悪女は愛より老後を望む

きゃる

文字の大きさ
19 / 58
第二章 悪女復活!?

 16

しおりを挟む
 いけないわ。のんびりしている場合じゃなかった。話を済ませてさっさと帰ろう。

「あの、そろそろワインのことを……」
「ミレディア嬢は真面目だね? ああ、言いにくいからディアでいい?」
「いいえ。ミレディアという名前を大変気に入っておりまして」
「なんだ残念。じゃあ、僕のことはアウロスと呼んでいいから」

 良くないでしょう? どこの世界に、恋人でもない王子を呼び捨てにする女性がいるというの。ああ、女性として見られていないんだっけ。ただの取引相手に王子が名前を呼ばせるなんて、あってはならない。

「いいえ。こういうことはきっちりしておかないといけませんわ」
「それなら、ディアと呼んじゃうけど?」

 こんな態度が女性をその気にさせてしまうのだ。追い回されるのは、クラウス王子のことかしら? けれどアウロス王子のことだとしたら、彼の側に原因があるような。

「でしたら、アウロス……様。これ以上は無理です」
「まあいいか、それくらいで。ええっと、ワインの話だったよね? 口当たりが良くて美味しかった。甘口の白はご婦人方にも人気が出そうだ。ただ兄は……本人から聞いてくれる?」
「ご満足いただけなかったのでしょうか」
「さあね。双子といっても味覚が同じというわけではないから。お茶の好みはたまたま一緒だったけど、他は違う」
「そうですか」

 また来なくてはいけないようだ。
 アンケート用紙でも作って置いておこうかしら? それだと、手抜きだと疑われるからダメよね。

「あとは、レースだったっけ?」
「ええ。品物は部屋に……って、どうされました?」

 アウロス王子にいきなり腕を掴まれた。
 こんなところで飛び掛かられるとは思えないけど、どうすればいいの?
 動けず固まっていたら、ドレスの袖をまくられる。

「これか、付け袖」

 もしやレースを見るために? 舞踏会の時と同じく、今日も私は内側にこっそり縫い付けて、お洒落をしている。だけどなぜ、そのことがわかったのかしら。

「見事なしつらえだ。それなら、男性用の袖とクラバットがほしい。どちらかに一角獣を織り込んで。できそう?」
「複雑で特別な模様ですと、制作期間を長くいただくことになります。可能かどうか、聞いてみますね?」
「ありがとう。もしできるなら、言い値を払うよ。楽しみだな」

 一角獣は王家だけが使える模様だ。城との取引でなく、個人的な注文なのだろう。アウロス王子の要望だと伝えれば、村の女性も張り切るはず。
 なんだ。アウロス王子、結構いい人じゃない。

「こちらこそ、ありがとうございます。殿下」
「違うよ? 名前を呼んでくれると言ったのに」
「大変失礼いたしました。アウロス……様」
「堅苦しいけどしょうがないか。ディア、君らしいと言えば君らしい……の、かな?」

 だから、ミレディアだってば――



 アウロス王子との面会で、どっと疲れた。これ以上気を遣うのはごめんだ。私は庭から戻るなり、適当な言い訳をして部屋を出た。不満そうなハンナを連れて、城の出口に向かう。
 するとそこへ、きらびやかな女性を先頭に、華やかな一団が通りかかる。令嬢達でホッとした。前髪を下ろしているとはいえ、男性だと油断はできない。

「あら貴女。見かけない顔ね?」

 先頭の令嬢に話しかけられた。彼女は小柄で、金色の巻き髪に桃色の瞳をしている。小さな顔に大きな目、少しだけ上を向いた鼻がなんとも愛くるしい。ドレスはピンクで赤のリボンがたくさんついていた。
 そこはリボンではなく、レースに変えた方が……って、いけないわ。身分が高そうだし、きちんと挨拶しよう。私はその女性に対して、丁寧に膝を折る。

「初めまして。ベルツ伯爵家の長女、ミレディアにございます」
「そう、貴女が噂の……。わたくしはデリウス公爵家のエルゼ。よろしくね」

 にっこり微笑まれる。
 良かったわ、優しそうな人で。それに王家に最も近い公爵家だった。
 引きこもりが長すぎた私は、人の顔と人間関係がよくわからない。それでも有力貴族の名前くらいは、兄から聞いて知っている。噂、というのは兄に広めてもらった「地味で病弱で不器量」というものだろう。

