異世界転生 剣と魔術の世界

小沢アキラ

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第一部・二章 サランの街

第十二話

 ──不思議な子だ。
 あどけなさの残る寝顔を、高い梁の上から眺めていると、不意にそんな思考が生まれた。
 古びた納屋の床に、分厚く積み重ねられた干しワラをベッドにして熟睡する少年。外見的にはさして特異な部分はない。身長・体格も、この年齢の男子としては平均値の域内。
 十日前、主人様にこの少年の直接観察を命じられ、はるばる中都からやってきた時は少々拍子抜けしたものだ。外見も、言動も、同性・同年代の者たちから大きく逸脱する所はないと思えたし、計画性や危険回避力に於いてはむしろ平均より劣るのではないかという気さえしたからだ。
 しかし、存在に気付かれないよう細心の注意を払いながら、先日の旅立ちに同行すること、半日。
 何故主人様が、この少年に眼を留めたのか、その理由が解ったような気がする。
 計画性・規則性の不足はすなわち、旺盛な好奇心や探究心の裏返しだ。ことに、少年の発想力や行動力は、三百年以上を生きてきた身でも驚かされる。観察を始めてから、今にも禁書目録を破りそうな彼に何度はらはらさせられたか。
 と、眠る少年が、何の夢を見ているのか手足を大きく動かした。そのはずみで、寝巻き代わりのシャツの裾が派手にめくれ上がる。剥き出しになった腹を気にする様子もなく再び動かなくなる様子を見て、思わずため息をつきそうになる。
 夜の風はかなり冷える。節約のためとはいえ、ただでさえ隙間の多い納屋の、しかもワラ製ベッドの上でお腹を丸出しにして寝れば、病気になる確率は低くない。明日も仕事があるというのに。
 この街に滞在するのも残り三日間なんだから、せめて残りの日数くらいは街の宿屋に泊まりなさいと、何度言おうと思ったことか。しかし、少年への直接干渉や接触は極力避けなければならない。やきもきしながら見守るうちに、少年はいつものように粗末な納屋に寝入ってしまい──結局、この有様だ。
 ……仕方ない。これぐらいの干渉なら、主人様も許してくれるだろう、きっと。
 高い梁の上で、右腕をそっと振る。ごく小声で術式を唱えると、手の先に小さな緑色の光、《風素ふうそ》が一つ生成される。
 それを、慎重に誘導しつつ落下させる。少年のすぐ傍に舞い降り、干しワラの奥に三十センチほど潜り込んだところで、ごく穏やかに《解放バースト》。
 生み出された風が、ワラを一抱えぶん巻き上げ、少年の剥き出しの腹にはらはらと降り積もらせた。上掛けとしては多少心許ないが、すきま風の冷気くらいはなんとか遮断してくれるはずだ。
 手を下ろし、何にも気付かず眠り続ける一人の少年をじっと見つめながら、今の自分の行動についてしばし考察する。
 主人様の使い魔として生きてきた三百数十年の間に、似たような任務に就いたことは何百とあった。しかし、観察対象に、興味なんて感情を抱いた記憶は皆無と言っていい。いや、そもそも人族でも獣人族でもない自分に、感情なんて最初から存在しないはずだ。
 少年が風邪を引くことを予想したまではいい。問題は、なぜそれを看過できず、術式まで使って干渉したのかだ。むしろ、彼が体調を崩し、大事な入学試験に失敗し、元の村に帰るという結果になれば、観察任務もそこで終了して主人様の元に戻れるはずなのに。

 つまり、主人様の元に戻るより、少年との旅が続くことを望んでいる?

