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それぞれの旅たち
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秋の夜風が、窓辺のカーテンを揺らしていた。
カタリーナは執務机の前で書類を整理していたが、その手がふと止まる。
小さな蝋燭の灯がゆらりと揺れるその隣で、レオナルドが黙って手紙を読んでいた。
彼の表情は硬い。目の奥には、日常の疲れとは違う、何か決意のような陰があった。
「何かあったの?」
問いかけると、レオナルドは手紙を伏せて視線を上げた。
「……王宮から使者が来た。来月初め、遠方の会議と調停に出向くよう命じられた」
「遠方……?」
「帰りは、冬の始まりになるだろう」
その言葉に、カタリーナの胸が静かに沈んだ。
かつての彼女なら、その不在に耐え、ただ帰りを待つしかなかっただろう。
けれど今は違う。恐れと、そして微かな覚悟が胸に宿る。
「……そう。分かりました」
静かにうなずく彼女に、レオナルドが意外そうに目を細める。
「驚かなかったんだな」
「ええ。でも、信じているから。あなたが戻ることも、私がここを守れることも」
その声に、わずかにレオナルドの表情が緩んだ。
「……ありがとう。今回ばかりは、本当に頼りにしている」
ふたりの間に流れる空気は、かつてのそれとは明らかに違っていた。
信じることの重みと、手を取り合うことの確かさ。
その夜、ふたりは長く言葉を交わすことはなかった。
けれどその静けさは、かつての“沈黙”とは違っていた。
カタリーナの胸には確かにあった。
彼を支え、家族を守り、自分自身の足で立ち続けるという、ひとつの誓いが。
そして
翌朝、馬車に乗り込むレオナルドの背中に、ティモシオが小さな声で言った。
それは、出発前の朝食の席でカタリーナから「お父様はしばらくお出かけになるのよ。大切なお仕事だから、ちゃんと応援してあげましょうね」と静かに話して聞かされたからだった。
「お父様、さびしくても……ちゃんと笑って帰ってきてね。ぼく、ずっと待ってるから」
レオナルドは振り返り、彼に歩み寄って、しゃがみ込んだ。
その様子を見ていたカタリーナは、胸がきゅっと締めつけられるのを感じた。
ティモシオの小さな声に込められた思いが痛いほど伝わってきて、そっと唇を噛む。
それでも、彼の言葉に応えるように、レオナルドが微笑みかける姿を見て、涙が浮かびそうになるのをぐっとこらえた。
今度こそ、きっと大丈夫。
そう信じたい自分がいることを、カタリーナは静かに認めていた。
「もちろんだ。……家族のもとに、ちゃんと戻る」
その言葉を、カタリーナは胸の奥にそっとしまった。
揺らぎながらも、ようやく形になりかけている家族という絆が、これからどれほどの重みに耐えうるのか
それが問われているような気がした。
けれどそれでも、前へ進むと決めたのだ。
彼女自身の選んだ場所で。
レオナルドを乗せた馬車が門を越えて遠ざかっていくのを、カタリーナとティモシオは並んで見送っていた。
ティモシオはじっと父の背中を追い、手を振るのも忘れているようだった。
その小さな横顔を見ながら、カタリーナはそっとティモシオの手を取った。
「お父様、かならず帰ってくるわ。……あなたも、少しずつお兄ちゃんになっていくのね」
ティモシオはうんと頷き、ようやく小さな手を振った。
朝の光が石畳に差し込んでいた。
今日から始まるまた新しい日々。
それは、彼がいない寂しさと、彼がいることを信じる強さに満ちた時間だった。
カタリーナは深く息を吸い、静かに屋敷の中へと歩き出した。
*****
レオナルドが旅立ってから三日目の朝。
屋敷の空気は、驚くほど穏やかだった。
カタリーナはいつものようにティモシオと朝食をとり、リヴィオの泣き声に笑いながら乳母に指示を出し、その後は執務室へと向かった。
補佐官クラリスが手早く書類を並べ、今日の課題を口にする。
市場の整備、貧民院の資材不足、隣国からの使節への対応案。
「今日は、先に貧民院の件をまとめてください。冬を越す準備を、早めに動かさねばなりません」
「わかりました。医師にも現地を見てもらって、必要な薬や毛布の数を出しましょう」
几帳面な口調で淡々と指示を出す自分に、ふとカタリーナは気づく。
私は今、誰かを守る立場にいる。
そう思えることが、どこか嬉しかった。
しかしその午後、控えの間に届いたひとつの報せが、穏やかな一日を静かに揺らした。
「旦那様のご不在中に」
手紙を届けに来た若い執事は、顔色をわずかに曇らせながら言った。
「先代侯爵家のご親族方が、屋敷を訪ねて来たいと。今週末に、とのことです」
それはつまり
レオナルドが不在の今、カタリーナひとりで彼らを迎えねばならないということ。
テーブルに置かれた手紙を見つめながら、カタリーナは深く息を吐いた。
「……ええ、構いません。お迎えの準備を」
