほどと同様なのかもしれない。宰相の後ろから睨み付ける青年たちは、明らかにリウをよく思っていないだろうに。
「今度我が家の夜会に招待しよう。是非君も婚約者と一緒に来るがいい」
 わざわざラーゴを婚約者と呼んでみたり、夜会に招待するほどリウと親しい間柄だと思わせるような口ぶりだ。ゴッドランド宰相とリウは昨晩初めてまともに会話をしたものだが、その底知れなさにはリウも愛想笑いを浮かべるのが精一杯だった。
 宰相は含みがあるような笑顔で、リウの横を通り過ぎる。全く何を考えているのか分からない。
 その後ろに続くお付きの男たちはすれ違いざま、まるでリウに汚物を見たかのような顔を向け、そのうちの一人は小さく舌打ちをした。
「呪われ竜騎士が厚かましい」
 そしてリウにだけ聞こえるよう、小さく呟いて去って行く。
 その露骨な態度にリウは悲しむより先に苦笑いを浮かべるしかなかった。 
 だが不思議と以前よりも格段に、傷ついていない自分がいる。
「しょうがないか。もう空も飛べない、呪われた竜騎士じゃ」
 誰もいなくなった渡り廊下で、リウはそう独りごちた。その声にはやはり悲壮感というよりも、諦めにも似たものが多く含まれる。
 リウの襟元に光るのは、竜を模したバッヂだった。襟に付けられた真新しい階級章は、竜騎士団に三人しかいない副団長のものである。

 呪いと引き換えに手に入れた形ばかりの名誉職が、大きさ以上の重みを感じさせる。
 ため息をつくリウの後ろから、聞き慣れた美声が響く。
「リウ、遅いので迎えにきました」
 魔法使いのマントをなびかせながら、長い脚であっという間に距離を詰める。それから腕の中にリウをすっぽりと包み込む。石鹸の匂いと共に漂う軽い匂いは、ラーゴ自身の体臭だ。
 嗅ぎ慣れた匂いと体温のはずなのに、どこか落ち着かない。
 ラーゴの胸を押し返し、僅かに距離を取る。
「すまない、ゴッドランド宰相と少し話をしていたんだ」
 宰相の名を出した途端、ラーゴは分かりやすく顔を顰めた。昨晩もそうだったが、一体どんな関係なのだろうか。
「いいですかリウ。あの男には心を許してはいけません。温和そうな顔ですが、己の野望のためなら手段を選ばない男です」
「それは……そうなのか」
 本気で言っているのか、それとも軽口なのか。
 ラーゴの表情からは読み取りにくい。
「そうです。リウは僕だけ見ていてくれなきゃ、いやですよ」
 冗談を笑いそうになって、ふと途中であることを思いだした。
 言うつもりもなかったはずの言葉が、口からポロリとこぼれ落ちる。
「そうか、だから俺宛の手紙を隠しているのか?」
「リウ?」
 なんのことだか分からないとでも言いたげな返事に、リウは思わずカッとなった。
「とぼけるんじゃない。聞いたんだ。同僚があの屋敷に何度も手紙を出したと。どういうことだ? 俺は一度も手紙なんて受け取っていない!」
 ラーゴとリウが偽装とはいえ婚約しているのは、賃貸だという彼の屋敷に住まう権利を得る必要があるからだ。
 リウにとっては呪いによる痛みを魔法で吸い取るための合理的な判断であり、それ以上でも以下でもない。そう思っていたが、ラーゴがリウへの手紙すら渡さないのであれば話は違ってくる。
 まるでリウが外部と連絡をとることを阻んでいるようだ。
「落ち着いてください、リウ」
「俺は落ち着いている! 落ち着いていないのはラーゴの方じゃないか? 俺なんかを懐に引き入れるなんて、やっぱりなにか目論みがあったんだろう!」
 言わないでおくべきだ。
 真実を探るためにも今は黙っていたほうがいい。
 同僚であったコラディルにもそう念押しされていたはずなのに、リウは結局それを本人に問い詰めてしまう。
