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第一部・一章 コモレヴィの森
第十一話
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セレナが落ち着き出すと、遠くで待ってくれていた天界の騎士が、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「……そろそろ、僕も話に入ってもいいかな?」
遠慮がちにそう言うと、セレナは驚愕のあまり両眼を見開き、嗚咽を漏らしてた時よりも大きな声で叫んだ。
「て、ててて天界の騎士様が、どうしてここに!?」
とんでもない慌てように少し笑ってしまいながら、驚くセレナをなだめるために説明しようとしたが、言葉が喉から先に出ず何も喋れなかった。
よく考えれば、なんで中都にいるはずの天界の騎士が、こんな辺境な村の近くにある森にいるんだ?
疑問に満ちた瞳を向けていると、騎士とばったり視線が合ってしまう。一瞬萎縮してしまうもの、騎士の慈愛に満ちた笑みを見て、少しだけ閉ざしていた心が開く感覚に陥った。
「その……どうして騎士様が、こんな辺境の村近くの森に、足をお運びになったのですか?」
堂々たる口上で尋ねると、騎士は悪戯っぽい笑みを浮かべ言った。
「君達を助けに来た……といえば聞こえはいいけどね。本当は、君たちのことは単なる偶然さ」
「偶然? てことは、元からここに来る目的だったんですか?」
「ああ。最近魔界の民たちが不穏な動きを見せていてね。分断の壁から近く身を隠しやすいコモレヴィの森の調査に赴いてる最中、森から出てきたペックと名乗る子供から、君達について聞いたんだ。亜人に拐われたセレナって子と、カズヤって子を助けて欲しいってね」
「ペックが?」
「泣きながら頼んできたよ。二人に何かあったら大変だからって、必死に懇願してきたよ。余程心配してたんだろうね」
彼の意外すぎる一面を知れ少しだけ嬉しくなると、騎士は突然真剣な顔になり、俺の顔を見据えて言った。
「一つ質問していいかい? カズヤ君」
人差し指を立てながら尋ねられ、俺は無言で頷いた。
騎士は立てた人差し指を、隊長の死体に向け言った。
「あの亜人を倒したのは、君かい?」
「え、ええ。苦戦しましたけど……」
「……素晴らしいよ」
予想外の称賛の声に、一瞬耳を疑った。だが騎士はそのまま、なおも称賛の言葉を続けた。
「単機で敵陣に挑む勇猛果敢な行動力、隊長を仕留める見事な実力と技量、状況に適した判断力。君はそれらの要素を兼ね備えているんだね」
何故か過大評価されており、騎士の中での俺のランクが大いに上がっている。
騎士は俺の右手を両手で掴み、真剣な声で言った。
「カズヤ君。君の勇気ある行動のお陰で、誰も傷付かずに済んだ。創世神様に代わってお礼を言わせてくれ。人界のために戦ってくれて、本当にありがとう」
「そ、そんな……俺はただ、セレナを助けようとしただけです」
「謙遜しなくていい。君は人界に貢献した一人の勇敢な騎士だ」
怒涛の褒め言葉に耐え切れず、真剣な顔をしている騎士から顔を逸らすと、騎士は両手の抱擁を解き、腰に添えた剣を掴み、こちらに差し出してきた。
「これを君に授けよう。私個人からのお礼だ」
差し出された剣を両手で受け止め、あまりの重さに両手が沈んでしまった。
「それは北の山に住む炎熱竜・戴天の鉤爪を素材に、中都に住む一流鍛冶屋が一年掛けて作り上げた剣だ」
「そんな……受け取れませんよ。俺なんかに渡していい代物じゃありません」
剣の説明の八割ほど分からない単語が出てきたが、これは俺が扱っていい代物じゃないことは分かる。
渡された剣を突き返そうとすると、騎士はかぶりを振り否定してきた。
「元々使い手がいなくて処理に困っていたんだ。一応所有権は僕にあるけど、既に一本持ってるからね」
「でも受け取れません。俺より優れた使い手なんて、人界のあちこちにいるはずです。俺よりも、その人に……」
「魔界の民を倒した君以上に適した人なんて、僕はいないと思うよ」
こちらの言葉を遮り、騎士は真剣な表情で言った。あまりの気迫に押し黙ってしまい、持っていた剣を思わず引っこめてしまう。
すると騎士は突然、剣に視線を落としながら淡々と告げた。
「これは持論だけど、人が剣を選ぶんじゃない。剣が人を選ぶんだ」
理解出来ない持論を持ちかけられ困惑するも、異論を唱える勇気などないから無言で頷く他なかった。
「実を言うと、今回の任務でその剣を持ってくる気はなかった。でも何故か、僕の中で何かが疼いていたんだ。だから持ってきた。それはつまり、その剣自身が、君に惹きつけられたんだよ」
「剣自身が?」
訝しげに剣を眺めながら呟くと、騎士は微笑を浮かべながら言った。
「もしかしたら、僕の任務は魔界の民の調査じゃなくて、君にその剣を届ける方だったんじゃないかな」
面白い冗談に思わず頬を緩めてしまうと、騎士は生暖かい目を向けながら肩を叩き、慈愛に満ちた声で告げた。