「よろしくお願いいたします」

 よろしくしている時間はない。けれど逆らわない方がいいと判断した私は、再び丁寧に告げる。すると、彼女のかたわらの女性がとがった声を出す。

「それで貴女、ここへは何しに?」

 質問するなら、先に名乗るのが礼儀でしょう? それに、自分の屋敷でもないのに目的を聞くのはどうかと思う。商談に来ているとはいえ、契約はまだなのだ。城との取引を勝手に明かしていいのかどうかも、よくわからない。
 唇を噛んでどう答えようかと思案していると、先ほどの公爵令嬢、エルゼが口を開く。

「貴女、初対面の方に失礼よ? ごめんなさいね。悪気はないと思うの」
「いえ、とんでもございません」

 若いのによくできた令嬢だ。
 感心していると、別の取り巻きが彼女をたたえた。

「エルゼ様、さすがですわ! なんともお優しい。だから両殿下も夢中に……」
「やめて、内々の話なのに」

 いえ、今のはわざと聞かせようとしていたとしか、思えませんが?

「初めて会った方に聞かれて、恥ずかしいわ。お願いだから内緒にしといて下さる?」

 可愛らしく頬を染める、公爵令嬢エルゼ。もしこれが演技だとしたら、大した役者だ。結婚詐欺をしていた頃の私だって、こう上手くはできなかった。
 皮肉な物の見方はやめよう。もちろん演技などではないはず。

 公式的には特別な相手がいない双子の王子。非公式にせよ、夢中になる相手がいるというのは、非常に良いことだ。でも、双子に対して彼女一人?   
 ――そうか、お二人とも未だに独身なのは、そのためなのね!

 女嫌いのクラウス王子も、エルゼには心を開くのだろう。追い回されると語ったアウロス王子は、相手によるとも言っていた。その相手とは、彼女のことでは?

「わかりました。ですが、応援致しております」

 なんとも素晴らしい話だ。これなら私も安心して商談に通える。
 エルゼもいずれは、二人のどちらかを選ぶことになるのだろう。だけどその頃、私はここにはいない。

「ありがとう。お優しいのね」

 はにかむ可憐な公爵令嬢。
 ヨルクの聞きつけたことは間違いだ。
 王子には相手がいる――兄よ、なぜ正確な情報を持って来ない?
 私の言葉に納得したのか、取り巻き達もそれ以上追求せず、早々に解放してくれた。

「やれやれ」

 肩をすくめてため息をつく。
 牽制けんせいされたとも思える行動だけど、さすがに公爵家の令嬢ともあろう者が、そんな陳腐ちんぷな手は使わないだろう。何よりエルゼは、仲間の愚行を止めていた。
 たとえ彼女が二人の王子の間で揺れていたとしても、好きにすればいいと思う。

 けれど城を出た途端――

「お嬢様、応援するってひどいですー。お嬢様だったら納得もできますけど、あの方だったらちょっと。しかも、アウロス王子だけでなく、クラウス王子まで独り占めなんて、ずる過ぎる~~」

 ハンナの存在を忘れていたわ。
 彼女をなだめつつ王都の屋敷に帰った私は、心身共にすっかり疲弊ひへいしきっていた。
しおりを挟む
感想 115

あなたにおすすめの小説

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

【完結】御令嬢、あなたが私の本命です!

やまぐちこはる
恋愛
アルストロ王国では成人とともに結婚することが慣例、そして王太子に選ばれるための最低の条件だが、三人いる王子のうち最有力候補の第一王子エルロールはじきに19歳になるのに、まったく女性に興味がない。 焦る側近や王妃。 そんな中、視察先で一目惚れしたのは王族に迎えることはできない身分の男爵令嬢で。 優秀なのに奥手の拗らせ王子の恋を叶えようと、王子とその側近が奮闘する。 ========================= ※完結にあたり、外伝にまとめていた リリアンジェラ編を分離しました。 お立ち寄りありがとうございます。 くすりと笑いながら軽く読める作品・・ のつもりです。 どうぞよろしくおねがいします。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。

この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら
恋愛
 婚約相手のいない婚約式。  通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。  ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。  さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。  けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。 (まさかのやり直し……?)  先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。  ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。 小説家になろう様にも投稿しています。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

別れたいようなので、別れることにします

天宮有
恋愛
伯爵令嬢のアリザは、両親が優秀な魔法使いという理由でルグド王子の婚約者になる。 魔法学園の入学前、ルグド王子は自分より優秀なアリザが嫌で「力を抑えろ」と命令していた。 命令のせいでアリザの成績は悪く、ルグドはクラスメイトに「アリザと別れたい」と何度も話している。 王子が婚約者でも別れてしまった方がいいと、アリザは考えるようになっていた。

処理中です...