呪われ竜騎士とヤンデレ魔法使いの打算

てんつぶ

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第七話 王子と王太子③

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 一瞬、誤魔化そうかとも考えた。
 だが誤魔化すほどのことでもない。リウはすぐに肩の力を抜き、ありのままを伝える。 
「第二王子と王妃が反竜派だろ。それでちょっと噛みついてこられて……あと第二王子が、自分が王太子だって主張して国王を怒らせてた」
「アレは王族にありながら、自分の器を理解できていませんからね」
 辛辣なラーゴの言い方にリウはギョッとした。思わず周囲に聞かれていないか、見渡して確認したほどだった。
 だがラーゴのかけた魔法のお陰か、周囲の声は一切聞こえずリウたちの声も漏れていない。
「確かにアレは第二王子に生まれてよかったのか、あの王妃の子供が凡人で悪かったのか、悩むところだ」
「母子共に野心を持ちすぎていますからね。実家共々反竜派として堂々と動きすぎている……ですがそれくらいの方がゴッドランド宰相には丁度いいのではないですか」
「それはそうだ。いつの世も、上が愚かだと家臣は助かる」
「僕はそこまでは言っていませんよ。ただいつまでも身の程を弁えないとは思っていますが」
 安堵したリウの頭上では、不穏な会話が飛び交う。
 これは聞いてもいい内容なのだろうかと、リウは内心冷や汗をかく。
「はっはっは。ラーゴ殿に比べてられては誰もが凡人だろう。第二王子はただ王族に生まれただけに違いない。ああ、目の前で第二王子殿下を見たリウ・パッフはどうだったかね。その呪いも、あれを庇った結果なのだろう?」
 国王の次に権力を持つこの国の重鎮、ゴッドランド宰相。
 火種になりかねない話題をあっさりと一介の竜騎士に振る意図が掴めない。
 まるでなにかの判断を迫られているようで、リウは今度こそ背中に汗をダラダラと流した。
 いくら周囲に声が漏れないとはいえ、王城でするにはあまりに際どい会話だ。
「や、俺は、その……あ、第一王子! 第一王子はどうなんですか、ゴッドランド宰相」
 目の前にいるのは普段のリウならば会話すらままならない立場の人間だ。
 どうにか無礼な態度をとることなく話を逸らそうと、ない知恵を絞ったリウの口からは、王子繋がりで思いがけず第一王子の話題が飛び出した。
「あまり俺のような立場の人間にまではお噂は耳に入ってきませんが、どのような方なのでしょう」
 もはやリウにはこの話題を広げるしか他ない。
 自棄になったともいう。
 話題転換に必死なリウに、ゴッドランド宰相とラーゴは顔を見合わせる。
 ラーゴは飲んだお茶に塩が入っていたような顔をし、ゴッドランド宰相は実に楽しそうにニンマリと笑った。
「第一王子か……。リウ・パッフは、ラウィゴ様のことをどれだけ知っている?」
「お名前だけは。ミッシャラ第二王子殿下の六歳年上だったと存じております。お身体が弱く、幼い頃から静養地で療養されていると」
 このセデンス国の第一王子である、ラウィゴ・セデンスの姿を見た者などいるのだろうか。
 王家が全員参加する行事にも、第一王子の姿はない。
 どれだけ病弱なのだろうとも思う者もあれば、名ばかりで既に亡くなっているのではないかと囁く者もいた。
 それ故、第二王子であるミッシャラが大きなお顔をしているのも頷ける。
 側室の子供で王城で生活もできない兄王子よりも、自分が次期国王なのだと疑っていないのだろう。
 そしてそれは恐らく母である王妃も同様の考えなのだろうと、先ほどの会話を聞いたリウにも察することができた。
「ああ、そうだ。あの方はお身体もだが、妃からお生まれになったせいで立場が弱い。そのせいで王妃と第二王子がのさばっているというわけだ」
 あっけらかんと語るゴッドランド宰相だが、リウはハラハラしっぱなしだった。いくら周囲に聞こえていないとはいえ、よくこの会場で王族批判ができるものだと思う。
 しかしそれだけ豪胆さがなければ、宰相という職は務まらないのだろう。
 複雑な表情をするリウに、ゴッドランド宰相は再び鷹揚に笑う。
「愚か者には愚か者なりの使い道がある」
 それは誰を刺しているのか、その本意はリウには分からない。
 王子のどちらかなのか、それとも王妃のことなのか、それとも――リウのことなのか。
 固まるリウの肩を、ラーゴが抱き寄せる。
