呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算

てんつぶ

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第八話 竜と空①

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 広大な城内の東側に、竜騎士宿舎と竜舎がある。
  叙勲式から一夜明けた今日、竜騎士団の副団長としての任を受けたリウは、復帰時期を相談するために城へ訪れていた。
 空は快晴で、心地のいい南風が木々を揺らす。
 馬車から降りたリウの隣には、ラーゴが同伴していた。
 久しぶりに着た竜騎士の制服は、やはり昨日の正装よりもリウの身体によく馴染む。
「本当に一人で行かれるんですか?」
「仕事の話をするのに婚約者を伴ってたらおかしいだろ」
 近くまで馬車を用意してくれたラーゴの顔には、ありありと不満だと書いてある。
 演技に見えないその態度は、やはりリウの胸を揺さぶってくる。
 昨晩コラディルに言われたことを忘れたわけではないし、ラーゴの行動全てが善良なものだと肯定するわけでもないが、どうにもリウはラーゴを目の前にすると冷静な判断が難しくなる。
 今だって、婚約者を連れて行かないと言い聞かせている側から「外で待たせるくらいはいいのでは」などと考えてしまっているくらいだ。
 リウは軽く頭を横に振り、愚かな自分の考えをすぐさま否定した。
「図書館で合流だって決めただろ。話し合いが終わったらすぐに行く。頼みの綱はお前なんだ」
 不満げだったラーゴの顔色がパアッと明るくなる。表情自体はさほど変わらないというのに、この変化はなんなのだろうか。
 ゴッドランド宰相は氷像の魔法使いなどと呼んでいたが、ひまわりの魔法使いと呼んでもいいほどだった。
「いい子だ」
 思わずリウはラーゴの頭を撫でた。
 婚約者とはいえその立場は偽りで、そもそも身分差がある。
 さすがに不敬だったかと手を離そうとするが、逆に身体をきつく抱きしめられた。
「僕以外にこんなこと、しないでくださいね?」
「そりゃあ……」 
 する予定もなければ相手もいないのだ。
 さすがに竜騎士の同僚たちの頭を撫でた経験はない。
 今のはたまたま、まるでラーゴがかつて孤児院で世話をした子供達を彷彿とさせ、思わず撫でてしまっただけである。
 ラーゴはいい大人で立場のある認定魔法使いだというのに、時々手のかかる子供のように感じてしまう。そう告げたら本人は怒るかもしれないが。
「リウは僕の婚約者ですからね」
「分かってるさ」
 ラーゴの言葉に、リウは困ったように眉を下げる。
(偽りとはいえ自分の婚約者が、他人の頭を撫でるのは外聞が悪いもんな)
 軽率だった自分を反省する。
「分かってないでしょう。その鈍感さがリウなんですけど」
 ブツブツと文句を言うラーゴをよそに、歩いていた二人はあっという間に竜騎士宿舎の前に到着した。
 ここは宿舎という役割もあるが、一階は竜騎士たちが会議をしたり昼食をとったりする場所でもあった。団長室もここにあるため、リウは今後の復帰予定についてここで相談することとなる。
「それじゃあ、図書館で」
「ええ。お気を付けて。夕飯はなにがいいか、決めておいてくださいね」
 自分からは後ろを向かないラーゴだ。リウはそれを知っているため、先に彼を後にする。リウの姿が扉に消えるまで注がれる強い視線は不快なものではなく、どこか浮き足立つものでもあった。
 見守られていることで得られる安心感を、リウはあまり経験したことがない。
 リウは孤児院育ちだ。
 十の頃に流行病で両親を亡くしたリウが孤児院に拾われたのは、この国では運のいい方である。
 人買いに攫われてどこかに売り飛ばされるか、治安の悪い場所で盗みを生業に生きていた可能性もあった。
 元々リウは五人兄弟の長男であったため、弟妹の世話には慣れていた。
 むしろ働く両親の代わりに弟妹を育てていたと言っても過言ではない。
 そのため孤児院に引き取られてからも、小さな子供達の世話は自然とリウの仕事になった。リウもそれを当たり前だと思っていたし、苦に感じたことはない。
 子供ながらに子供たちを見守り、喧嘩すれば仲裁し、夜泣きには根気よく付き合っていた。
 頼れるお兄ちゃんという地位を確立していたリウだったが、だからこそ誰かに頼ることができない性格でもあった。
 甘やかされるよりも甘やかす立場であり、本人もそれを当然だと思っていたし、今でもそう思っている。
 だからこそリウは今、こうしてラーゴに心配され大切にされることに戸惑いを感じていた。慈しむことはあれど、慈しまれる立場にはなかったのだ。
(ああでも一人だけ。俺の頭を撫でてくれた子がいたな)
 リウは昔を思いだし、口元を緩める。
 最近のリウは、以前より孤児院時代を思い出すことが増えたように思う。
 ラーゴと共に訪れた洋服店で、あの当時の子供に再会してからだ。
 今の時間帯は竜騎士の殆どが訓練に出ているため、誰ともすれ違わないまま目的の部屋に到着する。
 リウは赤黒さの目立つ手で、竜騎士団長室をノックした。

 竜騎士団長との話合いは無事に終了した。
 リウを取り巻く現状を報告し、来週から復帰する話でまとまった。
 さすがに婚約が呪いを解くための偽りだとは言えなかったが、天才魔法使いと名高いラーゴが解呪に奔走していることを告げると、情に厚い団長は目を潤ませて喜んでくれた。
 とはいえリウの出世は既に三人いる副団長の席が空いたからではなく、単純に報償としてのそれだ。
 とりたててすぐに特別な仕事を振るというわけではなく、今までと同じ、一般団員同様の仕事で構わないとお互いの考えを再確認したのだった。
 団員たちの間でもそれは理解されているそうで、呪いの痛みに苦しむリウを知っている同僚の多くは同情的だったと団長は語っていた。
 復帰に大きな反発はないだろうという団長の言葉には、リウは僅かに張り詰めていた肩の力を抜くことができた。
 よく思っていない団員がいることは知っているが、少なくとも表立って不満を口にしているわけではないということだ。
(それ以上を望むのは、贅沢だろう)
 リウは図書館へと続く渡り廊下を歩きながら、開け放たれた大きな窓が目に入る。
 そこから見えるのは城の塔だ。魔法使いたちの研究所や騎士団の詰め所が入っている建物だ。
 その塔と塔の隙間から、巨大な羽根を力強く羽ばたかせる生き物が目に入る。
 どうやらリウが気付かぬうちに、巡回の竜騎士たちが戻ってくる時間になっていたらしい。
 本来であればリウも、あの美しい竜の背に乗り大空高く飛び立っていたはずだ。
 あまりの目映さに手を翳そうとして、自分の指先の赤黒さが目に入る。
 静かに拳を握り俯くリウに、廊下を歩いてきた誰かが声をかけた。
「リウか。復帰できたのか。どうだね具合の方は」
 その声はつい昨晩、夜会で際どい話を持ちかけてきたこの国の宰相・ゴッドランドだった。
 優しげな顔立ちをした男の後ろには、若い従者が二人、忌々しげにこちらを見ている。
 そのうちの一人は確か竜騎士に憧れていると、いつだったかリウと楽しげな会話をしてくれた青年だった。 
 リウは胸に腕を当て腰を下げ、慣れた騎士の礼を取った。
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