世界の十字路

時雨青葉

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第2章 影

言葉のない拒絶

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「拓也。」


 鼓膜を叩いた、やけに優しげな呼び声。
 それに顔を上げると、穏やかな実の微笑みが出迎えてきた。


「今は、考えても仕方ないと思うよ。考えれば考えるほど、今以上に怖くなって身動きが取れなくなるんじゃないかな。誰だって、大切な人との距離感や関係に関しては、どうしても臆病になるんだから。」


 この世の摂理を語るように。
 実の口調は優しい想いに満ちつつも、どこか淡々としていた。


「俺が言えた義理じゃないかもしれないけど、人はそういう恐怖とか不安とかを乗り越えて、だんだん強くなって、お互いを理解していくんじゃないかな? きっと、尚希さんも拓也と似たような悩みを持ってると思うよ。」


 静かに語る実を、拓也は複雑な気持ちで見つめた。


 実は、本当に色んなことを悟っている。


 人間の本質だったり、世の中の慣習だったり、この年齢にしては達観しすぎている節が多々ある。


「実は……つらくないのか?」


 思わず、そう訊ねてしまった。


 実は知っている。


 人と人が交われば、何が生まれるのか。
 そこでぶつかる様々な壁や問題。
 その先に得られるもののこと。


 知っているくせに、それでも実は、隙あらば周りを遠ざけて一人でいようとしてしまう。


 支えがある心強さを知っているのに、それを全部置き去りにして、誰も気付かないうちにどこか遠いところへ行ってしまう。


 実を見ていると、そんな風に思えてならない。


 分かっていてあえて手放すのは、つらくないのだろうか。
 そんな無謀な支え方で自分を立たせて、大丈夫なのだろうか。


「ん? 何が?」


 実は先ほどから一寸も変わらない微笑で訊き返してくる。
 その笑顔は、本当にいつもどおりで自然だ。


 けれど……だからこそ切ない。


 これまでの付き合いから、実がこの笑顔でかたくなに周囲を拒絶していると知っているから。


「……なんでも……ない。」


 静かで穏やかだが有無を言わさない実の雰囲気に、拓也は返す言葉もなく引き下がるしかなかった。


「そっか。」


 実が笑みを深める。


 これ以上は触れないでいい、と。
 言外にそう言われたようで、少し悲しくなった。


 そしてきっと、実はそんな自分の心境ですらも見抜いている。
 見抜いていて、それでも知らないふりをしているのだ。


 実が周りに張った壁は、まだまだ厚くて高い。
 それを、改めて痛感させられる瞬間だった。


「ねぇ、拓也。」


 窓際から離れた実が、拓也の前に立つ。


「なんだ?」


 ソファーに座ったまま、顔だけを実に向ける拓也。


「尚希さん、好きなようにしてていいって言ってたじゃん? ここで何もしないでいても嫌なことを考えるだけだし、ちょっと中を探検しない? 別に秘密を探るなとは言われてないわけだし、怒られはしないでしょ。」


「あー……そうだな……」


 拓也は天井を見上げる。


 確かに、ここでうだうだと時間を過ごしていても、暗い思考ばかりが巡ってしまいそうだ。


 それならば実の言うとおり、少し動いた方が気も紛れるだろう。


 尚希に関することがちょっとでも分かるなら、それに越したことはないわけだし。


「うん、そうするかな。」
「了解。じゃあ、さっさと動こうか。」


 パッと輝いた実の笑みはさっきまでとは違って、かたくなな拒絶も何もない、どこにでもあるものだった。

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