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本編
44:白か黒か(3)
しおりを挟む「と、いうわけで旦那様は白よ」
何故か公爵邸の端の端、エミリアの墓周辺の草抜きをさせられているサイモンは、仁王立ちで自分を見下ろすシャロンを半眼で見上げた。
「いやいや、どういうわけですか」
「旦那様は事件に関与していないわ」
「閣下の前妻の死に関してはヤバめの匂いしかしないんですけど…。本気で言ってます?」
つい先ほど、シャロンがこの数日で入手した状況証拠を聞いていたサイモンは呆れてため息も出ない。
「情に流されるなんてらしくないですよ」
「流されてないわ。客観的な事実よ」
「どの辺が客観的なんですか」
「だって考えてみてよ。仮にエミリア様が生きていたとして、彼女が事件に関与していたとしても何故それが旦那様を疑うことに繋がるの?」
「そもそもエミリア・カーティスが生きている時点で、ウィンターソン公爵には彼女の死を偽装したという疑惑がかけられます。疑うには十分でしょうが!」
サイモンは立ち上がると、シャロンの額にデコピンをかました。
そもそも死を偽装すること自体も犯罪だ。
「むぅ」
「むぅ、じゃねーよ。いつの間にそんなに情が移ったんですか…」
どこか悔しそうな顔をするサイモンに、シャロンは「そういうのじゃない」と切なげに笑った。
そして持ってきていたバケツの水を墓石にかけると、タオルで丁寧に磨きながらつぶやく。
「別に情とかじゃないわ。ただ、もし仮にエミリア様が生きていたとするならば彼女が旦那様のそばにいない事、旦那様が彼女をそばに置いていないことが不思議で仕方ないのよ」
サイモンが次兄からの指令を持ってきてからエミリアのことを調べたが、そこからわかったのは『エミリアが本当に死んだのかどうかが怪しい』ということと…
『ウィンターソン公爵夫妻が本当に愛し合っていたという事実』。
「私、エミリア様の遺品である日記を見せてもらったの」
エミリアの死の前後のことがうろ覚えなセバスチャンが、過去を確かめるために金庫から出してきたエミリアの日記。
そこに書かれていたのは、アルフレッドへの深い愛情と彼からもらった愛情への感謝。ペンが持てなくなる直前まで、エミリアがずっとアルフレッドのことを思っていたことが伺えた。
「エミリア様の死後の旦那様の様子をいろんな人から聞いたけれど、憔悴しきっていたそうよ。使用人たちの話を聞く限り、とても彼女の死を偽装した人の反応とは思えない」
「…その使用人たちの証言が正しいのか怪しいじゃないですか。記憶が曖昧なんだから」
「そうよ。だからこれなの」
そう言うとシャロンは、サイモンが持ってきた箱の中から丁度自分の顔と同じくらいの大きさの円錐状の陶器を取り出した。
真っ白な陶器の下部には、小さな円形の穴が等間隔に10箇所空いている。
その中を覗き込むと、無数の魔法陣が見えた。
「この屋敷の使用人は不自然にエミリア様の死の前後の記憶がない。もし仮にその原因が外的要因によってもたらされたものならば、魔術の使用を疑うべきでしょう?だからこれ。残留魔力の検出装置よ!」
「これが魔術の使用された形跡を調べるための魔具ですか…ちょっとした装飾品みたいに綺麗ですね」
サイモンは美しい真っ白な陶器を手に取りまじまじと眺める。
シャロンがサイモンに手紙を出したのは、これを持って来させるためだった。
「これはね、使用した術の規模が大きければ最大で5年くらい遡って調べることができる優れものよ?今回の場合は年数的にかなりギリギリだけど、まあ何とかなるでしょ!」
腰に手を当て、胸を張って威張るシャロン。サイモンはそんな彼女をまた半眼で見る。
「何でこんなもの持ってるんですか」
「…医者になれないなら、せめてハディス兄様みたいに諜報部隊で活躍できればと思って買ったのよ」
高かったんだから、と遠い目をして言うシャロン。
サイモンは慰めるように背中をぽんぽんと2回叩いた。
結局道具を揃えようとも魔術師になれないほどの魔力量しかない彼女には、無駄な出費だったようだ。
「さ、気を取り直して…ここに魔力持ちの血液を少し垂らせば使えるわ」
「もし、墓から魔力の反応があれば、彼女の死に何かしらの細工がされてあることの証明になると」
「そういうこと」
シャロンは、サイモンから魔具を受け取るとそれを墓石のすぐ横に置いた。
そして胸ポケットに隠し持っていたメスで人差し指を切ると、それを魔具に垂らす。
すると、魔具の穴から薄い白煙がもくもくと吹き出すよに出てきた。
その白煙は次第に薄い桃色へと変化する。特に墓石付近の靄はより濃く色づいていた。
サイモンは少し幻想的にも見えるその光景に感嘆の息を漏らした。
「…これはどう見れば良いのでしょう?」
「微かだけど魔力の反応が残っているわね」
「魔力の痕跡が残っていると言うことはつまり…」
「ここで何らかの魔術が使われたことは間違いないわ。術の特定までは難しそうだけど」
シャロンは魔具に水をかけると煙はすうっと魔具の中へと吸い込まれ、跡形もなく消えた。
この屋敷にはシャロンが来るまでも魔力持ちは1人もいなかった。
エミリアとアルフレッドの結婚は周囲に反対されていたため、葬儀に参列した人間は公爵邸の使用人を除けばアルフレッドと医師のデイモンのみだった。
そして、この墓は公爵邸の奥の奥にある。公爵家を訪れた客人がここに来ることはまずない。
状況的に見て、ここから魔力の反応があるのは明らかに不自然だ。
「お嬢はエミリア・カーティスの死は何らかの魔術を用いて偽装が行われていると可能性が高いと考えるんですね」
「そうよ!」
それはつまり、同時に、アルフレッドへの疑いも強まったということ。
サイモンは怪訝な顔でシャロンを見つめる。
「公爵閣下のどの辺が白なんすか?」
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