 有り得ない。非倫理的だ。これではまるで、彼の不規則性が伝染してしまったかのようではないか。
 もう考えるのはやめよう。それは任務のうちではない。すべきことは、同行し、見届けることだけ。彼──カズヤの歩みが辿り着く、その場所を。
 梁の上で、姿を元に戻し、飛び降りる。この姿になれば、落下による負傷は起きないので、術式を使うまでもない。干しワラに音もなく着地すると、短い脚を動かして移動し、いつもの定位置──少年の顔の真横に丸まる。
 自分とは対照的な色の髪に顔を埋めると、再び原因不明の感情が小さな体を満たした。
 穏やかさ、落ち着き、安堵、それらの奥でほんの少し高鳴る何か……なぜこんな感覚が生まれるのか、何度考えても解らない。

 ──まったく、本当に不思議な子だ。

 再びそんなことを思いながら、瞼を閉じ、浅いまどろみに落ちる。

 明くる七の月最後の一日は、朝からよく晴れた。
 大きく伸びをしてから瞼を開いたカズヤは、自分を覆っている干しワラの一本を怪訝そうに摘み上げたが、すぐに勢いよく上体を起こした。その揺れで意識が完全に覚醒し、彼の隣で同じように手脚を伸ばす。
 数分前までベッドだった干しワラを両腕いっぱいに抱え上げると、壁際の大きな木桶に移した。山盛りになった桶を軽々持ち上げ、入り口へと歩き始める。
 納屋から出た途端、昇ったばかりの朝日が正面から二つの眼を射た。少し後退して少年の影に身を隠す。長いこと薄暗い場所に身を置いていたせいか、日光は少々苦手だ。しかし、カズヤの方は気持ちよさそうに朝靄を胸いっぱい吸い込むと、誰にともなく言った。
「朝はだいぶ涼しくなったなあ。昨日は寒かったけど、風邪引かなくてよかったよ、ほんと」
 これには、まったくいい気なものだ、と呆れざるを得ない。次にお腹丸出しで寝てももう助けてやるまいと考え、山盛りの桶を眺める。
 平然とした顔をしているが、いかに干しワラと言っても直径一メートルもある頑丈な木桶に限界まで積載すれば、その重量はかなりのものになるはずだ。平均的な同年代の若者なら、持ち上げることはできても二十歩は歩けまい。
 どちらかと言えば痩せ気味な体格の少年が、なぜ額に汗一つかいていないのか。
 そして何故、納屋の壁に無造作に立てかけてある一振りの長剣──神器級の武器を持っており、なおかつ、それを意のままに操れるのか。
 辺境の村に住む平凡な若者である彼がどうして、天界の騎士しか持つことを許されない神器を持っているのか。その理由までは、観察を始めて一ヶ月が経過してもなお不明だ。
 しかし少なくとも、通常の鍛錬や寸止めの試合や決闘では絶対に到底不可能である。野獣や魔獣を相手にした実戦ならば可能性はあるが、それとても、村の周辺に生物が一時的に絶滅するほどの数を狩らねばならないはずだ。
 第一、過剰な狩猟は禁書目録違反。いかに行動力横溢で少し禁書目録の知恵を持たないカズヤといえどもそこまでするはずがない。ましてや、心優しい彼ならばなおのこと──。
 
 残る可能性はもう、魔獣とは比較にならぬ敵……すなわち《魔界の民》と剣を交え勝利した、くらいしか想定できない。だがそれも、違う意味で有り得ない話だ。衛士ですらない彼が、恐ろしい亜人に立ち向かえたとは到底思えないし、そもそも定期的に来訪する暗黒騎士あんこくきしや亜人の偵察兵は、中都から派遣される天界の騎士が全て《分断の壁》の向こう側で撃退しているはずなのだ。
 仮に、カズヤが暮らしていた村付近の予定外の《侵入》があったのだとすれば……実はそのほうが、彼の異常な成長よりもずっと大きな問題だ。なぜならそれは、前兆かもしれないのだ。いつか必ず訪れるが、しかし遠い未来のことと常に信じられてきた、《予言の時》の…………。
 
 少年の背後に隠れたまま、そんな思考を巡らせる間に、少年は山盛りの干しワラを納屋に隣接した厩舎に運ぶと、十頭の馬の餌桶をたっぷりと満たした。たちまちばりばり食べ始める馬たちの体を、一頭ずつブラシで擦っていく。この作業が、サランの街郊外の《ヤマテ農場》に仮住まいするカズヤの、朝一番の仕事というわけだ。

