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それは、レオさんがこの日のために作った歌だった。
辺境領の、新しい希望の歌だ。
まだ誰も知らない、生まれたばかりの優しい旋律だった。
私の声は、ひどくか細く震えていた。
広場を埋め尽くす人々のざわめきと、空から降り注ぐ邪悪な波動に消されそうだ。
それでも私は、歌うことをやめなかった。
これはただの歌ではなく、私達の希望そのものなのだ。
歌詞は、厳しくも美しいこの北の大地を褒めたたえる内容だった。
凍える冬をじっと耐え抜き、やがて訪れる春を待ち望む人々の祈りが込められている。
そして隣にいる仲間を信じ、手を取り合って未来へ進む決意が歌われていた。
その一つ一つの言葉に、私はこの土地で出会った人々の顔を思い浮かべた。
エマやトム、ハンスさんやボルツさんの顔が浮かぶ。
私の全ての祈りと願いを、声に乗せて天に届けた。
不思議なことに歌い続けるうちに、私の心の恐怖は少しずつ和らいでいった。
そしてか細かった声は、次第に力を取り戻していく。
私の歌声は、燃え盛る焚き火の光と響き合うように広場全体へと広がった。
それは黒い太陽が放つ、不協和音を打ち消す神聖な響きのように聞こえた。
最初に反応したのは、広場の隅で泣いていた子供たちだった。
恐怖に泣きじゃくっていた彼らが、私の歌声に気づいて顔を上げる。
その純粋な瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
涙に濡れた瞳が、私の姿を映している。
次に、不安そうに寄り添っていた女たちがそれに続いた。
彼女たちは、戦場にいる夫や息子の無事を祈りながら私の歌に耳を傾け始める。
やがて一人、また一人と、私の旋律に合わせて小さな声で口ずさみ始めた。
その変化はゆっくりと、しかし確実に広場全体へと広がっていく。
恐怖に心を支配されていた人々の心が、歌の力によって少しずつ解き放たれていくのだ。
うずくまっていた兵士たちが、ゆっくりと顔を上げた。
恐怖で青ざめていたその顔に、再び血の気が戻ってくる。
彼らは、それぞれの武器を強く握りしめた。
「この歌は」
レオさんが、はっとしたように呟いた。
自分が作った歌が、この絶望的な状況で希望の光になっている。
その事実に、彼の胸は熱いもので満たされた。
彼は静かに剣を鞘に納めると、私の歌声に自分の声を重ねていく。
騎士団で一番と歌われた彼の美しいテノールの声が、私のソプラノと重なり合った。
それは、とても力強いハーモニーとなって空へと昇っていく。
その歌声に導かれるように、他の騎士たちも歌い始めた。
ダリウスさんの、野太いバスの声も聞こえる。
若い兵士たちの、未熟だが懸命な声も重なった。
全ての声が一つに溶け合い、巨大な希望のうねりとなっていく。
それは、黒い太陽が放つ絶望の波動に対する、はっきりとした反撃の狼煙だった。
アシュトン様は、剣を構えたままその光景を呆然と見つめていた。
彼の灰色の瞳には、驚きと深い感動の色が浮かんでいる。
彼は私の姿を、そして歌によって一つになっていく民の姿をじっと見ていた。
この光景こそが、彼がずっと夢見てきたものだったのだ。
民と騎士が手を取り合い、共に未来を築いていくという彼の理想。
それが今、目の前で現実のものとなっている。
彼は、ゆっくりと私の方へ向き直った。
その灰色の瞳には、私への絶対的な信頼と、そして深い愛情が宿っているように見えた。
彼は何も言わずに力強く頷くと、再び民衆の方へと向き直った。
そして、天を突き刺すような大きな声で叫ぶ。
「歌え、グレイウォールの民よ。我々の魂の歌を」
「この歌声こそが、我々の未来を切り開く刃となるのだ」
「リリアーナ様を、我々の希望を何としても守るのだ」
彼の言葉に、広場にいた全ての民が奮い立った。