 ラーゴはそんなリウを黙って見つめたままだ。
「目論みは、ありますよ。最初から」
 静かに、ラーゴは呟いた。
 語るに落ちた――リウはラーゴの言葉にそう確信した。
 してやったという興奮とは裏腹に、胸に冷たい風が吹き抜けていくようだった。
 やはりリウに親切だったのは、なにか理由があったのだと。
 自分のような人間が、誰かに無条件で好かれるはずがなかった。
 ラーゴの腕が、リウの頬を撫でる。
「最初に言ったでしょう。貴方が好きだと。好きな人に振り向いて貰うためなら僕は、なんだってします」
「な……っ、ふ、ふざけるな! そんな甘言で俺は誤魔化されない!」
 熱を孕んだ瞳に、リウの顔が紅潮する。
 慌ててその手を振り払い、距離を取ろうとするリウの腰をラーゴが引き寄せた。
「誤魔化していません。手紙は確かに僕が預かっています。でもそれは貴方に余計な負担をかけたくないからですよ」
「俺に……?」
 言い訳するなと思うものの、リウの好きな紫の瞳は真剣そのものだ。
「手紙は貴方の同僚の他、ゴシップ好きな新聞社や今まで交流のなかった貴族たちからも届いています。今はまだ、貴方の心がそれを受け入れられるほど強くない。違いますか?」
「あ……」
「同僚の方には申し訳ありませんが、全てリウにはお渡ししないと決めました。貴方の心を守るためだと勝手に判断して、不審に思わせてしまったことは謝罪します。結果的にリウの信用を失ってしまったようですし」
「そんな……! すまない、俺が軽率だった。ラーゴは悪くない」
 困ったように眉を下げるラーゴの肩を、リウは掴む。
 まさかそこまでリウのことを考えて、先回りしてくれていたとは思ってもいなかったのだ。
 コラディルが話してくれたラーゴへの疑惑を、よく考えもせずそのまま受け入れてしまった自分を恥じる。
「リウはまだ、僕の側にいてくれますか?」
「どうしてそんな言い方をするんだ。この呪いがある限り、俺が頭を下げてでも頼みたいことだと知っているだろう」
 なぜラーゴはいつもリウのこととなると、やけに卑屈な言い回しをするのだろうか。
 そんな風に持ち上げられるほど、リウの立場は強いものではない。
 副団長になったとはいえ、名ばかりの死にかけ竜騎士だというのに。
 だがラーゴはリウの頬に顔を寄せ、小さく囁く。
「惚れた方が負けなんですよ。きっと僕は、一生リウに勝てません。貴方に去られたらと思うと、ゾッとする」
 その声で、リウの背中に雷のような感覚が走る。
 リウは自分の身体がそうなった理由が分からず疑問符を浮かべていると、ラーゴはやんわりと腕の拘束を解き身体を離す。
「離すつもりはないですけどね」
 小さく呟いた言葉は、混乱するリウの耳には届かない。
「そういえばリウ。今日は図書館が閉館しているそうです。なんでも整理する日だとかで」
「えっ、あ、そうなのか。せっかくラーゴに来てもらったのに」
 一番の目的だった場所に行けなくなってしまった。
 リウは顎に指を置き、日を改める算段を考える。
 来週には竜騎士団に復帰予定するだから、できたらその間に一緒に調べたい。
「それでは、竜舎に行きませんか。リウが大事にしている相棒を、僕にも紹介してください」
「! もちろんだ」
 リウはラーゴが竜に興味を持ってくれたことが嬉しくて、思わず大きな声で返事をしてしまった。
「ガジャラは凄く綺麗で可愛いんだ。そうだ、乗せてやろうか」
 そうと決まれば早くガジャラに会いたい。気が急くリウはラーゴの腕を引き、返事も待たずに歩き出した。
 今の時間ならば竜騎士たちは宿舎側で鍛錬を積んでいるはずだ。
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