 時は遡ること、一週間前──。

 彼はコドールの村からサランの街に、丸一日かけて旅立った。目的は、街から出ている中都行きの馬車に乗るためだ。
 しかし、物事はそう上手くはいかなかった。
 彼が到着したのとほぼ同時に、中都行きの馬車は既に出発していたのだ。少年も流石にこれはショックが大きく、かなり落ち込んでいた。
 だが希望が潰えたわけではない。中都への直接便は無くなったが、アースリアと呼ばれる街への便が十日後にあることを知らされた。
 アースリアからも中都行きは出ているため、彼は仕方なくそちらの便に予定変更した。
 それから彼は、十日間を街で過ごすことになったのだが、限られた資金を節約したいためか、街中で情報収集し、住み込みで雇ってくれる職を探し求めた。
 奇跡は連続では続かないだろう、と思った矢先──。
 街の郊外に位置する農場にて、馬のお世話をしてくれる方を探している家族がいるとの情報があり、現在に至る。住み込みでの仕事を見つけたカズヤは、納屋での宿泊を条件に十日間雇ってもらうことになった。

 元から呑み込みの早い彼は、僅か一週間で《馬飼い》の職と見紛うばかりの手際でブラシ掛けをこなし、最後の一頭を終えるのと、全ての馬がワラを食べ終えるのがほぼ同時だった。直後、約三キロ離れたサランの教会から、朝七時を告げる鐘の音が届く。中都が製造し、あらゆる村や街に配置している神器《時告げの鐘》は、半径十キロ以内ならほぼ減衰なく時鐘を届かせるが、それ以上離れると音が聞こえづらくなる性質がある。
 水桶で手を洗った少年は、大きな馬用ブラシを柱の釘に掛け、空になった桶を右手にぶら下げて厩舎から出た。途端、それを待ち構えていたように元気のいい挨拶が響いた。
「おはよう、カズヤ!」
 声の主は、農場主の娘だ。今年で十歳になるという、チル。赤茶色の髪と焦茶色の瞳を持ち、チェニックとスカートで身を包んでいる。馬の尻尾のように結った髪がチャームポイントだと、自己紹介の時に父親が言っていたのを覚えている。
「おはようチル。今日も朝から元気だね」
 いつものように挨拶すると、いままで後ろに回していた手をくるっと前に持ってきた。
 そこには、四角い籐かごが握られていた。
「お仕事のご褒美に、今日の朝ご飯はラルベリーのパイだよ!」
「おー、そりゃ嬉しいな。ありがとう、チル」
 カズヤは木桶を足許に置くと両手を伸ばし、少女の頭をぐりぐりと撫でた。少女は顔中でくしゃっと笑ってから、厩舎と放牧地の間に置かれたテーブルへと走っていった。手早く朝食の準備を始める少女から視線を外したカズヤは、背後に隠れた私に顔を向け、背中をぽんと叩いた。
「お前は相変わらず、あの子が苦手なんだな」
 彼は私に対して、大きな勘違いをしている。私は別に子供は嫌いではない。ただ、朝日が苦手なだけだ。
 と訂正するわけにもいかないし、何よりこの姿では何を喋っても全部泣き声に変わってしまう。
 それでも一応、返事ぐらいはした方がいいだろう。観察対象でもある彼の、仮にもペットなのだから──。
 
 そう。私はコモレヴィの森に存在する絶滅危惧種、ムーンラビットに擬態している。本当はなんでも良かったのだが、老若男女に人気のある兎の方が勝手がいい。唯一の汚点といえば、あの森にはムーンラビットしかいなかったことだが、今更そのことで文句を言うのは無駄だ。
 
 適当な返事で返すと、カズヤは頬を緩ませながら、チルと同じように頭を撫でてきた。
 今まで使い魔として、複数の生物に擬態したことがある。ある時は天を舞う鳥、ある時は水を這う虫など、多種多様に擬態し、観察してきた。中には、ペットに擬態する時もあった。
 その都度、観察対象からの接触はあった。だが全員に興味を持たなかった私は、特に高鳴る感情などは一切なかった。
 しかし、やはりこの少年だけは違う。
 少年に撫でられたりすると、胸の中で原因不明の疼きが起こる。その正体は解らないが、不思議と嫌な気持ちはしないのは何故だ。
 本当に、この少年は何者なんだ。何故、私はこうもかき乱されているんだ。まさか私は、この少年のことが…………

