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本編
37:動き出す歯車(2)
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アルフレッドを見送ったあと、シャロンは部屋で数少ない手がかりである被害者のリストを眺めていた。
失踪した被害者は全部で過去五年間で17人。
初めの年が5人。その次の年に4人。そして3人、3人と続いて今年もすでに2人居なくなっている。
(魔術師の人身売買?)
一瞬だけ考えたが、シャロンは首を振った。
魔術師を売買するとなれば外国との取引の可能性が高い。
しかし、魔術師を国外へ連れ出そうとした場合、必ず胸に埋め込まれたチップを外す必要がある。そうでなければ国外へ出ることが出来ないからだ。
だが、そのチップの信号は常に国が管理している。取り外したとしてもすぐにバレる。
(では人体実験か?)
何故魔力を持つ人間とそうでない人間がいるのか、それは未だ解明されていない。
人体実験のために魔術師を間引いている可能性はゼロじゃない。
だがそれならば何故特定の時期でないといけないのか、理由がわからないし、そもそも人体実験するならば同じ血液型にこだわるのは不自然だ。もっと幅広いサンプルが必要なはず。
「謎だ…」
シャロンは椅子の背もたれに体を預けて、窓から空を見上げた。
(そもそもどうして5年前から失踪が目立つようになったのか)
それまでも魔術師が失踪することはそれなりにあったが、特定の時期にこんなに大勢いなくなるなんて不自然なことはなかった。
そして、いなくなった魔術師の大体が戦争に行って消息不明になったとかだ。
「5年前って何かあった気がするんだよなぁ」
シャロンは立ち上がり、本棚にあるここ数年の新聞記事をスクラップしたノートを取ろうと手を伸ばした。
すると、コンコンと扉が叩かれる。
どうぞ、と返事をすると入ってきたのはセバスチャンだった。
「奥様、お客様がお見えです。サイモンと名乗る男です」
「サイモンが?」
先触れもなく突然訪れるなんて何ごとかと首を傾げるシャロン。
執事のセバスチャンはそんな彼女を訝しみながら尋ねる。
「いかがなさいますか?」
雰囲気がいつもの優しいセバスチャンでないことに気づいたシャロンは、フッと笑ってしまった。
「大丈夫ですよ、セバスチャン。サイモンはジルフォードの薬師です」
暗に間男などではないことを伝えると、セバスチャンは安堵したような笑みを見せた。
「それは失礼いたしました」
「先触れもなく訪れたことは私から叱っておきますから、通してください」
「かしこまりました」
シャロンは軽をく部屋を片付けでサイモンの元へと向かった。
***
サイモンの待つ応接室の近くでは、メイドたちが突然のイケメンの間男の登場にざわついていた。
シャロンはそんな彼女達に一喝すると、応接室の扉を開ける。
そこにはシャロンの入室にも気づかないくらいに思いつめた様子のサイモンが、腕組みをしながら難しい顔で座っていた。
「先触れくらい出しなさいな、サイモン」
入室して早々、シャロンはサイモンの無礼を叱責する。
彼は平民、シャロンは公爵夫人。苛烈な人なら半殺しだってあり得るのだ。
「すみません。急ぎだったもので…」
サイモンは立ち上がり、大人しく深々と頭を下げた。
その姿にシャロンは「え?」と驚いたような声を漏らした。
いつもなら軽口で返す彼がこんなに素直に謝るなんて、明らかに様子がおかしい。シャロンはとりあえず彼を座らせた。
「何かあったの?」
シャロンの問いかけに、サイモンは少し気まずそうにしながらも、チラリと給仕するセバスチャンに目を向けた。
(なるほど)
小さく頷くと、シャロンはセバスチャンに、それが終わったら下がるように伝える。
セバスチャンは渋ったが、彼女が懐からメスを取り出し、「何かされそうになったらこれでこの男を刺すから」と説得してなんとか下がらせることに成功した。
扉が閉まり、足音が遠くなったことを確認し、サイモンがようやく口を開く。
「俺、刺されたくないんですけど」
「そこから一歩も動かなければ刺さないわよ。それより早く本題」
シャロンはメスをサイモンに突きつけた。
サイモンは怖いからやめなさい、とその刃物を降ろさせる。
そして、机の上にとある書類の束と本を並べた。
「お嬢にバディス様から伝言です。『頼みたいことがある』と」
「あら、珍しい」
「あまり良い話じゃありませんからね」
心して聞くように、そう前置きしたサイモンは小さな声で話し始めた。
「まず初めに、旦那様にここ数日帰宅されていない」
