鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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戦いの始まり

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週末が近づくにつれ、屋敷は慌ただしくなった。
侍女たちは客間の整備に追われ、厨房では料理の準備が進められ、玄関ホールには上質な絨毯が敷き直された。

そして迎えた当日
正午を少し過ぎた頃、重々しい馬車の音が石畳に響いた。

玄関扉の前に並んだカタリーナは、深く息を吸い、微笑みを作る。
義母を先頭に、義兄、義妹、従姉妹たち、名門セレスタ家の血を引く者たちが次々と姿を現した。

「カタリーナ様、ご無沙汰しておりますわね」
義母は優雅に微笑みながらも、その瞳には冷ややかな光を宿していた。

従姉妹のひとりが、微笑みながら言った。
「まあ……以前より、落ち着かれたご様子で」

続けて義妹が声を上げる。
「華やかなお姿が恋しかったのに、すっかりお母さまの風格ですこと」

そして、義兄の妻が肩をすくめて言った。
「屋敷に静けさが戻った、と執事から聞きましたわ」

言葉は礼儀正しく、微笑みすら浮かべている。だが、どこかに棘がある。
それでもカタリーナは、まっすぐに微笑んだまま、彼らを迎え入れた。
また始まった。優雅な言葉の裏に隠れた、小さな棘。
その一言一言が、どれほど私の心を削ってきたか、彼女たちは知らない。

商家の娘が貴族に嫁ぐということ
彼女たちにとっては、それだけで見下す理由になるのだろう。
どれほど努力しても、どれほど家を守っても、血筋の違いひとつで人は人を裁く。

でも、怯えるのはもうやめた。
私はこの家の妻であり、子どもたちの母なのだから。
それ以上も以下も、他人に決めさせるつもりはない。
そして何より、レオナルドもそんな私を選び、受け入れてくれたのだ。
不器用で、寡黙で、時に遠い存在だったけれど……彼なりに、私という存在をこの家に迎え入れてくれた。
それだけは、誇っていい。

「ご足労いただき、ありがとうございます。どうぞお疲れでしょう、お部屋をご案内いたします」

静かな声だった。けれどその声音には、確かな芯があった。

かつての私なら、怯えていたかもしれない。
だが今は違う。

レオナルドが不在の今、私がこの家を守るのだ。

そう心に言い聞かせながら、カタリーナはゆっくりと玄関の扉を閉じた。


*****

日が傾き始めた頃、晩餐の準備が整えられた。
燭台に火が灯され、白銀の食器と色鮮やかな果実が並ぶ食卓。
カタリーナは侍女に裾を整えられながら、最後の身支度を終えた。

義母を筆頭に、義兄、義妹、従姉妹、遠縁の叔母とその娘たち
名門セレスタ家の親族が一堂に集まるのは久しぶりだった。

レオナルドはこの場には不在だった。長期の政務出張のため、カタリーナは一人でこの晩餐を取り仕切ることとなっていた。

しかし、晩餐も終盤に差し掛かった頃、会場の扉が音を立てて静かに開いた。
中へ現れたのは、まさかの人物──レオナルドだった。

それは誰にとっても予想外だった。晩餐の席には不在のはずだった彼が、凛とした足取りで姿を現したのだ。
あちらこちらで椅子のきしむ音が響き、ざわめきが一気に広がる。

カタリーナは思わず息を呑み、「旦那様……?」と震える声を漏らした。

ざわつく場の空気に飲まれながらも、彼女はすぐに姿勢を正し、静かに立ち上がる。
親族たちの視線が一斉に集まり、空気が張りつめた。

それでも彼女は、決して動じなかった。
この晩餐を一人で取り仕切ると心に決めていたからこそ、その場に立つ覚悟はできていたのだ。
だが、まさか彼が来るとは。

「来てくださったのですね……旦那様」
驚きと安堵が入り混じったその声に、レオナルドは静かに頷いた。
彼の姿に会場が再びざわめき、親族たちは目を丸くしてひそひそと声を交わし始める。

(この日、使者から届いた急報によって、レオナルドは一時帰還を許されていた)

彼は一礼し、特別な言葉を交わすことなく、ただカタリーナの隣に静かに腰を下ろした。

その姿を見つめながら、カタリーナは心の奥に、確かに何かが満ちていくのを感じていた。

食前の挨拶を終え、静かに晩餐が始まった。

最初の料理が運ばれ、穏やかな音楽が流れる中、従姉妹のひとりがワイングラスを傾けながら言った。

「セレスタの屋敷はいつもながら整っていて、さすがね。……でも、やっぱり少し、商会の趣が混ざっている気がして」

その言葉に、義妹がくすりと笑う。

「それも時代の流れというものでしょう? 庶民感覚というのも、大事にしないと」

義兄の妻も肩をすくめるようにして、続ける。
「それにしても、レオナルド様は相変わらずお忙しそう。……奥様は、寂しくなってしまわないかしら?」

言葉はどれも穏やかだった。
けれどその響きの奥にある試すような視線は、明らかだった。

カタリーナは微笑みを崩さず、ナイフとフォークを静かに置いた。

「ええ、おかげさまで。お屋敷は変わらず落ち着いておりますし、子どもたちもよく笑っています」

「まあ、それはなにより。……でも、奥様は昔のほうがもう少し華やかでしたわよね?」

叔母の言葉に、場が少しざわつく。

カタリーナは、静かに応じた。
「必要以上に華やかである必要も、今はありませんもの」

ティモシオが小さくくしゃみをすると、カタリーナはそっと立ち上がり、子どもの背中にショールをかける。

その優しげな仕草に、一瞬だけ場が静まった。

これでいい。
私が選んだ道で、私はここにいる。
誰にどう言われても、今の私を否定される筋合いはない。

レオナルドはこの家に私を迎え、家族を築いてくれた。
そのことが、今の私の支えであり、誇りなのだから。

晩餐の蝋燭の火が、ひときわ強く揺れた。

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