「カズヤー! 早く来ないと、全部食べちゃうよー!!」
「マジかよ! それだけは勘弁してくれー!」
 準備を終えたチルに大声で呼ばれ、カズヤは慌てて駆けだした。
 その行動によって思考が中断し、我に返る。考えることは観察者の任務ではない、この一ヶ月で何度そう自分に言い聞かせたことか。それなのに、気付くと彼の行く末を考え……いや、心配してしまっている。
 彼の背中姿を真っ直ぐに見据えながら、この朝何度目かのため息を漏らす。

 騒々しい朝食が終わると、チルは「あとはよろしくねー!」と言い残して帰っていった。
 十頭の馬を放牧地に出し、厩舎の掃除を済ませた後の予定は、既に決まっている。
 井戸端で髪と体を洗うと、支給された作業着から私物のチュニックに着替え、納屋へと戻り、ある物──騎士から渡された長剣を見詰める。
 大きく息を吸い、長く吐いてから、俺は左手を伸ばした。布ごと摑み、まずは眼前で直立させる。
 布は緩く巻いてあるだけだったので、立たせただけで上半分がずり落ち、柄が露わになった。
 柄頭はシンプルな錘型で、握りには細く切った革が密に巻かれている。柄全体が、夜空のような少し透明感のある漆黒をそのまま残している。巻き革の色も艶もある黒。
 その先の刀身を呑み込む鞘は、同じく黒革仕上げだった。俺は右手を伸ばすと、五指を一本ずつゆっくりと握りに巻き付け、ぐっと力を込めた。
 じゃりいぃぃん! と、衛士から渡された剣よりも遥かに重い音が、納屋に響いた。重いが、金属の硬さはない。と言っても木剣とももちろん違う。何か途轍もなく硬く、それでいて強靭な物質の発する音。手首を返して切っ先を天に向けると、りぃん、とかすかに刀身が鳴る。
「うお……!」
 密やかに声を漏らした。
 そして俺はじっと息を詰め、右手の剣に見入った。
 柄と一体構造の刀身は、赤みを帯びた深い黒に染まる。しかし、やはりわずかに透明感があり、窓から差し込む陽光を内部に取り込んで、角度によっては淡い金色を呈する。形状はオーソドックスな片手用直剣。
 鎬のエッジが恐ろしいほど明確に立っていて、そこですら素手で触れれば皮膚が切れてしまいそうだ。刃の鋭さは言うに及ばず、光さえ切り裂いてしまうのか、どんな角度からも反射光が見えない。
 俺はしばし刀身を眺めてから、納まっていた鞘にゆっくりと納めた。
 剣を麻布できつく縛りつけ、右肩に担ぐ。そのまま麻袋も担ぐと、俺は農場とは逆方向にある、樹々が群生する森へと歩き始める。

「ここなら、誰にも邪魔されないな」
 周囲を念入りに見回してから、手探りで麻布を緩め、露出した柄を握る。吸い付くような編み革の感触をしばし味わってから、一気に抜き放つ。
 木漏れ日を受ける漆黒のロングソードは、元々は北の山に住む炎熱竜・戴天の鉤爪を素材にしているらしい。

 炎熱竜・戴天は、魔界の民が人界に侵攻してきた時、人界の民を守護する役目を担っていた神聖な竜であり、獄炎の息吹は一吐きで亜人を燃やし尽くし、鋭利な鉤爪は万物を断つ鋭さを兼ね備えている。

