無能だと捨てられた第七王女、前世の『カウンセラー』知識で人の心を読み解き、言葉だけで最強の騎士団を作り上げる

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アシュトン様の腕の温もりを感じ、私は覚悟を決めた。
この穏やかな日常を、何者にも奪わせてはならない。
私達の本当の戦いが、今まさに始まろうとしていた。

翌日から辺境領は、かつてない活気に満ちあふれる。
領主アシュトン様が発した知らせが、全ての領民へと伝えられたからだ。
それは『第一回復興祭』の開催という、驚くべき知らせであった。

最初は誰もが、戸惑いの表情を隠せない。
戦いが終わったばかりで、まだ傷も癒えていないのだ。
なぜ今祭りなどを開くのかと、多くの民が疑問に思った。
だがアシュトン様が自ら街へ降り、その空気は変わっていった。
彼は民の一人ひとりに、真剣な眼差しで語りかける。

「これはただの祭りではない、我々の勝利を祝う大切な儀式なのだ」
「未来への希望を誓うために、君たちの力が必要だ」
「敵が絶望を操るというのなら、我々は希望の力でこの地を守る」

彼の真摯な言葉は、領民たちの心を確かに動かした。
人々の顔から不安の色は次第に消え、力強い決意が浮かび上がる。
自分たちもこの戦いに参加するのだと、皆がそう思ったのだ。
こうして辺境領の全てを巻き込んだ、前代未聞の作戦が始まった。

城の大会議室には、多くの人々が集められていた。
騎士団の幹部に加え、ハンスさんや街の有力者たちの姿もある。
祭りの具体的な内容を決めるための、第一回準備会議が開かれた。

「まずは祭りの中心となる、大きな催し物が必要だな」
ギデオンさんが、腕を組んで深く唸った。

「ここはやはり俺たちの強さを見せる、模擬試合でしょう」
ダリウスさんが、拳を握りしめて大きな声で提案する。
その言葉にレオさんをはじめとする若い兵士たちが、歓声を上げた。
彼らは自分の力を、皆に示す機会を待っていたのだ。

しかし私はその提案に、静かに首を横に振った。
皆の視線が、一斉に私へと集まる。

「それも素晴らしいとは思います、ですが今回の目的は違います」
「最も大切なのは、ここにいる全ての人が一体感を感じることです」
「騎士も領民も大人も子供も、皆が一緒に楽しめるものがいい」

私の言葉にダリウスさんは、少し不満そうな顔を見せた。
だが彼は、何も言い返してはこなかった。
彼もまた私の考えを、心のどこかで理解してくれているのだろう。

すると今まで黙っていたハンスさんが、しゃがれた声で口を開く。
その意外な人物からの発言に、皆が注目した。

「それなら、料理対決というのはどうじゃろうか」
「この土地で採れる食材だけを使い、最高の料理を作るのじゃ」
「騎士団も領民もいくつかの組に分かれ、競い合うのが良い」
「わしが、審査員をしてやってもいいぞ」

その思いがけない提案に、皆が驚いてハンスさんの顔を見る。
彼は少し照れたように顔をそむけたが、どこか楽しそうだった。
彼の心にも、確かな変化が訪れている。

「それはいいですね、食べ物なら皆が幸せな気持ちになれます」
エマが、ぱあっと顔を輝かせて賛成した。

「それから、音楽も必要だと思います」
「皆で歌えるような、簡単な歌を作りませんか」
レオさんが、少し照れながらそう提案した。
彼は騎士団の中でも、一番の美声の持ち主として有名だ。

そこから次々と、様々な意見が活発に飛び交い始めた。
アシュトン様はその様子を、穏やかな笑みを浮かべて見守っている。
彼は決して自分の意見を押し付けず、皆の言葉に耳を傾けていた。
議論が円滑に進むように、時折的確な助言を与えるだけだ。
その姿はかつての『氷の辺境伯』ではなく、民と共に歩む真の指導者だった。

会議は夜遅くまで続き、祭りの概要がようやく固まった。
昼間はハンスさん提案の料理対決と、チーム対抗の力比べ大会を行う。
丸太運びや綱引きといった競技で、皆が汗を流すのだ。
そして夜には広場の中央に大きな焚き火を灯し、皆で歌い踊る。
レオさんがこの日のために、辺境領の新しい歌を作ってくれることになった。

私は子供たちが楽しめるような、小さな遊びを企画する役目を引き受ける。
木の実を使った的当てや、動物のパン食い競争を考えた。
そして私の寺子屋の子供たちによる、小さな劇の発表会も行う。
演目は勇気あるウサギが、知恵で大きなオオカミを打ち負かす物語だ。

準備はものすごい速さで、着々と進められていった。
城も街も祭りの準備のために、昼も夜も活気に満ちている。
誰もが自分の役割に誇りを持ち、生き生きとした表情で働いていた。
その光景を見ているだけで、私の胸は温かいもので満たされる。
希望の光は、確かにこの土地に根付き始めていた。

私は寺子屋での活動の合間に、街の女性たちと一緒に飾り付けを作った。
色とりどりの布を繋ぎ合わせた旗や、森で集めた木の実のリース。
決して豪華なものではないが、そこには温かい心が込められていた。
私達は他愛もない話をしながら、手を動かし続ける。