その瞳には、もう昔のような怯えはなかった。
ただ静かに、戦いに備えるような、ひとつの覚悟だけがあった。
カタリーナは執務机の前で書類を整理していたが、その手がふと止まる。
小さな蝋燭の灯がゆらりと揺れるその隣で、レオナルドが黙って手紙を読んでいた。
彼の表情は硬い。目の奥には、日常の疲れとは違う、何か決意のような陰があった。
「何かあったの?」
問いかけると、レオナルドは手紙を伏せて視線を上げた。
「……王宮から使者が来た。来月初め、遠方の会議と調停に出向くよう命じられた」
「遠方……?」
「帰りは、冬の始まりになるだろう」
その言葉に、カタリーナの胸が静かに沈んだ。
かつての彼女なら、その不在に耐え、ただ帰りを待つしかなかっただろう。
けれど今は違う。恐れと、そして微かな覚悟が胸に宿る。
「……そう。分かりました」
静かにうなずく彼女に、レオナルドが意外そうに目を細める。
「驚かなかったんだな」
「ええ。でも、信じているから。あなたが戻ることも、私がここを守れることも」
その声に、わずかにレオナルドの表情が緩んだ。
「……ありがとう。今回ばかりは、本当に頼りにしている」
ふたりの間に流れる空気は、かつてのそれとは明らかに違っていた。
信じることの重みと、手を取り合うことの確かさ。
その夜、ふたりは長く言葉を交わすことはなかった。
けれどその静けさは、かつての“沈黙”とは違っていた。
カタリーナの胸には確かにあった。
彼を支え、家族を守り、自分自身の足で立ち続けるという、ひとつの誓いが。
そして
翌朝、馬車に乗り込むレオナルドの背中に、ティモシオが小さな声で言った。
それは、出発前の朝食の席でカタリーナから「お父様はしばらくお出かけになるのよ。大切なお仕事だから、ちゃんと応援してあげましょうね」と静かに話して聞かされたからだった。
「お父様、さびしくても……ちゃんと笑って帰ってきてね。ぼく、ずっと待ってるから」
レオナルドは振り返り、彼に歩み寄って、しゃがみ込んだ。
その様子を見ていたカタリーナは、胸がきゅっと締めつけられるのを感じた。
ティモシオの小さな声に込められた思いが痛いほど伝わってきて、そっと唇を噛む。
それでも、彼の言葉に応えるように、レオナルドが微笑みかける姿を見て、涙が浮かびそうになるのをぐっとこらえた。
今度こそ、きっと大丈夫。
そう信じたい自分がいることを、カタリーナは静かに認めていた。
「もちろんだ。……家族のもとに、ちゃんと戻る」
その言葉を、カタリーナは胸の奥にそっとしまった。
揺らぎながらも、ようやく形になりかけている家族という絆が、これからどれほどの重みに耐えうるのか
それが問われているような気がした。
けれどそれでも、前へ進むと決めたのだ。
彼女自身の選んだ場所で。
レオナルドを乗せた馬車が門を越えて遠ざかっていくのを、カタリーナとティモシオは並んで見送っていた。
ティモシオはじっと父の背中を追い、手を振るのも忘れているようだった。
その小さな横顔を見ながら、カタリーナはそっとティモシオの手を取った。
「お父様、かならず帰ってくるわ。……あなたも、少しずつお兄ちゃんになっていくのね」
ティモシオはうんと頷き、ようやく小さな手を振った。
朝の光が石畳に差し込んでいた。
今日から始まるまた新しい日々。
それは、彼がいない寂しさと、彼がいることを信じる強さに満ちた時間だった。
カタリーナは深く息を吸い、静かに屋敷の中へと歩き出した。
*****
レオナルドが旅立ってから三日目の朝。
屋敷の空気は、驚くほど穏やかだった。
カタリーナはいつものようにティモシオと朝食をとり、リヴィオの泣き声に笑いながら乳母に指示を出し、その後は執務室へと向かった。
補佐官クラリスが手早く書類を並べ、今日の課題を口にする。
市場の整備、貧民院の資材不足、隣国からの使節への対応案。
「今日は、先に貧民院の件をまとめてください。冬を越す準備を、早めに動かさねばなりません」
「わかりました。医師にも現地を見てもらって、必要な薬や毛布の数を出しましょう」
几帳面な口調で淡々と指示を出す自分に、ふとカタリーナは気づく。
私は今、誰かを守る立場にいる。
そう思えることが、どこか嬉しかった。
しかしその午後、控えの間に届いたひとつの報せが、穏やかな一日を静かに揺らした。
「旦那様のご不在中に」
手紙を届けに来た若い執事は、顔色をわずかに曇らせながら言った。
「先代侯爵家のご親族方が、屋敷を訪ねて来たいと。今週末に、とのことです」
それはつまり
レオナルドが不在の今、カタリーナひとりで彼らを迎えねばならないということ。
テーブルに置かれた手紙を見つめながら、カタリーナは深く息を吐いた。
「……ええ、構いません。お迎えの準備を」
その瞳には、もう昔のような怯えはなかった。
ただ静かに、戦いに備えるような、ひとつの覚悟だけがあった。
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