恐怖は、まだ完全には消えていない。
だが、それ以上に強い希望の炎が、皆の心に灯ったのだ。
老人も、女も、子供も、全ての人が声を張り上げて歌い始める。
地鳴りのような大合唱が、天に浮かぶ黒い太陽へと叩きつけられた。
その時、確かに変化が起きた。
黒い太陽の不気味な輝きが、わずかに揺らいだのだ。
希望の歌声が、邪悪な儀式の力を弱めている。
私の考えは、間違っていなかったのだ。
その様子を、森の奥深くにある祭壇で見ていた者たちがいた。
黒いローブを纏った、謎の魔術師たちだ。
彼らは祭壇を取り囲み、儀式の完成のために祈りを捧げ続けている。
「何だ、これは。儀式の力が、少しずつ弱まっているぞ」
「辺境の虫けらどもが、我々の偉大な術に抵抗しているというのか」
リーダー格の男が、信じられないというようにうめいた。
眼下の広場から聞こえてくる力強い歌声は、彼らの神経をいらいらさせる。
「このままでは、儀式が失敗するやもしれん」
「ならば、もっと強い恐怖を与えてやるまでだ」
「森の獣どもを、今すぐ解き放て。あの忌々しい歌声を、悲鳴に変えてやれ」
リーダーの命令に、数人の魔術師が頷いた。
彼らが杖を掲げ、不気味な呪文を唱え始める。
すると森の奥から、無数の赤い光が姿を現した。
それは、魔術によって凶暴になった、魔物たちの目だった。
祭りの広場では、希望の歌声が響き渡り続けていた。
人々は肩を組み、足を踏み鳴らし、一つになって歌っている。
黒い太陽の力は、目に見えて弱まっていた。
このまま歌い続ければ、きっと勝てる。
誰もが、そう信じかけた瞬間だった。
広場の入り口となっていた森の方角から、おぞましい咆哮がとどろいた。
木々をなぎ倒し、地面を揺るがしながら、おびただしい数の魔物の群れが姿を現す。
オークやゴブリン、そして巨大な狼の姿もあった。
その目は、血のように赤く輝いている。
ただ純粋な、破壊の衝動に満ちていた。
「ま、魔物だ」
「どうして、こんな時に魔物が現れるんだ」
再び、人々の間にパニックが広がった。
力強かった歌声が、恐怖によってかき消されそうになる。
魔物の群れは、一直線に広場へと突進してきた。
「歌を止めるな」
アシュトン様の、雷のような声が響き渡る。
「怯えるな、顔を上げろ。お前たちの背後には、俺たちがいる」
「騎士団、前へ。リリアーナ様と民を、何があっても守り抜け」
その声は、恐怖に揺らぐ人々の心を、再び一つに繋ぎ止めた。
ダリウスさんやレオさんを先頭に、騎士団の兵士たちが素早く陣形を組む。
彼らは、民衆を守るための、分厚い鋼の壁となった。
「うおおお、来やがれ化け物ども」
「俺たちの歌を、邪魔させるかよ」
騎士たちの叫びが、魔物の咆哮に応える。
希望の歌声が響く中で、鋼と牙が激しくぶつかり合った。
辺境領の未来を賭けた、最後の戦いが今、始まったのだ。
私は、壇上でその光景を見つめながら、必死に歌い続けた。
私の声が、この希望が、決して途切れてしまわないように。
血と鉄の匂いが、風に乗って流れてくる。
悲鳴と怒鳴り声が、歌声と混じり合った。
戦いは、激しいものとなった。
騎士たちは、皆傷だらけだった。
だが、その目は誰一人として死んではいない。
背後で響く歌声が、彼らの尽きることのない力となっていた。
彼らは、ただ民を守るためだけに、剣を振り続ける。
その時、私は、小さな影が人々の間をすり抜けていくのに気づいた。
トムだった。
彼は、恐怖に震えながらも、何かを探すように広場の隅へと走っていく。
その手には、彼が描いたあの不気味な絵が、固く握りしめられていた。
彼の瞳は、もはや怯えているだけの子供のものではない。
その奥には、確かな意志の光が宿っている。
彼は、この戦いを終わらせるための何かを、見つけ出したのかもしれない。
私は戦い続ける騎士たちと、小さな勇者の背中を信じて歌声を響かせ続けた。