そんな穏やかな時間の中で、私はトムのことがずっと気にかかっていた。
あの日『黒い太陽』のことを話してくれてから、彼はまた心を閉ざしたように見えた。
劇の練習にも、彼は決して参加しようとしない。
ただ隅の方で、その様子をじっと見つめているだけなのだ。
彼が描いたあの不吉な絵は、彼の心に深く刻まれた傷跡である。
その傷を、無理やりこじ開けることはできない。
彼が自分の力で恐怖を乗り越えるのを、待つしかないのだ。

祭りの二日前、温室の建設がついに完了した。
陽の光を浴びて、油紙の壁がキラキラと輝いている。
その完成を祝うための、ささやかな式典が開かれた。

ハンスさんが、皆を代表して挨拶に立つ。
彼は集まった領民たちと騎士団の面々を、ゆっくりと見渡した。
そして深く、深く頭を下げる。

「感謝する、わし一人の力では決して成し遂げられなかった」
「この温室はお前たち一人ひとりの、汗と努力の結晶じゃ」
「そして、我々の未来そのものなのじゃ」

彼の目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見える。
その言葉にダリウスさんたちが、照れくさそうに頭を掻いた。
領民たちからは、温かい拍手が自然と巻き起こる。

その夜私はアシュトン様と一緒に、完成した温室の中を歩いていた。
中は地熱のおかげで、ほんのりと温かい。
まだ何もない土の畝が、整然とどこまでも並んでいた。

「ここに、たくさんの野菜が実るのですね」
「ああ、そうなれば子供たちにも腹一杯食べさせてやれる」
アシュトン様は、愛おしそうに畝の土をそっと撫でた。

「これも君のおかげだ、君がハンスの心を溶かしてくれた」
「いいえ、ハンスさんはずっと待っていたのだと思います」
「ご自身の知識と情熱を、この土地のために役立てられる日を」
「私達は、そのきっかけを作ったに過ぎません」

私達は顔を見合わせ、穏やかに微笑んだ。
その時だった、温室の外が急に騒がしくなったのは。
私達が慌てて外へ出ると、一人の偵察兵が息を切らし駆け寄ってきた。

「アシュトン様、森の様子がおかしいのです」
「どうした、何があったのか」
「はっ、南の森の一部が急に枯れ始めています」
「動物たちの姿も、一匹も見当たりません」

その衝撃的な報告に、私とアシュトン様の顔から血の気が引いた。
敵の儀式が、すでに始まっているのだ。
土地の生命力が、少しずつ吸い上げられているに違いない。

「思ったよりも、ずいぶんと早いな」
アシュトン様が、厳しい顔で森の方角を睨みつけた。

「祭りは明後日です、それまで持ちこたえられるでしょうか」
「いや持ちこたえるのではない、こちらから仕掛けるんだ」
アシュトン様は、きっぱりとした声でそう言い切った。

「敵が絶望を広げるというのなら、私達はそれを上回る速度で希望を広げる」
「リリアーナ、祭りの準備をさらに加速させる」
「君にも、手伝ってもらうぞ」
「はい、もちろんです」

その夜私達はほとんど眠らずに、祭りの最後の準備を進めた。
レオさんが作った、辺境領の新しい歌。
その歌詞を大きな布に書き写し、広場の壁に掲げる。
料理対決で使う特別な香辛料を、ハンスさんと一緒に調合した。
子供たちの劇で使う、衣装の最後の仕上げも行う。
やるべきことは、まるで山のようにあった。

でも不思議と、疲れは感じなかった。
むしろ特別な高揚感が、全身を駆け巡っているようだった。
私達は今、確かに戦っているのだ。
剣や魔法ではなく、歌や料理や飾り付けで。
私達の未来を、この手で守るために。

祭りの前日の夜、全ての準備がようやく整った。
街は手作りの旗やリースで彩られ、まるでおとぎ話の世界のようだ。
広場の中央には天を突くほど高く、焚き火用の薪が積み上げられている。

私はアシュトン様と二人で、城のバルコニーからその光景を眺めていた。
街のあちこちから、楽しそうな話し声や歌声が聞こえてくる。
明日の祭りを、人々が待ちきれないでいるのだ。
その一つ一つが、私達の力になっていくようだった。

「きれいだな」と、アシュトン様がぽつりと呟いた。
「はい、本当に」
「君が、この景色を守ってくれたんだな」
「いいえ、皆で守ったのです」

私は彼の大きな手を、そっと握った。
彼は力強く、その手を握り返してくれた。
その時遠くの森の空が、一瞬不気味な黒い光を放つ。
それはほんの一瞬の出来事で、街の人々は誰も気づいていない。
だが私達には分かった、敵がすぐそこまで来ていることを。
そして明日の祭りが、私達の運命を分ける決戦になることを。

「怖いか」と、アシュトン様が尋ねた。
私は首を横に振り、こう答える。
「いいえ、少し震えているだけです」
「あなたと皆がいるから、私は何も怖くありません」
私の言葉に、彼は穏やかに微笑んだ。
「俺もだ」と、彼は力強く言った。
私達はもう何も言わず、明日決戦の舞台となる街を見下ろす。
夜空には雲一つなく、満天の星が輝いていた。
だが星々の輝きさえ飲み込みそうな闇が、すぐそこまで迫っている。
私達はそれを、肌で感じていた。
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