それは王の看病のせいだろうとシャロンは思ったが、サイモンの話では同じ職場で働く長兄のユアンでさえ会えてないらしい。
何でも王の看病は交代制ではなく、ジルフォード侯爵1人に任されているのだという。
ジルフォード侯爵とコンタクトを取る手段は手紙のみだが、その内容はどれも当たり障りのないものばかりだそうだ。
「嫌な感じがするわ」
そこまでそばを離れられないほどに重篤なのだろうか。
シャロンは顎に手を添えてうーんと唸るような声を出す。
「嫌な感じがするというのは、ハディス様もユアン様も仰っていた。そしてこれです」
「旦那様の書斎から見つかった」とサイモンが指し示したのは、テーブルの上に置かれた一冊の本。
シャロンがそれらを手に取り確認すると、それは禁術書だった。
「どうしてこれがここに?」
シャロンは険しい顔で尋ねる。
ジルフォード侯爵が考案した治癒魔術は禁術からヒントを得たものだ。それを彼が所持していることに不思議はない。
問題なのはそれがココにあるということだ。
「これは王宮の外へは持ち出しが禁止されている代物よ」
禁術書の持ち出しは大罪だ。
サイモンはシャロンの震える手から禁術書を取り上げると、裏表紙を見せた。
「この禁術書、持ち出し禁止のバーコードが元々ないんです」
持ち出し禁止の書物は全てバーコードで管理されており、それが一定のエリアを出ると警報機が作動する仕組みになっている。この措置は魔術が国の宝であるからだ。
そのバーコードが元からない禁術書。
父は何故それを持っているのか。そして誰からそれを与えられたのか。
無意識にスカートの裾を強く握るシャロン。
震える彼女の手が視界の端に入るが、サイモンはそのまま続けた。
彼が次に指差したのは書類の束だった。
「そしてコレ。魔術師のカルテです。中を確認すると、ある特徴をもつ魔術師たちのものでした」
シャロンはカルテの束を膝の上に置くと、それを一枚一枚確認する。
「AB型のC級魔術師…」
彼女の脳内で、そのカルテに書かれた名前は、先ほど見ていた失踪者の一覧と一致した。
シャロンは混乱する。
禁術書とカルテ。
それは魔術師失踪に父が関与している可能性を示す物。
「続けますよ」
サイモンは、さらに追い討ちをかけるかのように告げた。
「そして、最後に。俺は今、バディス様の命で単独で高位貴族に探りを入れています。その中で嫌な噂を耳にしました」
「…噂?」
「はい。エミリア・カーティスが生きているという噂です」
失踪した被害者は全部で過去五年間で17人。
初めの年が5人。その次の年に4人。そして3人、3人と続いて今年もすでに2人居なくなっている。
(魔術師の人身売買?)
一瞬だけ考えたが、シャロンは首を振った。
魔術師を売買するとなれば外国との取引の可能性が高い。
しかし、魔術師を国外へ連れ出そうとした場合、必ず胸に埋め込まれたチップを外す必要がある。そうでなければ国外へ出ることが出来ないからだ。
だが、そのチップの信号は常に国が管理している。取り外したとしてもすぐにバレる。
(では人体実験か?)
何故魔力を持つ人間とそうでない人間がいるのか、それは未だ解明されていない。
人体実験のために魔術師を間引いている可能性はゼロじゃない。
だがそれならば何故特定の時期でないといけないのか、理由がわからないし、そもそも人体実験するならば同じ血液型にこだわるのは不自然だ。もっと幅広いサンプルが必要なはず。
「謎だ…」
シャロンは椅子の背もたれに体を預けて、窓から空を見上げた。
(そもそもどうして5年前から失踪が目立つようになったのか)
それまでも魔術師が失踪することはそれなりにあったが、特定の時期にこんなに大勢いなくなるなんて不自然なことはなかった。
そして、いなくなった魔術師の大体が戦争に行って消息不明になったとかだ。
「5年前って何かあった気がするんだよなぁ」
シャロンは立ち上がり、本棚にあるここ数年の新聞記事をスクラップしたノートを取ろうと手を伸ばした。
すると、コンコンと扉が叩かれる。
どうぞ、と返事をすると入ってきたのはセバスチャンだった。
「奥様、お客様がお見えです。サイモンと名乗る男です」
「サイモンが?」
先触れもなく突然訪れるなんて何ごとかと首を傾げるシャロン。
執事のセバスチャンはそんな彼女を訝しみながら尋ねる。
「いかがなさいますか?」
雰囲気がいつもの優しいセバスチャンでないことに気づいたシャロンは、フッと笑ってしまった。
「大丈夫ですよ、セバスチャン。サイモンはジルフォードの薬師です」
暗に間男などではないことを伝えると、セバスチャンは安堵したような笑みを見せた。