辺境領の、新しい希望の歌だ。
まだ誰も知らない、生まれたばかりの優しい旋律だった。
私の声は、ひどくか細く震えていた。
広場を埋め尽くす人々のざわめきと、空から降り注ぐ邪悪な波動に消されそうだ。
それでも私は、歌うことをやめなかった。
これはただの歌ではなく、私達の希望そのものなのだ。
歌詞は、厳しくも美しいこの北の大地を褒めたたえる内容だった。
凍える冬をじっと耐え抜き、やがて訪れる春を待ち望む人々の祈りが込められている。
そして隣にいる仲間を信じ、手を取り合って未来へ進む決意が歌われていた。
その一つ一つの言葉に、私はこの土地で出会った人々の顔を思い浮かべた。
エマやトム、ハンスさんやボルツさんの顔が浮かぶ。
私の全ての祈りと願いを、声に乗せて天に届けた。
不思議なことに歌い続けるうちに、私の心の恐怖は少しずつ和らいでいった。
そしてか細かった声は、次第に力を取り戻していく。
私の歌声は、燃え盛る焚き火の光と響き合うように広場全体へと広がった。
それは黒い太陽が放つ、不協和音を打ち消す神聖な響きのように聞こえた。
最初に反応したのは、広場の隅で泣いていた子供たちだった。
恐怖に泣きじゃくっていた彼らが、私の歌声に気づいて顔を上げる。
その純粋な瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
涙に濡れた瞳が、私の姿を映している。
次に、不安そうに寄り添っていた女たちがそれに続いた。
彼女たちは、戦場にいる夫や息子の無事を祈りながら私の歌に耳を傾け始める。
やがて一人、また一人と、私の旋律に合わせて小さな声で口ずさみ始めた。
その変化はゆっくりと、しかし確実に広場全体へと広がっていく。
恐怖に心を支配されていた人々の心が、歌の力によって少しずつ解き放たれていくのだ。
うずくまっていた兵士たちが、ゆっくりと顔を上げた。
恐怖で青ざめていたその顔に、再び血の気が戻ってくる。
彼らは、それぞれの武器を強く握りしめた。
「この歌は」
レオさんが、はっとしたように呟いた。
自分が作った歌が、この絶望的な状況で希望の光になっている。
その事実に、彼の胸は熱いもので満たされた。
彼は静かに剣を鞘に納めると、私の歌声に自分の声を重ねていく。
騎士団で一番と歌われた彼の美しいテノールの声が、私のソプラノと重なり合った。
それは、とても力強いハーモニーとなって空へと昇っていく。
その歌声に導かれるように、他の騎士たちも歌い始めた。
ダリウスさんの、野太いバスの声も聞こえる。
若い兵士たちの、未熟だが懸命な声も重なった。
全ての声が一つに溶け合い、巨大な希望のうねりとなっていく。
それは、黒い太陽が放つ絶望の波動に対する、はっきりとした反撃の狼煙だった。
アシュトン様は、剣を構えたままその光景を呆然と見つめていた。
彼の灰色の瞳には、驚きと深い感動の色が浮かんでいる。
彼は私の姿を、そして歌によって一つになっていく民の姿をじっと見ていた。
この光景こそが、彼がずっと夢見てきたものだったのだ。
民と騎士が手を取り合い、共に未来を築いていくという彼の理想。
それが今、目の前で現実のものとなっている。
彼は、ゆっくりと私の方へ向き直った。
その灰色の瞳には、私への絶対的な信頼と、そして深い愛情が宿っているように見えた。
彼は何も言わずに力強く頷くと、再び民衆の方へと向き直った。
そして、天を突き刺すような大きな声で叫ぶ。
「歌え、グレイウォールの民よ。我々の魂の歌を」
「この歌声こそが、我々の未来を切り開く刃となるのだ」
「リリアーナ様を、我々の希望を何としても守るのだ」
彼の言葉に、広場にいた全ての民が奮い立った。
恐怖は、まだ完全には消えていない。
だが、それ以上に強い希望の炎が、皆の心に灯ったのだ。