 と、教会の書庫に描かれていた。
 その竜の鉤爪を素材にしてるだけあって、一般販売されている剣とは違う、一際異彩な雰囲気を出している。
 天界の騎士から渡されてから、俺はこの剣で毎日百回の素振りを行なっている。それ故に一週間で大分筋力がつき、両手で満足に振り回せるようになった。
 遮蔽物の多い森を進んでいくと、木立の中にちょっとした空き地を見つけて立ち止まった。細く短い下草がサッカーフィールドのように密に生え揃っていて、足を取られることはなさそうだ。
 再度周囲を見回し、自分の他には二、三匹の蝶々しかいないのを確かめると、俺は両足で基本のスタンスを取る。
 右手だけで持った剣をすうっと振り上げた。脳内で水素すいそを剣に宿すイメージを固め、魔術構文を静かに詠唱する。
 剣に水素が宿ったのを確認すると、一瞬の溜めを受け、刀身が鮮やかな水色の光を迸らせた。
 しゅばっ! と鋭いサウンドが響き、虚空に斬撃の軌跡が走った。斜めのラインは、陽炎の如く揺らめきながら消えていく。剣風が、空き地の下生えを一直線に吹き倒す。
 俺は、剣を振り切った姿勢のまま、前方五メートルほどに立つ古木の幹を注視した。

 そして、予想通りの結果にため息をついた。

 古木には、深々と切り傷が埋め込まれており、地面には亀裂が走っている。
 俺が何故、人気のない森で素振りしているのか。それは、この剣の斬れ味が原因だった。
 万物を断つ鋭さを誇る鉤爪を素材にしているだけあって、斬れ味は他の髄を許さないほど強烈だ。
 何も知らない頃、教会の中庭で試し振りを繰り出すと、数秒後、中庭の象徴とも言える大木が斜めにずれ出し、そのまま呆気なく落ちてきた。
 この剣の斬れ味は鋭すぎる。五メートル離れている遮蔽物も斬れてしまうほどに。どうゆう原理で切れているのかは定かではないが、魔術が基本な世界なのだから、何かしらの作用だろうと決め付けている。
 それから俺は、この剣の試し振りは人気のない森の中でするようにした。コモレヴィの森には午後から向かい、夕方には帰ってきていた。
 素振りを終える頃には、コモレヴィの森には空き地が一つ増えている。

 本当に、わからないことだらけだ。まだまだ、この世界には。

 ため息をひとつつき、体を起こす。呼吸を整え、別のモーションに入る。
 真上からの斬り下ろし。地面に触れる寸前で、何かに弾かれるように切っ先を返し、垂直に斬り上げる。先程より強い風が巻き起こり、下草を激しく揺らす。
 細心の注意を払ったのに、すでに樹木が二本も切れている。もし街中だとしたら……
 悍ましい想像を切り捨て、剣を右に構える。
「ッ…………!」
 無言の気合に乗せて、右水平斬り。空気が音を立てながら裂け、斬撃が飛んだかのように、樹木達が薙ぎ倒されていく。
「…………強すぎるだろ」
 極端すぎる剣に呟き、慎重に鞘に滑らせる。
 いくら慎重に扱っても、絶対と言っていいほど被害が出る。それはきっと、剣が悪いのでなく俺が悪いんだ。
 天界の騎士は、これと同じレベルの剣を持っている。にもかかわらず、洞窟での闘いでは、俺とセレナに被害など出していなかった。
 つまり、剣を扱う者の技量が高いということであり、俺はまだ、この剣に相応しい主人ではないということだ。
 何故騎士は俺にこの剣を授けたのか。俺よりもずっと優秀な奴はいるのに、何故俺に。
 などと考えるだけ無駄だと判断し、鞘に収まった剣を無言で見つめる。
 鞘に収まっているというのに、なんて存在感だ。一瞬でも隙を見せれば呑み込まれてしまう未曾有の禍々しさと、不気味な雰囲気を兼ね備えている。
 これが、魔界の民から人界を守護し続けた、一騎当千と名高い戴天の存在感。鉤爪だけだというのに、一寸の隙も命取りになりかねないほどの気迫だ。
「……本当に、俺が持ってていいのかな」
 小さく息を呑み、ぼそりと呟く。
 よく考えれば、俺が選んだ選択は正しいものだったんだろうか? 
 無理に村から出て、受かるか分からない学園試験を目標にして。仮に受かったとしても、主席合格など可能なのだろうか。
 元の世界では特別優秀なわけでもなく、平凡だった俺には、高望みすぎる夢なんじゃないか?
 今進んでる道は、俺が本心から望んだことなのか……本当の俺は、あのまま村にいて、村長やバルバロッサさん、シスターや教会の子供たち、ペックとセレナたちと、平和に暮らしていたいんじゃ…………。
 そこまで考えたところで、俺は思考を中断し、持参した麻布に剣をしまおうとした、寸前──。