「その剣はずっと使い手がいなかった。でも今、君のように、誰かのために戦える心優しい騎士に出会えた運命に、感謝してるはずだよ」
普段の俺なら、騎士の言ってることを嘲笑うように聞き流していただろう。だが今この瞬間だけは、彼の言ってる言葉に真実味を感じる。
「……分かりました。なら、お言葉に甘えて、この剣を頂戴します」
ここまで来てなお頑なに断るのも失礼に値すると判断し、俺は騎士から渡された剣を両手で必死に持ち上げる。
同じ剣だというのに、衛士から渡された剣の何十倍もの重量を兼ね備えており、一瞬でも気を緩めれることが出来ない。
「大丈夫かい? 重いなら、洞窟の外まで僕が持つけど」
心配な色を浮かべながら言う騎士にかぶりを振り、余裕な素振りで剣を持ち直し、少しだけ意地を張るように言った。
「全然余裕です。それより、早くこんな薄暗い洞窟から出ましょう。村のみんなが心配してるかも知れません」
不躾にも騎士に意見すると、驚いたように目を丸め、唇を緩めながら騎士は頷いた。
俺は後ろで未だ唖然としてるセレナの方を向き、我に返すために肩を二、三度軽く叩く。セレナは三度目で完全に意識が戻り、全身を一瞬強張らせた。
「もう帰るよ。そろそろ帰らないと、シスターに怒られちゃうからね」
「……そ、そうね。早く帰らないと、晩ご飯抜きにされちゃうね」
早朝に勝手に村から出たからそれぐらいじゃ済まないと思うが、今は何も言わないでいいか。と勝手な判断を下すと、騎士が不意に話しかけてきた。
「君らの村って、コドールの村で合ってるよね?」
「はい。まぁ、俺はサランの街ですけど……」
後半からごにょごにょしながら言うと、とてもありがたい申し立てをしてくれた。
「僕はこれから中都に戻るために飛竜に乗るけど、コドールの村までなら送ってあげるよ」
飛竜とは一体何のことか分からないが、中都から辺境の村にまで一日で来れるということは、相当速い乗り物なんだろう。
「良いんですか? 俺たちも乗って」
「大丈夫に決まってるだろ。それに、君達二人だけで森から帰すのは気が引けるからね」
確かに、傷が治ったとは言えゴブリンと戦った後で疲弊してる男と、ゴブリンに拉致された女の二人だけで森を歩かせるなんて、普通の大人なら必ず同行を申し立てるだろう。
俺たち二人は騎士の案内に従いながら薄暗い洞窟を抜けると、長い首と尾で弧を描いて待機していた飛竜と出会した。
大きな翼は体の両側に畳んでおり、灰色の鱗と各部に装着された鋼の鎧が夕日の光を跳ね返し、まるで氷の彫像のようだ。そこだけが血のように赤い両眼が、無感情に俺たち二人を見下ろしている。
「待たせて済まなかったな。これから中都に戻るが、後ろの二人も運べるか?」
飛竜の頭を撫でながら尋ねると、逞しい外見とは裏腹に、くるるっと可愛らしい鳴き声を上げながら鼻をすり寄せている。
竜が首を低く下げ、騎士は軽々と鞍にまたがる。
「二人とも早く乗りなよ。早く出ないと、晩ご飯抜きになるんだろ?」
晩ご飯抜きという小学生みたいな罰に反応したわけではないが、畏怖した両足に鞭打つように叩き、セレナの手を取り飛竜に歩み寄る。
飛竜は低く唸りながら首を上げ、まず俺の胸に、次にセレナの胸に鼻先を触れさせてから、何故かセレナにだけ大きな頭をすり寄せた。
セレナは遠慮がちに首下の、仄かに青みがかった和毛を掻いてやると、飛竜はくるるると低く喉を鳴らした。
何故俺だけ懐かれないのか疑問に思っていると、鞍にまたがる騎士から軽快な笑い声が聞こえてきた。
完全に俺が懐かれてないことを笑っているのが分かる。でもそれを言う勇気は俺にはない。
竜は再び首を下げると、セレナは少し恐れながら首の上を伝い、騎士の真前にまたがった。俺も続いて歩こうとすると、飛竜はばつが悪そうにふうっと鼻から息を吐いた。
この野郎!! と持ってる剣で首を跳ねてやろうか考えたが、絶対に殺される結論に至ったため、怒りを押し殺しながらセレナの前に座る。
「振り落とされないよう、しっかり掴まっててよ」
ぴしっと手綱が鳴り、飛竜が体を起こし、畳んでいた翼をいっぱいに開く。二度、三度、大きく打ち鳴らす。翼が引き起こした風が、森の樹々の梢を激しく揺らした。地響きを立てて飛竜が助走を始めて、逞しい足がひときわ激しく地面を蹴り、銀色の翼が力強く打ち鳴らされ、巨体がふわりと宙に浮いた。
飛竜が螺旋を描いて空へと舞い上がり、コモレヴィの森の全景を見渡せる高度にまで上昇した。
騎士が手綱を引くと、飛竜はコモレヴィの森からコドールの村目指して、一直線に飛翔し始めた。
打楽器のように軽やかに澄んだ音が、春霞の空高く拡散していった。
一週間分の薪割りを終え、額の汗を拭ってから、冷水の入った水筒に口をつける。疲れた体を癒すように、冷え切った水が喉から全身に駆け巡るのを痛感しながら口を放す。
すると背後から、明るい声で訊ねる者がいた。
「お疲れ様。お昼ご飯持ってきたよ」
声の主は、教会の見習いシスターのセレナだ。薪割り用の斧を地面に置き、額の汗をもう一度拭ってから、彼女の持ってる籠を受け取る。
「凄いね。今日だけで、一週間分終わらせるなんて」
「自分でも驚きだよ。気のせいか、斧がやけに軽く思えるんだよね」