「それは失礼いたしました」
「先触れもなく訪れたことは私から叱っておきますから、通してください」
「かしこまりました」
シャロンは軽をく部屋を片付けでサイモンの元へと向かった。
***
サイモンの待つ応接室の近くでは、メイドたちが突然のイケメンの間男の登場にざわついていた。
シャロンはそんな彼女達に一喝すると、応接室の扉を開ける。
そこにはシャロンの入室にも気づかないくらいに思いつめた様子のサイモンが、腕組みをしながら難しい顔で座っていた。
「先触れくらい出しなさいな、サイモン」
入室して早々、シャロンはサイモンの無礼を叱責する。
彼は平民、シャロンは公爵夫人。苛烈な人なら半殺しだってあり得るのだ。
「すみません。急ぎだったもので…」
サイモンは立ち上がり、大人しく深々と頭を下げた。
その姿にシャロンは「え?」と驚いたような声を漏らした。
いつもなら軽口で返す彼がこんなに素直に謝るなんて、明らかに様子がおかしい。シャロンはとりあえず彼を座らせた。
「何かあったの?」
シャロンの問いかけに、サイモンは少し気まずそうにしながらも、チラリと給仕するセバスチャンに目を向けた。
(なるほど)
小さく頷くと、シャロンはセバスチャンに、それが終わったら下がるように伝える。
セバスチャンは渋ったが、彼女が懐からメスを取り出し、「何かされそうになったらこれでこの男を刺すから」と説得してなんとか下がらせることに成功した。
扉が閉まり、足音が遠くなったことを確認し、サイモンがようやく口を開く。
「俺、刺されたくないんですけど」
「そこから一歩も動かなければ刺さないわよ。それより早く本題」
シャロンはメスをサイモンに突きつけた。
サイモンは怖いからやめなさい、とその刃物を降ろさせる。
そして、机の上にとある書類の束と本を並べた。
「お嬢にバディス様から伝言です。『頼みたいことがある』と」
「あら、珍しい」
「あまり良い話じゃありませんからね」
心して聞くように、そう前置きしたサイモンは小さな声で話し始めた。
「まず初めに、旦那様にここ数日帰宅されていない」
それは王の看病のせいだろうとシャロンは思ったが、サイモンの話では同じ職場で働く長兄のユアンでさえ会えてないらしい。
何でも王の看病は交代制ではなく、ジルフォード侯爵1人に任されているのだという。
ジルフォード侯爵とコンタクトを取る手段は手紙のみだが、その内容はどれも当たり障りのないものばかりだそうだ。
「嫌な感じがするわ」
そこまでそばを離れられないほどに重篤なのだろうか。
シャロンは顎に手を添えてうーんと唸るような声を出す。
「嫌な感じがするというのは、ハディス様もユアン様も仰っていた。そしてこれです」
「旦那様の書斎から見つかった」とサイモンが指し示したのは、テーブルの上に置かれた一冊の本。
シャロンがそれらを手に取り確認すると、それは禁術書だった。
「どうしてこれがここに?」
シャロンは険しい顔で尋ねる。
ジルフォード侯爵が考案した治癒魔術は禁術からヒントを得たものだ。それを彼が所持していることに不思議はない。
問題なのはそれがココにあるということだ。
「これは王宮の外へは持ち出しが禁止されている代物よ」
禁術書の持ち出しは大罪だ。
サイモンはシャロンの震える手から禁術書を取り上げると、裏表紙を見せた。
「この禁術書、持ち出し禁止のバーコードが元々ないんです」
持ち出し禁止の書物は全てバーコードで管理されており、それが一定のエリアを出ると警報機が作動する仕組みになっている。この措置は魔術が国の宝であるからだ。
そのバーコードが元からない禁術書。
父は何故それを持っているのか。そして誰からそれを与えられたのか。
無意識にスカートの裾を強く握るシャロン。
震える彼女の手が視界の端に入るが、サイモンはそのまま続けた。
彼が次に指差したのは書類の束だった。
「そしてコレ。魔術師のカルテです。中を確認すると、ある特徴をもつ魔術師たちのものでした」
シャロンはカルテの束を膝の上に置くと、それを一枚一枚確認する。
「AB型のC級魔術師…」
彼女の脳内で、そのカルテに書かれた名前は、先ほど見ていた失踪者の一覧と一致した。
シャロンは混乱する。
禁術書とカルテ。
それは魔術師失踪に父が関与している可能性を示す物。
「続けますよ」
サイモンは、さらに追い討ちをかけるかのように告げた。
「そして、最後に。俺は今、バディス様の命で単独で高位貴族に探りを入れています。その中で嫌な噂を耳にしました」
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