鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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変わる夫婦

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それは、思いがけない提案だった。

レオナルドが政務の中でカタリーナに意見を求めることなど、以前のふたりからは考えられなかったこと。
けれど今、確かに彼は共に考えてほしいと手を差し伸べてくれていた。

「まずはこの報告書を読んでみてくれないか? 特に、この村の状況について」

レオナルドが差し出した書類には、最近収穫量が減少している農村と、その周辺の交易ルートに関する記録が記されていた。

カタリーナは真剣な表情で読み込み、しばらく黙り込む。

「……これは、単純に土地の問題だけではなさそうね。村の水源や気候の変化、それに労働力の減少も影響しているのでは?」

レオナルドは驚いたように彼女を見たが、すぐに頷いた。

「やはり君に見てもらってよかった。実地調査をしている者も、同じことを報告していた」

カタリーナは少し照れたように笑う。
「でも、私には知識が足りない部分も多いわ。文献や資料も勉強しないと」

「それなら、補佐官をつけよう。必要な文献もそろえさせる。……本当に、君に頼みたい」

その言葉に、カタリーナは小さく息をのんだ。

頼りにされることが、こんなにも胸を打つものなのだと、初めて知った気がした。

ふたりの時間は、いつの間にか夕暮れへと差し掛かっていた。
木々の影が長く伸び、空には淡い朱がにじみ始めていた。

「ありがとう、レオナルド。……少しずつ、でも一緒に進んでいきましょう」

その言葉に、彼は静かに頷き、彼女の手にそっと自分の指を添えた。

季節は変わり、そしてふたりの関係も、また新しい形を帯びていく。
責任を分かち合うということ、それはきっと、愛を重ねていく一つのかたちなのだと──カタリーナは感じていた。

翌日から、カタリーナは執務室の一角に設けられた小さな机に向かうようになった。
そこには、レオナルドが用意した簡素ながらも品のある文机と、補佐官のクラリスが出入りするための控え椅子があった。

「はじめまして、クラリスと申します。これからご一緒させていただきます」

落ち着いた年上の女性で、書類の管理や文献の案内に長けており、カタリーナにも柔らかく丁寧に接した。

最初は緊張していたカタリーナだったが、クラリスの導きもあって徐々に資料の整理や農村状況の分析に慣れはじめていく。
読み取った数字や報告の裏に、人々の暮らしや悩みが見えてくるたび、胸の奥がふわりと温かくなるような気がした。
自分の関わりが、誰かの日常の支えになるかもしれない。そう思えることが、少しずつ彼女の心に自信とやりがいを芽生えさせていった。

合間には、リヴィオの様子を見に部屋を出たり、ティモシオの声が中庭から聞こえてきたりと、母としての役目も変わらずそこにあった。

「おかあさま、いまお勉強中?」

「ええ、大事なお仕事なの。もうすぐ終わるから、あとでお庭で遊びましょうね」

子どもたちの存在が、重くなりがちな政務の空気をやさしくほどいてくれる。
そして、日が暮れる頃にはレオナルドも執務室に戻ってきて、互いの進捗を報告し合う。

「……助かっている。君の視点が加わるだけで、執政官たちの反応も変わってきた」

その言葉に、カタリーナの胸は小さく震えた。

家族としてだけでなく、並んで進む仲間としての確かな感覚。
それが、彼女に新たな力を与えてくれていた。

政務の机に向かう日々が続く中で、カタリーナは次第に理解していった。
書面の裏に隠れているのは、数字ではなく人々の暮らしそのものであり、
そのひとつひとつに、寒さや飢え、希望や笑顔が詰まっていることを。

これまで自分には遠い世界の話だと思っていたが、
誰かを支えるという意味では、母としての日常となんら変わりはないのだと気づいた。
それは、家族を守ることと繋がっている。
だからこそ、怖くても踏み出していきたいと思えた。

カタリーナの視線は、ただ与えられた義務を追うのではなく、
誰かの明日を照らすために、何ができるのかを探すようになっていった。

政務に関わるようになって数週間。
カタリーナの仕事ぶりは補佐官クラリスや執政官たちからも好意的に受け取られ、
屋敷内でも「侯爵夫人が領地のために動いている」という噂が静かに広まり始めていた。

だが、良い噂だけが広がるとは限らない。

「奥方様が政務など……淑女のすることではございませんわね」
「まぁ、流行の夫婦並び立つというやつかしら? 男の顔を潰さなければ良いけれど」

訪問に来た親戚の婦人たちは、紅茶の香りの奥に、わずかな皮肉を混ぜた。

カタリーナは静かに笑って受け流した。
けれど心の奥には、確かに小さな棘が刺さるのを感じていた。

夜、レオナルドにそのことを打ち明けようか迷ったが
彼も疲れていた。
政務の報告に追われ、目の下に隈をつくっている。

「……話せる時にでいいわ」
そう自分に言い聞かせ、そっと手紙をしたためる。
伝えたいことを、落ち着いて、言葉にできるように。

ティモシオが寝息を立てる寝室で、赤子のリヴィオが小さな手を動かす。

守りたいものが目の前にある限り、負けたくはない。

ふたりの子を育てながら、歩みを止めずに、ひとつひとつ超えていく。
カタリーナの中に、確かな意思が芽吹いていた。

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