笑い返しながら、薪割り用の斧を拾い、右手一本で軽く振って見せた。
「これも、あの洞窟での戦いのお陰かな」
薪割り用の斧を床に置き、セレナが用意してくれた燻製肉を挟んだパンを口に咥える。
コモレヴィの森で、悪い夢だったかと思えるほどに恐ろしい体験をしてから、すでに一週間が過ぎ去っていた。
中都から任務で訪れた騎士のお陰で五時の鐘が鳴る前に帰れた俺とセレナは、送ってくれた騎士と別れコドールの村の広場へ向かった。
広場では捜索隊を出すかどうか協議していて、そこに俺たち二人が平然な顔をして帰ってきたものだから、全員の安堵の声に続いて、村長とシスターによる怒涛の叱責が轟雷の如き勢いで降り注いだ。
一応俺の方は衛士からの依頼という名目だったためあまり叱られなかったが、村の掟を破ったペックとセレナは三日間の謹慎を課せられ、ペックは来年に決まった魔術剣修道学園へと推薦書を取り消すという、重い罰を処せられた。
三人の若者が引き起こした大事件に大人達がパニックを起こしていた。しかしそれも、俺が左手の生首を大人たちの鼻先に突きつけるまでのことだった。黄色い瞳と長い乱杭歯を剥き出したゴブリンの凶相に睨まれて、大人達は一瞬沈黙したあと、先刻の数倍に値する驚き声と悲鳴を放った。
俺はその後衛士の詰め所に連れて行かれ、洞窟で起きたことを全て話した。村人が見たのは魔界の民であり亜人であることと、俺たちを救ってくれた天界の騎士について説明した。
衛士は最初こそ笑い飛ばしていたが、誰一人見たことのない怪物の生首が石畳に鎮座していてはそういうわけにはいかない。議題はすぐに村の防衛をどうするかに移り、俺は無事放免され、長い検問で疲れ、重い剣を引きずりながら教会に戻った。
その後はベッドに倒れ込んで泥のように眠った。翌日の薪割りは衛士が代理になると言われ免除になり、これ幸いと惰眠を貪り、一晩明けた日には、全身の疲労感はすっきり抜けていた。
朝食を食べ終わった後、俺はシスターから村長に呼ばれてることを告げられ、教会から村役場に直行した。
村役場に入ると、中には村長とペックが待ち構えていた。一体何事かと思いつつ村長の言葉を待つと、まず最初にペックが何故朝早くから出て行ったのかを聞かされた。
聞いてみると意外としょうもなく、「上達した魔術をセレナに見せたかった」だけだったらしく、そのせいで彼女に迷惑をかけたことを猛省したとの報告だった。ペック自身も懲りたのか、終始疲れ切った顔のまま頷いているだけだった。
そして次に、村長は耳を疑うような話をした。
村の掟を破ったペックは魔術剣修道学園への推薦書を取り消しになった。それにより、向こう側で一人空きが出たらしく、その穴を埋めるための代わりが欲しいと、学園側から通達があったらしい。
ここまで話を聞けば、村長が何を言いたいのか検討はつく。
予想通り、村長は俺を魔術剣修道学園への入学を薦めてきた。ゴブリンを退治し、見習いシスターを連れ帰った功績から俺しか適任はいないと言われた。
俺はしばらく考え込んだが、二つ返事で承諾した。
魔術剣修道学園は中都にある学園だ。中都に行く大義名分が出来上がるし、運が良ければ創世神が眠る祭壇に赴けるかもしれない。
村長から推薦状を授かると教会に戻り、シスターに推薦状を見せた。シスターは自分のことのように喜び、その日は合格祝いかのような豪勢な晩ご飯になった。
いつのまにか食べ終わった昼食を名残惜しみながら、ドライフルーツを食べているセレナを真っ直ぐ見詰めた。
こちらの視線に気付いたセレナは、切なそうに表情を歪め言った。
「……本当に、行っちゃうの?」
彼女の問いに、即座に答えることが出来なかった。しばらく間を開けてから、こくりと頷く。
「明日の朝には、村を出てサランの街に帰るよ。そこから、中都行きの馬車が出てるって、バルバロッサさんから聞いたから」
事前に集めた情報を伝えると、哀愁漂う顔色を俯かせながら、弱々しい声音で言った。
「てことは、今日で一緒にご飯食べるのも、最後ってことなんだ……」
「……そうなるね」
歯切れの悪い返事で答えると、二人の間に沈黙が続いた。これが最後の二人での昼食だというのに、お互いで話す話題が分からずにいた。
俺は頭の中で必死に話題を模索するも、長続きするような話題が思いつかず焦っていると、先にセレナから話しかけてきた。
「……私、カズヤ君と一緒にいられて、すごく楽しかったよ」
名残惜しく言ったその言葉は、俺の耳に長い時間反響した。
「学園を卒業したら、今度は私に魔術を教えてよね。辺境の村に住んでる私が知らないような、高位魔術をね」
彼女は、瞳に宿った透明に澄んだ雫を宙に散らせ、曇りなき満天の笑みを浮かべながら、吹っ切れたように言い放った。
俺はそこで、無理に抑えていた感情が胸の奥からこみ上げてきた。その奔流に一切逆らうことが出来ず、両眼に透明な雫を宿らせながら、セレナに負けないぐらいの笑みを浮かべ言った。
「ああ……。約束する。学園を首席で卒業して、高位魔術以外にも、みんなが知らないようなことを覚えて帰ってくるよ。セレナが待ってる、この教会に」
