鳥籠の花嫁~夫の留守を待つ私は、愛される日を信じていました

吉乃

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夫婦の関係の変化

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春の気配が、屋敷の庭にもはっきりと感じられるようになった。
冬の間眠っていた草木が芽吹き始め、朝の光は少しずつ柔らかさを帯びていく。

カタリーナは日課となった庭の見回りを、リヴィオを抱いたままゆっくりと歩いていた。
ティモシオは近くの芝生で侍女と木の枝を集めて遊んでおり、その笑い声が風に乗って耳に届く。

平和で、温かくて、幸せな朝。
けれど、その心のどこかで、微かに“揺らぎ”のような予感が芽生えていた。

レオナルドは以前よりも家にいる時間を増やし、家族と過ごす努力をしていた。
けれど同時に、政務の重責や領地に関する案件も増しており、顔色には疲労の色も隠せない。

その夜、久しぶりにふたりだけの夕食の席が設けられた。

「……子どもたちは、寝たのか?」

ワイングラスを手にしたレオナルドが静かに尋ねた。

「ええ。ふたりともぐっすりよ。今日、たくさん遊んだから」

カタリーナの声はやわらかい。
けれどその瞳の奥に、ほんのかすかに探るような色があった。

「また、仕事が立て込んでるの? ……私にも、何か手伝えることはないかしら」

問いかける声は穏やかでありながら、少しだけ寂しげだった。けれど同時に、その中には家族として寄り添いたいという静かな意志も込められていた。

レオナルドは頷いた。

「……今、どうしても外せない話がいくつかある。春の評議会の準備も進めなくてはならない」

「そう……何か、文書の整理や手紙の返事など、私にもできることがあれば言って。手伝えるなら嬉しいわ」

レオナルドは少し驚いたように彼女を見つめたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「ありがとう、気持ちだけで十分だ。でも……そうだな、相談したいことが出てきたら頼らせてもらうよ」

それ以上は言わなかった。
でも、ふたりの間に漂う沈黙が、言葉よりも多くを物語っていた。

カタリーナはふと、心の奥で自問する。
(私は、本当に彼の力になれているのかしら? それとも、ただ見守ることしかできていない……?)

けれど、今の彼女はあの頃のままではなかった。
気づきも、後悔も、愛しさも、全部がこの数年間に積み重なってきた。

「……無理はしないで」

そう言って笑ったカタリーナに、レオナルドはほんの一瞬、なにかを言いかけて、そして黙った。

その沈黙の中、季節の移ろいを告げる風が屋敷の窓を静かに叩いた。春の終わりが近づき、昼間の陽射しには初夏のような力強さが感じられる。庭の花々も色を濃くし、季節は静かに、けれど確かに進んでいた。

翌朝、カタリーナはレオナルドが書斎を出る音で目を覚ました。
窓の外は明るく、すでに庭の木々には初夏の陽光が降り注いでいる。

朝食の席にティモシオが駆け寄ってきて、リヴィオの寝顔を覗き込んだ。
「ママ、リヴィオ、きょうはおめめ開けてる?」

「静かにね、起きたらびっくりしちゃうかもしれないから」
カタリーナは笑いながら言い、そっと赤子の額に手を添えた。

レオナルドは食卓には現れなかったが、机の上にはメモと小さな封筒が置かれていた。

『午前中の評議会の後、少しだけ時間を作る。午後、もし良ければ、庭で君と話がしたい』

短いその言葉に、彼の不器用ながらも誠実な思いが滲んでいた。
カタリーナは指先でその文字をなぞり、ふと微笑む。

(ほんの少しずつでも、信じてみたい)

新しい季節の始まりに、またひとつ、小さな希望が芽吹いていた。

午後、庭に出ると、陽射しがやわらかく降り注ぎ、バラの蕾がそっと開きかけていた。
カタリーナは白い薄手のケープを羽織り、静かにベンチに腰を下ろす。

ほどなくして、レオナルドが書類を数枚手に持って姿を現した。
 
「待たせたな」

「いいえ。風が気持ちよくて、むしろ癒されていたわ」

ふたりは並んで座り、しばし庭の景色を眺めた。

「……相談したいことがあるって言ってたけれど?」

問いかけると、レオナルドは書類の端を整えながら頷いた。

「今後の領地運営のことだ。次の収穫期に向けて、農業計画や新しい交易の見直しが必要になる」
「もちろん、執政官たちとも進めているが……君の視点を借りたい。実際に民の声を聴いている君だからこそ、気づけることがあると思う」

その言葉に、カタリーナは少しだけ目を見張った。

「……本当に?私でいいの?」

レオナルドはまっすぐに彼女を見て、ゆっくり頷いた。

「君が家庭のことだけを担っているとは思っていない。今の私は家を守るだけでなく、支え合う存在を必要としている」

その言葉に、カタリーナの胸がふっと熱を帯びた。

風に揺れる葉の音が、ふたりの間に静かな調和をもたらしていた。

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