盾の間違った使い方

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第70話 古竜の墓守と最初の大げんか

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「はて……名前が……思い出せんのう」
 その、あまりにも人間臭い、頼りない答え。
 俺たちの緊張が、わずかに、しかし確実に緩んだ、その時だった。
 よろりと。その骨だけの身体が大きく傾いた。
「佐東さん!」
 雫が思わず駆け寄ろうとするのを、俺は手で制する。
「待て、雫!」
 だが彼女の優しさが、わずかに勝った。
 完全に倒れる寸前、雫は駆け寄るとその骨張った身体を、か細い腕でなんとか受け止めた。
 しかし。
「きゃっ!」
 次の瞬間、雫は悲鳴を上げ、受け止めたはずの爺さんを、まるで汚いものでも払うかのように床に叩きつけた。そして弾かれたように俺の元へと駆け寄り、腕にぎゅっとしがみついてきた。
「あいたたた……! いや、痛くないのう……!」
 床に打ち付けられた爺さんが文句を垂れる。
「年寄りは、大切にするもんじゃぞ……」
「こ、この人! 今、私のお尻を触りました!」
 雫が顔を真っ赤にして、涙目で俺に訴える。
 その言葉に、俺の中で何かがキレた。
 俺は雫を背後にかばい、左手の盾に意識を集中させる。
「『ファイア』ッ!」
 盾が轟々と燃え盛る炎を纏う。
「雫、燃やすぞ!」
「はい!」
 そのあまりにも物騒な会話と、俺の盾から放たれる殺気に、爺さんの雰囲気が豹変した。
「じょ、冗談じゃて! 早まるな! 早まるでない!」
 さっきまでの威厳はどこへやら。爺さんは慌てふためき、骨の手をぶんぶんと振って命乞いを始めた。
「つい綺麗なお嬢さんの尻に、目が行っただけじゃワイ!」
「……なあ、爺さん」
 俺は、燃え盛る盾を爺さんの目の前に突きつけながら、地の底から響くような、低い声で言った。
「他に言うことがあるんじゃないのか?」
 その、有無を言わせぬ圧力に、爺さんは観念したようだった。
 そして俺に向かって、深々と、その骸骨の頭を下げた。
「……これは、すまんかった。おぬしのおなごじゃったか。この通りじゃ」
『違うわ!』
 俺は心の中で絶叫したが、腕にしがみついたままぷんすかと怒っている雫の手前、それを口に出すことはできなかった。
『謝る相手がちがうだろ!』
 そう言おうとした次の瞬間、俺たちの痴話喧嘩(?)を遮るように、広間の中心で凄まじい光が発生した。

 キィィィン……
 古竜の本体があった場所。
 空間がガラスのようにきらめき、光が集まって、人間ほどの大きさの、黒曜石のような菱形のオブジェが静かに浮かび上がった。
「……なんじゃ、あれは」

 爺さんが呆然と呟く。
 雫が鑑定結果を、震える声で叫んだ。
「佐東さん……! あれに触れれば、『地上へ帰還できる』って……!」
 出口だ!
 俺たちの顔に希望の色が浮かんだ、その刹那。
 俺たちの頭の中に直接、無機質な声が響き渡った。
『ゲートの安定時間は、残り二時間です』
「に、二時間!?」
 考える暇はない。
 その時、俺の腕を骨張った手が、力強く掴んだ。
 見ると爺さんが血の涙でも流しそうな、悲痛な形相で、俺に懇願していた。
「頼む……! ここにいた者たちを……わしの仲間たちを、連れて行ってくれ……! 骨の一片でも、この呪われた地から……!」
 無理だ!
 50体近い骸骨を、どうやって!
 俺が断りの言葉を口にするより早く、隣で雫が叫んでいた。
「佐東さん! 私のアイテムボックスなら……!」
 そうだ、無限だ!
 俺は即決した。
「よし! 爺さん、手伝え! 骨も、ガラクタも、見えるもの全部かき集めるぞ!」
 そこからは、まさに時間との戦いだった。
 分別? 後だ! 弔い? 地上でやれ!
「なんと……! お嬢さん、アイテムボックス持ちであったか……!」
「話は後だ、手を動かせ爺さん!」

 急ぎ異世界ショッピングで100Lの厚手のビニール袋と【手箕】(ホームセンターでよく見る、落ち葉掃除などに使うオレンジ色の巨大な塵取り)をポチり、目が点になっている爺さんに見本を見せた。
 手箕で掬った骨などを無造作にビニール袋へ突っ込み口を縛る。手荒だがこの際仕方がない。敬意もなにもないが、文句は二時間と、くそみたいな短い時間を設定した作者に言ってくれ。
 俺と爺さんが、広間に散らばる骨や遺品をかき集めては袋に投げ入れ、雫がそれを泣きながら次々とアイテムボックスに収納していく。
 骨集めは爺さんでも戦力になる。

 俺は二人に任せて拠点へと走る。冷蔵庫、スチールラック、カマド用のブロック、プランター、汚れた洗濯物……そして、これまでダンジョンで拾い集めた様々な物まで、生活の全てをインベントリに放り込んでいく。
 もはや引っ越しというより、夜逃げの勢いだ。
 やがて広大なボス部屋と、俺たちの生活の痕跡があったセーフエリアは、来た時と同じ、がらんとした空間に戻っていた。
『ゲート閉鎖まで、残り五分』
「行くぞ!」
 俺は雫と爺さんの手を掴んだ。
 これからのこと?
 地上に出たらどうするか?
 そんなことを考えている暇など、一秒たりともなかった。
 しかし、ゲートに飛び込む直前。
 俺と雫は、お世話になったセーフエリアに向かって深々と頭を下げた。
「今までサンキューな。短い間だったが、ここでの生活は忘れないぜ」
「お世話になりました」
 顔を上げる。もう未練はない。
 俺たちは未来への希望と、少しの不安、そして、無限容量のアイテムボックスに詰め込まれた、大量の骨と共に光り輝く菱形のゲートへと、転がり込むようにその身を投げ出したのだった。
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