翌朝は、旅立ちの日にピッタリなほどの見事な快晴となった。
村の正門前では、俺の旅立ちを見送るために、村中の人が集まってくれた。
俺は集まってくれた人たちを一瞥した後、深々と頭を下げた。
「皆さん。短い間でしたが、大変お世話になりました」
感謝の念を最大限込めたお礼を宣言すると、村人全員から、はやし立てるような笑い声が村全体に響いた。
「若い奴が一丁前に頭を下げるもんじゃねーよ」
雑貨屋の店主であるバルバロッサが豪快な笑い声を上げながら言うと、右手に持っていた紙袋を投げ渡してきた。
包容を解き、中身を確認すると、中には長方形の石が入っていた。
「バルバロッサさん、これは?」
中身を尋ねると、店主は太い笑みを刻んで言った。
「特性の砥石だ。剣を持って旅に出るんだ。それぐらい必要だろ」
「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」
渡された紙袋を荷物入れである革袋に突っ込む。
「カズヤ!俺からはこれだ」
騒がしい声のする主に顔を向けると、村長の息子であるペックも、紙袋で包んだ何かを渡してきた。
「ペック……これは何?」
訝しげに尋ねると、相変わらず鼻を高くしながら、自慢気に中身を言った。
「手紙だ」
「…………手紙?」
「ああ。俺からお前に贈る果し状みたいなものだ」
「何故果し状?」
「セレナを賭けて戦うための下準備だ」
またこいつはこんな事を言ってる。村役場に呼ばれた時は大分静かだったのに、今では初めて会った騒々しい時に戻ってる。正直鬱陶しいし、普通旅立つ奴に果し状なんか贈らないだろ。
だがそれを咎める気はない。だって、彼が本当は俺を心配してくれてる優しい奴だって知ってしまったから。
「ありがとう。旅で疲れた時に見るよ」
「おう……て見るタイミングおかしいだろ!!」
ナイスなツッコミに笑っていると、今度はシスターとセレナが歩み寄ってきた。セレナは両手でとう籠を持っており、シスターは妙に膨らんだ麻袋を大事そうに持っている。
「シスター・マム、セレナ。二人には本当に感謝してます。行く場所もなく途方に暮れていた俺を住み込みで雇ってくれて、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げると、頭上から、毎日聞いていた、厳しくも優しい声色が響いてきた。
「最初に言ったはずです。私はただ、迷える子羊を引き取っただけだと」
険しい表情を浮かべたシスターは、引き結んだ唇をわずかに緩め、手に持った麻袋を差し出してきた。差し出された麻袋を受け取り中身を確認すると、とんでもない量の銀貨と金貨が入っていた。
「一人の騎士の門出を祝って、これをあなたに授けます」
「そんな……こんな大金頂けません!! 居候の身である俺には勿体無いです!!」
「謙遜せずに受け取りなさい。薪割りでの収入しかなくて、懐が寂しいのでしょう?」
意外に目敏い、いや給料を与えている身だから分かるのか。
「若者に投資する……これも歳を取った者の数少ない楽しみなのです」
「シスター……」
「カズヤ君。結局あなたが何者か分からずに別れの時がきましたが、すでに迷える子羊じゃなくなったことだけは、ここにいる全員が理解しています」
シスターの言葉に共感したのか、後ろにいる村人全員が一斉に頷いた。
「カズヤ君。あなたの旅が実りある旅になることを、創世神に誓っています」
「……はい。ありがとうございます」
シスターの門出の言葉に感動しながら返事をすると、セレナがとう籠を差し出してきた。
「昼食。サランの街に行く道中で食べて」
「セレナ……ありがとう」
とう籠の受け取り中身を確認すると、思わず涙を流しそうになった。
チーズと燻製肉で挟んだパン、塩漬け肉と煮豆のパイ詰めに干し果実。俺とセレナが二人で初めて食べた昼食の献立だった。
「残さず食べてね。あなたのために、朝早く起きて作ったんだから」
「当たり前だろ。セレナが作った料理を、俺が残すわけないよ」
しばし見詰め合う間、二人は言葉を交わさなかった。彼女の瞳を見詰めるだけで、彼女が何を思っているのか分かる。
セレナの瞳を見つめながら頷き、俺は反対方向に振り返る。
「それじゃ、行ってきます」
しばらく間を開けて、嗚咽の混じったセレナの声が帰ってきた。
「行ってらっしゃい」
その言葉を背中に受け、正門から一歩足を踏み出す。背後から村人達の歓声の声が上がっているのを、涙を流しながら受け止めつつ、セレナが作ってくれた弁当の重みを右手に、剣の重さを左手に感じながら、俺は長いこと帰らないであろう道を歩いた。
「……そろそろ、僕も話に入ってもいいかな?」
遠慮がちにそう言うと、セレナは驚愕のあまり両眼を見開き、嗚咽を漏らしてた時よりも大きな声で叫んだ。
「て、ててて天界の騎士様が、どうしてここに!?」
とんでもない慌てように少し笑ってしまいながら、驚くセレナをなだめるために説明しようとしたが、言葉が喉から先に出ず何も喋れなかった。
よく考えれば、なんで中都にいるはずの天界の騎士が、こんな辺境な村の近くにある森にいるんだ?
