世界の十字路

時雨青葉

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第2章 影

調査開始

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 この屋敷は広いとは思っていたが、実際に隅々すみずみまで歩いてみると、これでも必要最低限の広さなのだと分かる。


 拓也と二人、とりあえず目につく扉を片っ端から開けて歩いた。


 そうすると、客室や応接室であったり談話室であったりと、それぞれの部屋にはそれぞれの役割があって、客人が訪れた時には一つ一つの部屋がその役割を存分に果たすだろうことが知れた。


 こういう場所に訪れた客人は、まずじっとしていることはありえない。
 少しでも相手の弱みを握りたくて、色んな所に探りを入れる。


 知恵のそのに来た客人は少なくともそうだったと、拓也がうんざりと言っていた。


 特にここは、謎が多いニューヴェルの領主邸。
 訪れた客人の大方の目的が、その謎に迫ることにあると見て間違いはあるまい。


 歩き回る厄介な客人たちのために、ここはそれ相応に広さを要したのだろう。
 どのような理由にしろ、これは暇潰しに最適な状況である。


「わ…っ。ここもか……」


 ドアを開いた拓也が嫌な声をあげる。
 拓也の後ろから部屋の中を覗いて、その声の理由に納得した。


 その部屋はいわゆる、書庫というやつだった。


 部屋中にぎっしりと本棚が並べられ、そこに隙間なく本やら書類やらがしまわれている。


 書物は古いものから新しいものまで様々で、部屋の中は古い書物独特の甘さを含んだほこりっぽい香りがした。


 あまり立ち入る人間がいないのか、ここからでも本棚が埃を被っているのが分かる。


「ここもすごい量だね。」


 実はのんびりとした様子で部屋を見渡す。


 拓也と家の探索を始めてすでに三十分以上が経過しているが、このように書物であふれた部屋を見つけたのは、これで三回目。


 今いる三階のこの部屋に加えて、各階に一部屋ずつ。
 書庫とまではいかないが、それなりに資料があった部屋もたくさんあった。


「どうするかなぁ……」


 実は溜め息をついて考える。


 尚希が隠していることについて何か情報が得られればと思ってはいるが、ここにある資料を片っ端から漁るだけでも随分と骨が折れそうだ。


「とりあえず、手分けして色々と見てみる?」


 資料で埋まった部屋がこんなにあるのだ。
 二人で同じ場所を調べるのは、効率が悪い気がする。


「その方がよさそうだな。」


 似たような考えだったのか、拓也はあっさりと同意してきた。


「じゃあ、俺は下から見ていくよ。」
「分かった。じゃあ、おれはこの部屋からってことで。」


 そのまま書庫の中に入っていく拓也を見送って、実はそこから離れた。


 階段で一階まで下り、玄関から奥まった場所にある部屋のドアに手をかける。
 ゆっくりとドアを押し開けると、古い紙のにおいが鼻をすり抜けて広がった。


 実は部屋の中に入って、電気のスイッチを入れる。
 すると天井の明かりが点いて、室内が柔らかいオレンジの光に照らし出された。


 室内の様子を、先ほど来た時とは違ってゆっくり観察する。


 誰でも入っていい場所なのか、本棚の間の通路には細い絨毯じゅうたんが敷かれていて、窓際には小さな椅子と机が置いてあった。


 そんな書庫の中を、実は本の背表紙に目を走らせながら歩く。


 この辺りの歴史の本であったり、地質調査などの環境に関する資料であったり。
 ここにあるのは、外部の人間の目に触れても支障のない部類のものばかりだ。


 普段から鍵をかけない部屋だけあって、やはりその程度の本しかないらしい。


 一本奥の本棚に回ると、そこは一面歴史書だらけだった。


 この辺りの地域的なものからアズバドル王国全体のもの、また他国のものまで、とにかく幅広く揃っている。


 さすがは国交が盛んな街。
 歴史書だけでこの多さを誇るとは、大したものだ。


 数はあるもののきちんと整理されているので、本を探すことに苦労はしない。
 実はざっとそれらを眺めた後、その内の一冊に手を伸ばした。


 手にしたのは、この地区の歴史を記した本。
 およそ五十年前から十年間の出来事が記されている。


 実は本の目次に目を通し、本を閉じて本棚にしまう。


 そして、その隣にあるさらに十年前に関する本を取って、同じように目次を見ては本棚に戻す。


 しばらくその作業を繰り返し、ざっと二十冊以上に目を通した時点で、実は深い息をついてすぐ側の壁にもたれた。


「うーん…。予想以上に記述がないな。」


 領主の死と街に蔓延まんえんする死。
 その二つの関係性から導き出される、生けにえという言葉。


 これらに関わりそうな事件が過去になかったか調べてみたのだが、めぼしい情報はなかった。


 飢饉ききん、天災、疫病えきびょう


 時々、生けにえが捧げられていてもおかしくなさそうな項目はあったのだが、それらの結末はいずれも自然消滅や技術の発展による改善というもの。


 神頼みの儀式をしたとしても、そこに生け贄は使っていないらしい。


 領主の死と街に蔓延まんえんする死の関係ができたきっかけがどこかにあるはずなのだが、それに関する事件およびその記述が全くないのだ。


 命が関わる関係のきっかけだ。
 そんな小さなきっかけではないはず。


 それなのに、過去にそんな事件は見られない。
 いっそ、不自然に思えてしまうほどに。


「機密事項ってことね……」


 ナザルの所からの帰りに街の様子を見てきたが、街の人々は増加しているという行方不明者など気にも留めていないようだった。


 交易の街として栄え始めてから、この街には多くの国や地域の人間が出入りしている。


 そんな歴史の中で、ニューヴェル独特の風習や文化は徐々に薄れていっているのかもしれない。


 領主の死にまつわる言い伝えなども、それらと同じように消えてしまったのだろうか。
 そして今や、その真実はこの家にしか伝わっていないと。


 そして、アイレン家はそれを再び伝え広めるのではなく、秘匿とすることを選んだ。
 おそらく、知られてはいけない理由が真実のどこかにあったのだろう。


「もう少し調べてみるかな……」


 実は一つ手前の本棚に移動し、また本を調べ始めた。

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