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本編

38:動き出す歯車(3)

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 サイモン曰く、とある貴族のご婦人が王宮に出向いた際、それらしき人物が立入禁止区域へと入って行く姿を見たと言っているらしい。

「他にも数名、似たような人物を見たと言う人がいます。ただ、現在王宮内を捜査しているハディス様からはそのような人物を見つけられなかったと報告を受けています」

 彼女たちの妄言なら良いのだが、とサイモンは言う。
 しかし、シャロンには該当する人物に心当たりがあった。

「…どうしようサイモン。私、見たかもしれない」
「え!?」

 サイモンはシャロンの言葉に思わず声を上げてしまった。

「エミリア様のお姿を直接みたことがあるわけじゃないから、なんとも言えないのだけれど…」

 シャロンは先日の夜会を思い出しながらサイモンに語る。

 あの日、月明かりが照らす中庭に佇む女性を見た。
 その女性はとても美しい人だった。
 それこそ、国を傾けかねないほどに…。

「あの夜会で見た人は黒い髪のとても綺麗な人だったわ」

 黒髪の美女など探せば案外いくらでもいるものだが、シャロンもサイモンも嫌な予感しかしない。

「…ハディス様に報告しておきます」
「…お願いします」

 シャロンは静かに頭を下げた。



『エミリア・カーティスが生きている』

 そこから予測できる可能性は全部で3つ。

 一つ目はそもそも死んでいなかった可能性。
 二つ目は、ただのそっくりさんが出現した可能性。
 そして最後の一つの可能性は…。

(蘇生術を使った…?)

 シャロンは目を閉じて思考を巡らせた。

 チップの埋め込まれた魔術師に禁術である蘇生術を使うことはできない。
 だがチップがない魔力持ちも存在する。それが王族だ。
 王族は様々な事情から、チップが埋め込まれていない。

(いや、それを考慮しても無理だ)

 そもそも、たとえチップが無かろうとも蘇生は変化させる事象が大きすぎて術者へ負荷がかかりすぎる。やり遂げるならばチップのない魔術師が少なくとも10人は必要だ。
 そんな数の王族が関わっているとは考えにくい。

 どう考えても可能性は2つ目だ。次いで1つ目の死んでいなかった説。
 仮に3つ目であったのならば、それは国をも揺るがす事態。新しい危険な魔術が完成したことを示す。



「そうか…5年前ってエミリア様が亡くなった年だ」

 ふと、シャロンは納得したように呟いた。
 そう不自然な魔術師の失踪が始まった年、エミリアは亡くなっている。

「魔術師の失踪とエミリア・カーティスの件に繋がりがあるかどうかはわかりません。ですが、立入禁止区域へ消えたというのも気になりますし、そして何より…」

 彼女の血液型はA B型である。
 サイモンはそう続けた。

「それはもう…なんと言うか…」

 偶然にしては出来すぎている。
 シャロンは笑うしかなかった。

「そして、彼女と一番近しかった人物といえば?」
「ウィンターソン公爵…」
「そういうわけです。我々は彼の関与も疑わなければならなりません」

 シンと静まりかえる室内。風なんて吹いていないのに針で突かれているような冷たい空気が頬にささる。

 アルフレッドは悪い人では無いと思う。けれど、彼の無実を今ここで証明できるほどシャロンは彼のことを知らない。
 何故なら、彼女は父親が事件に関与している可能性さえ見抜けなかったのだから。
 自分の見てきた物が正しいのか、まるで自信がない。

「だから貴方が来たのね」

 サイモンは困ったように笑った。
 わざわざサイモンが伝えに来たのは、捜査の関係でバディスと直接繋がりのあるアルフレッドに彼のことを探っていると悟られないためだ。

「公爵閣下にはハディス様から旦那様の件だけが伝わっています。今日俺がここへ来たのもその件を伝えるためだけということで話を合わせてください」
「…了解です」
「以上のことを踏まえた上で、ハディス様からお嬢に『お願い』です」

 シャロンがコクリと頷いたのを確認すると、サイモンは1通の文を胸ポケットこら出す。そしてそれを彼女に渡した。

 シャロンは封を切ると、中の紙を取り出す。
 中の文は白紙だった。
 だが、これは魔力持ちが魔力を注ぐと文字が浮き上がる特殊な紙。

 すうっと深く息を吸い込むと、シャロンは自身の身に流れる少ない魔力をその紙に注いだ。
 そこに浮かび上がるは王家の紋章と

【ウィンターソン公爵の前妻であるエミリア・カーティスが死んでいることを確認せよ】

 という文字列。彼女は静かにその文字列を確認すると、魔力の注入を止める。文字は魔力注入をやめたその瞬間に消えた。

 これはジルフォード侯爵家が裏の仕事の時に使う正式な司令書。
 シャロンはフッと自嘲するような笑みを浮かべた。

(『お願い』なんて言いながら初めから拒否権なんてないじゃない。兄様)

 これは王太子直属の部下であるハディスが王太子の命により、彼女へと与えた任務だ。
 誇り高きジルフォード家の者として、彼女は父を、そして夫を疑わねばならない。

 暖炉に手紙を放り込んで灰にすると、シャロンはサイモンの前に立つ。
 そしてその黄金の瞳を輝かせて、怪しく笑った。

「私は夫の無実を証明します。父様の無実は兄様が証明してくださいと伝えて」

 サイモンはその笑顔にヒュッと息をのむ。

「大体考えてみてよ。お父様の書斎に禁術書とカルテがあったなんて、どう考えてもおかしくない?」

 もし父が犯人もしくはそれに準ずる人物ならば、書斎に証拠品となり得るものを残したりするだろうか。
 答えは否だ。あり得ない。
 何者かに陥れられようとしている、もしくは何か大切なことを伝えようとしている。

「そうとしか考えられないでしょう?」

 シャロンは明るく言い放つ。
 サイモンは呆れたようにため息をついた。

「こういう時、お嬢は無駄にポジティブですよね」
「悪い方に考えても良いことはないわ。それに旦那様だって…」

 わからないのなら知れば良い。
 アルフレッドの愛したエミリアを知り彼自身を知ることで、その無実を証明すれば良い。

 シャロンはグッと顎を上げて窓の外を見た。
 今にも降り出しそうなドス黒い雲が近づいてきていたが、怖気付くことはない。

「大丈夫よ。昔から証明問題は得意だったもの」

 シャロンの目は闘志に満ちていた。

「お、お嬢?我々は今、不確かな勘だけで動いています。くれぐれも無理だけはなさいませんように」

 サイモンは黄金に光るその目が怖くて思わず釘を刺す。

「肝に銘じておくわ」
「ほんと、頼みますよ?」

 不安に胸が押しつぶされそうになりながら、サイモンは屋敷を出た。

 何食わぬ顔で、遠くなるサイモンの背中を見送ったシャロンはくるりと振り返る。
 そこにあるのは大きなお屋敷。
 優しく暖かなお屋敷が今は魔物の巣窟に見えるのだから、人間の心とは不思議なものだ。

(…どうしましょうかね)

 エミリアの死を確認する方法はそう多くない。
 墓を掘り返し、棺の中の骨を調べるのが一番確実だが、それは死者への冒涜だ。できるならば避けたい。

(一先ずは聞き込み調査ね)

 シャロンはとりあえず状況証拠を集めてそれを提示することにした。




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