「宰相、リウを苛めるのは止めてください。迷惑です。これ以上なにか吹き込むつもりなら、明日にその首がどこに飛ぶか保証しませんよ」
「おお怖い怖い。あの冷徹で有名な魔法使いも、婚約者にだけは過保護なのだな」
「ゴッドランド」
「ああ分かってる、分かってるとも」
 ラーゴの底冷えするような視線を受け流し、ゴッドランド宰相は両手を上げてゆるりと受け流す。
 彼ら二人にはどうも、認定魔法使いとその後援者という関係以上の、どこか気の置けない間柄のようだ。
 宰相を相手に敬称を付けずに呼ぼうと、ラーゴは咎められなかった。
 いくら若き天才と名高い認定魔法使いであっても、そんなことはあるのだろうか。
 リウがあれこれ考えていると、ラーゴが空中で手を振る。
 途端に楽団の奏でる音楽や、談笑する人々の声、踏み出すステップの足音が響く。音を阻害していた魔法を解除したのだ。
 これ以上話をする気はないという、ラーゴの意思表示だ。
 もちろんその意図を理解しない宰相ではない。苦笑を浮かべ肩を竦めた。
「全く……ラーゴ殿の婚約者は大変だな」
「大変じゃありませんよ。リウと僕は仲睦まじいので」
 リウが答える間もなく、ラーゴはぴしゃりと言い放つ。
 もしかしてこの二人はいつもこうなのだろうか。リウは突き刺さる周囲の視線を感じながら、はやくこの瞬間が終わってくれと祈るのみだった。
「ラーゴ殿に言ってないのだがな。まあ、いい。そろそろ踊らないと妻に叱られる。また話をしよう」
「しませんよ」
「だからラーゴ殿には……」
 まるでじゃれ合いのような言葉遊びは、やはり随分親しげに見える。
 それを終わらせたのは、ゴッドランド宰相を迎えに来た彼の細君だった。
 普段辣腕を振るう宰相といえど愛する妻は無碍にできないようで、そのまま手を取り合い華やかに踊る会場中央へと消えていく。
 ようやくヒヤヒヤする会話が終わったと、リウは胸を撫で下ろす。シャツの内側は、嫌な汗でビシャリと濡れている。
「リウも踊りますか?」
「いや、大丈夫だ」
 男性同士で踊っているカップルもいるが、殆どが男女でダンスを楽しんでいる。
 なによりリウはダンスの経験はない。
 ラーゴならばそんなリウをダンスでもエスコートできるかもしれないが、さすがに恥をかかせられない。なによりリウも踊りたいわけではない。
 だがラーゴの纏う空気が明らかに淀む。
「……もしかして、お前が踊りたかったのか? 俺を気にせず、あの辺のご令嬢でも誘ったらどうだ」
 魔法が解けた途端、ラーゴを見つめる熱い視線は絶え間ない。
 踊りたいのか声をかけてほしいのか、またはその両方なのか分からないものの、ラーゴがダンスを誘えば誰だって首を縦に振るだろう。
 それなのにラーゴは眉を下げる。
「リウと踊りたかったんですが……やはり、無理ですか」
「うっ」
 憂いを帯びた美形がそんないじらしいことを口にする。
 どこまでが本気でどこからが計算なのかは分からないが、リウの庇護欲を刺激した。
 孤児院育ちで小さい子の世話を率先していたせいか、こういった態度を取られると弱い。
 それでも実際、全く踊れないリウではラーゴの足を引っ張るだけだ。
 苦悶するリウに、ラーゴは囁く。
「では、あちらではどうですか。二人きりなら」
 ラーゴの指し示す先には、大きな窓がある。
 つまり人目を忍んで踊ろうということだ。年下のラーゴにここまで譲歩されてしまっては受け入れるしかない
 祈るように差し出された手を取ると、パアッとラーゴの表情が明るくなった。
 まるでこの場にだけ光が注いだかのように、周囲が華やぐ。
「嬉しいです。リウと踊れるなんて、僕は今世界で一番幸せな人間です」
「大袈裟だな」
 手を取り合ったままバルコニーへと向かう。振り向く女性たちのことを、リウはもう考えないことにした。いくらリウが気を遣ったところで、当の本人が興味を持たないのならば仕方がない。
 窓から外へと出ると、小さなバルコニーでは僅かに音楽が聞こえるだけだった。
 すっかり暗くなった月夜の下では、小さく鳴く夜の鳥と虫の声。
 それから神々しく微笑むラーゴだけが、リウの全てのような錯覚が湧き上がる。
(今だけ、今だけだから)
 誰にするでもない言い訳をする。手を繋いだまま腰を抱かれ、ラーゴの身体とかすかに聞こえる音楽に身を任せた。 
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