疑問に満ちた瞳を向けていると、騎士とばったり視線が合ってしまう。一瞬萎縮してしまうもの、騎士の慈愛に満ちた笑みを見て、少しだけ閉ざしていた心が開く感覚に陥った。
「その……どうして騎士様が、こんな辺境の村近くの森に、足をお運びになったのですか?」
堂々たる口上で尋ねると、騎士は悪戯っぽい笑みを浮かべ言った。
「君達を助けに来た……といえば聞こえはいいけどね。本当は、君たちのことは単なる偶然さ」
「偶然? てことは、元からここに来る目的だったんですか?」
「ああ。最近魔界の民たちが不穏な動きを見せていてね。分断の壁から近く身を隠しやすいコモレヴィの森の調査に赴いてる最中、森から出てきたペックと名乗る子供から、君達について聞いたんだ。亜人に拐われたセレナって子と、カズヤって子を助けて欲しいってね」
「ペックが?」
「泣きながら頼んできたよ。二人に何かあったら大変だからって、必死に懇願してきたよ。余程心配してたんだろうね」
彼の意外すぎる一面を知れ少しだけ嬉しくなると、騎士は突然真剣な顔になり、俺の顔を見据えて言った。
「一つ質問していいかい? カズヤ君」
人差し指を立てながら尋ねられ、俺は無言で頷いた。
騎士は立てた人差し指を、隊長の死体に向け言った。
「あの亜人を倒したのは、君かい?」
「え、ええ。苦戦しましたけど……」
「……素晴らしいよ」
予想外の称賛の声に、一瞬耳を疑った。だが騎士はそのまま、なおも称賛の言葉を続けた。
「単機で敵陣に挑む勇猛果敢な行動力、隊長を仕留める見事な実力と技量、状況に適した判断力。君はそれらの要素を兼ね備えているんだね」
何故か過大評価されており、騎士の中での俺のランクが大いに上がっている。
騎士は俺の右手を両手で掴み、真剣な声で言った。
「カズヤ君。君の勇気ある行動のお陰で、誰も傷付かずに済んだ。創世神様に代わってお礼を言わせてくれ。人界のために戦ってくれて、本当にありがとう」
「そ、そんな……俺はただ、セレナを助けようとしただけです」
「謙遜しなくていい。君は人界に貢献した一人の勇敢な騎士だ」
怒涛の褒め言葉に耐え切れず、真剣な顔をしている騎士から顔を逸らすと、騎士は両手の抱擁を解き、腰に添えた剣を掴み、こちらに差し出してきた。
「これを君に授けよう。私個人からのお礼だ」
差し出された剣を両手で受け止め、あまりの重さに両手が沈んでしまった。
「それは北の山に住む炎熱竜・戴天の鉤爪を素材に、中都に住む一流鍛冶屋が一年掛けて作り上げた剣だ」
「そんな……受け取れませんよ。俺なんかに渡していい代物じゃありません」
剣の説明の八割ほど分からない単語が出てきたが、これは俺が扱っていい代物じゃないことは分かる。
渡された剣を突き返そうとすると、騎士はかぶりを振り否定してきた。
「元々使い手がいなくて処理に困っていたんだ。一応所有権は僕にあるけど、既に一本持ってるからね」
「でも受け取れません。俺より優れた使い手なんて、人界のあちこちにいるはずです。俺よりも、その人に……」
「魔界の民を倒した君以上に適した人なんて、僕はいないと思うよ」
こちらの言葉を遮り、騎士は真剣な表情で言った。あまりの気迫に押し黙ってしまい、持っていた剣を思わず引っこめてしまう。
すると騎士は突然、剣に視線を落としながら淡々と告げた。
「これは持論だけど、人が剣を選ぶんじゃない。剣が人を選ぶんだ」
理解出来ない持論を持ちかけられ困惑するも、異論を唱える勇気などないから無言で頷く他なかった。
「実を言うと、今回の任務でその剣を持ってくる気はなかった。でも何故か、僕の中で何かが疼いていたんだ。だから持ってきた。それはつまり、その剣自身が、君に惹きつけられたんだよ」
「剣自身が?」
訝しげに剣を眺めながら呟くと、騎士は微笑を浮かべながら言った。
「もしかしたら、僕の任務は魔界の民の調査じゃなくて、君にその剣を届ける方だったんじゃないかな」
面白い冗談に思わず頬を緩めてしまうと、騎士は生暖かい目を向けながら肩を叩き、慈愛に満ちた声で告げた。
「その剣はずっと使い手がいなかった。でも今、君のように、誰かのために戦える心優しい騎士に出会えた運命に、感謝してるはずだよ」
普段の俺なら、騎士の言ってることを嘲笑うように聞き流していただろう。だが今この瞬間だけは、彼の言ってる言葉に真実味を感じる。
「……分かりました。なら、お言葉に甘えて、この剣を頂戴します」
ここまで来てなお頑なに断るのも失礼に値すると判断し、俺は騎士から渡された剣を両手で必死に持ち上げる。
同じ剣だというのに、衛士から渡された剣の何十倍もの重量を兼ね備えており、一瞬でも気を緩めれることが出来ない。
「大丈夫かい? 重いなら、洞窟の外まで僕が持つけど」