 重い斬撃音と、強烈な殺気を背後から察知し、剣を鞘から引き抜き、後方に構える。
 ガキィーンッ!! と、重い衝撃音が森全体に響いた。
 俺は剣の激突した衝撃に逆らわずに、勢いに任せて宙を舞い、前方に飛び退く。
 着地と同時に振り返り、剣を眼前に構え叫んだ。
「いきなり何するんだ!」
 怒号に似た叫びを、背後から斬りかかった者に向ける。
 背後に立っていたのは、外套を羽織っているせいでどんな格好をしているのか解らない。フードで顔も隠れているので解らない。
 ただ解るのは、両手で握られている、金茶色の柄と磨き上げられた鋼色の刀身を持つ、一メートル超の長剣だけだ。
「お前こそ、森の中で何をしている!」
 返ってきたのは、俺と同じ怒声だった。
「何って、剣の素振りだよ」
「嘘をつけ! 素振りだけで樹木が切れるわけないだろ!」
「いや……それは斬れ味が良すぎて」
「また嘘を……もう許さない!」
 そう言うと対面する人間は、外套を掴み乱暴に引き剥がし、全貌を明らかにした。
 そして俺は、一瞬全身の力を緩めてしまうほどの衝撃を受けた。

 紫色基調の服を隙なく着こなし、服と同じ紫色の髪を長いポニーテールに結えている。
 だがそんなのは、さほど問題ではない。最初から今も目線がいくのは、頭頂部から出ている二つの存在だけだった。
 狼に似た耳が、頭頂部から出てる!? コスプレかと一瞬だけ疑ったが、ピクピクと動いたのを見て可能性が潰えた。

 まさかこいつ、人界で人間と共存してると噂されている、あの……
「獣人族……本当にいたのか」
 唖然としながら呟くと、眼前の獣人は真逆の大声で叫んだ。
「私らの神聖な森を傷つけた罰、その身を持って払ってもらうからな! 覚悟しろ!」
 そう叫ぶと同時に、獣人は名乗りもせずに突進してきた。長剣を左斜めに振り上げ、踏み込みと同時に袈裟懸けを繰り出す。
 流石にまずいと判断し、袈裟懸けを放たれると同時に右水平斬りで迎え撃つ。
 剣は一瞬交差の火花を散らせ、鍔迫り合いに持ち込まれる。
 とんでもない膂力だ。女性のどこからこれだけの膂力が出るのか気になるところだが、今は誤解を解くのが先決と判断し、獣人に呼びかける。
「嘘じゃなくて! 本当に素振りしてただけなんだ!」
 単純に事実を伝えるも、獣人は聞く耳を持たず一方的に怒鳴ってきた。
「私達の森を傷つけて……これだから人族は信用出来ないんだ!」
 鍔迫り合いを解き、お互い後方に飛び退く。そして俺は、往生際悪くも言葉を続けた。
「よく解らないけど、気を悪くしたなら謝る。だから剣を収めてくれないか?」
 だが俺の説得は、獣人の怒号によってかき消された。
「黙れ! 先に剣を取ったのはお前だろ!」
「いや確かにそうだけど、それは君と戦うためじゃなくて」
「私と戦うだと!? 人族のくせに生意気なことを言って!!」
 駄目だ。会話が出来ないし、都合の悪いところだけ聞き取ってる。
 更に激情してしまい、最早剣を納める気はなく、俺をこのまま斬り殺す気なんだろう。先程よりも殺気が増している。
「覚悟しろ人族! この森は、私が守ってみせる!」

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