悪女は愛より老後を望む

きゃる

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第二章 悪女復活!?

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 無視するわけにもいかず、私は答えた。

「ええ、そうです。正確には好意を示す言葉が苦手で、怖くて震えそうになります」

 実際は震えるどころの騒ぎではなく、その日の真夜中心臓が止まってしまう。

「言葉……か。わかった、気をつけよう」

 何を? 
 いえ、本気でないなら大丈夫。どうでもいい『好き』だと死なないみたい。だから、商売人として好きだと言われるのは平気だけれど、好きな人のいるクラウス王子に言われてもねえ……って、私ったら何を言い訳しているの? 口にしなくて良かった。聞かれたら確実に変人扱いだ。

「今日は契約書を持って来てくれたんだったな。兄上は何か言っておられたか?」
「ええ。ご指摘いただきありがとうございます、と。クラウス様におっしゃっていただいた通り、葡萄がいつも豊作とは限りませんものね? こちらとしても助かります」
「いや、いいんだ。上質のワインは最高の状態で楽しみたい」

 クラウス王子は『天候不順により納品に影響が出る場合、不問に付す』という条項を追加しようと提案してくれた。毎回決められた数量のワインを納められればいいけれど、無理な場合もあるからだ。
 ワインは自然の力が大きく作用するため、常に良い出来になるとは限らない。天候や葡萄の状態にもよるし、我が家としても美味しくない物を城に提供するわけにはいかないので。王子のありがたい申し出に、ヨルクはもちろん感激している。

「こちらが訂正したものです。目を通していただき、次回契約できればと」
「早いな。もう二ヶ月近くが経つのか」

 私からすれば、すご~く長かった。
 でも、そんなことをここで愚痴るわけにはいかない。

「そうですね。気に入っていただけて、何よりです」

 思ったよりも多くの取引が成立しそうだ。レースは編むのに時間が要るためまだまだだけど、個人的な注文の他に、城で使う小物まで具体的に考えて下さるとのこと。
 契約した時点で私の役目は終わる。だけどレースが出来上がり次第、特別に城に届けてあげてもいい。

「確かに、かなり気になっているな。他とは違うところが特に」
「ありがとうございます」

 うちで扱う商品をそんな風に思ってくれていたなんて、クラウス王子はいい人ね。だからエルゼもどちらか選べず……まあ、私には関係のない話だ。

 思えば、王子達とはいろんな話をした。アウロス王子とは、主に音楽や芸術、流行りの劇のことを。そこまで関心があるわけではないけれど、王都での流行を知っておけば、領地に帰って村の女性達に話ができる。レースやタペストリー製作の参考になるだろう。

 クラウス王子と話すのは、振り返ってみれば楽しかった。王子は好奇心旺盛で、気になるところをどんどん聞いてくる。そのせいで何度も冷や冷やしたけれど、どうにかはぐらかすことが出来たと思う。
 その上彼は博識で、国内外の情勢だけでなく農地のことにも詳しい。こちらの質問にも、嫌がらずに答えてくれる。

「この茶の産地? お気に召したようで光栄だが、ベルツ領とは反対の方角、ロンデルフ領の近くだ。あそこは雨が多く、生育に適している」
「やはりそうでしたか……」

 本で調べたところによると、お茶作りには雨と適度な温度が欠かせず、暑過ぎても寒過ぎてもいけないそうだ。一方ワイン用の葡萄は雨を嫌い、日照時間は長い方がいい。また、寒暖差が大きい方が甘みが出て質の良い葡萄が育つ。我がベルツ領はワイン造りに適しており、残念ながら茶葉の生育には向かない。
 私がそう言うと、クラウス王子は感心したように頷いた。

「その通り。だがディア、まさかお茶を自領で栽培しようと?」

 王子は無意識なのか、私の手に時々触れる。けれど、嫌な感じは全くしない。大きく節くれだった手の割には、包み込む感じが優しくて……ダメよ、エルゼに申し訳ないでしょう?
 私はさりげなく手を引き抜いた。

「以前にも申し上げた通り、のんびり暮らすことが夢です。その時に美味しいお茶があれば最高かと。販売用ではなく、自分用に」
「そうか。だがこれは特別に作らせているもので、外に出したことはない。茶葉を持ち帰るくらいなら構わないが……」



 契約も間近だし、良いことは重なるようだ。なんと今回王子が、お土産に茶葉と焼菓子を持たせてくれた。これなら美味しい紅茶を家でも楽しめる! クラウス王子、やっぱりすごくいい人ね。
 廊下を歩きながらホクホク顔の私に対し、リーゼは不満そうな様子。その場では黙っていたけれど、次回から留守番だと聞き不満に思っているようだ。

「まあ、オレ……私がいない方が王子も積極的になれるだろうし? その方が都合がいいんだろうけど」
「何のこと? 積極的も何も、商談は順調であとは契約だけよ?  勝手に決めてごめんなさい。ただ、いくらリーゼが好きでも、王子はエルゼ様がお好きなの。それにこれ以上、貴女をつらい目に遭わせるわけにはいかないわ」

 神妙な顔で外に出る。
 大人の男女の駆け引きは、リーゼにはまだ早いと思う。
 
「はあ? お嬢、いったい何言ってんだ?」
「何って……クラウス王子の話でしょう?」
「そうだけど……お嬢! 上っ」

 リーゼの言葉で上を見た途端、塊が私めがけて降って来る。

「ディアッ」

 向こうから走って来た人が、私に覆い被さった。塊は下の石畳に落ちて割れ、辺りに大きな音が響く。直撃は免れたようだ。

「大丈夫か、怪我は!」

 私の両腕を掴んだクラウス王子が、焦った様子で覗き込んでくる。彼の頬には、今ついたと思われる切り傷ができていた。私は、王子の顔に手を伸ばす。

「平気です。でも、クラウス様が……」
「こんなものはかすり傷だ。それより、すぐに移動した方がいい」

 自分で傷を拭ったクラウス王子。彼が城を見上げたので、私も手を下ろし、視線を向ける。犯人が慌てて逃げたせいなのか、三階のカーテンが揺れていた。
 さすがにこれだと、嫌がらせでは済まされない。一歩間違えば、頭に当たって死んでいたかもしれないのだ。もし、王子が庇ってくれなければ……今さらながらにゾッとする。

 音の正体は陶器の水差しで、上から落ちたと思われる。いえ、落ちたというより落とされた? 私が城から出るタイミングを狙って? クラウス王子も悩むような表情で、髪をかき上げている。

「どういうこと?」
「すまない、こちらの不手際だ。馬車まで送ろう」

 音を聞きつけ集まっていた兵士に、クラウス王子が次々と指示を出していた。誰に狙われたのかわからない以上、のんびり外にいてはいけない。王子に付き添われ、馬車まで戻った私とリーゼは、急いで城を後にした。
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