心配な色を浮かべながら言う騎士にかぶりを振り、余裕な素振りで剣を持ち直し、少しだけ意地を張るように言った。
「全然余裕です。それより、早くこんな薄暗い洞窟から出ましょう。村のみんなが心配してるかも知れません」
不躾にも騎士に意見すると、驚いたように目を丸め、唇を緩めながら騎士は頷いた。
俺は後ろで未だ唖然としてるセレナの方を向き、我に返すために肩を二、三度軽く叩く。セレナは三度目で完全に意識が戻り、全身を一瞬強張らせた。
「もう帰るよ。そろそろ帰らないと、シスターに怒られちゃうからね」
「……そ、そうね。早く帰らないと、晩ご飯抜きにされちゃうね」
早朝に勝手に村から出たからそれぐらいじゃ済まないと思うが、今は何も言わないでいいか。と勝手な判断を下すと、騎士が不意に話しかけてきた。
「君らの村って、コドールの村で合ってるよね?」
「はい。まぁ、俺はサランの街ですけど……」
後半からごにょごにょしながら言うと、とてもありがたい申し立てをしてくれた。
「僕はこれから中都に戻るために飛竜に乗るけど、コドールの村までなら送ってあげるよ」
飛竜とは一体何のことか分からないが、中都から辺境の村にまで一日で来れるということは、相当速い乗り物なんだろう。
「良いんですか? 俺たちも乗って」
「大丈夫に決まってるだろ。それに、君達二人だけで森から帰すのは気が引けるからね」
確かに、傷が治ったとは言えゴブリンと戦った後で疲弊してる男と、ゴブリンに拉致された女の二人だけで森を歩かせるなんて、普通の大人なら必ず同行を申し立てるだろう。
俺たち二人は騎士の案内に従いながら薄暗い洞窟を抜けると、長い首と尾で弧を描いて待機していた飛竜と出会した。
大きな翼は体の両側に畳んでおり、灰色の鱗と各部に装着された鋼の鎧が夕日の光を跳ね返し、まるで氷の彫像のようだ。そこだけが血のように赤い両眼が、無感情に俺たち二人を見下ろしている。
「待たせて済まなかったな。これから中都に戻るが、後ろの二人も運べるか?」
飛竜の頭を撫でながら尋ねると、逞しい外見とは裏腹に、くるるっと可愛らしい鳴き声を上げながら鼻をすり寄せている。
竜が首を低く下げ、騎士は軽々と鞍にまたがる。
「二人とも早く乗りなよ。早く出ないと、晩ご飯抜きになるんだろ?」
晩ご飯抜きという小学生みたいな罰に反応したわけではないが、畏怖した両足に鞭打つように叩き、セレナの手を取り飛竜に歩み寄る。
飛竜は低く唸りながら首を上げ、まず俺の胸に、次にセレナの胸に鼻先を触れさせてから、何故かセレナにだけ大きな頭をすり寄せた。
セレナは遠慮がちに首下の、仄かに青みがかった和毛を掻いてやると、飛竜はくるるると低く喉を鳴らした。
何故俺だけ懐かれないのか疑問に思っていると、鞍にまたがる騎士から軽快な笑い声が聞こえてきた。
完全に俺が懐かれてないことを笑っているのが分かる。でもそれを言う勇気は俺にはない。
竜は再び首を下げると、セレナは少し恐れながら首の上を伝い、騎士の真前にまたがった。俺も続いて歩こうとすると、飛竜はばつが悪そうにふうっと鼻から息を吐いた。
この野郎!! と持ってる剣で首を跳ねてやろうか考えたが、絶対に殺される結論に至ったため、怒りを押し殺しながらセレナの前に座る。
「振り落とされないよう、しっかり掴まっててよ」
ぴしっと手綱が鳴り、飛竜が体を起こし、畳んでいた翼をいっぱいに開く。二度、三度、大きく打ち鳴らす。翼が引き起こした風が、森の樹々の梢を激しく揺らした。地響きを立てて飛竜が助走を始めて、逞しい足がひときわ激しく地面を蹴り、銀色の翼が力強く打ち鳴らされ、巨体がふわりと宙に浮いた。
飛竜が螺旋を描いて空へと舞い上がり、コモレヴィの森の全景を見渡せる高度にまで上昇した。
騎士が手綱を引くと、飛竜はコモレヴィの森からコドールの村目指して、一直線に飛翔し始めた。
打楽器のように軽やかに澄んだ音が、春霞の空高く拡散していった。
一週間分の薪割りを終え、額の汗を拭ってから、冷水の入った水筒に口をつける。疲れた体を癒すように、冷え切った水が喉から全身に駆け巡るのを痛感しながら口を放す。
すると背後から、明るい声で訊ねる者がいた。
「お疲れ様。お昼ご飯持ってきたよ」
声の主は、教会の見習いシスターのセレナだ。薪割り用の斧を地面に置き、額の汗をもう一度拭ってから、彼女の持ってる籠を受け取る。
「凄いね。今日だけで、一週間分終わらせるなんて」
「自分でも驚きだよ。気のせいか、斧がやけに軽く思えるんだよね」
笑い返しながら、薪割り用の斧を拾い、右手一本で軽く振って見せた。
「これも、あの洞窟での戦いのお陰かな」
薪割り用の斧を床に置き、セレナが用意してくれた燻製肉を挟んだパンを口に咥える。
コモレヴィの森で、悪い夢だったかと思えるほどに恐ろしい体験をしてから、すでに一週間が過ぎ去っていた。