老人も、女も、子供も、全ての人が声を張り上げて歌い始める。
地鳴りのような大合唱が、天に浮かぶ黒い太陽へと叩きつけられた。
その時、確かに変化が起きた。
黒い太陽の不気味な輝きが、わずかに揺らいだのだ。
希望の歌声が、邪悪な儀式の力を弱めている。
私の考えは、間違っていなかったのだ。
その様子を、森の奥深くにある祭壇で見ていた者たちがいた。
黒いローブを纏った、謎の魔術師たちだ。
彼らは祭壇を取り囲み、儀式の完成のために祈りを捧げ続けている。
「何だ、これは。儀式の力が、少しずつ弱まっているぞ」
「辺境の虫けらどもが、我々の偉大な術に抵抗しているというのか」
リーダー格の男が、信じられないというようにうめいた。
眼下の広場から聞こえてくる力強い歌声は、彼らの神経をいらいらさせる。
「このままでは、儀式が失敗するやもしれん」
「ならば、もっと強い恐怖を与えてやるまでだ」
「森の獣どもを、今すぐ解き放て。あの忌々しい歌声を、悲鳴に変えてやれ」
リーダーの命令に、数人の魔術師が頷いた。
彼らが杖を掲げ、不気味な呪文を唱え始める。
すると森の奥から、無数の赤い光が姿を現した。
それは、魔術によって凶暴になった、魔物たちの目だった。
祭りの広場では、希望の歌声が響き渡り続けていた。
人々は肩を組み、足を踏み鳴らし、一つになって歌っている。
黒い太陽の力は、目に見えて弱まっていた。
このまま歌い続ければ、きっと勝てる。
誰もが、そう信じかけた瞬間だった。
広場の入り口となっていた森の方角から、おぞましい咆哮がとどろいた。
木々をなぎ倒し、地面を揺るがしながら、おびただしい数の魔物の群れが姿を現す。
オークやゴブリン、そして巨大な狼の姿もあった。
その目は、血のように赤く輝いている。
ただ純粋な、破壊の衝動に満ちていた。
「ま、魔物だ」
「どうして、こんな時に魔物が現れるんだ」
再び、人々の間にパニックが広がった。
力強かった歌声が、恐怖によってかき消されそうになる。
魔物の群れは、一直線に広場へと突進してきた。
「歌を止めるな」
アシュトン様の、雷のような声が響き渡る。
「怯えるな、顔を上げろ。お前たちの背後には、俺たちがいる」
「騎士団、前へ。リリアーナ様と民を、何があっても守り抜け」
その声は、恐怖に揺らぐ人々の心を、再び一つに繋ぎ止めた。
ダリウスさんやレオさんを先頭に、騎士団の兵士たちが素早く陣形を組む。
彼らは、民衆を守るための、分厚い鋼の壁となった。
「うおおお、来やがれ化け物ども」
「俺たちの歌を、邪魔させるかよ」
騎士たちの叫びが、魔物の咆哮に応える。
希望の歌声が響く中で、鋼と牙が激しくぶつかり合った。
辺境領の未来を賭けた、最後の戦いが今、始まったのだ。
私は、壇上でその光景を見つめながら、必死に歌い続けた。
私の声が、この希望が、決して途切れてしまわないように。
血と鉄の匂いが、風に乗って流れてくる。
悲鳴と怒鳴り声が、歌声と混じり合った。
戦いは、激しいものとなった。
騎士たちは、皆傷だらけだった。
だが、その目は誰一人として死んではいない。
背後で響く歌声が、彼らの尽きることのない力となっていた。
彼らは、ただ民を守るためだけに、剣を振り続ける。
その時、私は、小さな影が人々の間をすり抜けていくのに気づいた。
トムだった。
彼は、恐怖に震えながらも、何かを探すように広場の隅へと走っていく。
その手には、彼が描いたあの不気味な絵が、固く握りしめられていた。
彼の瞳は、もはや怯えているだけの子供のものではない。
その奥には、確かな意志の光が宿っている。
彼は、この戦いを終わらせるための何かを、見つけ出したのかもしれない。
私は戦い続ける騎士たちと、小さな勇者の背中を信じて歌声を響かせ続けた。
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