盾の間違った使い方

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第73話 激昂する燃える盾

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「英雄の名を騙り、その故郷さえも貶めるか! もはや、ただの不審者ではない! 王国への反逆者と見なす! 者共、捕らえよ!」
 兵士たちが一斉に槍を構え、俺たちを取り囲む。
(……そういうことだったのか)
 爺さんがダンジョンに入ってから、昔話に語られるほどの時間が経過していたのか。
 絶体絶命の危機。
 俺は腰のコンバットナイフに、そっと手を伸ばしかけた。
 だが行動を起こすより早く、隣にいた雫がその小さな手で俺の腕をぎゅっと掴んで止めた。
 俺が驚いて見下ろすと、彼女は首を小さく横に振り、一歩前に出た。
 そして兵士たちに向かって、凛とした、しかしどこか神聖な声でこう告げた。
「お待ちください。私たちは、旅の者です。我々に害意はありません。どうか、お話を聞いてください」
 その声に宿る不思議な力に、殺気立っていた兵士たちの動きが、一斉にぴたりと止まった。
 だが、その静寂は、一人の年長の門番による侮蔑に満ちた一言によって破られた。
「なんだ女、怪しげな格好をしおって」
 兵士の視線は、雫が身につけているワークウェアに向けられていた。
 そして、彼は、その手に持っていた槍の石突き(柄の底部分)で、雫の胸を、無造作に、しかし強く突いた。
「きゃっ!」
 小さな悲鳴を上げ、雫がよろめく。
 その瞬間。
 俺の中で、何かが、ブツリと切れる音がした。
「……おい」
 空気が、凍った。
 俺の声は、自分でも驚くほど、低く、冷たかった。
 俺は、よろめく雫の肩を抱き、ゆっくりと自分の背後にかばう。
 そして、目の前の兵士を、ただ、見据えた。
「この子に今、何をしやがった?」
 殺気。
 この一ヶ月、魔物と殺し合いを続けてきた俺の身体から、抑えようもなく本気の殺気が溢れ出す。
 俺は背中の大盾を、その場に落として身軽になると、両手に円形の盾を構えた。
 両手に華、ならぬ両手に盾。これが、俺の戦闘スタイルだ。
「き、貴様、やる気か!」
 俺は、答える代わりに、左手の盾に意識を集中させた。
「『ファイア』ッ!」
 ゴオオオオオッ!
 盾が轟々と燃え盛る炎を纏う。盾を握る俺の手は全く熱くない。
 そのあまりにも異様な光景に、兵士たちがたじろいだ。
「よ、妖術使いかっ! 全員、抜剣(ばっけん)!」
 そいつの号令と共に、周囲の兵士たちが、一斉に腰の剣を引き抜いた。
 ジャキィィン!
 十数本の剣が、夕陽を反射してきらめく。
 一触即発。
 その張り詰めた糸が切れかかる、まさにその瞬間だった。
 ドスッ!!
 俺と兵士の間に一本の槍?ランス?が投げ込まれ、地面に深々と突き刺さった。
「そこまでです!」
 凛とした、しかし有無を言わせぬ力強さを持った、女性の声がその場を制した。
 俺たちと兵士たちの間に割って入るように、一騎の馬が静かに歩みを進める。
 馬上には、白銀の鎧に身を包み、腰に美しい長剣を佩(は)いた、赤毛の女騎士がいた。その鎧には見たこともない、高貴そうな紋章が刻まれている。
 彼女は馬上から、冷徹な目で俺たちと兵士たちを交互に見比べた。
 そして門番の兵士に向かって、厳かに告げる。
「何事ですか。私は王命によりこの地の捜索のため参りました。聖騎士の一人、エレオノールです」
 女騎士は馬からひらりと降り立つと、まっすぐに俺たちの前へと進み出た。
 その視線は、まず見慣れない装いの雫と、混乱しているアルツハイムを捉える。
「異国の装い……子供と、老人……」
 そして、彼女の目は、燃え盛る盾を構えたままの俺に、釘付けになった。
「……確かに、この者の出で立ちは異質ですが……たった三人相手に、あなた方は何をしているのですか」
 彼女の静かな問いかけに、門番の隊長がたじろぐ。
「こ、こやつらは、かの英雄アルツハイム様の名を騙る不届き者で……!」
 だが、エレオノールと名乗った女騎士はその言い訳を、冷たい視線で遮った。
 彼女の視線は、再び俺へと向けられる。
「特に、あなた」
 彼女の声が、わずかに鋭くなった。
「その殺気、この子が怯えるほどですよ」
 馬の首を撫で、落ち着かせながら発したその言葉に、俺はハッとした。
 雫を突かれた怒りで、自分でも気づかないうちに、本気の殺気を剥き出しにしていたのだ。
 女騎士は俺から視線を外すと、今度は門番の隊長を、憐れむような目で見つめた。
「隊長、相手をよく見なさい」
 彼女は、静かに、しかし、その場にいる全員の背筋を凍らせるような言葉を続けた。
「私が止めねば、あなた達は皆、死んでいましたよ」
 その一言が、全てだった。
 隊長の顔が、サッと青ざめるのがわかった。他の兵士たちも、信じられないという顔で、俺と、俺の燃える盾を交互に見ている。
 目の前の女騎士が、ただのハッタリを言うような人間ではないことを、彼らは理解しているのだ。
 エレオノールは、俺たちに向き直った。
 その瞳は、俺たちがただの旅人ではないことを、完全に見抜いていた。
「改めて、お聞きします。あなた達は一体、何者なのですか?」
 俺たちの、地上での最初の試練は、王都から来たという、この恐ろしく勘の鋭い聖騎士の登場によって、さらに複雑な様相を呈し始めていた。
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