中都から任務で訪れた騎士のお陰で五時の鐘が鳴る前に帰れた俺とセレナは、送ってくれた騎士と別れコドールの村の広場へ向かった。
広場では捜索隊を出すかどうか協議していて、そこに俺たち二人が平然な顔をして帰ってきたものだから、全員の安堵の声に続いて、村長とシスターによる怒涛の叱責が轟雷の如き勢いで降り注いだ。
一応俺の方は衛士からの依頼という名目だったためあまり叱られなかったが、村の掟を破ったペックとセレナは三日間の謹慎を課せられ、ペックは来年に決まった魔術剣修道学園へと推薦書を取り消すという、重い罰を処せられた。
三人の若者が引き起こした大事件に大人達がパニックを起こしていた。しかしそれも、俺が左手の生首を大人たちの鼻先に突きつけるまでのことだった。黄色い瞳と長い乱杭歯を剥き出したゴブリンの凶相に睨まれて、大人達は一瞬沈黙したあと、先刻の数倍に値する驚き声と悲鳴を放った。
俺はその後衛士の詰め所に連れて行かれ、洞窟で起きたことを全て話した。村人が見たのは魔界の民であり亜人であることと、俺たちを救ってくれた天界の騎士について説明した。
衛士は最初こそ笑い飛ばしていたが、誰一人見たことのない怪物の生首が石畳に鎮座していてはそういうわけにはいかない。議題はすぐに村の防衛をどうするかに移り、俺は無事放免され、長い検問で疲れ、重い剣を引きずりながら教会に戻った。
その後はベッドに倒れ込んで泥のように眠った。翌日の薪割りは衛士が代理になると言われ免除になり、これ幸いと惰眠を貪り、一晩明けた日には、全身の疲労感はすっきり抜けていた。
朝食を食べ終わった後、俺はシスターから村長に呼ばれてることを告げられ、教会から村役場に直行した。
村役場に入ると、中には村長とペックが待ち構えていた。一体何事かと思いつつ村長の言葉を待つと、まず最初にペックが何故朝早くから出て行ったのかを聞かされた。
聞いてみると意外としょうもなく、「上達した魔術をセレナに見せたかった」だけだったらしく、そのせいで彼女に迷惑をかけたことを猛省したとの報告だった。ペック自身も懲りたのか、終始疲れ切った顔のまま頷いているだけだった。
そして次に、村長は耳を疑うような話をした。
村の掟を破ったペックは魔術剣修道学園への推薦書を取り消しになった。それにより、向こう側で一人空きが出たらしく、その穴を埋めるための代わりが欲しいと、学園側から通達があったらしい。
ここまで話を聞けば、村長が何を言いたいのか検討はつく。
予想通り、村長は俺を魔術剣修道学園への入学を薦めてきた。ゴブリンを退治し、見習いシスターを連れ帰った功績から俺しか適任はいないと言われた。
俺はしばらく考え込んだが、二つ返事で承諾した。
魔術剣修道学園は中都にある学園だ。中都に行く大義名分が出来上がるし、運が良ければ創世神が眠る祭壇に赴けるかもしれない。
村長から推薦状を授かると教会に戻り、シスターに推薦状を見せた。シスターは自分のことのように喜び、その日は合格祝いかのような豪勢な晩ご飯になった。
いつのまにか食べ終わった昼食を名残惜しみながら、ドライフルーツを食べているセレナを真っ直ぐ見詰めた。
こちらの視線に気付いたセレナは、切なそうに表情を歪め言った。
「……本当に、行っちゃうの?」
彼女の問いに、即座に答えることが出来なかった。しばらく間を開けてから、こくりと頷く。
「明日の朝には、村を出てサランの街に帰るよ。そこから、中都行きの馬車が出てるって、バルバロッサさんから聞いたから」
事前に集めた情報を伝えると、哀愁漂う顔色を俯かせながら、弱々しい声音で言った。
「てことは、今日で一緒にご飯食べるのも、最後ってことなんだ……」
「……そうなるね」
歯切れの悪い返事で答えると、二人の間に沈黙が続いた。これが最後の二人での昼食だというのに、お互いで話す話題が分からずにいた。
俺は頭の中で必死に話題を模索するも、長続きするような話題が思いつかず焦っていると、先にセレナから話しかけてきた。
「……私、カズヤ君と一緒にいられて、すごく楽しかったよ」
名残惜しく言ったその言葉は、俺の耳に長い時間反響した。
「学園を卒業したら、今度は私に魔術を教えてよね。辺境の村に住んでる私が知らないような、高位魔術をね」
彼女は、瞳に宿った透明に澄んだ雫を宙に散らせ、曇りなき満天の笑みを浮かべながら、吹っ切れたように言い放った。
俺はそこで、無理に抑えていた感情が胸の奥からこみ上げてきた。その奔流に一切逆らうことが出来ず、両眼に透明な雫を宿らせながら、セレナに負けないぐらいの笑みを浮かべ言った。
「ああ……。約束する。学園を首席で卒業して、高位魔術以外にも、みんなが知らないようなことを覚えて帰ってくるよ。セレナが待ってる、この教会に」
翌朝は、旅立ちの日にピッタリなほどの見事な快晴となった。
村の正門前では、俺の旅立ちを見送るために、村中の人が集まってくれた。
俺は集まってくれた人たちを一瞥した後、深々と頭を下げた。
「皆さん。短い間でしたが、大変お世話になりました」
感謝の念を最大限込めたお礼を宣言すると、村人全員から、はやし立てるような笑い声が村全体に響いた。
「若い奴が一丁前に頭を下げるもんじゃねーよ」
雑貨屋の店主であるバルバロッサが豪快な笑い声を上げながら言うと、右手に持っていた紙袋を投げ渡してきた。
包容を解き、中身を確認すると、中には長方形の石が入っていた。
「バルバロッサさん、これは?」
中身を尋ねると、店主は太い笑みを刻んで言った。
「特性の砥石だ。剣を持って旅に出るんだ。それぐらい必要だろ」
「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」
渡された紙袋を荷物入れである革袋に突っ込む。
「カズヤ!俺からはこれだ」
騒がしい声のする主に顔を向けると、村長の息子であるペックも、紙袋で包んだ何かを渡してきた。
「ペック……これは何?」
訝しげに尋ねると、相変わらず鼻を高くしながら、自慢気に中身を言った。
「手紙だ」
「…………手紙?」
「ああ。俺からお前に贈る果し状みたいなものだ」
「何故果し状?」
「セレナを賭けて戦うための下準備だ」
またこいつはこんな事を言ってる。村役場に呼ばれた時は大分静かだったのに、今では初めて会った騒々しい時に戻ってる。正直鬱陶しいし、普通旅立つ奴に果し状なんか贈らないだろ。
だがそれを咎める気はない。だって、彼が本当は俺を心配してくれてる優しい奴だって知ってしまったから。
「ありがとう。旅で疲れた時に見るよ」
「おう……て見るタイミングおかしいだろ!!」
ナイスなツッコミに笑っていると、今度はシスターとセレナが歩み寄ってきた。セレナは両手でとう籠を持っており、シスターは妙に膨らんだ麻袋を大事そうに持っている。
「シスター・マム、セレナ。二人には本当に感謝してます。行く場所もなく途方に暮れていた俺を住み込みで雇ってくれて、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げると、頭上から、毎日聞いていた、厳しくも優しい声色が響いてきた。
「最初に言ったはずです。私はただ、迷える子羊を引き取っただけだと」
険しい表情を浮かべたシスターは、引き結んだ唇をわずかに緩め、手に持った麻袋を差し出してきた。差し出された麻袋を受け取り中身を確認すると、とんでもない量の銀貨と金貨が入っていた。
「一人の騎士の門出を祝って、これをあなたに授けます」
「そんな……こんな大金頂けません!! 居候の身である俺には勿体無いです!!」
「謙遜せずに受け取りなさい。薪割りでの収入しかなくて、懐が寂しいのでしょう?」
意外に目敏い、いや給料を与えている身だから分かるのか。
「若者に投資する……これも歳を取った者の数少ない楽しみなのです」
「シスター……」
「カズヤ君。結局あなたが何者か分からずに別れの時がきましたが、すでに迷える子羊じゃなくなったことだけは、ここにいる全員が理解しています」
シスターの言葉に共感したのか、後ろにいる村人全員が一斉に頷いた。
「カズヤ君。あなたの旅が実りある旅になることを、創世神に誓っています」
「……はい。ありがとうございます」
シスターの門出の言葉に感動しながら返事をすると、セレナがとう籠を差し出してきた。
「昼食。サランの街に行く道中で食べて」
「セレナ……ありがとう」
とう籠の受け取り中身を確認すると、思わず涙を流しそうになった。
チーズと燻製肉で挟んだパン、塩漬け肉と煮豆のパイ詰めに干し果実。俺とセレナが二人で初めて食べた昼食の献立だった。
「残さず食べてね。あなたのために、朝早く起きて作ったんだから」
「当たり前だろ。セレナが作った料理を、俺が残すわけないよ」
しばし見詰め合う間、二人は言葉を交わさなかった。彼女の瞳を見詰めるだけで、彼女が何を思っているのか分かる。
セレナの瞳を見つめながら頷き、俺は反対方向に振り返る。
「それじゃ、行ってきます」
しばらく間を開けて、嗚咽の混じったセレナの声が帰ってきた。
「行ってらっしゃい」
その言葉を背中に受け、正門から一歩足を踏み出す。背後から村人達の歓声の声が上がっているのを、涙を流しながら受け止めつつ、セレナが作ってくれた弁当の重みを右手に、剣の重さを左手に感じながら、俺は長いこと帰らないであろう道を歩いた。
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